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医者になるために 後編

クレアはダンの胸元で泣き崩れていた。

「義父さん、医術を身につけて病気や怪我から人を救うことができたとしても、救えない命があるなんて、耐えられない。」

ガルシア=ハートランド大尉が戦死した。クレアはそのことを受け入れることがなかなかできなかった。

レテシアと同じく、澄んだ大きな目でクレアを見つめ、笑顔を絶やさなかった青年。

クレアにとっては初恋だったかもしれないが、意識できていなかった。

人の命の儚さを理解していても、いざ親しい人が亡くなっていくと、耐え難いものがあった。

ダンは痩身のクレアを抱きしめて、涙をこらえさせた。

「ガルシアは軍人だ。国を守るために戦い、命を落とすことは覚悟していたはず。。

軍人が死んでいいってことではない。命を惜しむことで、多くのひとが死ぬことになるというのを教わってきたからだ。

俺たちが、救えなかった患者やけが人を看取らなければならない虚しさは、もっと多くの人の命を救うのだという気力に変えていかなければならない。

ガルシアの死を無駄にしないように、クレアの胸中に閉まっておくんだ。」

クレアはダンの抱きしめる力強さに千切れそうになる思いを押し固めてくれているように感じていた。

自分の未熟さを痛感して、もっと強くならなければならないと、決意を新たにした。

ダンはクレアに言った。

「今はいい。学生だし、10代だし、焦らずに強くなっていけばいい。焦っても空回りするだけだからな。

お前は芯の強い子だ。弱さは恥ずかしいことじゃない。人間である証拠だ。弱さを自覚して、人の弱さに対処できる人間になるんだ。それこそが本当に強い人間なんだ。」

クレアは、自分がダンの養女になったことに心の底から感謝した。


クレアは3回生になって、夏期休暇を山岳警備隊の救助活動に研修生として任務に就いて過ごした。

クレア自身は診療所の医者を目指しているわけではなく、救急救命の医療に従事する医者を目指していた。

軍医という道筋も考えたが、自分の命が危険さらされることに恐怖しないにしても、早世してしまってはそれまでに努力してきたこと、ダンから期待されてきたことに応えていくことができないと考えたからだ。

クレアは4回生になるまで、勉学に医療技術の習得に充実した日々を過ごしていた。

しかし、そんなクレアに不遇の試練が待っていた。

学年での女子学生が減っていき、クレアは紅一点となった。

ただでさえ、協調性が無く、周囲の人間とコミュニケーションがうまくいかないのに、クレアは女子学生が減っていることに気がついても原因が何であるかわからないでいた。

クレアは勉学の面での理論や形式などは劣っていたが、技術面や医療用語などは優秀で、周囲から疎まれていた。

それは学校へはじめていったころにあった虐めと違って、陰湿的なものに嫉妬心が加わった状態になっていると感じていた。

クラスの中で、一人の男子生徒だけがクレアと交友関係を保っていた。

ポール=ギャラガンは医者の息子ではあるが、育ちが地方出身者だったので、温厚だった。

勉強熱心ではあるが、競争心や闘争心が無く、周囲となじめないでいたので、クレアと仲良くしていた様子だった。

クレアはポールと一緒にいてることはわずらわしいとは思っていなったが、自分と一緒では何かと都合が悪いのではと気遣っていた。

経済成長都市で外科病院を経営している医者の親を持つ男子学生がひとりいて、クレアの事を妬んでいた。

成績は決して悪くはなかったが、外科手術の技術にはいつもクレアに負けていた。

クレアを屈服させることだけを考えるようになって、その男子学生はある手段に出た。

クレアを強姦することだった。仲間4人と組んで陥れようとしていた。

彼らは短絡的な作戦では、クレアを拘束することができないでいた。

クレアは山岳警備隊の隊員から武術習得の本をもらい受け、日々習得のために鍛錬をしていた。

大の男が寄ってたかっても、クレアには敵わなかったのだ。

妙な暴力沙汰に巻き込まれていて回避していたものの、様子がおかしいのはクレア自身も何かあると感づいてはいた。

そして、男子学生の姑息な考えに、ポールが巻き込まれることとなった。

ポールはクレアを妬んでいる男子学生とその仲間に監禁され、クレアを呼び出すよう命令された。

クレアは自分の予感が的中したと感じ、ポールを助け出そうとひとりで彼らのところへ行ってしまった。

彼らはポールを人質に、クレアの拘束に成功し、クレアを蹂躙した。

彼らは、これで、クレアが退学をして、医療学園都市から去るだろうと思っていたのだ。

しかし、クレアの医者になるという決意はゆるぎないものだった。

クレアを蹂躙して彼らが去ると、ポールが青い顔をして、クレアを介抱しようとした。

クレアは傷ついたこころとからだを引きずって、ポールに言った。

「マドーレチェスプレンド病院へ行って。」

医療学園都市内にあるその病院には義父のダンが学生時代に親友として交流のあった女医がいてた。

病院に着くと、真夜中だったが、女医を呼び出し、事情を説明して、レイプキットと手当てを受けた。

膣は炎症し、至るところに暴行の痣があった。顔も殴られており、鼻が骨折していた。

クレアは女医から、警察に届ける出るよう進められたが、断り、強姦された証拠の書類を作ってもらい、あとは口外しないようお願いして病院を出た。

ポールには、何事もなかったように振舞うよう言ったが、しばらくの間は学校へ登校できなかった。

クレアは復習を果たそうとした。たったひとりで。

クレアはまず、仲間のひとりで気の弱そうな男を捕らえて、他の仲間の名を聞きだした。

そして、ひとりひとり捕まえては監禁した。

医療学園都市の端の地域では、廃墟となった診療所が存在していて、監禁場所にうってつけだった。

ひとりひとり、個別に捕らえ、最後に首謀者を捕まえた。

首謀者の男子学生を捕らえると、全身麻酔で眠らせて診察台の上に乗せた。

他の仲間4人は鉄の椅子に手足を拘束して、猿轡をして、目には閉じると刺激が走る目薬を指した。

「諸君、わたしはこれから、諸君のために、外科手術の授業を行う。よく見たまえ。これが外科手術の身技だ。」

4人は最初何が始まるのかと考えて、クレアがメスを手にした時に、首謀者の男子学生を切り刻むのだと驚愕したが、目を閉じることはできなかった。

男子学生の右手の甲を上にして、手首あたりから、1センチほど切った。

生理的食塩水を使い、切り口を洗い流した。

ピンセットで中に差込み、より分けていた。

そして目当て物を見つけると、手術はさみを差し込んで、なにかを切った。

ピンセットでそれを引っ張り出した。

4人のうち、ひとりがガタガタと体を揺らし、うめき声を上げた。

それが何であるのか、わかった様子だった。

他の3人はその一人の様子に怯えていたものの、よくわかっていなかった。

クレアはピンセットでそれを4人のひとりひとりの目の前に持っていって見せた。

「これがわたしの身技だよ。なにかわかるかな。」

うめき声を上げた男は目が閉じられないので、首をねじって見ないようにした。

「きみはこれがなにかわかるんだねぇ。」

それはピンセットでつまんではいたものの、いまにもするりと抜けて落ちそうだった。

その糸のようなものは、右手人差し指の神経だった。

抜き取ったということは、その指は二度と動かすことはできないのだ。

外科医にとって、致命傷だった。

クレアがそれがなんであるか、説明すると、4人はうめき声を上げて、ガタガタと体を揺らした。

「うるさいなぁ。君たちに同じ事をするつもりはないよ。

でも、これで外科医になろうなんて、思わないよね。クスッ」

クレアは4人それぞれに麻酔を打って、眠らせた。

首謀者の手首の切り口を縫い終わって、神経を試験管に入れて、手に持たせて、寮のそばにある公園に4人ともども、放置した。

事件の真相は誰にも知られることなく、5人はその後、学校を退学した。

事件の噂は都市伝説のようになっていた。真実を知らないものが口伝していったのだ。

ポール=ギャラガンはその状態が耐えられず、クレアの下宿先になっているマーク=テレンス医師に知っている事をすべて話した。

マーク自身も、ダンの親友である女医と親交があったので、彼女の知っている事をすべて話してもらった。

マークは憤ったものの、クレアの様子に感づかなかった自分に腹を立てた。

そして、クレアに問い詰めた。ミランダがいない時を見計らってだ。

「クレア、話はポール=ギャラガンから聞いた。なぜ相談してくれなかった。おまえにとって俺は信用が置けない人間だったか。」

クレアは面倒なことになったと思った。

ポール=ギャラガンが黙っていられるわけもないかと考えてもみた。

「迷惑掛けたくなかったんだ。」

「迷惑かける!!そんなこと、どうだっていい。預かっている以上、お前の身に何かあったときにはダンに申し訳がなくて仕方がない。」

マークは憤っていて、クレアを責めているようになっている自分に気がついて、冷静になろうとした。

(クレアを非難してどうするんだ。)

マークは自分が得た話しが真実かどうか、クレアに確認をした。

マーク自身、口に出して問うのも捗捗しくないのに、いらだちながら話すのに対して、クレアは淡々と返事をしていた。

マークはことの重大さをクレアは感じていないと思った。

「クレア、復讐することに意味があると思っているのか。」

「思ってないよ。これは、他の女子学生が被害者にならないためのもの。

都市伝説として、学生に恐怖を与える必要があると思ったから。」

マークは頭を抱えた。クレアを説き伏せることは出来ないのかと諦めかけた。

(言いたいことは、そういうことじゃない。いったいなにが。)

「クレア、俺が心配しているのは、お前のやったことで業を背負うことだ。」

「業?」

「ああ。罪を犯したものには罰せられる刑法がある。しかし、お前は犯罪者たちを罰するべく警察に被害届けを出さずに、自らの手を下して裁いた。」

マークにはクレアがマークの話を半分にしかきいていない態度にみえた。

「そういうことをした以上、目には見えない宿業って奴をお前が背負うことになる。お前のなかに濁ったものがこころにできてしまい、お前を陥れる手助けをするんだ。」

「それは、あたしを人身売買で買った男が惨めな死に方をしたというのが宿業だと言いたいの?」

マークは、ハッとした。クレアの生い立ちをダンから聞いていていたからだ。

「ああ。」

マークは消極的に返事をした。

クレアは顔を次第に赤くして、力強く叫んだ。

「だったら、その宿業を背負ってやるよ!そんなことを怖がって、医者になんかなれるもんか。」

「勘違いするな、クレア。医者は人の命を助けるんだ。」

「あたしは人の命を助けるだけために医者になるんじゃない。理不尽な暴力に屈服させられない世界にするために、その手段として医者になるんだ。」

マークは驚いた。ダンからは生きるために医療を身につけようとしていると聞いていたからだ。

「わたしはここ数年で、変化してきている。だた単に命を助けるだけの医者になろうとは思っていない。

医者になって病気や怪我から人を救うことができたとしても、救えない命がある。理不尽な暴力で命を失う世界がある。

そんな世界をなくすために、濁ったものがこころにできたとしても、わたしは医者になる。宿業を怖がっていたんじゃ、多くの人の命なんて救えない。」

マークはクレアの意思の大きさを感じた。

ダン自身も、子供がいない寂しさを、クレアで埋めようとしたところもあったが、そういう親のエゴみたいなものでクレアを束縛できないようなことは口にしていた。

マークはダンが感じていたことの意味を今知ったような気がした。

「もう、何も言わない。ただ、ひとりで背負い込むな。迷惑だなんて思わないから。

何も相談できないのなら、せめて、お前を娘のように思って、無事でいることだけを祈らせてくれ。」

マークは思いつくだけのことを口にした。

クレアは、ただ、「ごめんなさい。」と謝った。

その後、女医が作成した強姦証明の書類を見てしまった看護士がミランダ=テレンスの知り合いにいて、ミランダにしゃべってしまった。

ミランダはことの顛末を女医から聞きだし、マークを非難した。

マークはただ、ミランダに謝ることしかしなかった。

クレアとは話がついているとも伝えた。

「俺たちにはクレアのこころの領域に踏み入ることはできないんだ。彼女が決めた自分の人生に俺たちは口出しできないんだ。」

マークはそういって、ミランダを説き伏せた。

ミランダはクレアが学校から戻ってきた時に、だまって抱きしめた。

「ごめんなさい。気がついてあげれなくて。」

クレアはだまって、ミランダに抱きしめられたままだった。

ミランダはクレアが強姦されたとしか知らないと、マークから聞かされた。

もう、これ以上、迷惑や心配はかけたくないなぁとクレアは思った。

クレアは医療技術高等学校を5年間通い、卒業した。医師免許を取得した。

クレアは卒業後、ダンの診療所で研修医として医術を身につけることにしていた。

ミランダはクレアが医療学園都市を去るとき、1時間くらい泣いて抱きしめて離さなかった。

マークは呆れていて、クレアはなかば諦めていたが、タンディン診療所に行くからからミランダから解放されるとたかをくくっていた。

その後、義父のダンが死亡し、診療所をマーク=テレンスが引き継ぐことなど、クレアはこの時思いもしていなかった。

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