教え26 感謝を忘れないのですか?
「やあ。お嬢さん。ちょっとお話をしても?」
私が呆れ半分驚き半分で1号さんを見ていると、初老の男性に話しかけられました。私も用事があるわけではないので、この方とのおしゃべりを承諾します。話してみて分かったのですが、この方はある商会の会長さんらしいです。とある信者さんと仲良くなって誘われたのだとか。
信者さんも良い仕事をされますね。もしかしたら、私より他の信者さんたちの方が働いているかも知れません。……これは、教祖としての立場が危うくなりかねませんね。布教に本腰を入れる必要があるでしょう。
そうして決意を新たにしていると、
「あ、あのぉ。そろそろ帰りませんか?」
「ええ。構いませんよ。……それでは、申し訳ありませんが、私はここで」
「はい。それではまた。暗いですから、お気を付けてお帰り下さい」
男性に別れを告げ、私たちはテントから出ます。隣を歩くリセスさんの手には、1冊の大きい本が。どうやら、教本をご購入されたようですね。私の記憶が正しければ教本は金貨2枚で販売していたはずですので、私がお渡しした金貨は教本に使われたということですか。
教本なんて持っていたら、背信者としてすぐに捕まってしまうのではないかって?幻聴かも知れませんが、そんな声が聞こえてきがしますね。
それでは、ご説明致しましょう。この教本ですが、じつは全て暗号で書かれています。見た限りは普通に長編の物語なのですが、とある解読方法をすると教本と成り代わるわけですね。これは前世で何年もかけて天才的な信者さんと作ってきたものなので、それを少し改良するだけで終わりました。全言語で調整するのは大変なので、どんな言語にも対応できるようにとても時間をかけたのです。こんな所で役に立つとは思いませんでした。
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「あれが、教祖様ですか」
「ええ。私たちに技術を伝え、この高度な暗号の使われた教本を作られたのがあの方です」
フェルルが去った後。フェルルと話をしていた男性と、あまり特徴のない女性が微笑み会っていた。この女性は教団で2号と呼ばれるモノ。1号達とはまた違った技能を得意としており、働く場所もまったく異なる。様々な職を転々としている情報収集のプロ。ただそれでも収入はかなり多く、常に日収が一般市民の月収の10倍以上となっていた。
そんな彼女だが、1号達と得意とすることが違うということから分かるように、あまり重要人物との話は行わない。顔合わせくらいはするが、長時間会話をする事は非常に希だ。では、なぜ彼女が男性と話をしているのか。その理由は単純。
「あのような面白いお嬢さんと知り合うことが出来るとは。いやはや、2号さんにこの教団を紹介して頂いて良かったですよ。感謝しなければなりませんね」
男性に教団を紹介したのは、2号であるからだ。2号は職を転々としているが、それは情報収集のためだけではない。各職種の重要人物と知り合い、条件に合う者を教団に勧誘しているのだ。
条件は厳しいものであるため勧誘の回数は非常に少ないが、彼女が勧誘した人物が1人入ってくるだけで教団の格が数段上がる。時間は掛かるが、大きな仕事を必ず成功させる大物だ。
「感謝の必要はありませんよ。私たちはともに神を信じる同士なのですから。私に感謝するくらいでしたら、神に祈りを捧げ、神のために仕事をした方がよっぽど有意義でしょう」
「そうですな。しかし、恩を忘れるのは、力を持つ方との関係性を大事にする教義に反してしまいますので。私は2号さんへの感謝を忘れませんよ。………このような素晴らしい出会いをさせて頂いたことも、忌まわしき教会から私を解放して下さったことも。私は忘れません」
「そうですか。未熟な私が重要な方に入るのは受け入れがたいですが、それであなたが努力できるというのなら何も言いません」
彼女は強く拒否することをしない。否定にかける時間と結果を考えれば、それがムダであることなど分かり切っているのだから。それよりは、その時間を教団のために使った方がよっぽど有意義だ。
彼女たち、さらに教団にいる全てのモノたちはその後の時間を有意義な時間として過ごすのであった。そこには、新公爵家の次女や王家の三女も例外なく含まれる。
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リセスさんが、我が教団の信者であったことが発覚し1日。
この日、昨日とは大きく違う状況になっていました。ここまで状況が激しく変わるのは楽しいですね。新しいものと出会えるわくわく感があります。勿論、その新しいものの8割以上は新しい信者さんですけど。
さて、そんな理想の新しい状況は1度置いておくことに致しまして、現在は直面している状況の話をさせて頂きます。現在、私が仕えるリセスさんの前には、3人のご令嬢が立っており、
「………わ、私の派閥に入りたい、ですか?」




