揺蕩う群青
少女は一人、空を見る。
何も無い、寒空の青さだけが広がっている。
だが、そんな虚空に胸を馳せながらも、しかし心の中にあるのは――昨日の出来事だった。
昨日の、あの男。
「……」
単身で、しかもあんな軽装備で飛龍に挑む人間。
切れ味の悪いことで有名なギルド支給の剣のみで、あろうことか善戦することができる、人間もどき。
「一体、何者なの……?」
単身でドゥクライと渡り合えるものは、この大陸にも一定数存在する。
それは少女――この世界で例外中の例外である、少女もそうであり、別段あの人間もどきが特別というわけでは無い。
と、言っても、彼女の場合は、ドゥクライと渡り合えるだけで、決してかの飛龍を『殺せる』わけではないのだが――それは、今は語るべきことでは無い。
問題なのは、そのシチュエーションだった。
彼は、足下が泥濘んだ状態で強敵を相手に戦闘をしているような状態だった。
それも、たった一人で、誰の助けも無く――あの様子であれば、飛龍のブレスを直撃したとしても生き残っていただろう。
そんなこと、並の人間には出来ない芸当だ。
異常を通り越して、あれは異質な存在だった。
それは、自分も同じか――
「――なんてね」
彼の話を信じるのであれば、彼の境遇は自分と同じくらい特異なものだろう。
あれだけの戦闘力を秘めているのであれば、自分はもしかして敵対するべきでは無いのかもしれない。
「それは……出来ない」
それは少女に課せられた使命。
この大陸を護り、見守り、監視することが役目の自分の――自分だけの使命だ。
しかし、という思考が脳裏を掠める。
あの後、巣へと帰ったドゥクライを観察していたのだが、鱗の至る所に傷や砕かれて陥没した外殻や鱗が見て取れた。
低級の魔物ですら傷を与えるのに苦労する――あの、ゴミ同然の剣で。
少女も、ボロ剣でドゥクライに傷を与えられないわけでは無い。
しかしそれは、しっかりと構え、呼吸を整えた上での攻撃――あの高速の戦闘の中では、恐らくは初撃以外は狙って出来ないだろう。
しかし、あの男――人間もどきである、男はやってのけた。
平然と、さもそれが当たり前のことのように。
彼がどれだけの修羅場をくぐってきたのか……それは、少女の想像を絶するものだろう。
一番最初に遭遇したときに、自分の攻撃を躱したのは恐らくは偶然でも何でも無いのだろう。
疑念は確信に変わっていた。
あの男は異常だ。
彼の戦闘を見ていた少女は、あの戦闘に飲み込まれるような感覚があった。
引き込まれて、胸を焦がせ、自然と手に汗を握るような――そんな、戦闘だった。
あの男の背中は、かつて夢見た英雄は幻視させる。
「……そんな筈は、ないか」
それは、夢や願望を捨てた瞳だった。
同時に沸き起こる、焦燥と使命感によって巻き起こった色違うの気炎。
「異分子は……排除するしか無いよね」
そうして少女は、風の中に姿を紛らわせたのだった。