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これはよくあるシチュエーション……?

 あの声は、恐らくリリアか。


「ナイスタイミングだったけど、めっちゃくちゃ嫌な予感が……」


 あの青色の女の子が、リリアらしき女の子の悲鳴に気を取られている隙に、俺は速攻で逃げ出した。


 かっこ悪いとか、そんなことを気にしていられる余裕は俺にはなかった。

 相手の実力がわからない以上、倒すことよりもまずは生き残ることが最優先事項。

 生きてさえいれば、いずれ何かしらの形でチャンスは回ってくる。


 無茶して死ぬのは勇気でも何でもない。

 ただの蛮勇だ。


「それにしてもさっきのヤツ……一体、何だったんだ?」


 俺は人混みに紛れながら、ぐちゃぐちゃになった思考を整理する。

 理由はよく分からないが、俺に対して向けられてきた敵意は本物だった。

 躊躇なく殺そうとしてきたのが何よりの証拠だろう。


 ただ、今はそれ以上のことは分からない。

 であれば、次に俺がしなきゃいけないことは、リリアに似た叫び声の主の元へ駆けつけることだろう。


「……ん?」


 と、そんな俺の上空に見知った幽霊が見えた。

 その幽霊も俺を見つけたようで、半泣きから一転、嬉しそうにも怒っているようにも見える表情で、俺の方へとやってくる。


「あっ――相棒! お前、こんなところに居たのか!」


「よかった、お前が目立つ奴で助かったよ」


 焦った表情を浮かべるミハエルに、俺は少し安心感を覚えてしまう。

 ……なんだか負けた気分になるのは、今は置いておこう。


 当のミハエルは


「迷子になるんなら、事前におれっちに言っておいてくれよ! めちゃめちゃ心配したんだからな!」


「無茶言うなって――ってか、リリアはどうした?」


「あっ――」


 俺は謝りながらも、近くにリリアが居ないことを聞く。

 やっぱり悪い予感ほどよく当たる。


 俺の質問にミハエルは、状況を思い出したように表情を一転させた。


「――そうだよ、嬢ちゃんが! 嬢ちゃんが今、チンピラに絡まれて大変なことになって、大変なんだよ! やべぇんだって、マジで⁉」


「お、おう……分かった。状況はよく分からんが分かったから、そのむさ苦しい顔を近づけて来ないでくれ」


 俺はすぐに、興奮気味のミハエルに道案内を頼んで、リリアが大変なことをされそうな現場へ急行した。


 大通りを抜けて、裏路地に入ったところで四人の人影が見える――


「――グへへ、こりゃ久々に上玉だなぁ!」


「エッチなこと、お兄さんたちと沢山しようねぇ!」


「やめてくだ、さい……っ!」


「やめないよぉ? オイラたちは、必死に抵抗しようとして、でもその抵抗が無駄に終わって、女の子が絶望に表情を歪めるのに、この世のモノとは思えないくらいの、性的興奮を覚えるんだからねぇ!」


 薄暗い路地裏で、必死に抵抗するリリア。

 それを取り囲むように、むさい苦しさマックスの、お兄さんと呼ぶには抵抗感のある欲求不満な男が三人。

 武器は――携帯している様子は無し。


「ほっ!」


 敵を捕捉した俺は、思いっきり走り出し、そのまま一人へドロップキック!

 両足が、脳天へクリティカルヒット。


「まずはそのフードを脱が――グボアッ!?」


 手加減はしたが、油断しているところへのヒットだったから――いや、なんか目玉飛び出してない?

 大丈夫か……?


「「――あ、兄貴ッ!?」」


 ゴロゴロと、そのまま兄貴なるヤツは、人間とは思えない回転をして、そのまま路地裏の建物の壁に激突。

 そのまま意識を刈り取られたと言わんように、頭の上をひよこが回り出す。


 俺の背後で、ミハエルが「ヒャッハー! てめぇら、俺が来たからには覚悟しろよ! 一人残らず呪い殺してやるぜぇ!」と、冗談なのか本気なのか分からない事を言っている。

 たぶん、目の前の二人には聞こえていないのに……悲しいヤツだ。


 きっと虎の威を借りるとは、この事なのだろう。

 さっきはまるで何も出来なかったようで焦っていたが、今は気分も大きくなっているらしい。


 突如として吹っ飛ばされたリーダーに、周りの二人は驚愕に目を見開き――そして、その元凶である俺の方へ即座に視線を向けた。


「て、てめぇ! 急に何しやがる!?」


「そ、そうだぞ! 俺たちが何をしてたって言うんだ!?」


「何をしてたって言われたって、俺の連れにナニをしようとしたから、止めに来ただけだ。次はお前らのどっちが相手だ?」


 そんな取り巻き二人は、しかし俺たちへ反撃をしてくること無く、兄貴分を、自分たちの肩に背負う。

 その動きは大したもので、悪質なナンパをやり慣れているようにも見えた。


「「お、覚えてろよぉ!」」


 と、息ぴったりの捨て台詞を吐いて走り去っていく背中を見つめながら、そっと息を吐き出した。

 あの手の連中は頭を潰せば、襲ってこなくなる――と、過去の助言が役に立った。


「っと、リリアは――」


 視線を巡らせると、呆然と座り込むリリアの姿が目に入る。危機が去ったと思うのも束の間、俺の心に再び心配が宿る。


「――大丈夫か?」


「嬢ちゃああああああああああん!? よかったぜえええええええ!」


「ユ、ウ……さん? それに、ミハエルさん――」


 すぐにリリアの元に行く俺とミハエル。


 その声に、閉じていた瞳を開けたリリアに、俺は笑みを浮かべる。

 なるべく優しさを混ぜて、気持ち悪い笑みにならないよう心がけながら。


「悪い、迷子になってた」


「マジだぜ、嬢ちゃん? コイツ、情けない顔して大通りを歩いてたから、おれっちがここまで引っ張ってきてやったんだ! だから、おれっちにご褒美を――」


 状況が美味く理解できていないのか、リリアは目を白黒させていた。

 しかし、目の前に立っているのが俺だと言うことは理解できたようだった。


 と、次は俺が現状が理解できなくなる番だった。


「っ!」


 胸に軽い衝撃が走った。

 視線を少し下に向けると、フードに隠れていたリリアの白銀色の髪が見える。


 甘い良い匂いが鼻先を掠めた。

 えーっと、これは?


「――じょ、嬢ちゃん!?」


「おっと……?」


 抱きつかれて、る?

 呆然としていた俺を正気に戻したのは、ミハエルの怒声だった。


 狂乱、という言葉がぴったりと当てはまるほどの、凄まじい怒気だ。


「て、てめぇ! 良い度胸じゃねぇ! お前、その薄汚い指を一本でも嬢ちゃんの肌に触れさせてみろ? 触れた瞬間、おれっちの全身全霊、お前を呪い殺してやるからなぁ!」


「言われなくても、何もしないって……」


 俺は大人のお姉さんが好みだし。


 そんな、ミハエルの怒気の元凶でもあるリリアは、俺の服をぎゅっと握る。

 おふ、そういうの結構弱いんですよ。


 やめてくれ……キュンとしちゃう。


「すみません、ユウさん……もう少し。あと少しだけ、こうしていてもいいですか?」


 そんなリリアは、消え入りそうな声で呟く。

 それは先ほどの、恐怖で押しつぶされたものよりも随分とマシになっているようだ。


 服越しに分かる、震える体。

 そんなリリアの様子を知って断れるはずも無かった。

 俺の手は、自然とリリアの背中を撫でていた。


 女の子――しかも、恐怖で震えている女の子を放っておける男が、この世界のどこにいるというのだろうか。


「あぁ、まあ少しなら」


 少し曖昧に頷く俺に、リリアが掛ける体重の比率が増す。

 これがきっと、役得って言うヤツだろうか。






 リリアは、自分の行動を理解することが出来なかった。


(私は――)


 今、男性の胸の中にいる。


 それは、今までの自分の人生から考えても、全く予測できないことだった。

 男性との会話は定期的に来る聖職者の男か、もうとうの昔に空へと召された祖父くらいだった。

 それ以外は、触れることはおろか、まともに会話なんてしたこと無かった。


 こんな自分を……人を困らせることしかできない自分が、今ある以上を望むなんておこがましいことだ。


 リリアの両親は、リリアが原因で故郷を追われてしまったらしい。

 母親は自分が生まれたと同時に亡くなってしまったらしく、そんな話をするとき決まって父はこう締めくくった。


『お前さえいなければ、俺はもっと幸せになれたんだ』


 幼い頃の記憶と言えば、そんな言葉と供に振るわれる暴力と罵りの言葉だけだった。


 その頃には今のように外套で人の視線から隠れていなければ、怖くて怖くて仕方無くなっていた。

 他人が自分に向ける視線が恐ろしくて仕方なかった。


 孤独だった。


 独りで、ずっと寂しくて仕方なかった。

 祖父はずっと自分の味方だったが、そんな三年前に祖父すら自分を置いて遠くへ旅立っていってしまった。


 だから、諦めた。


 聖典にも書かれていることに従って、生きていくことにした。


 ――汝、今そこに生きていることに満足しなさい。

 深くを望んだとき、深みから逃れることは出来なくなるだろう。

 そして、自ら命を断つことは最も不道徳なことである。


 神ですら、現状に満足するように言っているのだ。

 神の教えに背くとは人の道を外れるということである。


(――それでも、私は)


 リリアは考えてしまう。


 誰かと一緒にいたかった。


 しかし、心の中にいる両親の言葉が、誰かと関わろうとした瞬間に蘇り、足を竦ませて言葉が詰まってしまう。


 ミハエルのような、自分の都合関係無しに関わってくれる幽霊は例外だが――だからこそ、不思議だった。


 ユウ――あの、空から振ってきた不思議な青年に対して、言葉を詰まらせること無く自分が会話を出来ていることに。

 緊張していないわけでは無かったが、なぜか話せてしまう、話したいと思ってしまう。


 そして、今そんな彼の胸の中にいる。


(……っ)


 今は、極力何も考えないようにしよう。

 リリアは次第に熱を帯びていく心臓を見て見ぬふりするのだった。

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