迷子の迷子の人間さん、あなたはどこの誰ですか?
広い街で一人きりとは、なんとも不安を煽られるシチュエーションである。
「はぁ、どうしたもんかなぁ……?」
ユウは大通りから外れ、一人路地裏を歩く。
大通りから漏れ聞こえてくる喧噪は、どこか今の彼の心境の逆を表しているようで、なんとも居心地が悪かったからだ。
ユウは座り込み、自分の今置かれている状況を冷静に分析することにした。
そうすれば、解決策が浮かんでは来なくとも、何か役に立つかもしれないと思ったからだ。
「この年になって迷子かよ……」
しかも金もなければ、目的地に向かうこともできない。
ギルドに入るには入門証を購入しなければならず、持っていない者は機密事項とかの関係で中に入ることを許されない。
一応はギルドの近くまで移動してきたが、リリアらしき人の影を見かけることはなかった。
どうしたものか。
考えれば考えるほど、自分の今の状況が惨めでしかなく、そしてそんな事になった女神に対する怒りが募っていくのだった。
今はあんなクソ女神に使っているエネルギーはない。ユウは、頭を左右に振りながら、これからどうするべきかを考えた。
とりあえずはまた動き出すしかないか。じっとしているのは性に合わない。
「ま、立ち止まっててもしゃーないか」
と、立ち上がるユウの視界の先に――人影。
「――あれ、君」
「ん?」
ユウの視界の先に居たのは、群青の外套を纏った少女だった。
髪も群青、瞳も紺碧。
澄んだアルトの声色は聞く者の心に違和感なく入ってくる、純朴な響き。年齢は十代半ばくらいか。
返答をしようか迷い、それでもするのが礼犠だよな、など考え――
「――ッ!?」
しかし、そんな返答をする前に、ユウの体が動き出していた。
反射的な行動だった。
関節が軋む不快な音が、脳髄を反射して耳へ届く。
「あれ、死んでない?」
一瞬だった。
一瞬にして、十歩分の距離を詰めた群青の少女が、彼の首元に向かって銀閃を放つ。
凄まじい速度と練度の一撃――避けられたのは、半分奇跡だった。
ユウは体を一瞬で反転させると、同時に後方へとがむしゃらに体を飛ばした。
地面を靴裏で擦過させながら、なんとか体勢を立て直す。
心臓が早鐘を打っていた。
なぜ自分の命が急に狙われているのか理解できない。
視界の先では、少女が剣先を向けたまま油断を解くこと無く、しかし驚きの表情を浮かべていた。
「君……凄いね。この一撃で、大体の人は殺せるんだけど」
「そりゃそうだろうな――俺も、避けられたのは半分運が良かっただけだ」
「そっか。それはある意味……不幸かもね。一撃で死ねなかったんだもん」
先ほどまで感じ取れなかったことが嘘のような、敵意と憎悪を放つ少女。
ユウは、自分の体内の温度が急激に冷めていくのを感じる。
身に覚えの無い襲撃――しかし、同時に脳裏を過るのは女神の言葉だった。
「お前――もしかして、俺の『転移の座標』をイジったヤツか?」
ユウの、脳内の予測を混ぜた言葉。
しかしあの時、ユウが地面へ落下していく中、一瞬だけ見ることのできた『影』。
その時は特に意識していなかったが、あれはきっと目の前にいる少女なのだろう。
ユウを見下ろしていたその影が纏っている異質な雰囲気と、目の前の少女の雰囲気は似通っていた。
「転移の座標――」
少女は、意を汲めていないのか、当惑した様子を表情へ浮かべ、すぐに何かに思い至ったように微笑んだ。
「——なるほどね、召喚系の魔法科と思ったけど違ったんだ。上空に座標がズレたから、そのまま落ちて死んで一件落着かと思ってたけど……まぁ、ここで殺すから関係ないよね?」
そう言って笑う群青にユウの頬が引き攣っていく。
「殺すつもりなら、死体になったかを確認するべきだったな」
「あんな高さから落ちたら、誰だって死んでるって思うでしょ? それに、生き残っている方の天文学的確率に賭けるほど、私は暇じゃないから」
「そうかい……」
少女は、瞳を眇ながらユウを見る。
「ねぇ、君が死ぬ前に一つ質問してもいいかな?」
「刃物をチラつかせながらするのは、質問じゃ無くて尋問だ。俺に質問があるんならその剣を下ろして、そこら辺のカフェにでも入ろぜ。雰囲気の良い店知ってるんだ」
「ナンパする余裕はあるみたいね」
「ナンパくらいしか、現状を打破する手段を見つけられなくてな」
少女は、フフっと笑みを漏らした。
「口だけは達者に回るみたい」
「達者に回らなきゃ、実力行使になっちまうからな。無益な争いは、好きじゃない」
さて、どうしたものか――と、ユウは頭の中でどうするか思案。
相手は、片手直剣。
対してユウは、徒手空拳。
実力差は今の一撃だけでは分からないが、リーチの差や殺傷能力の差を考えれば、圧倒的にユウの方が不利だ。
そして――相手の反応を見るからに、殺しに『慣れている』が、殺しの『専門』では無いようだった。
殺すことを目的としているのなら、彼の話なんて聞かずに、問答無用で二撃目を放ってくるはず。確実に殺すまで、攻撃の手を休めることは無いだろう。
つまり、何か目的や意図がある――とユウは思考する。
それに、この世界に来て間もない自分が、なぜ殺されなければいけないのか。その理由が分からない以上、目の前の少女からできる限り情報を得たい。
ユウは口を開ける。
「……質問って、何だ?」
ユウの言葉に、少女は意外そうに眉を持ち上げた。
「あら、答えてくれるの?」
「質問の内容次第だがな。俺が知らないことは、答える事なんて出来ないし」
「それはその通りね。まあ……この際、細かいことはどうでもいっか」
少女は笑みの中に冷たいものを混じらせていく。
それは警戒しているようでも、相対する者を敵と認識するか否かを見定めているようでもあった。
「君が一体何者なのか、私が聞きたいのはそれだけよ」
「……何者か、ね」
ユウは自虐的な笑みを浮かべた。
「説明してもいいが――俺が、この世界を救いに来たヒーローとか言って、お前は信じるか?」
「……ふざけているのなら、斬るよ」
剣を構え直す少女に、ユウは笑みを深くする。
「ふざけてなんかいないさ。この世界には、もうすぐ、隕石が降ってくる――そしてそいつは、この大陸を跡形も無く消し飛ばしちまうんだとさ」
「それ……隕石が降ってくるって……なんで、知って――」
言い終えるよりも前に、言葉を被せる。
「知ってるも何も――俺はそれを、とあるクソ女神から言われて、それを阻止するために来ただけだ。それ以上の深い意味は無い」
「君――」
少女がそう言いかけたところで。
「――キャアアアアアアアアァァァァァッ!?」
「ッ!?」
遠くで、ユウの聞き覚えのある声の叫び声が聞こえる。突然の叫声に、少女の意識がそちらの方へ向けられる。
「今の、叫び声は――あっ」
と、ユウに視線を戻したところで、視線の先に誰も居なくなっていることに気が付く。
すぐに辺りに視線を向けるが、もうユウの気配は近辺には残っていなかった。
「……逃げられちゃったか」
少女は詰めていた呼吸を吐き出して、剣を鞘へと戻した。