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戦う決意

クレアは医療学校を卒業すると、ダンの診療所でしばらく研修医として、治療していた。

ダンはクレアにマークから事件の詳細を聞いたと言ってきた。

なんとも思っていないといえば嘘になるが、気にしても仕方ないとクレアはうそぶいた。

「初体験は?」

「え?!」

養父が聞く質問じゃないでしょとクレアは言ったが、ダンは真顔で口にした。

「レイプで初めてだったのかと聞いているんだ。」

「初めてじゃないよ。」

クレアは顔を赤くして怒った。

「そっか、良かった。」

ダンは続けざまに聞いてきた。

「聞きたいわけじゃないんだが、知っておいて安心しておきたいんだ。初めてのオトコってどんな奴だったんだ。」

クレアはあからさまに気持ちをうち明けて話すダンに対して、唖然としていた。

少し不憫に思って、クレアはすべてをダンに話した。

初めての相手は、山岳救助隊の隊員で、武術習得の本をくれた屈強な男性だった。

好きあって、セックスしたのではなかった。

大規模な崖崩れの災害が起き救助に向かったが、災害に遭った人々のほとんどの命を救うことができなくて、精神的に辛くなったからだ。

声を上げて泣くことをためらって、負のエネルギーが体に充満し、はちきれそうなのをこらえている姿をみていて、痩身なクレアの体を丈夫で太い腕と分厚い胸板で抱きしめた。

17歳の夏のことだった。

痛みが体を貫いて、クレアは自分が女であることを初めて知り得たような感じを受けた。研修を終えれば、何事もなかったように別れることができたのは、好きあっていなかったからだろうと、自分の情愛の無さを否定した。

だからというわけでもないが、レイプされたことで、辛いとか苦しいとか、忌み嫌うとかはなかった。

愛玩具のために人身売買された自分の立場というものを理解してしまった少女時代。自由を得た状態でありながらも、どこか自分の体、特にオンナとして俗物的なものを求められたら惜しげもなく差し出さなければいけないという思いがあった。

一種のトラウマになっているのかもしれない。恐怖するのではなくて、受け入れてしまう、畏怖いふするような気持ちにさえなってしまう。

すべて話を終えて、気にしても仕方ないと言った自分を嫌になってしまい、クレアはダンに抱きついて、泣き叫んだ。

「素直になれとは言わない。俺も素直じゃないからな。抱え込みすぎて吐き出せずにいたら、乱暴な方法で吐き出させることもあるかもしれないから、覚悟しておいたほうがいい。

その役目が俺だとは限らない。また、お前が誰かの抱えているものを吐き出させるかもしれない。そうやって、お互いの重荷を軽くさせることもあるだろう。」

泣きはらした顔でクレアは言った。

「義父さん、もしかして、ミランダのこと好きだった?」

「ああ。マークと俺はミランダを好きになった。ミランダが選んだのはマークだった。彼女が幸せになるための選択をしたと俺は安心しているというか納得している。」

ダンの診療室にある本棚にマーガレットの造花が飾られていた。

それをクレアは見つめていた。

「ミランダを失ったというか、俺の中で欠けた部分を埋めるために、一人の女性を愛そうとした。俺自身と似て、自己表現が下手なオンナだった。

間違いに気がついて、お互いに別れるという答えを出した。」

それはダンの元奥さんの話しだった。

クレアはすこし不安になった。長くはない期間をダンとともに生活していた。そしてこれからはずっとダンと生活していくことになる。この小さな診療所で。

そんなクレアの不安を知ってか知らずか、ダンはスワン村へ行く事に再度挑戦すると言った。


「今、なんて言ったんだよ、レテシア!?」

診療所内に響き渡りそうな大きな声でクレアは叫んだ。

レテシアは顔を赤くしてクレアを見つめていた。

「同じ事を言わせないで。わたしの思い違いだったら、迷惑掛けなくて済む話なの。」

誰に迷惑掛けるんだよと言いたげなのをこらえて、クレアは頭を抱えた。

(あたしのかわいいレテシアが、よりにもよって、妊娠だなんて!?)

クレアが医療学園都市にいてた頃、レテシアがスカイロード上官育成学校で事故に遭い、入院している話を聞きつけて、何度も見舞いにいった。

皇帝がお忍びでレテシアを見舞いに来た話は知っていた。レテシアが退院した後、しばらくは学校を休学していて、スタンドフィールドドックにいてる話は聴いていた。

ドックにいているということは、もちろん、あのくそ生意気なガキのロブと接する時間が多くなることはわかっていた。ロブがレテシアに惚れているのは知っていたが、15歳だ。

自己表現な下手なガキと認識していたし、ジゼルから恋愛に関して唐変木とうへんぼくだからと聞いていたので、まさかそこまで至ることはあるまいと思っていた。

クレアは冷静になるよう、自分に言い聞かせた。レテシアに頼まれたように、妊娠検査を始めた。結果は陽性だった。

レテシアは幸せそうに喜んで、生みたいと言った。そして、「どうしてこういうことになったのかなんて、聞かないでね。」と言って、レテシアは釘を刺したつもりだった。

「ジゼルじゃないんだから、どうやって子供ができたかって、聞いたりしないよ。」

ミランダの次に人懐っこさがあるレテシアだが、天然だなって思いつつ、愛らしい笑顔に気を許してしまう。

クレアは冷静に問診しようとして、最終生理日をレテシアに聞こうとした。「どうして?」と聞かれて、苛立ちを感じてしまい、「出産予定日を特定するんだよ。」と声を荒げてしまった。

レテシアは気にせず、素直に答えた。出産予定日は冬だと伝えると、嬉しそうにお腹を撫でるレテシアを見て、クレアは「診療所に超音波の検査ができないから胎児の大きさがわからない」と言った。

知りたければ、大きな病院へいくと良いと言ったが、レテシアは無事に生まれてくれればそれでいいと言った。

どうして妊娠してしまうようなことになってしまったかは想像にしたくもなかった。ただレテシアが幸せそうなので、無理やりってことは無いだろうと考えていた。

レテシアがロブに気があったとは思いもしなかったが、事故後の入院中に何度か見舞いに来て、短い手紙が何通も届いていたのは知っていた。それが功を奏したか、心の傷をロブが埋めたのか。


ロブが診療所にやってきたのは、ロブが腕を骨折したからだった。

ロブに会ってみて、なぜ骨折したのか一目瞭然で理解した。目に青痣、口角には切り傷、上半身を裸にすると下腹部に痣があった。

両腕のすねに痣が無いのは防御をした様子が無いことを意味している。つまりは、暴行されることを良しとして受け入れた姿勢があったということだ。

「ハートランド艦長は容赦しなかった。レテシアが泣き叫んで懇願しても、止めなかったんだ。」

歩くのもやっとだというロブを連れてきたフレッドは、クレアの治療を手伝いながら、言った。

「レテシアが泣き叫ぶくらいじゃ、やめないでしょ。レテシアも悪いって思ってるんだからさ。」

「ハグハグハ。あ、ガ。」

切れた口でロブは言葉を発しようとしたが、なにを言っているか、わからなかった。

代弁するつもりのないフレッドは言った。

「親父に殴られている時は怯えているんだが、艦長に殴られるかもしれないって時には、こいつ、睨み返していたからなぁ。」

「喧嘩売ってるって思われても仕方ないな。餓鬼がきなんだよ、自分を痛めつけることでレテシアを守れるわけがない。ってか、ゴメスのおやじさんも殴ったの?」

「ああ、腹を殴ったな。そのあと、レテシアの叫び声とともに、猛烈に走りこんでくる艦長が現れてでだな。」

「まさに恐怖だな。」

というか、親父さんには怯えて、艦長には睨み返すって・・・とクレアが思った瞬間、理解した。ロブの父ゴメスがお腹を殴ったのは、気合を入れさせるためだったと。

レテシアがロブに妊娠したことを伝える時に、クレアは付き添った。間をおいて、ゴメスに話をする時にクレアは立ち会った。

その時のゴメスの表情がクレアには目に焼きついていた。いぶかしげな顔から憤怒ふんどの顔になり、ロブを怒鳴りつけた。

「お、お前は、レテシアに気に入られたい一心で、がんばってきたのか。」

周囲にいたものは、一斉にこころのなかで思った。今頃、気がついたのかと。初めて聞かされたときに、ゴメスはその一言だけで言って、何もしなかった。

そして、ロブに背中を向け肩を震わせて、「時間をくれ。」とだけ言った。

ロブが艦長に殴られてから、数日後に、レテシアはスタンドフィールド家の一員になることを認められた。


レテシアは臨月の頃まで、ドックから診療所へ生活する場所を変えた。

ドックにいてると、空を飛べないストレスが溜まってしまうからだった。

臨月を迎えて、診療所での出産を望んでいたが、事情が変わった。

ダンがスワン村を訪れた後、身重のセシリアを助けたことで預かることになったからだ。

ゴメスの後妻マーサとふたりで医療学園都市のダンの友人である女医のところへむかい、勤務する病院で出産することとなった。

クレアは、ダンとともにセシリアの治療にあたった。

セシリアの素性は皇女殿下だったが、黒衣の民族に誘拐されて亡くなったことになった。

自ら黒衣の民族についていったセシリアは奴隷のように扱われて、黒衣の民族の長の息子の子を身ごもった。

セシリアは薬づけになって子を出産したので、かなり躁鬱の激しい症状が出ていた。

ダンの判断でセシリアの子は死んだことにして、ダンが素性を知る人物に預けた。

クレアは最初から、セシリアの性格が合わないことを承知で一緒に生活していたが、とうとう我慢できずに、追い出したことがあった。

ダンはゴメスに相談し、セシリアをドックで預かることになった。

クレアはセシリアとロブとレテシアの三角関係を知ることとなったが、我関せずと対岸の火を決め込んでいた。

ロブがセシリアを相手にしないことを知っていたからだったが、誰もが予想もしなかった展開がこの後、待っていた。

セシリアがフレッドの子を身ごもったことだった。

このことでゴメスが一気に老けてしまったと周囲は口にしていた。

クレアとダンはゴメスに同情するしかできなかった。

セシリアを連れてきたのは、ダンの判断だったし、セシリアの素性を知りながらも、どうすることもできないでいることをダンは後悔し始めていた。

ダンは幾度となく旅に出るといって、診療所をでて、放浪していた。

クレアは、自分自身がダンの妻になったような気持ちになり、置いていかれる事を寂しいと感じていた。

ふたりで生活することの気まずさが、自分が大人になることでより一層感じていた。

何を目的に放浪しているのかは、うすうす気がついていたが、そのことでダン自身が命を縮めることになるとは、ダンもクレアも思っても見なかった。

ダンが何かしでかしたりしないかと、自分を置いてほんとうにいなくなってしまうのではないかという不安を抱えるようになり、その吐き出し先をどこへもって行けば良いのかわからなかった。

ゴメスが亡くなり、レテシアがロブと別れてしまい、マーサも亡くなり、周囲は様相を呈して移り変わっていった。

そして、不安要素の原因であるセシリアが事件を起してドックを去った。

ダンは仕方がないことだと思っていたが、かなり心は痛みを感じていた。

レテシアがロブと別れたのは、セシリアが原因ではないかと噂があった。

セシリアがジリアンを虐待したのは、確実に黒衣の民族の子を死んだことに対するフラストレーションだった。

ダンはレインとジリアンが母親を必要とする大事な時期に引き離されてしまうようになったことに心を痛ませた。


セシリアは皇族に引き取られたものの、亡くなったことを公表された事実があるので、皇女として迎えられることはなく、貴族の養女として引き取られた。

後にデューク=ジュニア=デミストとの再会があって、妻になった。

このとき、セシリアの素性を知るものが誰なのかということにおいて、黒衣の民族の子を出産した情報が漏れていた。

そのことで、ダンは命を狙われた。


新緑の季節、生命の誕生を喜び、幼い子の成長を願い、老いたものをいたわり、生きとし生けるものが芽吹くこと育むこと、生きていることに感謝できる、季節の変わり目に、診療所でダンは凄惨な死を迎えた。

クレアがダンの代わりに訪問医療を行い、診療所に戻ってきた時のことだった。

診療所は荒らされており、居住区においては血が壁に飛び散っていた。

ダンが血だらけで倒れている姿をみて、クレアは絶叫した。

「義父さん!!!!!!」

傷だらけの体の上半身を抱えて、クレアはダンの顔を見た。

そこには、予想もしない状態のダンの顔があった。

凄惨な殺人現場のはずの一室。

部屋中荒らされていて、めちゃくちゃになっていた。

誰もが想像するだろう。ダンが恨みを買ってその人物が復讐するためにダンに壮絶な死を与えたと。

しかし、クレアがみたダンの顔には笑顔があった。

静かに眠るように口元に血が流れていても笑みを浮かべているような口角が上がっていた。

クレアはダンのその笑顔に、ダイイングメッセージを受け取った。

ダンの切り刻まれた傷に手をあてて感じたのは、傷が深くない。

血しぶきは過剰なパフォーマンス、部屋が荒らされているのも。

クレアはすぐさま部屋を出て、警察に連絡すると、診療所の外に立ち、それから一切中に入ろうとしなかった。

事情聴取が終えてもなお、診療所に戻ることはなく、必要最小限のものを持ち出して、行方をくらました。

後に警察が発表した事件の真相は、死因が多量出血死で強盗による犯行となったが、その裏では黒衣の民族による犯行だと情報が流れた。

しかし、クレアは真実を知っていた。

ダンの死因は、毒殺でそれは自害だった。

黒衣の民族らしき人物が町をうろついていて、ダンのことを探していたことは警察が得た聞き込みで判明した。

しかし、そんなあからさまな行動を黒衣の民族がするのだろうかと疑問に思った。

警察が発表した死因において、死んだ後に傷をつけられていることぐらいは検死官がわかるはずだとクレアは考えていた。

なぜ、嘘の発表をしなければならなかったのか。あきらかにそこには、黒衣の民族の仕業だと思わせる必要があったのだ。

黒衣の民族の犯行にして何のメリットがあるのかというと、それは黒衣の民族の存在に恐怖させることと、別の意味が含まれていた。

ダンが自分で死ぬ事を決意した理由を突き止めようと、クレアは旅に出た。

クレアは心の奥底で考えていた。おそらくそのことにダンも気づいていたのだろうと思っていた。

(次から次へと、人が殺されていくにちがいない。それは口封じだけのためでもない。)

あらがうことのできない暗躍した殺意をクレアは感じていて、それに対して戦う決意をするために、診療所を出たのだった。

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