表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

「せいさん」という言葉を巡る、4つの短編集。-生産美人-

美人生産機-生産美人-

生産美人

※「生産」

 -元からある物に加工して、必要なものを作り出すこと-

 

 

『いのちはたすけてあげるから』

 

 少女が私の顔に近づき小声で言う。口が動いているのに、最後まで言葉が聞こえない。一体あの子は誰なんだ……。

 

 遅番を終えて帰宅し、ソファーに座っていたが、いつの間にか眠っていた。うたた寝をすると必ず、少女の夢を見る。今もまさにそうだった。最近は、この夢も気にならなくなった。そんな事より、肌にまとわりつくこの汗を、早く流したい。

 お風呂場に行き、最初にシャンプーをした。

「痛い!」

 太もも辺りで何かが動いた感じがした。肌の上ではなく、皮膚の中だ。思わず目を開けてしまった。流しきれていない泡が入り、目も痛い。急いで顔を洗い、痛みを感じた部分を凝視した。

「ミミズ腫れ?怪我した記憶ないけどな」

 三センチほど、傷のような跡がある。

 (ピクリ)

 「痛い!やっぱり、動いた!何?キモチ悪い!」


 急いで脱衣所へ行き、体にタオルを巻いた。タオルの上からでも肉が目立つ。自分についているこの贅肉を、心の奥底から憎んでいる。若い頃はスタイルが良く、モデルみたいだと羨ましがられていた。しかし、年齢を重ねるのと同時に、肉も重ねていった。

 ソファーに座り、タオルをそっとめくり、太ももを見る。やっぱり、ミミズ腫れはある。

 「動いたのは気のせいだったのかな。昨日ホラー映画見たせいで、変な想像しちゃったのかも。疲れたし、寝よ」

 

 美月。三十七歳。ママは病気で他界し、パパは何年も入院している為、一人暮らし。工場勤務。メイク、ファッション、興味なし。趣味はお取り寄せグルメを食べること。

 ここ最近、どんどんズボラになっていく。体型もその一つだ。太り始めた頃は、カロリーの低いものを選んだり、ストレッチをしていたが、いつの間にか欲望のまま生きてしまっている。

 やっと、遅番三連勤が終わり今日は休みだ。満足行くまで寝てらると思ったが、玄関の前で配達員が大きな声で呼んでいる。

 

 インターホンが壊れてるのを忘れてた。玄関に『置き配でお願いします』と貼るのも忘れた。

「すみません。お荷物です」

「はい。今、開けます」

 寝起きの声は酷く枯れていて、おっさんに間違えられそうだ。

 ゆっくりとドアを開け、目が合った。その途端、配達員の手が震え出した。そんなに怖い顔をしているのだろうか。

 「ごめんなさい。インターホンが壊れてまして」

 「い、いえ。とんでもないです。ありがとうございました」

 荷物を押し付けて渡し、逃げるように走って行った。

 「こんなに暑い中、忙しくて大変そう。震えてたけど、熱中症じゃないよね。大丈夫なのかな」

 もしかすると配達員の震えは、私に怯えていたからかもしれない。他人の心配をする前に、自分の体型を心配した方がいいと、お取り寄せグルメを開けながら自虐的に笑った。

 

 リビングに戻る途中、廊下を歩きながら、洗面所の鏡に目をやると、知らない人が写った。

 「……誰かいる?」

 気のせいだと確認するために、ゆっくりと後ろに下がって、鏡を見た……。

 「キャッ!」

 私と同じ服を着ている人が写っている……。

 「うそ。わたし……?」

 変わり果てた私がいた。透明感溢れる肌。手から少し、はみ出す大きさの胸。柔らかいお尻。美しすぎる顔。そして、完璧な歯並び。振り向かない男などいないだろう。

 「本当に私なの?美しすぎる……。これで、メイクなんてしたらもっと綺麗になっちゃうわよ」

 残念ながら、メイク用品は一つも持っていない。自分に酔いしれていると、また(ピクリ)と痛みを感じた。

 「なんなのよ」

 寝る前よりも傷の長さが、倍くらい伸びている。

 

 『いのちはたすけてあげたでしょ』

 夢に出てくる少女の声が聞こえた。

 『たすけてあげる』から『たすけてあげた』に変わった。

 「幻聴?うたた寝なんてしてない。起きているのに、なぜ声が聞こえるの……」

 『美人にもしてあげた』

 「誰なの?どこにいるの?」

 『たすけてほしいの』

 (ピクリ)

 今までの中で、一番の痛みを感じた。恐怖と激痛で、頭がおかしくなりそうだ。ミミズ腫れが、太くなっている。

 『あなたの体内にいるの。声が聞こえるでしょ』

 「何を言っているの?やめて!」

 『落ち着いて。あなたには何もしないわ。私を、たすけてくれるなら。私のことを思い出させてあげる』

 

 突然、頭の中に映像が流れた。

 大きな水溜まりの真ん中に、制服姿で立っている私がいた。底から無数の手が私の体にまとわりつき、引きづり込もうとしている。抵抗することもなく、沈んでいく。顔が水の中に入る寸前、ものすごい力で外に飛ばされた。私は、その場に倒れて目を開けた。

 『いのちはたすけてあげるから』

 あの時の少女だ。その子が私の体内にいる……?

 

 思い出した。頭の奥底に追いやった嫌な記憶を……。

 高校生の冬、部活が遅くなり、帰る頃には暗くなっていた。なんとなく誰かに付けられている気がしたが、早く帰りたい気持ちが勝り、確認などしなかった。まさか自分が、不審者に追われているなど思わずに……。

 一ヶ所だけ、街灯がなく人通りの少ない場所がある。気づいた時には、遅かった。ぼんやりと目を開き、激しい頭痛に襲われた。そして焼けるような腹痛。意識が薄れていく時、やけに下半身の風通りが良かったことを覚えている。

 目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。そうだ、その日から少女の夢を見るようになった。

 『思い出してくれた?あの時、いのちを助けたのは私なの。だから今度は、あなたが私を助けて』

 「別に、助けてなんてお願いしてないわ。嫌な記憶まで思い出させて何なのよ!早くあたしの体から出ていって!」

 『そう……。残念だわ。それならあなたには、死んでもらわないと』

 「え?どうしてよ」

 『あなたの代わりは他にもいるのよ。みんなで作ったの』

 「な、何を作ったのよ……」

 『美人』

 「何よ、それ」

 『あなたのように、生身の人間の体内に入り込んで、美人を大量生産したの』

 「何をする気なの」

 『男どもに復讐よ』

 私に選択肢はなかった。まだ、死にたくない。無言で頷いたその後、また太ももに痛みが走る。

 「痛い」

 (ジジジジ……)

 ミミズ腫れを隠す様に、薔薇のタトゥーが刻まれていた。


 






 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ