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不可逆のクロノスタシス  作者: 一里 郷
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5、Έκλειψη

x、断片


 夢を見た。

 仄暗い空間。眼前には吸い込まれそうな深い闇。

 塗り潰したような漆黒の向こうに、無数の光の点がちらつき瞬いている。

 隣を見た。

 誰もいない。

 いつもいる、あの人がいない。

 どこへ行ってしまったのだろう。

 目の前に闇が迫る。何もかもを吸い込んでしまいそうな、深い深い闇が。




5、Έκλειψη


 こんなときでも、ノインの動きは素早かった。

 二人が辿り着くや否やアルトの鞄を毟り取り、中に仕舞われた身代わりトーテムの小鳥を掴み出す。

 もう片方の手で空中を殴りつけるように獣人のステータスを表示させ、さっと目を走らせる。

「……大丈夫、まだ『ロスト』はしてない」

 ほっと息を吐く。

 肩越しに、真っ赤になった体力と空になった魔力が見える。

「魔力が切れて気絶状態になってるんだね。運が良かったよ。毒とか、スリップダメージ入る状態だったら危なかったわ」

 魔女は言いながら、若者の横に転がった彼のものらしい鞄に小鳥を突っ込む。パーティのアイテム欄に譲渡の可否の表示が出、三人は許可のボタンを押した。

 少なくともこれで一回なら、彼は『ロスト』を回避できる筈だ。

 ほっと胸を撫で下ろす。

(『ロスト』したら現実でも死んじゃうなんて聞いてたら、尚更、ね……)

 瓦礫の中に改めて寝かされた羊獣人はどこもかしこもぼろぼろで、ゲームのグラフィックだと分かっていても痛々しい。

 持ってきたアイテムで、先に体力を回復させる。『アトモスペラ』では現実の百分の一程度に鈍いとはいえ痛覚が実装されているのだ。意識を取り戻させる前に、少しでも負った傷を癒しておくに越したことはない。

 しかしかなりの量を投与しても、体力ゲージは中々戻らなかった。

「もっと回復量の大きい薬を持って来た方が良かったですね……」

 リクがぽつりと言う。

 アルトたちが普段持っているアイテムは値段も安く回復量も少ない。レベルが低ければ体力上限も低く、それで充分に事足りるからである。一方、ティコはレベルも体力も高い。三人が使うような薬では焼け石に水になるのも当然だ。

 そんな高体力の殆どを削られるような死闘がここで繰り広げられたのか、それがどんなものかは想像もできない。

 じりじりとしながらも続けて投入していると、ようやく表示が赤から黄色に緩和された。ぼろぼろだった見た目も幾分かマシになっているように見える。

 続けて魔力回復のアイテムを使う。魔力の枯渇は直接『ロスト』には繋がらないが、気絶状態になるため危険は高まる。大抵はアイテムや長時間の休息で回復するのが常套である。無論、遺跡の深部で陥って良い状態ではない。

 ややあって、小さく咳き込み、炎使いは目を開いた。

 視線がゆっくりと動き、覗き込んだ三人を順繰りに見つめる。

「大丈夫ですか? 気分悪くはないですか?」

 リクが訪ねると、少し間を置いて頷く。

「……ここまで、来たんですか?」

「そうだよ。この子がどうしてもあんたに会いたい、ってね」

 ノインが安堵からか、泣き笑いのような顔でアルトの背を押し。

「ほら、折角の再開なんだから、ちゃんと話しなよ。あたしたちはちょっとその辺、見張ってるからさ」

 そう言って目配せをし、きょとんとしたリクの腕を引っ張って離れていく。

 余計なお世話と有難さが半々の気持ちで二人を見送り、アルトはティコの横に屈んだ。

「あんたを見つけてって言われたの。車椅子のヒューネに」

 炎使いが青い目を大きく瞬く。

 その目を見ながら、考えていた質問をぶつける。

「で、あんたはヒューネなの?」

 プレイヤーとキャラクターが同じ名前とは限らない。外見のグラフィックを変えられるように、名前も別のものを付けられる。というより、恐らくそちらの方が多数派だ。

 わざわざ名指しで告げられたキャラクターだ。とんでもない有名人でないなら、本人か、少なくとも知人のものだろうと予想はできる。確証は無いけれど。

 僅かな沈黙ののち、羊の獣人は頷いた。

「正確には、半分はNPCですが」

 予想は当たったようだ。

 しかしアルトは首を傾げる。

「NPC? 半分? どういうこと?」

「『アトモスペラ』から出ると、こちらに残されたキャラクターは休眠状態に入りますよね。その間も稼働するように設定してあります。この部分がNPCです」

「じゃあ今、ヒューネは操作していないの?」

「いえ……一部だけ同期している状態です。だからヒューネとして扱っていただいて構いません」

「……『管理者』って器用なこと出来るんだね」

 皮肉を込めた物言いに『ヒューネ』は苦く笑った。

「こうしないと、こちらでも歩けなくなるので」

「ゲームの中なのに?」

「はい」

 答えて、むくりと起き上がる。

 左手で右腕と両足を確認しながら、彼は淡々と説明した。

「現実の僕は、こちらへは一部だけの同期……不完全な接続をしています。これは皆の集合無意識、夢に囚われないための措置です。しかし残念ながら、当初は呑まれてしまいました。あなたと図書館で会ったとき、一度目は全く、二度目は、半分ほどしか思い出せていなかった」

 確かにあのときは、『ヒューネ』は普通の転校生だったように思う。

 何も知らず、『亡星学』に見識のある同好の士として楽しく話せていた。

「最初から、そうって訳じゃなかった、ってこと?」

「はい。追加で右腕や右眼の接続を切ったので。現在は記憶に問題なく動けていますが、時間が経てば分かりませんから、なるべく早く処置を終えたいと考えています」

「え……ちょっと、ちょっと待って」

 淡々と、とんでもないことを言っている。

「何か疑問が?」

「つまり、接続?できてないところは動かないから、『現実』……というか学園でのあんたは足が動かなくて車椅子だったってこと?」

「そうです。義肢の方が動きやすいのですが、どうやら繋がっていない部分は『存在しない』と認識されるようで」

「だからってそんな、部品みたいに腕だの目だのをぽいぽい切り捨てるってのは」

「現実にいる僕の腕や目が機能しなくなっている訳ではありませんから。……皆を起こすときに不完全な接続を由来とするエラーが起きるかも知れませんが、他の人々に影響は無いでしょう」

 あまりにも他人事めいた言い草に、アルトは困惑する。

「いやいや、自分の身体だからってね、いくらなんでも扱いがぞんざいすぎない? その言い草だと万一ってことがあるかもなんだよね?」

「僕は『管理者』側の人間です。この事態を収拾する責務があります」

「いや、あのさ、やらなきゃいけないことなのは分かるよ? でもこんな状態になってまで強行する必要ある? 一旦仕切り直そうって思わない?」

「事態は急を要します。学園での不便は確かにありましたが、ここ……『アトモスペラ』での状態なら、目的地に着くまで、目が見えて口が利けるなら問題ありません」

 頑なに彼はそう宣う。

 融通の利かない物言いに、困惑が苛立ちへと変わっていく。

 大きな機械に組み込まれた部品の一つのように、目的の遂行のため、自らを損耗させることを厭わない。『管理者』側の『人間』を標榜しているが、自身の扱いは人というより替えの利く物品だ。

 本当に人間なのだろうかという疑問すら浮かぶ。

「っていうか、義務感強いのは結構だけど、そんなに『管理者』『管理者』言うなら自分だけでやってなさいよ。私みたいな一般人を巻き込まないでさ」

「……僕だけでは権限を行使できないので」

 不意に炎使いの声色に感情が滲む。自身の機能の切り捨てに関してはあれほど事務的だったのとは打って変わった、もどかしそうな、悔しそうな呟き。

 彼は図書館でも言っていた。自分に与えられた権限は多くないと。

 ついさっき人間かどうかを疑ったのに、こんな反応を見せられると困る。

 アルトは大きく息を吐いた。

「私の力が要る……って、言ってたこと?」

「はい」

「あんたはここで死にかけてて、私が来るかも分からなかったのに?」

「それは申し訳ありません。僕にも想定外でした。でも、あなたなら来ると信じていました」

 耳を疑う。

「私とあんた、そんなに長い付き合いじゃないと思うんだけど」

「でもあなたは、会うのが三度目の僕のところに、友人の『ロスト』を報告しに来ました」

「あれは……理由は分からないけど、あんたの顔が浮かんだから……」

「……それは嬉しいことですね」

 小さく言い、『ヒューネ』は空中に地図を表示させる。

 話を進めるつもりらしい。

「僕たちはコントロールルームに行かなければなりません。メインは最上層にありますが、行けそうにないので、サブルームを目指します」

 血の滲んだ左手が地図の一箇所を指し示した。ここからそう遠くはなさそうだが。

「……あんたがしなきゃならないのは、皆を起こすこと、だっけ」

「そうです」

「その作業?を、ゲームの中でやるの?」

「本来なら外部操作で行えます。これは非常用の手段です」

「探索しに来た誰かに見つかって、勝手に操作されちゃったりとかは」

「権限がありません。そこに部屋があるという認識すらできないでしょう。学園での生活を夢と認識できないように」

「元々そういう技術があるって訳か……部外者は立ち入り禁止にできてる、と。そこに私なんかが行って良いの?」

「はい」

「理由……は、教えられない、と」

「はい」

 『ヒューネ』が頷くと、空中の地図が崩れて消えた。

「それから、ここから先は、二人で進みたいと思っています」

 アルトはむっとして羊の獣人を睨む。

「ノインとリクには見せられないって言うの? その、コントロールってやつを」

「そうです」

「二人は私の友達でパーティメンバーだよ。部外者だけど、誰にも言わないでって言えばちゃんと黙ってる。ここに来るのだって、すごく危なかったのに、一緒に来てくれて」

「お願いします」

 事務的な説明に徹していた『ヒューネ』が座ったまま頭を下げる。

 突然の謙虚な態度に、アルトはどぎまぎした。

「そんなに……関係者以外立ち入り禁止なとこなの」

「はい」

 頭を下げたまま返される。

 説得できるような言葉は浮かばない。確かに重要な場所のセキュリティは拡散しない方が良い情報だ。そんな場所に、どうしてアルトなら連れて行って良いことになっているのかが尚更分からないけれど。

「あなたが必要です、どうしても」

 囁くように、呟くように。

(みんなを起こすために生贄が必要、とかだったらいっそ笑うけど)

 架空の世界の物語や神話でなら見る流れだが、プログラムだのシステムだのが並ぶ文脈には場違いに感じる単語だ。

 このまま皆と帰ることは容易い。理由も教えてくれないのに友人たちと引き離されてまで一緒になど行きたくない、と考えるのは薄情ではない筈だ。きっと。

 だが、こんな姿になってまで目的を遂げようとする相手を放置していくのも、正直、夢見が悪い。これが実力に見合わない難易度の魔物に挑んで、というなら自業自得と切り捨てられるが、通りすがりの苦戦中のパーティを助けた結果なのだから。

 自分だけを連れて行きたがる理由は話してくれないが、それ以外の内情は、かなりの部分を話してくれているとも思える。

(お人好しめ)

「……分かった、伝えてくる。コントロールなんちゃらのことはぼかして」

「有難うございます」

 気が進まないながらも立ち上がり、アルトは部屋の入口で見張りをしている二人の方へ向かった。



「話、終わったの?」

 魔女がにやにやしながら振り返る。

「……何を想像してたんだか」

「そりゃあ、ねえ?」

「すごくドラマチックなことが起こってるんじゃないかって、ノインと予想していました」

 翼人の若者が鼻息荒くこぶしを握った。

 思わず苦笑する。

「そんな衝撃的なことはしてないよ」

「衝撃的じゃないことはしたんですか?」

「リクは一体何を想像してるの……」

「で? お目当ての彼は見つかった訳だけど、どうするんだい」

「うん……それなんだけどね」

 『ヒューネ』の目的をぼかして二人に伝える。彼にはこの遺跡でどうしても行かなければならないところがあり、アルトもそれについて行くつもりだと。

「ならあたしたちも行くよ。護衛代わり、というには頼りないかも知れないけどさ」

「ティコさんよりは弱いですけど、ワタシだって役に立てます」

 予想通りの返答。普段なら嬉しい言葉。

 けれど、彼女たちには戻ってもらわなくてはならない。

「……あのさ、彼、こっから先は二人で行きたいんだって」

「え、それって大丈夫かい?」

「危なくないですか?」

 大丈夫や危ないの意味が魔物に対してだけではないような気配は感じたが、気付かない振りをして流す。

「道は分かってるし、大丈夫だろうって」

 そこまで言い、アルトは意を決してリクを見る。

(今のリクは、私とノインの主観の存在)

 印象を強く書き換えれば意に沿わない行動でもさせられると、少年は言っていた。

 強く、思う。

 二人きりになりたい友人と彼のためにと気を遣い、この場を離れるリクを想像する。

 見つめる翼人の顔から、一瞬、いつだったかのように表情が消えた。

 そして、その無を掻き消すように、にこにこと笑顔が浮かぶ。

「……そうですか。ティコさんがそう言うなら大丈夫かも知れないですね」

「え、ちょっとリク」

 突然の意見の変更に魔女が思わず声を上げた。

「だって行き先が分かってて、ワタシたちよりここに詳しくて、強いですよ? 見ましたか、あのレベルと体力!」

「そりゃ……まあ、そうだけど。本当に大丈夫? まだ回復半分くらいだったけど」

 困惑と不安が半々の様子でノインがアルトに問う。

 アルトは笑顔で指を立てて見せる。

「まだ回復アイテム残ってるし、身代わりトーテムもある。大丈夫」

「そうですよ、ノイン。ワタシたちは下で待ちましょう。ノインの体力も減っています」

 口々に言うアルトとリクの顔を交互に見、不承不承と言った顔で漸くノインは頷いた。

「……危なくなったらちゃんとすぐ『帰還』するんだよ。あんたまで『ロスト』するなんて、あたし嫌だからね」

「分かってるって。私だって嫌だし」

 先程全力で走ってきた通路を戻っていく二人に手を振り、角を曲がったところで、アルトは俯いた。

(本当に、できた)

 言葉での説得ではなく自分の想いで、念じただけで相手の意思を曲げられた。

 それは即ち、『ヒューネ』の言った通り、『リク』が自分たちの主観で存在しているということの証明に他ならない。

 崩れるようにその場で膝をつき、涙が溢れて零れるのを止められなかった。

 リクという少女の死を、確定した『現実』を。

 アルトは初めて、改めて確認したのだ。



 少女が戻ると、炎使いは壁に寄り掛かり待っていた。

 片手に亀裂の入った杖を持ち、無言で自分の鞄の中を覗いている。

「これは、あなた方が?」

 時間が掛かったことにも泣き腫らした目元にも言及せず、羊の獣人は鞄に収まった赤い小鳥を指し示す。

「あんたの仕事仲間から、餞別だって。狐の鳥使いの子だよ」

「そうですか……」

 彼は目を細めて小鳥をひと撫でし、そっと鞄の蓋を閉める。

「では、行きましょうか」



 二人の冒険者が苔生した隘路を行く。

 杖を突き先導するのは羊の角と耳を持つ獣人の若者。二歩ほど離れてついていくのは汎人の少女。前を行く若者の衣服や装備は嵐に揉まれたようにぼろぼろだ。

 アルトは顔を顰めて鞄の中から寝袋代わりの大きな布を取り出し、足早に『ヒューネ』に歩み寄って手渡した。

「……?」

「ちょっとこれ羽織って。見ててアレだから」

「僕なら大丈夫です。半同期状態なので、そういった感覚はデフォルトより更に低減されています」

「だから、見てて痛いんだってば。回復アイテムだってもっと使って良いのに」

「それはアルト用に取っておいて下さい。あなたの体力は僕の半分もありません」

「……」

 確かに数字だけ見ればアルトの最大体力は『ヒューネ』の、未だ黄表示のそれに及ばない。この場で吹けば飛ぶ立場はどちらなのかは一目瞭然。レベルの、強さの差は明らかだ。

 しかし自分の方が心身共に万全だというのに、気遣われる側になっているのは如何なものか。

 どうにも腹立たしく、もどかしく、居心地が悪い。

 早く用を済ませて、ノインのところへ戻りたい。

「……ねえ」

 沈黙が戻れば居心地の悪さが増すように思えて、アルトは会話を続けた。

「何でしょうか」

「権限をどうにかするのに私が必要ってなら、どうして一人で登ってたの? あんただけじゃ無理なんでしょ」

「先に行って、近くに下層直結のルートを開ける予定でした。あなたのレベルでは中層まで連れて行くのは難しいと思ったので」

「まあ……それは確かに」

 だからこそ経験値アイテムの濫用でレベルアップをしたのだ。

「ほんとは街にいるつもりだったってこと? 見つけて、って言ってたの、街の方だったと思うし」

「はい。僕は『カロス・アイドス』の芸人として街では顔が売れてしまっていたので、邪魔が入らないように、できれば、あなたの方から見つけて欲しくて」

「じゃあ、プレイヤーのあんたが学園にいなかったのは? いろいろ聞きたくて探したんだけど?」

「サブルームのチェックとルート開通に集中したかったので回収しました。残しておく必要もありませんし、皆を起こせば学園生活は終わりますから、居なくなっても支障は無いかと」

「私には支障あった。ペンダントの使い方とか、もっと早く分かって追いつけたかもなのに」

「すみません。使い方を知っているものと思い込んでいて」

「そんなの知ってる訳ないじゃん」

「……そうでした」

 一瞬目を伏せ、またすぐに前を向き。

「あなたが街に着くまでには戻れる予定でした。戦闘を避けて行けば可能だと思っていたんですが」

「それは途中で苦戦してる冒険者のパーティを助けたりしたからじゃない?」

 『ヒューネ』が少し驚いたような顔でアルトを見る。

「彼らに会いましたか?」

「会ったというか、助けてもらったんだよ。礼を言ってたと伝えてくれ、ってさ」

「それはよかった。目の前で『ロスト』者を出す訳にはいきませんでしたから」

「……」

 戦闘を避けて、などと、どの口が言うのだろう。

 彼のお陰で全滅を免れたと言っていたのは例の槍使いたちだけだった。だが、羊獣人の炎使いに助けられた、と証言したパーティは、彼らだけではない。

(お人好しめ)

「相手の力量を見縊っていた訳ではありません。しかし想定より削られました。体力が心許なかったので魔物除けの術を使ったのですが……」

「魔力計算ミスったの? 本末転倒じゃん」

 思わず呆れ声が出る。

 彼のことを、正直、どう扱って良いのか未だに分からない。

 人々に夢を見せ、肉体を管理している『管理者』側の存在。

 責務を第一に、そのために自身を歯車や部品のように扱い、粛々と目的を遂げようとしている姿は、プログラムされたAIのようだ。

 だが彼の言動をよく見ればそうではない。起伏は少ないが確かに感情があり、行動も人々の、アルトたちのことを最優先に案じているように見える。

 高度なAIならば、感情を持ち、人と変わらないように見える言動をすることは可能だ。『アトモスペラ』のNPCたちのように。

 けれど『ヒューネ』がそうだとは、アルトには思えない。

(むしろAIの方が、逆にもっと感情的っていうか、親しみやすい雰囲気してるレベルじゃないの?)

 他人に何かをさせるなら、その方が効果的だ。

 転校当初の『ヒューネ』の方が実はAIだったと言われれば、その方が納得できる。いつもにこやかで穏やかで、何度も繰り返される同じような質問に嫌な顔一つせず答える、理想のイケメン転校生。NPC状態の『ティコ』についてもそうだ。人の前に立つ芸人らしい、客あしらいに長けた、穏やかで人好きのする柔和な言動。

 図書館で現実をアルトに突き付けたときも、そんな態度のままだったなら、不信感は減っていたかも知れない。説明自体は丁寧だったが、とにかく事務的で淡々としていて、聞き手の感情など考慮に入れていない話し方だった。恐らくこちらの方が彼本来の性格なのだろう。

 アルトに共に来て欲しい理由は、話せない、と彼は言った。

 今まではこれが彼に対する最大の不信原因だったが、それも変わってきている。

 AIなら、もしくは悪意を持って騙すつもりなら、もっと上手に嘘を吐いただろう。もっとアルトが信じやすい『物語』を作って。話せないことを話せないなんて、馬鹿正直に言ったりはしない筈だ。

 それに起こしているミスはあまりにも『うっかり』が過ぎる。

 つまり、何と言えばいいのか。

 今の、記憶を全て取り戻したと言う『ヒューネ』は、ただの、とても不器用な人間に見えて仕方がない。

(何? それって……危なっかしくて放っとけない、ってこと?)

 自身で導き出した結論にアルトは呆れる。そんな感情に絆されて、自分は彼の『お願い』を聞き入れたのかと。

 『管理者』側を名乗る、雑に表現するなら一般人のアルトより上の立場とも言える人間に、随分と悠長な感情を持ったものだ。

(有能だけど危なっかしくて放っとけない目上……まあ、そういう講師いたし、学生には人気あったけど)

 結局、やはり、アルトは『ヒューネ』を扱って良いのか分からない。

 悩むアルトの足下が、重く震えた。



 地響きと共に、通路の向こうから影が来る。

 黒光りする硬い殻、無数の脚、長い触角をもつ頭部。見間違える筈がない。昨日見た長虫の魔物だ。

 そしてその体躯は、昨日のものより二回りは大きい。

 アルトが魔物の姿を確認し身構える前に、『ヒューネ』が動いた。

 杖をくるりと振り、通路いっぱいに炎の陣を描く。燃え盛り赤熱する網は蠢く長虫を絡め捕り、獣人の若者の杖の動きに合わせてその巨体を焼きながら締め上げる。

(すごい……)

 少女はぽかんとその光景を眺めていた。

 自分たちがあれほど苦戦した長虫を、しかもずっと大きな個体を、彼は杖の一振りで難なく捕らえて倒そうとしている。しかも一人で。

 普段、戦いから縁遠くレベルの差など意識したことは無いが、目の前で見せられれば明らかだ。

 彼は強い。

 見ているうちに業火は魔物を焼き尽くしていく。

 しかし、為す術もなく焼け落ちていくと見えた魔物の腹から、くぐもった不気味な咆哮が響いた。

 黒く焦げた長虫の、無数の脚の間から、ざわざわと更に細かな脚が生える。

 いや、脚ではない。脚だけではない。折り畳まれた身体を伸ばし次々と這い出てくるそれは、長虫の魔物の幼虫だった。サイズこそ小さいが、数は十匹を下らないだろう。

 『ヒューネ』の表情が曇るのが見えた。

「下がっていてください」

 幼虫の群れにナイフを構えた少女に言い、杖を持たない方の片手で小さな陣を描く。炎ではない青色の方陣はアルトの前へ移動し、枠だけを残して透明になった。

 これは防護の陣だ。

(足手纏いは守られてろ、ってことかよ)

 苛立ちが募るが事実である。彼とはレベルも力も、経験の差も明白だ。

(本当に、私、何のために連れて来られてるんだろ)

 不信は軽減した。だがそれだけだ。友人は自身の知らないところで命を落とし、目的地へ辿り着くにも助けられてばかりで、解決法さえ人に聞くばかり。非科学的だが生贄の羊だとでも言われた方がまだ分かる。

 歯噛みしながらナイフを握りしめるアルトをよそに、『ヒューネ』が杖で前方の床を払う。

 一直線の炎の壁が、幼虫の群れと二人の冒険者の前に立ち昇った。進むばかりの幼虫たちは避けることも無く炎に飛び込み、次々と焼けていく。生まれたばかりで体力が少ないのか、最初に張った陣より火力が強いのかは分からないが、呆気ないものだ。

 だが突如、紅蓮の壁が膨らみ弾けた。

 視界を遮る業火を貫き、燃え盛る巨躯が一瞬で炎使いを薙ぎ払う。

「……!」

 声を上げる間もなく壁に叩きつけられ、彼は床に崩れ落ちた。

 遠目にも、再び赤く染まった上半身が見て取れる。アルトからは距離がありステータスを開けないが、かなりのダメージが入ったことは間違いないだろう。

 まだ気絶に至っていないことは、よろめきながらも立ち上がる姿で確認できる。

 が。

(待ってよ、それで勝てるの?)

 ゆっくりと、炎を纏った魔物がアルトの前を通っていく。巨大な長虫が、今にも焼け落ちそうな身体を引き摺るように、獣人の若者の方へにじり寄っていく。

 己を縛る炎の網を破り反撃に出たのは、子供を殺された母親の怒り故だろうか。

 魔物にそんな感情のようなものが設定されていたのかと、感慨に耽る余裕はない。

 アルトは『ヒューネ』を見遣った。

 杖を構えた炎使いは、黙って自分に近寄る魔物を見上げている。間合いを測っているのだろうか。

 広間で、彼の枯渇していた魔力も回復させたが、体力ほどはアイテムを割かなかった。炎と防護、計三回の魔法を使って残りは多くないだろうことは、その方面に詳しくないアルトにも推察できる。

 魔物の方もきっと体力は僅かだ。お互いに一撃必殺を狙っている筈である。

 本人にそのつもりは無くとも、下手をすれば相討ちになるだろう。何しろ彼はここまで何度も『うっかり』ミスをしている。それも『ロスト』しかねない程の。

(冗談じゃない)

 狩人の少女はナイフを構える。自分に掛かっているのは防護の陣だ。恐らく多少の無理は利く。

 こちらの動きに炎使いも気付いたようで、表情まではよく分からないが、何か考えるような間があってから構えを変えるのが見えた。

 合わせてくれる、ということだろうか。

(じゃあ、ちゃんと見てなさいよ)

 狙うのは節の隙間。相手は炎を纏ってはいるが動きは遅い。

 上手く刺さらなくても良い。こちらに気を逸らし、あわよくばダメージを入れられれば良いのだから、最悪、防護の陣頼みの体当たりでも構わない。隙を生じさせれば、止めの一撃は彼が入れる筈だ。

 身を沈め、アルトは駆け出す。

 物音に気付いたのか、魔物の動きが鈍る。

 足を止めず、目の前に迫る炎と節々に向かい、息を止め目を閉じて、全力でナイフを突き立てた。

 灼熱の痛みが両腕を舐める。顔面が熱い。

 しかし手応えはあった。

 甲高い、笛のような鳴き声と振動。

 巨大な生き物の身震いでナイフが手を離れ、勢いで身体が床に転がる。

 息を吐きながら目を開けると、少し先、のたうつ長虫の頭を小さな炎の弾丸が吹き飛ばすのが見えた。

 魔物がゆっくりと床に伏し、焼け焦げて灰になっていくのを、アルトはへたりこんだまま、息を切らせて眺める。

 いつの間にか傍らに歩み寄っていた『ヒューネ』に気付いたのは、彼に声を掛けられてからだった。

「手、大丈夫ですか」

 問われて自分の両腕を見下ろす。

 焼け爛れた腕は炭になってはいないものの、ちょっとしたスプラッタのような見た目になっている。

 防護の陣越しで、触れていた時間はほんの数秒だった筈なのに、凄まじい火力だ。同時にその炎に堪えた魔物の力も窺えた。

 確認してからじわじわと、痺れるような痛みがやって来る。所詮はゲームの感覚で本物には程遠いだろうが、一応痛みと言っていい感覚だ。

「ちょっと無茶しちゃったかも」

 おどけて誤魔化そうとしたアルトは、見上げた先の姿を見て表情を引きつらせた。

 炎上する魔物に吹き飛ばされた彼の半身は、狩人の少女の腕と同じように、広範囲に焼け爛れている。考えれば分かることだったろうが、見た目の凄惨さから受ける衝撃は考えたところでどうにもならない。

「助かりました。あまり大技は撃てそうになかったので」

 傍らに膝をついて言う彼の声には、流石に力がない。

 赤くなった左手でぎこちなくアルトの腕の上で陣を描くが、効果は現れなかった。何をするつもりだったのか予想は出来たが、行使するだけの魔力が残っていなかったのだろう。ぴったり枯渇するような残量でなかったのは逆に幸いか。

 アルトはステータス画面を開き、黙って回復アイテムを譲渡する。

 少し驚いたような顔を向ける『ヒューネ』に、アルトは思い切り苦々しい表情をして見せる。

「やりすぎ。他人優先もいい加減にしてくれない? される方の身にもなってよ」

「……」

 炎使いは俯き、そうですね、と呟くように言った。



 回復アイテムの殆どを使用し、アルトは体力表示を全快に、『ヒューネ』は赤から黄色へと再び戻すことに成功した。

 こんなに使っちゃって良いのかな、と眉間に皴を寄せた少女に、炎使いは目的地が近いことを告げる。

 そうは言われても念のため、使い切ることはしなかったが。

 二人は灰になった魔物たちを乗り越えて歩き出す。

 今度は前後に分かれるのでなく、左右に並んで。

「前にこっちの町で、私に会ったことは覚えてる?」

 進む以外は手持ち無沙汰なアルトが問うと、地図のパネルを空中に表示し、現在位置を確認しながら『ヒューネ』は答える。

「あなたのホームの町にいた時期は、NPCの『ティコ』でしたから、直接会ってはいない、ということになります」

 口調は相変わらず淡々としている。けれど以前より感情が籠っているように思えた。

 今の声色からは、どこか、郷愁のようなものを感じる。

「……『ティコ』は長く使用しているキャラクターです。『カロス・アイドス』にも以前からとてもお世話になっていました。離れることになったのは残念です」

「レベル高いもんね。そういえば、狐の子が長い付き合いだって言ってた」

「はい。こんな事態になる前から組んでいましたから、もう十四、五年の付き合いでしたね」

 アルトはまたも困惑する。車椅子の少年は、夢の中の存在とは言え少女と同年だった筈だ。

「それって『アトモスペラ』時間で?」

「いいえ、夢……学園での換算です」

「入学前から、っていうか、赤ちゃんの頃からやってる計算にならない、それ」

「現実と学園では時間の流れが違います。僕は一度卒業して、二周目です」

「確かに『アトモスペラ』と学園じゃ時間が……いや、違う方の現実だっけ?」

 アルトは頭を振る。ただでさえ混乱しているのに、時間感覚までおかしくなりそうだ。

「え、二周目って、つまり、学園の生活はループしてるってこと?」

「はい。覚えていないでしょうが、あなたも、皆も何周かしている筈です。学園は学習と、文化の継承のための無限の『箱庭』ですから」

 頭がくらくらする。

 『モルフェ』は箱庭だの孤島だのスペースコロニーだのと呼ばれていた。けれど本当に前も後も外も無い、現実から切り離された箱庭だなんて、誰が想像できるだろう。

 いや、それより『モルフェ』の目的を、彼は何と言ったか。

「それって、私たちが眠っているのって、ずっと勉強をするため、ってこと?」

「はい。話しませんでしたか?」

「聞いてないよ!」

「……説明不足でしたね。すみません」

 先を急ぎ過ぎて焦っていたのかも知れません、と。

 『ヒューネ』が改めて説明する。

「現実での肉体は、眠っています。そしてその場所は母星ではありません」

 僕たちは宇宙にいます、と彼は言った。

 母星を離れ、知識と資源を乗せて宇宙の海を行く船の一つに乗っているのだと。

 長い長い旅の間、人々は眠りに就き、夢の中で学び舎での生活を繰り返すことにより、知識を蓄え、文化を継承し、後世に残すことにした。その間の肉体の管理を『管理者』たるAIと『管理者』側として選ばれたチームの人間たちに託して。

 『亡星学』の始まりの契機となった『不毛の惑星』から届いた『金の円盤』。

 人々の知識と情報の集積体。

 それを生身の人間と『管理者』AIにより構築し運用しているのが、仮想学園都市『モルフェ』なのだという。

「学び舎という設定は、文字通り学ぶ場所として最適だったから選ばれたと聞きました。長い期間眠ることにより、何も起こらない宇宙航行中に精神が摩耗することを防ぎ、生活のためのエネルギーや資源の節約等、メリットも多いと」

 僕たちが生まれる以前に始まったことです、と、『ヒューネ』は付け足す。

 アルトは眩暈がした。

 夢と現実がどうというだけでなく、宇宙だなんて、あまりにも壮大だ。

 今まで識っていた、視えていた世界が、どれだけ狭かったかを思い知る。

「本来は、それで上手く回っていました。夢の中で命を失っても『現実』で死ぬことなどなく、人々は自由に夢の世界へ行き、また、起きて『現実』へ戻ることもできた」

 アルトの思いをよそに、ぽつりぽつりと呟くように、歩き出した『ヒューネ』が語る。

「全体は専用のAIが管理していて、僕らはAIや機器のメンテナンスを行いつつ、そのサイクルを見守るだけで良かった。……あの頃は交代で『モルフェ』へ赴き、多くを学びました」

 声音に更に懐かしさが滲む。彼の脳裏にはその光景があるのだろう。

「けれど数年前……『現実』の二年前、事故が起き、AIに致命的なエラーが起きました。人々は目覚めることなく夢を見続け、当初事故が起こした事態に気付かなかった『管理者』側の人間も次々と皆の夢に取り込まれてしまった」

 苔に包まれた階段を上がる。

 辺りはとても静かで、二人の足音だけがくぐもって響く。

「僕は事故で半接続状態になり、その際に『モルフェ』への接続と身体能力、自意識の関係を知りました。試行錯誤の末、完全に意識を夢と切り離せたとき……起きているのは僕だけでした」

 想像する。誰もが眠り続ける中で、自分だけが覚醒している孤独。

 アルトは身震いした。

「原因を調査し、事故が起きたこと、それにより引き起こされたエラーの内容を知り、状況打破のため、幾度も夢に潜りました。僕は『管理者』側の人間ですが、一人で『モルフェ』を解除する権限がない。だから探していました。もう一人を」

 『ヒューネ』が立ち止まる。

 目の前には苔生した壁。他と変わらない金属の板にパイプが縦横無尽に這っている。

「その頃には皆、誰もが夢の住人でした。自分が学園都市に通う学生の一人だと信じて疑わない数千人、その中から誰か一人でもいい、僕は見つけ出さなければならなかった。僕と同じ『管理者』側の権限を持つ人間……」

 彼の視線はいつの間にか少女に向いていた。

「あなたがその一人です、アルト」

 胸が、ざわざわと騒ぐ。

 少女の記憶の底で何かが目覚めようとしている。

(どうして……私を)

 浮かんだ問いが何に対してのものか分からず口を噤む。

 気付いているのかいないのか、彼は説明を続ける。

「『ロスト』した者だけでなく、ここでは誰もが誰かの主観の影響を受けます。以前あなたが言った通り、自分が見ている夢の中に於いて、自分自身は神に等しい」

 ガラス玉のような眼差し。けれど辛そうな、痛ましいような、悲哀の籠った視線。

「親しい相手ほどその影響は強い。ノインさんやリクさんにとって、あなたは同じクラスの親しい友人、普通の学生です」

 だから返したのか。

 アルトが『普通の学生』でなくなるためには、『管理者』側の人間になるには、彼女たちの主観が邪魔になるから。

「ペンダントを持って下さい」

 まるで操られるように、アルトはペンダントを摘んで目の高さに掲げる。

 『ヒューネ』はポケットから鎖の千切れた同型のペンダントを取り出し、同じ高さにぶら下げた。

「これは『管理者』側の人間が持つものです。本来であれば学園でも『アトモスペラ』でも、夢の中でならどこにでも存在している筈のアイテムでした」

「……ゲームの中の私は、最初、持ってなかったけど」

「現実とゲームは別物、同一のものは存在する筈がない、という主観によって消えていたのでしょう。僕からも見えなくなっていたので、ペンダントを目印に他の『管理者』側の人間を発見することは出来ませんでしたが、データ自体はずっと存在していたと考えられます」

 『アトモスペラ』も夢の中にあるものだ。人々の主観や無意識に左右される、夢の中の。

 ゲームは『現実』でなく、『現実』はゲームとは違う。どれほどリアルに作り込まれていても。そう思っていたから。

「だから……すみません、あなたのアカウントにデータを潜り込ませたのは僕です。『管理者』側のアカウント同士なら、ペンダントを介して軽いデータの遣り取りが可能なので」

 見えないペンダントを介して、ペンダントの『形』のデータをアルトに送ったのだと、彼は言う。

 更には、送信が可能だったことで、アルトが『管理者』側の権限を持つ本人だということを確信できたのだと。

「最初にアルトの前に現れたものは、形状だけを似せたダミーです。あなたがあれを『あなたの物』と認識したことによって、ゲーム内でも存在できるようになりました。あなたの居場所も、以降はこれが教えてくれた」

 『管理者』側の人間同士、夢の中で姿が変わっていても、これを持っていることで互いを認識し、位置座標を特定し、データを送受信することが可能らしい。本来は。

「でも、私がどこにいるか分からなかったのに、私のアカウントにデータを送れたってどういうこと? どうやって私を見つけたっていうの?」

 アルトが問うと、『ヒューネ』は目を細めた。

「あなたが『ティコ』に名乗ったからです」

 開いてください、と彼がペンダントを指して促す。

 銀の蓋をずらすと、ガラスの向こう、暗闇を侵食する白の領域はますます広がっているように見える。

「これは何なの」

「このペンダントは『管理者』側の人間に必要な機能を備えたアイテムです。内部の面を、こちらに向けて下さい」

 言われるまま、アルトは開いたペンダントを『ヒューネ』の方へ向ける。

 彼は自分のペンダントを、同じようにアルトのペンダントへ翳した。まるで合わせ鏡を作るように。

 ずらした蓋の放射線状の刻印がオレンジ色に光り始める。

「『ティコ』としても僕は情報を収集していました。NPCとして行動していた期間のことも、僕にフィードバックされます。僕の知らない間にあなたの町で、あなたが私に会い、名乗ってくれたことで、あなたの座標が掴めました」

《システム起動。キーを認証しました》

 無機質な声が響く。これはペンダントからなのか、頭の中に聞こえているのか、一体どちらなのだろう。

「ヒュー・ネフェロマ・プラシノ。これが僕の名前です」

 『ヒューネ』が言うと、彼の持ったペンダントの光が緑色に変化する。

 青い双眸が少女の方を向く。

「アルパ・トロヒア・キアノ。これがあなたの名前です、アルト」

 ぼんやりと、アルトは告げられた文字列を繰り返した。

《ヒュー・ネフェロマ・プラシノ、アルパ・トロヒア・キアノ……二名のコードを認証しました》

 頭の中に、何かが流れ込んで来る。

 手にしたペンダントから緑の光が広がり、二人の側にある何もない金属の壁が、呼応するように震えた。光の筋が、表面に這ったパイプを無視して何本も走る。

 膨大な記憶と光の波に圧され、少女の意識は、そこで一旦途切れた。

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