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解説 ジョシューア・フレクシュラウ
本書は我が国歴代最高の大賢者フィリス・レオル・アルトメリアとアイリス夫人との手紙のやり取りをまとめたものである。
手紙にある様に二人は新婚早々すれ違いとなり、二人が顔を合わせたのは結婚後約三年がたってからであり、二人は十八歳になっていた。
フィリスの現存する手紙はこの六通だけで日記も残されていない。
更にこの手紙の希少性はフィリスが生涯語ることのなかった極東の島国で行われたベリアル三号討伐作戦の最中に書かれたものだということだ。
この作戦は二年以上続けられ手紙にある様にフィリスの同僚も犠牲になり、島に残っていた住民の被害は百万とも一千万ともいわれている。
帰れなかった者たちがいる。
その意識は生涯フィリスの心を蝕んだと言われている。
彼は史上最年少の二十一歳で賢者となったが友人も少なく華やかな場所には顔を出さず、生まれ故郷のオゼルデンバルグで家族と静かに暮した。
六男七女の子宝に恵まれたが、子供は誰一人魔導士にならなかった。
後進の指導に励み、弟子が五人賢者となったが愛弟子にも多くを語らなかった。
彼は長命し曾孫を抱き玄孫まで抱いて家族に見守られながら八十七歳の生涯を終えた。
その五か月後にアイリスも亡くなっている。
挿絵画家となった孫のアズベルト・ケイン・アルトメリアは幼少期から絵を描いては祖母のアイリスに見せた。
彼女はいつも「お祖父ちゃんも凄く絵が上手だったのよ」と言ったそうだが、手紙に同封されたはずの似顔絵はフィリスの描いたものもアイリスが描いたものも現在残されてはいない。
彼女もフィリス同様日記などのたぐいも残さず生涯夫について語ることはなかった。
フィリスは三百年経った今でも神秘的な英雄として人気があり、沢山の小説家がその生涯を様々に描いているがいずれも本来のフィリスに近づけてはいないと筆者は感じている。
彼は小説では無口で長身な美丈夫であり、強く完全無欠のヒーローとして描かれる。
エリアルノ・ソレアルラの小説では彼は悪魔の体内に入り込みそこから未来に飛ばされ未来の悪魔を彼が倒したことで恒久の平和が訪れたことになっている。
あれ以降大悪魔が出現していないことを思うとあながち間違っているとは言い切れないが、娯楽小説とはいえ余りにも過剰であるといえる。
そしてエリアルノ・ソレアルラの小説でもそうだが、アイリスは資産家令嬢であり美貌の女性として大概甘やかされて育った浅慮な女性として描かれることが圧倒的である。
だが手紙を読んでもらうとわかる様に、アイリスは苦しんでいるフィリスに懸命に寄り添い彼の希望に何とかなろうと苦慮している。
フィリス不在時の三年間慣れない畑仕事や魚釣り家事を懸命にこなし実家の援助も受けずに暮らしたことは評価されるべきであろう。
今と違い当時のオゼルデンバルグは唯の田舎町だったことを思えば都から出てきた十五歳の少女の懸命な暮らしぶりがうかがえるこれもまた貴重な資料であるといえる。
帰還後のフィリスは賢者となるが残りの生涯を田舎町で抜け殻のように過ごしたと描写する作家もいるが私はこれには異を唱えたい。
これほどまでに愛する女性の元へ帰りたいと願った彼が彼女の人生を台無しにするような鬱々した様子で生きていたとは考えられない。
アイリスが同封した子供の名前一覧のアルフレッド、アーロン、アイビー、アネモネにフィリスは丸を付けている。
(ちなみに長男はアルフレッド長女はエミリアである)
アイリスの手紙が極限状態だったフィリスをどれだけ支えたかは想像に難くない。
フィリスは幸福な生涯を終えたと私は思う。
二人は本当に出会う前に手紙のやり取りで愛を憶え育んでいった。
フィリスとアイリスは死後アルトメリア家の先祖が眠るオゼルデンバルグのロゼルド墓地に埋葬された。
生前のフィリスの遺言通り墓石に墓碑銘はなく周りはアイリスの花で埋め尽くされている。




