クソ女神からの愛を添えて
そして、現在に至る。
「……」
「いやぁ、涙の別れでしたね。私、後半の戦闘の場面はずっと泣いてましたよ。特に、ユウさんがやられた時なんて、『あぁ、このままだと世界が終わっちゃう。どうしよう、どうしよう』って、一人で騒いじゃいました。あ、それと、ケイさんの魂は、私が責任を持って、安心安全な世界に転生をさせておきましたので、ご安心を」
「アンタの言葉の全てに感情が篭ってないんだけど……まあ、いいや」
俺は、長く息を吐き出す。
呆れが九割、恥ずかしさを誤魔化すためが一割だ。
「アンタはなんで、そうやって人の思い出を無遠慮に踏み荒らせるんだ? 結構感動的な別れで、俺も当分はその余韻に浸っていたいんだけどさぁ」
「それが趣味なんですよ」
なんて悪趣味なんだ。
「悪趣味だなんて人聞きの悪い。この場合は、性格がねじ曲がってる女神の趣味というのが、正確な表現の仕方です。間違えないでくださいね、ぷんすか」
腰に手を当てながら、ほっぺを膨らませるのは――まごう事なき女神様だ。
ク ソ っ た れ が 死 ね よ。
「わー、ほっぺがリスみたいでかわいー」
「おぉ、すごいですね。地の分とカギ括弧を使って、心の声を表現をしながら、カギ括弧の言葉のルビのように使用する……三年会わない間に成長しましたね、ユウさん」
褒められても嬉しくないって初めてかも。
まあ、そんな感じで、目の前にいる女神は、俺の直属の上司というか……なんというか、まあそんな感じだ。
何を隠そうコイツは正真正銘の女神――つまり神様だ。
この世界を違う次元から監視、管理、統率を行っている連中らしい。
そんな性悪女神と出会ったのは、三年前。
元の世界……もとい東京で高校二年生をしていた俺こと田中優はある日、不慮の事故に遭った。
俺は事故に遭う前は、それはとても平均的な男だった。黒髪に、日本男児の平均身長を見事になぞり、勉強もスポーツも顔も、どれをとってもそこら辺に転がっているような、そんな高校生だった。
そんな平凡高校生が道を歩いていると、急に視界が暗転。
後から知ったが、この時の俺はトラック引かれる寸前だったらしい。
体に衝撃が走る――そう思って身構えて、でも衝撃が来なくて……あれおかしいなぁ、夢かな? とか思って、恐る恐る目を開けると、この場所――真っ暗な場所にスポットライトを当てただけの場所で、俺は椅子に座っていた。
視界の先には、真っ白な装束を纏った、金髪金瞳の絶世の美女。
そんな美女は、俺が腰掛けるパイプ椅子とは違い、豪華絢爛の限りを尽くした、と言わんばかりの椅子に腰掛けていた。
『初めまして、ユウさん。私は女神です』
状況が飲み込まれていない俺に、女神は続ける。
『いきなりでなんですが、私は女神の中でも下っ端の女神なんですよ。女神序列で見たら、ピラミッドの下層のほう! 原因は、美人女神である私のことをよく思わなかったブス女神の陰謀のせい――と、以下略。そんでそんで、ポテチを食べながら適当に世界の統治をしていたら、滅亡の危機に瀕していて――』
という、状況が飲み込めていない人間に対して、確実に優しくない身の上の話の連続を、三十分も続けてくれやがった。
どんだけ自分の話をするんだ、と思った俺は遮るように、この世界にポテチがあるのかよ! とか、一回の説明の中に何回『女神』って単語を入れるんだ、ゲシュタルト崩壊させる気か! と突っ込んだ気もする。
そして、開口三発目にとんでもないことを言い出した。
それは今でも忘れられない――否、三年間忘れたくても忘れてやらなかった言葉を言い放ったのだった。
『――ってことなんで、ユウさんにはその世界をサクッと救ってきてもらいたいと思います』
……は?
そこから、気がつけば身支度何もなしで異世界に飛ばされていて、そこで必死に生活をして、体を鍛え、そして異世界が滅ぶ元凶であった魔王を倒して、今に至るというわけだ。
普通に――というか、昨今の流行で考えれば、俺がチートなスキルとか、すげぇ技とか、そこの世界で考えたら桁外れのスペックを持っていてもおかしくないはずだ。
っていうか、百歩譲ってその辺をくれたのなら、俺だって結構高いモチベーションで世界を救おうって思えたからね。
費用対効果の高い仕事を請け負うのが冒険者のセオリーだし。
それに、向こうでの生活も悪くないかな、って思っていたし。向こうで暮らせるんなら、それはそれで元の世界に帰るよりも楽しい生活を送れていた気もする……うん、多分楽しかった。
でも、世界を救った結果に待っていたのは、最初と同じ光景。
振り出しに戻された気分だ。
人生ゲームだったら、即座にクソゲー認定をして押し入れの肥やしにしている。
まあ、それはもう起きてしまったことだから、文句を言っても何も始まらないだろう。
思い返せば、訳のわからないくらいに濃い、そしてあっと言う間の三年間だったのだが……目の前であっけらかんと、しかも人を小馬鹿にしながら、せんべいをポリポリと囓っている女神を見ると、そんな感慨やら感動やらは一瞬で消え去ってしまった。
確かに、あの世界ではかけがえのない仲間や経験、様々な人との出会いや別れを通して人間的に成長出来たのだろうが……それを別段望んでもいない高校二年生の少年にやらせるというのは、どうなのだろうって思う。
俺は思考を切り替えるようにして息を吐き出し、そして目の前の女神に向き直った。
女神は、俺の視線に気がつくとせんべいを置いて、虚空から紙の束を取り出す。
「それで、約束通りあの世界を救ったんだ。最初にアンタが言っていた『アナタがしっかりと働けば、なんでも一つくらいは、上級神様がお願いを聞いてくれるでしょー』っていうのを、きっちりと叶えやがれ、よろしくお願いします、このヤロー」
「へったくそな裏声ですね、誰のマネですか?」
「女神様のモノマネだよ、よくできてるだろ?」
「えー、なにそれー? 私ぃ、そんな汚い声じゃないんでぇ。それに、そんなことを言った記憶がないですねぇー」
女神は、俺の話に興味なさげな声色をしながら、膝の上に乗せている紙の束に視線を落とした。
おい、流石にそこまで露骨の興味ない感じを出されたら、流石の俺でも傷つくぞ?
「ユウさん」
「……なんすか?」
俺の話は全面的に無視の方向なのね、そうなのね。
そんな俺の落胆なんて知らんぷりで、女神は短く息を吐きだした。まるで、何か重大なことを俺に言おうとしている――ように見えるだけかも。
「とても大事なお話があります」
「大事な話?」
女神は、コクンと頷く。
あれか、もうお役目ごめんだから、元の生活だったり先ほどまでいた異世界に戻してもらえるのだろうか?
希望を出すんなら、先ほどまでいた異世界に戻してくれると嬉しい。
また、リックやマリアと一緒に見て回りたいところもあるし。
「はい。それは――次のに行く異世界のお話なのですが、よろしいでしょうか?」
「……………………………………はい?」
次?
あまりに事務的に、しかも淡々と言う女神に流石の俺もびっくりしすぎて返答に遅れちまったよ。
いやー、女神様とはいえ冗談がキツいね、イヤーキツい、キツいっすわー、めちゃめちゃキツいね。
「いえ、冗談とかではありませんよ? もう上には話を通してあります。この話が終わり次第、すぐに向かっていただきますからご安心を」
「……いや、ちょっと待て、ちょっと待ってくださいクソ女神!」
状況が全く掴めないんだが!?
っていうか、異世界を救ってきた事へのねぎらいとか、褒美とか、なんか諸々の、次の世界での特典とか、そういうのはわかるよ、あぁわかるさ!
だってさ、世界を救ったんだぜ?
俺のわがままの一つや二つくらい通っても、何も問題は無いはずだ。
でもさ、次の仕事の話って何よ? いやね、そのままの言葉の意味だってのはわかるし、わかる自分がとてつもなく嫌になるんだけどさ……と、そこまで考えて、俺は一つの結論に至る。
「……もしかして、俺のお願い事は叶えられないってことか?」
「君のような、勘の良いガキは嫌いだよ」
「いや、勘が良いも何も、普通に考えれば至る結論だと思うけど⁉」
いや、そんなことはどうでもいい!
「なんで俺が、また異世界に行かなきゃいけないんだ! 異世界転移とかって普通は人生に一回のビックチャンスとかじゃないの⁉」
「そんな常識はぶっ潰せ、って奴ですよ。それに、それはユウさんたち側の常識であって、私たちには関係の無いことですし? 例外というのは常にこの世界には存在しているってのは、流石のユウさんも痛いほど思い知らされたのでは?」
「なんだ、ただのブラック企業か」
天界というところには、どうやら地獄が広がっているようだ。
俺たちが想像するようなものは、早めに切り離して考えた方がいいみたい。
そんな俺の呆れ気味の言葉に、女神の耳がピクッと反応する。
「なんと人聞きの悪いことを言うんです? 私たちの下界での評判が悪くなったらどうするんですか!? 信仰してもらえなくなったら、どう責任をとるって言うんですか、結婚してくれるんですか⁉」
「なんで結婚する流れになってるのかは不明だが……ってか、信仰してもらえなくなったら何か不都合でもあるのか?」
俺の問いに、女神は満足げな表情を浮かべて頷く。
「そりゃ大いにありますよ! 私が、ぐーたらできなくなります」
「ろくでもなさ過ぎる……」
こんな駄女神を信仰している下界の人たちが不憫でならない。
多分だけど、この女神は人の不幸とかを楽しめるタイプの女神だろうし、今からその信徒たちにこの女神がいかに駄目な女神かを教えてあげたい。
「人の不幸は楽しいんじゃありません。見ていると笑いが止まらなくなるだけなんです」
終わってるな、マジで終わってるよコイツ。
「欠点がある方が、女の子って可愛いんですよ? 知らないんですか?」
欠点じゃなくて、それは汚点だ。
「イヤだなぁユウさん、私は女神ですよ? 汚点なんてあったら愚み――コホン、人間たちに信仰してもらえなくなるじゃないですか」
「今確実に、愚民って言おうとしたよな? 女神を信じてる敬虔な人たちに向かって、結構な暴言を吐いたよな?」
「失礼、噛みました」
「アカン、それはパクりだ」
女神は視線を下に下げる。
「……ちっ、ノって来いよハゲ」
ハゲって言った!?
男が言われたくない悪口ランキングの、堂々上位に、古今東西関係なく入り続けている悪口を!?
「事実を言っただけで悪口認定とは、ユウさんは私が塑像下以上に心が狭い人なんですね」
「事実じゃない! そもそも、悪口を許容できる人間は、心が広いとか狭いとか以前の問題だと……ってか、さっきから俺の心をさらっと読まないでくれませんかね⁉」
何を考えていてもお見通しって、結構恥ずかしいし、プライベートゾーンに入られて嬉しい人なんていないだろうし。
女神は不思議そうな表情を浮かべている。
「心を読むも何も……私が返答している部分は、ユウさんが全部口に出していますよ? あ、口に出してるってなんか、えっちな響きですね」
「……もうやだ。全部やだよ、お家帰りたい」
「やだなぁユウさん、もうこの女神神殿が第二の故郷みたいなものじゃないですかぁ」
もう、何もかも追いつかないよ。
「と、話し込んでいる場合じゃないですね。もう時間になってしまうので、ユウさんに向こうの状況をお伝えしておきますね」
女神は、右手にある腕時計を見る――っていうか、腕時計付いてないんだけどね――動作をして、ハッとしたようにそういった。
「いや、待て待て、なんで俺はいく前提になってるんだ?」
「え、行かないんですか? 行きたくないですか、異世界?」
「いや、普通に行きたくないけど?」
「なん……だと……?」
いや、顔の作画までそっちに寄せなくていいから。
「寄せないと面白くないじゃないですか!」
女神は無反応の俺に、ぶーすか文句を言いながらも続ける。
「まあ、ユウさんのことだから、ゴネてくるだろうって思って――もう向こうに送る準備は出来てるんですけどね。拒否権はもちろんありません」
「送る準備……って、おい!?」
文句を言い終わるよりも前に、俺の体が光に包まれ始める。
「えっと、もう時間が無いので、手短に説明させてもらいますね」
「おい、ふざけんな! 俺は絶対に異世界になんて行かないぞ! 前いた世界に俺を戻しやがれ!」
「もう、本当にうるさいですね。往生際が悪いですよ? それと、私がこれから、めちゃめちゃありがたい説明をするので、そのうるさい口はチャックさせていただきますね?」
「――っ」
こ、言葉が出ない!?
ってか、え? 待って俺の抗議の言葉を聞いてくれないの!?
見ると、俺の口が白い光で覆われていた。恐らくだが、これで俺の声が出ないようにさせられているのだろう。
……って、冷静に分析している場合じゃない!
「さて、これでオーケー」
「――っ!? ――ッ!」
パンパンと、力仕事をしたような仕草をしながら続ける。
「ユウさんにやっていただく仕事は、至ってシンプルです」
そう言うと、女神は右手の人差し指を立てる。
「その世界では七日後――ユウさんが転移する場所に落ちてくる、大陸をもろとも消し飛ばせるほどどの隕石を、どうにかしてもらいます」
おぉ意外と簡単そう――って、はあ!?
「――っ!」
「ふぅ、もう喋れますよユウさん」
「――あ、ほんとだ……じゃなくて!? お前、それってどういうことなんだよ!? 隕石って、個人の力でどうにかできるものなのか!?」
女神は首を横に振った。
「知りません。自分でどうにかしてください」
「お前えええええええええええええぇぇぇぇ!!!!????」
絶叫する俺に、女神は微笑む。
「あ、でも朗報もありますよ。前回の世界でユウさんが必死に頑張った培ってきた『力たち』は、そのまま使えますね! これで隕石もワンパンだぜ!」
「そんなこと出来るわけないだろ!?」
体も鍛えたが、俺が鍛えたのはどちらかと言えば技術だし!?
それに、大陸を吹き飛ばしちまうほどの隕石をどうにか出来るほどの膂力があれば、魔王なんて簡単に倒せてるわ!
「まあ、そんな感じなので」
「どんな感じ!?」
「また一週間後に会いましょう。失敗したら――会えませんが」
笑う女神。
え、失敗したらペナルティとかあるの?
「当然じゃないですか。ユウさんの魂が消えま――いえ、これ以上聞いたら流石のユウさんも落ち込んでしまうので、やめておきましょう」
「ほとんど言ってるじゃ――って消える……?」
「まぁまぁ、とにかく明るく行きましょう! 人生明るく楽しくいれば、なんとかならないこともなんとかなりますよ! 多分? おそらく、きっと……うんきっと!」
「ふざけんなああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
と、そこで俺の意識は急激に光に飲み込まれ始める。
「それじゃあ、いってらっしゃーいダーリン♡」
誰がダーリンだ――と、そんなツッコミをする暇も無く、視界が白くなっていく。
聴覚が遠ざかり、五感が自分を包み込む光と一体になっていく――その刹那で、確かに聞いた。
「あー、疲れた。面倒な仕事も終わったし、早くシャワー浴びてポテチ食べよっと」
この女神は、どうやら最後までクソ女神だったようだ。
「こんの、クソ女神いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
俺の最後の絶叫は、光に飲まれて誰にも聞かれることはなかった。