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俺の役目

 嘘をついたかもしれない。いの一番にそう思った。チート能力を与えられなくてもなんとかやって行けると思った。それぐらい、サポートが充実していた。


 俺が目覚めた建物は、良く言えば自然豊かな場所にあった。(具体的に言えば、陽の光も入らないくらい鬱蒼とした森の中だ)


 そこまでは、まあ、よかった。(俺の心は良くなかったが)モイが肩の上から行くべき方向を指してくれたおかげで迷うことはないと思っていた。


 さっき、あの水晶の部屋にあったのが、子供の背丈ほどもある大剣(腰につけるのは歩きにくそうなので、背中に背負うことにした)だった時に気がつけば良かった。この世界は、あるいは、この体の元の持ち主は、生きていく上で戦う必要があるってことだ。


 そして、こんな鬱蒼としてる場所に、何も生息してないってことはないんだ。つまり、まあ、そう言うことだ。


 動物に会った時は、目を逸らしてはいけないと聞いた。けどさ、みたこともない生き物(正確に言えば、鹿みたいな頭にゾウみたいな牙がついている、その下にある胴体には爬虫類のような鱗がびっしりとあり、そこから五本くらいの足が生えている異形の生き物、というか、化け物)が出てきたら、平穏に生きてきた俺のキャパはとっくにオーバーし、とりあえず後先考えずに背を向けて走り出してしまうのは、仕方ないと思うんだ。


 良かったのは、この体が思ったより足の速い体だったことだ。良くなかったのは、こんな鬱蒼とした場所で手に余る大剣を抜いてしまったことだ。この体が筋肉質な為か、そこまで重いと思わなかったが、木の間をすり抜けるには大ぶりな大剣は返って邪魔になる。


 耳元で「ニィッ」という鳴き声が聞こえた。慌てて肩に手を置いて、ゾッとする。モイがいない。慌てて振り向く。


 そう、振り向いてしまった。足を止めてしまった。俺の目に飛び込んできたのは、眼前にまで迫った鉤爪だった。まずい、と思う暇も、死を覚悟する暇もない。


 その時だった。自然に体が動いた。(変なことを言っていると思うが、本当に、勝手に体が動いたんだ)


 体を低く落とし、鉤爪の横なぎの一撃を避ける。そのまま前に飛び出し、片手を地面につけて体のバランスを保ち、もう片方の手に持った大剣を振り返りざまに凪いだ。どさりと音を響かせて異形の腕が落ちる。


 咄嗟に耳を塞いでしまいそうな耳障りな悲鳴が轟いた。それでも(もう逃げたい俺を置き去りに)この体は前に出て異形の胴体に剣を突き刺す。バランスを崩し後ろに倒れたその異形を踏みつけ、剣をほぼ無理矢理引き抜き、そのまま、異形の首を刈り取った。


「……ははっ」


 笑みが溢れた。俺の浮かべた笑みかどうかは分からない。ただ、その時、初めて、俺は他人の体の中に入っているんだな、と思った。



 モイは近くの茂みに身を潜めていた。思ったよりすぐに見つかって心底ホッとしたのは言うまでもない。モイは至ってピンピンとしていて、怪我をした様子もない。どちらかというと、今の俺の見てくれの方に問題があった。あれだけ大暴れしたのだから、まあ、そうの通りというか、しっかり異形の返り血を被り、間違いなく誰かに見られでもしたら悲鳴を挙げられてしまう姿になってしまっている。何より、べとついて気持ち悪い。せめて水辺に辿り着きたい。


 モイのナビゲートに従っていればいつかは人里にたどり着けるという理想にも、少しばかり問題が出てきた。まあ、突然現れた余所者を受け入れてくれる場所があるかはともかく、こんな血だらけの状態なら話しかける前に逃げられるだろう。


 困り果てていると、モイが腕にまでよじ登ってきて、『これっ』とでもいうように腕輪をペチペチと叩いた。そういえば、地図みたいなアイコンもあったな。


 試しにタッチパネルを出して地図のアイコンをタップすると、それこそ元いた世界で世話になった地図アプリみたいな画面が映し出される。白色の矢印が多分、俺の現在地なんだろう。なら、これみよがしに立っている赤い旗印は目的地というところか。


 本当に、あの天使は仕事ができるというか、なんというか……。あの、そそっかしい所をなんとかすれば、なかなかいい線いってると思うんだが。そういや、あいつ、試験を受けてるんだっけか?これぐらい仕事ができるなら、すぐに合格しそうなもんだが。(どんな試験かは知らないが)


 ありがたいのか、ありがたくないのか、目的地が思ったより近い。そして、ありがたくないことに、水辺がない。目的地がどうやら開けている場所らしく、多分、村でもあるんだろう。その近くには道のようなものも表示されていて、とりあえずここに辿り着けば、なんとか人間には会えそうだ。


 と、俺は結局、悩むしかできない。ここで悩むより、びびって石を投げられる覚悟で目的地にたどり着く方がいいかもしれない。さっきのである程度の戦闘力が備わっていることはわかったから、訳もわからず殺される、ってことはないだろう。


「頼むぞ、モイ」


 そう言ってモイの額(多分、額なんだと思う)を撫でると、嬉しそうな声を出した。こんな鬱蒼としたところじゃ、地図アプリも意味をなさない。モイだけが頼りになるだろう。日もそろそろ沈みかけ、ただでさえ暗い森がさらに暗くなる。こんな時に、妙な生き物の寝床にでもカチあって仕舞えば、多分、洒落にならないことになるだろう。あの天使に足りないのは、多分、この辺りのリスクヘッジだな。全く、このまま人里につかなかったらどうするんだか。



 俺の心配をよそに、思ったより早く目的地に着いた。小さな集落のようだ。木で骨組みを作った上から、みるからに安っぽい漆喰のようなもので塗り固められた家がポツポツとある程度で、どう見ても栄えている様子ではない。そもそも、どこが村の入り口なのかもわからず、獣よけの為に立っているのであろう柵もまた、所々壊れていた。


 とりあえず、(体力も気力も底を着いてきて入り口を探す余裕もなく、)壊れてしまっている場所を跨いで村の中に入る。


 と、丁度、家から出てきた質素な服を着た女性と、ばちりと目があった。あ、やばい、悲鳴上げられるかな? とりあえずモイはやばいな。どう見てもモンスターだもんな。


 咄嗟にモイをマントの中に突っ込む。モイから抗議の鳴き声が聞こえたが、知らないふりをした。さて、どうくるか。


 俺が身構えたのをよそに、そばかすだらけの顔をぱあと輝かせ、女性は俺の腕を掴んだ。


「申し訳ありません、こんな辺境まで、お役人様を」


 待った待った、訳がわからない。お役人? どういうことだ? 誰のことを言ってるんだ? いや、この場合、俺に向けられた言葉なのは間違いないと思うが。


「道中は危険だったでしょう。申し訳ありません、私どもには、退治屋を雇う蓄えなどないのです」

「待った、お嬢さん」


 俺はぴっと女性の前に手をあげ、必死とも見える訴えを止める。キザっぽい呼び方になったのは許してほしい。これ以外に女性への敬称を知らないんだ、俺は。


「お役人? 俺はそんな大層なものじゃないが」

「何をおっしゃいます。こんな辺境にわざわざ人が来るはずがありません」

「なあ、お嬢さん、俺がお役人に見えるのか? お役人てのは、こんな血だらけじゃなくて、もっと、こう、清潔な見てくれじゃないのか?」

「ここまでの道中を考えるならば、こうなってしまうのも仕方ありません。ああ、けれど、本当に、来てくださり、うれしい限りです」


 涙を流す勢いで詰め寄られ、否定する暇もない。そのうち、わらわらと村の若い衆だろう奴らが集まってきた。


「ありがとうございます。もうどうしようもないのです。戦える者は皆食われてしまいました」

「皇都に便りを出したのがひと月前、まさかこんなに早く、我らを救いに来てくださるとは」


 まずい。石を投げられるのは避けられそうだが、この思い違いは流石にまずい。とんでもなくまずい。あいにく俺は、(体が勝手に動くと言っても)さっき剣を握ったばかりの素人だぞ? 何をしろって言うんだ。


「お願いでございます。老人連中はあいつの恐ろしさをわかってないのです」


 はい? 『あいつ』?? あ、なんか、本格的に嫌な予感がしてきた。


「ああ、どうか、お役人様! かの化け物を、退治してくださいませ!」


 ああ、なんてテンプレート通りの展開。冒険物語の始まりにぴったりだ。これがラノベなら、俺は喜んで読んでたな。俺とは全く関係ない赤の他人が主人公の、フィクションの話ならな!


 なんて、追い詰められて最後の頼みを逃したくないらしい若い衆への俺の抵抗も無力に近く、あれよあれよと言う間にその村である程度来客用の設備が整っているらしい家に通されてしまった。その家に、見るからに村で一番清潔で大きなベッドと綺麗な水の出る井戸をあてがわれていると知った時、俺はもう逃げられねえな、と思った。

(後から考えれば、あの若い衆にとっては、役人かどうかなんて関係なかったんだろう。ただ、間違いなく戦える人間が来たことで、俺がその脅威に勝つにしろ、負けるにしろ、ただ、この、先の見えない生活に終わりを見出したかったんだ)


 損得勘定のはっきりしてるやつなら、こんな村、さっさと出ていくんだろうが、あいにく俺は頼られると弱い。ここで俺が見捨てたことで、あいつらがもっと不幸になることへの責任をとる勇気は、正直ない。


 まあ、善人でありたい、と割と本気で思えるのが、普通に幸せに生きた俺の、良さじゃないかな。(自分で言うのもなんだが)


 それに、俺はどうやら、この村に用事があるようだ。マップにこれみよがしにピンが立っているのも然り、モイのナビゲートの先がここだったのも然り。まあ、この「糸」も然り。


 今、俺の指には、半透明の薄い糸が繋がっている。俺の指に繋がっていないもう片端はそのまま、すう、と見えなくなっている。改めて見ても、ものすごく俺向きで、かつ地味な「能力(スキル)」だよな。


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