ユメと約束
『兄ちゃんの――を、僕見てみたい。小さいのとかじゃなくて、もっと大きいのを、目の前で見てみたい』
その日は、雨だった。
降りしきる雨の中、眼下で苦しそうな咳を何度もする男の子がいた。
脂汗を滲ませながらも、男の意表を突く形でそんなことを言う。
肝心な部分は、なぜだか聞き取ることが出来なかった。
『あぁ、見せてやる。お前が元気になったら――いや、例え元気になれなかったとしても、この場所まで届くような芸術をな! いや、どんなところに居たって見える、兄ちゃんの――だって一発で分かっちまうような、そんなすげぇ――を、絶対にお前に見せてやるっ!』
男は彼の手を握りしめ、努めて平静を装いながら言った。
しかし、その声には苦悶さが混ざり、奥歯でそれを噛み殺しているよう。
男の子は、その言葉に嬉しそうに笑みを浮かべた。
男の感情と連動しているのか、傍観者の筈の俺の心臓が、グシャッと潰れる。
それはどうすることの出来ないことを嘆くようで、どんなに足掻いたところで決して届かないことへ希望を託しているようだった。
『約束、だよ』
『あぁ、約束だ。絶対に』
まるで、無力な自分を呪うように、繰り返し呟く男の声だけが、雨音に混じって装飾の乏しい部屋を静かに反射するのだった――
――目が覚める。
「……なんだ、あの夢」
ぼーっとした思考の中で、しかし嫌に脳裏に刻み付いた夢。
昨日も同じような夢を見た気がしたが――そうだ、起きたときにミハエルがいて、そんなことを思い返す暇が無かったんだった。
まあ、考えても仕方ないか。
俺は、ベッド代わりにしているソファから体を起こす。
ふと視線を向けると、リリアはすでに起きて、外へ仕事へ向かったようだった。
「残り、四日か」
俺は内心の焦りを感じながらも、しかし進むしか無いと思考を切り替えて、また一日を始めるのだった。