クレアの少女時代
「グリーンオイルストーリー~空の少年たち~」の登場人物クレア=ポーターを主人公にした外伝。
クレアは7歳の頃、孤児院から不正に人身売買された。
境界線ちかくの山村、人里はなれた一軒家、一人暮らしをする中年男に売られてしまった。
中年男は、足が不自由で車椅子生活だった。
両親はすでに他界しており、他に身寄りも無く、独身だった。
両親が残したわずかな財産で、クレアを買った。
不自由な体での生活を補助させるのと、愛玩具にする目的があった。
クレアは、孤児院でおとなしく過ごしていたが、やせ細っていたので、養子にされる機会がなかった。
愛玩具にされるほどの愛嬌のある容姿は持ち合わせておらず、幼くて痩身のクレアは欲情されずにいた。
奴隷のように、中年男にこき使われて、痩身のクレアは疲弊したままで、成長しても女性らしい体つきにはならなかった。
クレアが13歳の頃、中年男はクレアに触れることをなかば諦めて、クレアに自分の性器を触れさせて欲情しようとした。
クレアの細くて冷たい手ではいっそう、欲情できずに萎えてしまった。
思い通りにいかない状態で怒りの感情が爆発し、車椅子のままで、クレアを殴ろうとしたそのとき、車椅子が横転し、中年男はうつぶせで床に叩きつけられて、その上に車椅子が倒れてきた。
クレアはすぐに村の人を呼んでこようとしたが、止められた。
電話連絡で人を呼び、クレアは地下室に隠れているように言われた。
結果的に腰の骨を折る重傷となった。
中年男はあまりの痛みに耐えかねて、非合法的に痛み止めを手に入れて、クレアに注射をさせていた。
中年男は、クレアに医学書を購入してきて、与え、読むように命令した。
自分に不都合な本は読ませなかったが、家にあった辞書を渡しておいた。
クレア自身は、孤児院にもどりたくないので、中年男の言いなりになっていた。
医学書の本を読んでいると、時間を費やすことができたので、自ら進んで読んでいた。
中年男はそのうち、腰痛のあまりの痛みに耐えかね、モルヒネを手に入れた。
モルヒネを打つと、気持ちよく痛みがひくので、病み付きになった。
クレアは、医学書にあるとおり打ちすぎると死亡することを注意したが、中年男は聞かず、打ちすぎて呼吸が止まり、死に至った。冬になる前だった。
クレアは、どうしていいかわらかずにいた。中年男以外で家を出入りする人たちとは面識がなかったので、連絡する術を知らなかった。
冬場は、村にいたる道が雪で遮断されるため、一人では村へ行けず、冬篭りに備えて食料は備蓄されていたので、春まで待とうとクレアは考えた。
クレアは手際よく、死んだ中年男の死体を地下室におろし、死体全体を雪で覆って腐らせないようにした。
それからは、医学書を隅々まで読み、一人で生活をしていた。
春がやってくるその前に、一人の中年男がクレアの家を訪ねてきた。
男は道に迷ったので、一晩泊めてほしいと言った。
その男は、ダン=ポーターだった。
ダンは、スワン村を目指して、登山しようとしたが、道に迷い、持参した食料もつきてきたので、諦めて下山してきた。
クレアは警戒して、家の中に入れようとしなかった。
ダンは困り果てて、電話だけでも貸してほしいとお願いをした。
クレアは仕方なく、家の中に入れた。
「お嬢ちゃんが一人でお留守番をしているのかい。」
言葉を発するのが怖くて、クレアはただうなづいただけだった。
ダンは電話をかけ、アレキサンドリア号艦長のゴメスに連絡を取り、迎えにきてもらうこととなった。
時間がかかってしまいそうなので、ダンはクレアにまたお願いをしようとした。
「わたしの名前はダン=ポーターと言ってね、医者なんだ。
いま、連絡をして、エアジェットで迎えに来てくれるということになったよ。
ただ、天候がよくないのでね、今晩泊めてもらえたいとお願いしたいのだが。」
クレアは口をパクパクさせた。
「言葉が発せないのかな。」
クレアはうなづいてみせて、暖炉のそばにダンの手をひいてつれていった。
暖炉のそばには本や辞書が散乱していた。
ダンがみれば、その一部が医学書であることがわかった。
その本を取り上げてダンは言った。
「これは君が読んでいるのかね。」
クレアはうなづいた。
ダンは、考えた。
(こんな雪深いところに建つ家で、子供を一人にして、置いておく親なんていないだろう。)
「もしかして、君は親がいないのかな。」
クレアはそう言われて、すぐにはうなづけなかった。
本のそばにあったノートと鉛筆をり、出せない言葉を書いていった。
そこには、人身売買の話から、中年男が死に至るまで書き綴った。
ダンは黙読しながら、考えていた。
境界線近くの地域は、黒衣の民族による誘拐や抜け出しが多く、混血児が見つかると人身売買をすることもあった。
クレア自身は赤子の頃、孤児院に預けられた形となっていた様子だが、親が引き取りにこなかった為、人身売買にあったので、混血児の可能性は低かった。
「よくわかったよ。君の名前はクレアだね。言葉が発することができないわけじゃないと思うんだ。」
ダンはクレアを安心させようと言葉をかけて、中年男の死体がある場所を案内させた。
死体の上にかけていた雪を取り除き、死体が青白い状態になっていて、死にいたるような傷がないか確認した。
ダンはしばらく考え込んだあと、クレアにこう話した。
「クレア、後のことはわたしに任せてくれないかな。悪いようにはしないから。」
不安そうなクレアに対して、ダンは笑顔を見せた。
「この家から君を連れ出そう。そして、君に必要なものをわたしが用意してあげよう。
君が人間としていくためにはいろいろな苦労がつきものだけど、わたしがいるから大丈夫。
会ったばっかりで、信用してついていくのに、不安があるかもしれないが。
ここで、このまま春を待っていても、良いことが待っているとは限らないだろう。どうかな。」
クレアは深くうなづいた。
ダンは、クレアの返事を確認すると、これから何をするのか、計画的なものをクレアに話した。
ダンはまず、吹雪がやまないうちにここから去ることを延べ、それまでに食事をとって吹雪のなかを行く準備をすることにした。
ダンが台所にたつと、そこには、包丁のほかにメスやピンセットがあることに気づいた。
周りを見渡すと、ウサギの足やら、鹿の足などが吊るされているが、どれも、筋などを切り裂かれて糸状のものがへばりついていた。クレアが台所で食料用の動物を解剖していたことだとダンは理解した。
ダンが食事を作り、クレアは防寒着や布などを袋につめていた。
食事を終えると、暖炉のそばにあった医学書などを暖炉に投げ込もうとした。
しかし、クレアがその様子をみて、ダンを止めた。
「大丈夫。わたしの家にいけば、医学書なんかはたくさんあるのだよ。
持って行くには荷物になるから、燃やしていくね。残っていると殺人を犯したように疑われるから。」
クレアは、ダンを信じるしかないと思った。
二人は食事を済ますと、地下へ向かい、オイルを撒いた。
玄関口に荷物をまとめて、防寒具を着ると、家を燃やすだんどりをはじめた。
「家を跡形もなく燃やす必要がある。わたしが満遍なくオイルをかけておくから、クレアは少しの間我慢して、森の奥で待機してくれないかな。」
クレアはうなづいて返事をした。
深夜、吹雪のなか、クレアは家をはじめて出るかのように恐る恐る歩みを進め、力強く吹雪に向かって前進していった。
ダンは、この家にあったペール缶二缶分のオイルを部屋の真ん中に置き、爆弾のように家をふっとばすように仕込んでいた。
ドアを少し開けて、オイルの道筋をつけ、自分が外に出た後、火を放った。
ダンはその場で走り去り、森のそばまで来ると家は吹っ飛んだ。
瓦礫と化した家は燃え続けて炎にまみれていた。
その様子をダンは確認して、クレアの待つ森の奥へと向かっていった。
森を抜けると氷の張った湖に出た。
クレアとダンは木々のそばで吹雪をしのいだ。
吹雪がやむと、光が差し込み、氷の張った湖がきらきらと輝きだした。
上空にアレキサンダー号というダンの友人ゴメス=スタンドフィールド艦長の空挺が飛行しており、そこから一機、エアー動力の機体が降りてきた。
二人がアレキサンダー号に搭乗すると、空挺は、その場から去るようにして、飛行した。
ダンの後をついて行くクレアは、目を見開いて、空挺内を見渡した。
見るものすべてが、初めての体験だった。
空を飛ぶことでさえ、不思議に思い、目が開けられなかったくらいだった。
空挺内に用意されているダンの部屋があって、そこにクレアはいることとなった。
ダンはその隣の診療室みたいな部屋で過ごすこととした。
荷物をあらかた、整理しなおしてから、ダンはクレアを連れて、操縦室に向かった。
そこには、艦長のゴメスほか、クルーが何人かいた。
「ゴメス、世話になってすまない。」
「かまわないよ、ダン。その子かい、連れて帰ると言ってた女の子は。」
「ああ、クレアという名前の女の子なんだが、今は口が聞けないらしい。」
ダンはクレアを前に来るよう指示をした。
「クレア、こちらがこのアレキサンダー号の艦長で、ゴメス・スタンドフィールドという人だ。」
クレアは頭を下げた。
「はじめまして、よろしくな。年はいくつかな。」
クレアは右手で人差し指を出し、左手で三本指を出した。
「13歳かい。それにしては体が小さいね。」
「ゴメス、それはないだろう。お宅のフレッドやディゴと比べたら、そりゃ、小さいもんだよ、女の子は。」
「そうかなぁ。ジゼルは8歳だが、同じくらいの背の高さだと思うんだがな。」
「ジゼルか。たしかにそうだな。」
ダンは、クレアのほうをしみじみとみていた。
「私の家にきたら、栄養価の高いものを食べさせてあげるよ。」
ダンはクレアの頭をなでた。
クレアは部屋に戻ると、服を脱いで、自分の体を眺めていた。
やせ細っているのは自覚できるが、体の大きさは、他の子供たちをみたことがなかったので比べ様がなく、わからなかった。
当時の空挺には大人ばかりが乗っていたので、クレアは大人しくしていた。
アレキサンダー号は、スタンドフィールド・ドックへの帰還を目指して飛行していった。
クレアはドックへの帰還後、ダンの診療所で暮らすことになったが、ダンはクレアが診療所で暮らすのに住居を手入れしなければいけないと思い、しばらくドックで預かってもらうことにした。
当初のスタンドフィールド・ドックでのクレアの印象は、大人しくて物静かな女の子だった。
しかし、それは、クレアがフレッドやディゴと同じ年齢だったため慣れてしまうと本性が出てきて、学校へ登校するようになると印象が180度変わっていった。
クレアのドックでの生活は、集団生活での規則やコミュニケーションのとり方などを学ぶ良い機会だった。
幼い頃、孤児院で生活していたものの、それは同じ境遇の子供たちと強制的に暮らしていたことに過ぎず、人身売買にあってからは奴隷のような生活をしてきたので、人とどう接していいのかわからなかった。
クレアがまともに口が利けるようになったのは、ゴメスの後妻マーサのおかげだった。母親という存在すら知らなかったクレアに、マーサはことあるごとに言葉をかけて、違和感なく体に触れてはスキンシップをとっていた。
ゴメスの前妻の子、フレッドとロブは、マーサにこころを許してはいたが甘えることはしてなかった。ロブは自分よりクレアが大事にされている様子をみて、やきもちをやき、クレアにちょっかいを出すことがあった。ロブは同じ年のジゼルに比べると背丈は低かったが、クレアとは同じくらいの背丈なので負けるとは思っていなかった。が、しかし、いきなり、クレアの肩を手で押して喧嘩を売ると、クレアも相手をしないわけにいかず、片手でロブの頭を押さえつけた。ロブが両手でクレアの腕をとって頭から離そうとしても離れなかった。剥きになって、足で蹴ろうとしたが、クレアは押さえたロブの頭を押し込んで、床に倒れさせた。その力にロブは驚き、しりもちをついた。クレアは見た目こそ痩身で力が無いように見えるが、握力がかなりあった。しりもちをついたロブに手を差出し、立ち上がらせた。そのときの力の勢いにも驚いた。
「体は小さいかもしれないが、腕の力は自信がある。フレッドやディゴ相手じゃ、ひとたまりもないけど、あんたには負けないからね。」
クレアにそういわれたロブは眉間にしわを寄せた。納得ができない様子なのだとクレアは理解して、ロブがちょっかいを出してきても相手にしなかった。
共同生活においては、食堂でマーサの手伝いをロブとジゼルとでしていた。ジゼルは両親ともどもドック育ちで、両親は島の畑で農作業をしていた。その農作物でドックのクルーたちの食事を補っていた。
仕事を終え、食事を終えると、クレアはジゼルと入浴することがほとんどだった。
はじめて、二人で入浴したとき、8歳のジゼルと13歳のクレアとの体つきが変わらないことにクレアは愕然とした。
「クレアは初潮がはじまっているの?」
クレアはジゼルの言葉にも愕然とした。
「突然、なにを言い出すのよ。」
孤児院のころには同性と接しても会話することがなかったからだ。
「生理のことは知っているでしょ。」
クレアはジゼルの言いたいことを把握しようと努力してみることにした。
「もちろん。」
「わたしはまだだけど、学校じゃそんな話ばっかりよ。」
「そうなのか。なんか嫌だ。他の子達と一緒に行動するとは。」
「いじめられても、フレッドとディゴがいてるから大丈夫。」
「あたしは誰かに守られたいって思わないから。」
「ふうぅ~ん。」
「あの二人と同じクラスになっちゃうんだな。」
「そうだね。」
ジゼルはおませな女の子なんだとクレアは思った。
クレアは医術の書物以外に好奇心で女の子が主人公の物語など読んでみたことがあったから、その主人公とジゼルを重ねて考えてみていた。
クレアがスタンドフィールドドックの集団生活を終え、ダンが経営するタイディン診療所に住むようになると、クレアはダンの養女になった。ダンの助手感覚で診療所では手伝いをしていた。
クレアが学校に登校するようになると、周囲の反応は予想どおりだった。
黒髪のクレアは、黒衣の民族の混血児と思われがちだった。
特徴的に見分けがつくのは青い目なのだが、クレアの目は細いため、判断されにくかった。
そして、案の定、クレアは苛められるようになった。
最初は誤解されているのだろうと、相手にしなかったクレアだったが、そのうち、暴力を振るわれるようになった。ディゴやフレッドが見かねて手助けしようとしたが、かえってクレアはむきになり、ディゴやフレッドと距離をとって接し、苛める相手と喧嘩するようになった。それは次第にエスカレートするようになり、クレア自身は自分が女の子であることを自覚してて暴力を振るう男子に勝てないことに劣等感を抱き始めた。
この劣等感を解消するには、体力では負けてしまうので、防御する方法を身につけなければいけないと考えていた。
クレアが考えて行動したのは、ディゴやフレッドに格闘の仕方を教わったことだった。彼らとて、格闘の仕方がわかるわけではなかったが、日ごろから、シャドウボクシングなどしていたので、トレーニングから教え込み、対人戦に対応できるようにディゴやフレッドがクレアの相手をして特訓をしていた。
男子と違って体力がない分消耗しない動きや相手との距離をとって攻撃するやり方、攻撃力が弱い分効果的なやり方などからだで覚えていった。
そして、クレアは、握力特化で長い脚を効果的使うやり方で、男子生徒とやりあい、勝つことでいじめられなくなった。女子生徒からは陰険ないじめが多少あったものの、男子生徒に勝つことでいじめられなくなった。
クレアは中等科を卒業すると、医療学園都市にある医療技術高等学校へ進学することになった。診療所からは通えないので、ダンの親友が医療学園都市で医者をして住まいをもっているので、そこへ下宿させてもらうこととなった。
マーク=テレンスとミランダ=テレンス夫妻は、子供がいないが中睦まじい夫婦だった。