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「せいさん」という言葉を巡る、4つの短編集。-凄惨な心-

凄惨な心

※「凄惨」(せいさん)

 -思わず目を背けたくなるような惨たらしいこと-

 (この物語は性的暴力を含む描写があります)

 

「待たせてんじゃねぇ。アレンちゃんよぉ。約束通り、今日は何にも着けてきてないよな?」

「つけてきてないよ」

「よし。お利口さんだ。こないだはお前が約束を破ったせいで、俺が殴られたんだからな。アレンちゃんだって悲しいだろ。大好きな俺が殴られたりしたら」

「わたしのなまえは、アレンじゃない」

「そんなこと知ってるよ。いい加減、この呼び名に慣れてくれよ。めんどくせぇなぁ」

 

 アレンの本名は『山田千代子』パッとしないのは名前だけじゃない。見た目もだ。

 高校一年の冬に初めて告白された。もちろん、お断りした。しかし、千代子は諦めず半年の間に二十回以上、告白してした。さすがにめんどくさくなった俺は、千代子に言った。

「俺の言うことを何でも聞いてくれるなら」

「もちろんよ!和也くんの為なら、何でもするわ」

 千代子は約束通り、何でも言うことを聞いた。最初のうちはパシリ的な感じだったが、思春期の男が考える事はろくでもない。

 千代子の呼び名が『アレンちゃん』になったのは、『レンタル穴』を略したのだ。言葉通り、誰にでも穴を貸す。その斡旋をしているのが俺である。

 相当捨てられるのが嫌らしく、何でも言うことを聞く。初めの頃は、泣きながら穴貸しをしていたが、今は何も感じないらしい。ただ、俺から褒められる為に生きているのだ。

 もちろん、報酬に金銭を受け取っている。大した金額ではないが、ほぼ不労所得に近い。千代子は絶対に金銭を受け取らない。何を考えているのか分からなくて、気持ちが悪い。いや、そんな言い方をしたら、バチがあたる。もっと大切に扱うべきだ。唯一無二の商品なのだから。


 

 「おむかえにきてね」

 「今まで一度も来なかったことないだろ。アレンちゃんは僕の一番大切なものなんだよ」

 甘い声で囁いた。

 ……おかしいな。アレンの様子が変だ。いつもなら、耳を赤くして、溶けてしまいそうな目をするのに、無表情だ。まぁそんな事はどうでもいい。

「また後でな」

「おわったらいい子だねってほめてね」

 そう言って、アレンはホテルに入って行った。


「はい。おかね」

 駅のホームで渡された。こんな人混みでやめろ。本当に気の利かない女だ。

「これだけか?」

「そうだよ」

 また、やられた。後輩だからってなめてやがる。こないだも約束の金額より少なかった。

『今回はしっかりとお願いしますよ』と念を押したのに。あのクソ野郎。

「金が足りなかったら戻ってくるなと言っだろ。何でもして約束した金額をもってこいよ」

 アレンの内太ももから血が流れている。

 人が多すぎる。会話の内容も聞かれたくない。なるべく小声で話した。

「あたし、なんでもいうこときいたよ。それなのにいい子じゃなかった?」

「今回はダメな子だったな」

 アレンの瞳に宿っていた光が消えた。そう思った次の瞬間、急行列車に飛び込みあっという間にアレンの身体も消えた。

 急ブレーキの音が耳障りに感じたが、俺はその場を静かに離れた。呆気なく大切な商品は壊れた。

「まじかよ。でもまぁ、荒稼ぎ出来たからいいか。さて、新アレンを見つけなくちゃな」


 退屈な高校生活に戻ってしまった。早く『新アレン』を用意しろと顧客からも催促がうるさい。そんなに簡単に見つかる訳がないのだ。

「おい!和也!」

 同級生の真一郎が大声でやってきた。

「うるせぇなぁ。なんだよ」

「転校生が来たぜ」

「高校にもなって転校生なんて珍しくないか?」

「その辺の事情はよく分かんねぇけど、とりあえずものすごい美人なんだよ」

「それが何だ。興味ねぇ」

「あの子をさ、『新アレン』候補にどうかなと」

「バカな事言ってんなよ。美人を操れる訳ないだろ。千代子はモテないやつだったから『アレン』になれたんだぜ。美人は男に困ってない」

「まぁ、いいからとりあえず、見に行こうぜ」

 確かに、真一郎の言う通り『新アレン』がとびきりの美人だったら報酬の値上げも可能だ。顔面偏差値が高い事に越したことはない。


 廊下に男女の人溜まりが出来ていた。輪の真ん中で困った表情をして立っているのが「水橋百合」と言う転校生らしい。

 格が違う綺麗さだ。住む世界が違う。幻でも見ているのかと錯覚しそうになった。そんな彼女が俺の目を見て微笑んだ気がする。

 学校中の男子が彼女に夢中で、毎日誰かに告白されていた。そんな奴を女子達が黙って見ているわけがない。しかし、驚く事に防衛隊が出来たのだ。変な虫がつかない様に彼女を守るというのだ。


「和也……くん?」

 赤点補習の再テスト中、後ろから透き通るような声で話しかけられた。思わず驚いてしまい、ダサい姿を見られてしまった。

「百合ちゃん?」

「驚かせてしまってごめんなさい」

「どうして、俺の名前知ってるの」

「お友達に教えてもらったの。勝手にごめんなさい。こんな女じゃ嫌わちゃうわよね」

「いや、そんな事はないけど、何か用?」

「初めて私と会った時の事、覚えてる?」

「うーん……。確か、百合ちゃんが、みんなに囲まれてた時かな……」

 鮮明に覚えているのに、曖昧なふりをした。

 「正解!覚えていてくれて、嬉しい」

 「俺もさ、聞きたい事があったんだ。もしかしてあの時、俺に微笑んでくれた?」

 「気づいてくれたのね。やっぱり、私が思っていた通りだった」

 「どういう事?」

 「和也くんが救世主だって、一目見ただけでわかったの。だからお願い……。私の彼になって欲しいの」

 意味を理解するのに、数秒を要した。

 「お、俺に言ってるの?」

 「そうよ。すごく恥ずかしい。いきなりごめんなさい」

 断る理由など存在しない。まさか、向こうから寄ってくるとは思わなかった。俺はなんてラッキーな男なんだろう。これで『新アレン』が誕生しそうだ。

 「百合ちゃんが望むなら、別にいいよ」

 「本当に?私、すごく嬉しい……。和也くん、ありがとう。これからよろしくね」


 ー『俺に微笑んでくれた?』だって。よくそんなことを平気な顔して聞けるな。この自意識過剰のゲス野郎。お前は、千代子の心を凄惨に殺したのだ。何が『百合ちゃんが望むなら』だ。かっこつけやがって。ふざけるのは顔だけにしろー


 俺と百合の関係はあっという間に広まった。ライバル達に嫌がらせをされたが、百合が俺を守ってくれた。

 「私の大切な人をいじめないで」

 その一言で十分だった。

 百合と体の関係を持ってから『新アレン』候補の考えは、完全に消滅した。むしろ、誰にも触らせたくない。俺だけの物だ。

 「ねぇ、和也くん。聞いてほしいお願いがあるの」

 「任せろ!百合をの願いを叶える為なら、何でもする」

 「そう言ってくれると思ったわ。ありがとう。ついてきてほしい所があるの」

 「わかった。一緒に行く」

 

 見覚えのあるホテルの前に着いた。

 「私ね、一度来てみたかったの。大好きな彼と」

 「それが、百合の願い?なぁんだ。こんな事だったのか」

 エレベーターに乗り、部屋に入った。今日も百合に触れられると思うだけで、体が火照る。

 「先にシャワー浴びさせて」

 そう言って、百合はドアを閉めた。


 水の音が聞こえない事を不思議に思い、浴室に向かおうとしたその時、見知らぬ男が立っていた。

 抵抗する間もなく、腹を殴られベッドに倒れ込んだ。

 ……それからの記憶はない。激痛で目を覚ました。尻が痛い。シーツには血が付いている。人の気配を感じ振り向くと、体育座りをした百合が、微笑んでいた。

 「いい子だね。アレン君」

 右頬に手を添えて甘い声で囁いた。

 その言葉にゾッとした。

 「な、何を言ってるんだ。なんでこんなことを……」

 「和也くんは、報酬にお金をもらっていたでしょ。私はね、違うの。その代わりに、次の人を紹介してもらう事が条件なの。だからね、途切れる心配がないんだぁ。頭いいでしょ?」

 吐き気がする。一体こいつは、何者なんだ。

 「明日もよろしくね」


 この地獄は続くであろう。得体の知れないこの女からは逃げられない。千代子の友達なのか?いや、あいつには友達など居なかった。なぜだ。誰なんだ。

 今、俺は見覚えのあるホームにいる。しかし、あの時とは違う景色を見ている。

 百合のスカートが風で捲られた。俺がこの目で最後に見たものは、太ももの薔薇だった……。

 


 

 

 

 

 

 

 






 


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