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久しぶり、って言うには短時間過ぎるよな

「――相棒、大丈夫か?」


 先ほどから断続的に聞こえる、ドゥクライの咆哮と地を揺らすほどの衝撃音。

 そして木々のなぎ倒される音を背中で聞きながら、ミハエルは気が気でない様子で呟く。


 ドゥクライは、この辺りにいる魔物の中でも上位に位置する魔物だ。

 半端な装備では倒すことはおろか、生きて帰ってくることすら難しいと言われている。


 そんな魔物にリリアの祖父の作務衣に、ギルドから支給された剣一本の軽装。

 加えて単身で挑むなど、愚か者ここに極まれりといったところだろう。


 そんなミハエルの言葉に、リリアは頬を伝う汗を拭った。


「大丈夫、です。だから、ユウさんの負担を少しでも軽くするために早くこの卵を巣に返さないと……っ」


「じょ、嬢ちゃん……っ!」


 リリアのその言葉に感極まったのか、身を震わせる。


「そうだな、相棒なんてどうでもいいが……頑張ってる嬢ちゃんは全力で応援するぜ! フレー! フレー! じょ! う! ちゃん!」


 そう言うとミハエルは、リリアにしか聞こえることの無い大声で、応援を始めた。


 ――もうちょっと静かにしてくれないかな。


 と、リリアが思ってしまったのは、内緒である。







「……あれ、死んでない?」


 俺は、自分に降りかかるはずだった衝撃に備えて、体中の魔力を防御に回していた。


 しかし、その衝撃も来なければ、爆炎も聞こえてこないことを不思議に思い、もしかして死んだのか? と思考しながら、恐る恐る瞳を開けると――そこは、夜の森の中だった。


「あれ、もしかして死にたかったのかな? まあ、普通に考えれば、あんな軽装でドゥクライに挑むなんて自殺志願者か、己の身の程を知らない愚者のどちらかだから……そしたら、ごめんなさい」


「あぁ、いや。そんなことは――ッ!」


 と、声のした方へ視線を向けた俺は、予想だにしない人物の登場に肺から変な風に空気が漏れた。


 すぐに剣を構え、距離を取る。


 視線の先にいたのは――昼間の女。



「お久しぶり――っていうほど時間は経過してないか」


「ディナーを誘うにしては遅い時間じゃないか?」


 咄嗟に距離を取った俺に、少女は笑みを浮かべた。

 見覚えがあるなんてもんじゃ無い。

 俺は、目の前の女に殺され駆けているんだから。


 そんな俺の様子を、少女は楽しむように笑う。

 俺が内心とはまるで反対の、獲物と狩人の関係のようだった。


「そんなに警戒しなくて良いわ。貴方を殺すつもりならドゥクライのブレスから助け出したりせずに、そのまま見殺しにしてたんだし。だから、その剣を下ろしてくれると助かるかな」


「確かにそうか。悪いな、助かったよ」


「気にしなくていいわ。私が好きでやったことだし」


 少女の言葉に納得して、俺は剣先を下ろした。

 体から力を抜きながらも、しかし目の前の存在への警戒は怠らない。

 またいつ殺されるか、分かったもんじゃ無いしな。


 俺は、睨め付けるように少女へ視線を向けた。


「……それで、なんで俺を助けてくれたんだ?」


「簡単なことよ。あの時に聞きそびれたことがあったから、それを聞こうと思っただけ」


「それだけか?」


 少女は頷く。


「えぇ、それだけよ」


 屈託のない笑みを浮かべながら頷く少女に、俺は先ほどのドゥクライと相対している時以上に恐怖を感じていた。

 あれは生存本能を揺さぶる恐怖だったが、目の前の少女が放つ気配は――底が見えない穴を除くような、本当の意味で底無しに対する恐怖だった。


 殺そうとしたり、助けたり……真意が分からない悪意と善意ほど、恐ろしいものは無い。


「それで聞きたいことって何だ? 俺の正体は、昼間に説明した通りだから、これ以上説明できることは無いんだが」


「それはもう済んだことだし、大丈夫。私が聞きたいのは、もっと具体的なこと――例えば、なんで『隕石』について知っているのか、とかね」


「なんで、って言われてもな……」


 女神から聞いたことだし、それ以上説明できない。

 そもそもこの世界についての説明とか情報とか全く聞いてないし、俺は今自分が理解できている範囲で、なんとかやっているだけだ――


「――ってか、お前も『隕石』のことを知ってるのか?」


 と、思考していた俺に一つの疑問が思い浮かび、そのまま質問する。

 街の様子を見たりしている限り、この世界にいる人たちは、まさか六日後に降ってくる隕石によって、大陸が消し飛んでしまうとは思っていないよう。


 それくらい、とても穏やかな日常を送っていたからだ。


 何かしらの危険への察知があれば、ミッドレイの空気はピリっとしていたり、警戒だったりを強くしているだろう。

 俺みたいな身元がしれない男を待ちに入れないとかの対応をしそうだが――それも、無かった。


 で、あるのなら、目の前の少女が隕石の到来をなぜ知っているのか。

 それを疑問に思うのは当然と言えば当然だろう。


「それは……貴方に説明する意味があるのかしら?」


「いや、別に答えたくないなら、無理には聞かないよ。ただ、俺も事情を抱えている身だからな。同じような境遇にいる人間と会えばすれば、運命の一つや二つくらい感じるさ」


「へぇ――」


 少女は、淡い笑みを浮かべる。

 それまでの清冽な雰囲気を忍ばせた、年相応の笑みだった。


 しかし、その雰囲気はすぐになりを潜め、また元の冷たくも儚い――まるで、魔女のような空気感を纏う。


 冷たく、儚く、脆く、切ない。

 そんな言葉が、嫌なくらいに似合ってしまう、そんな笑み。


「――でも、ダメね。貴方には何も教えてあげられないの。あの『隕石』は、私一人の力でどうにかしなくちゃいけないの」


「一人で……?」


 聞き返す俺に、少女は頷く。


「そう、一人で。だから貴方は、何もしなくていいわ。誰に何を言われたとか、貴方の使命だからとか、全く関係ないの。何もせずに、私の邪魔さえしなければ、私の方からも手を出すことはないから」


「それが無理だとしたら?」


 そう言って、藍色の外套を翻す。

 肩越しの冷たい視線が、俺をひっそりと見つめる。


「そうしたら、貴方を殺すしかない」


 そのまま、少女は宵の森の中へ消えていく。


「邪魔するな、ね」


 俺が呟いたと同時に、遠くで信号弾が打ち上がる音が聞こえた。


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