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プロローグ

『最果てに在るというその井戸は

 星の瞬きを湛え輝き

 ひとたびそれを口に含めば

 その者の願いを叶えてくれるという――』



 いつから語り継がれているのかも分からない。

 御伽噺とすら呼べないその詩は誰もが一度は聞いたことがあるもので。

 口にする者は皆一様にほほを緩め、誰一人として見たことのないその夢幻の光景に思いを馳せるのだ。


「馬鹿馬鹿しい」


 そんな人々を見るたびに少年の口から零れる決まり文句。


「井戸の水を飲んで願いが叶う? どんな原理だよ」


 どっかの吟遊詩人だかが酔っ払いながら適当に言葉を並べ立てただけだろうと、誰かが口にした。

 本当はそんな話、誰も信じちゃいなった。

 少年だってそうだ。


「だって、そんな簡単に願望が叶うのならこんな糞みたいな町なんてとっくにこの世からなくなってるはずだろう?」


 ここは最果ての町。名前なんて大層なものはない。

 乾いた風が吹きすさぶ、荒廃に取り囲まれた町。過酷な環境のせいで実りは乏しく、そんな土地に適応した魔物たちが息を潜める魔境。行く当てのない人間たちが最後に流れ着く吹き溜まり。

 当然まともな秩序なんてあったもんじゃない。暴力が溢れ罵声が飛び交い、強いものは奪い弱いものは奪われる。それがこの町の日常だ。現実なんてこんなものだ。


「そして俺もこの町の一部だってんだからやっぱりこの世の中は糞だ」


 独り言つ少年の前を他所から流れ着いたであろう一団が通り過ぎていく。

 珍しくもない光景に少年は侮蔑の混じった息を吐き出す。それでも馬鹿な奴ってのは湧いてくるのだと。

 一攫千金を夢見る者、栄光を求める者、絶望から逃れるために一縷の望みを賭ける者。

 くたびれた旅装に不釣り合いなギラついた瞳を覗かせながら、荒みきったこの町に度々集うそんな奴らがこぞって地の果てに在るという『星の井戸』を目指すのだ。

 当然そんなものはあるはずがない。結果、どいつもこいつも夢破れあるいは屍となって散っていく。


「そんな話を聞くたびに俺は笑ってやるのさ」


 だから少年は町を出た。

 これは怒りだ。

 糞みたいな人生に、馬鹿みたいな夢物語を並べるその詩に。

 その夢に釣られて『星の井戸』を目指す愚かで強欲な奴等に現実を突きつけてやるために。


「そんな都合のいいものなんて在りはしないと証明するために俺はそこを目指したんだ」


 そして少年は息を呑み思いを正す。

 荒れ果てた地を越えた先に、確かにそれはあったのだから。

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