国の不幸を一身に背負う巫女でしたが、婚約破棄されて国を追われたので、好き勝手に生きようと思います。
息抜きに読める短編です。
「イザベラ・アッシュベリー!お前との婚約を破棄する!お前のような女の相手はもうごめんだ!」
大きな声で、私の婚約者、アレックス・ハーヴィー様が宣言なされました。…ああ、たった今『元婚約者』になられましたけれど。海外からの要人を招いたレセプションパーティー会場は、その一言で水を打ったように静けさに包まれています。
「はい?」
私が聞き返したのは、何も耳が遠いからではございません。こう見えてもまだ18歳、今の今まで婚約者がいたとはいえ、清い交際でしたので、うら若き乙女でございます。私はただ、確認のために聞き返したまでです。
「聞こえなかったのか?いや、性悪なお前の事だ。そうやって俺をバカにしているのだろう!そういう態度が気に入らないと言っているのだ!」
アレックス様は大層お怒りのようで、拳を震わせながら唾を飛ばして叫んでおられます。ヤダ、汚い。
まぁ、正直に言わせて頂ければ、何を言ってるのかしら?このお猿さんはという感想しかないのですけれど…性悪だなんて心外です。確かにバカにはしてますが。
「アレックス様、私に至らない部分があったのなら謝罪致します。ですが、本当によろしいのですか?」
アレックス様の目を見ながら、私は最後の確認を致しました。だって、これが本気であれば大変な事になるのですから、一時の気の迷いであれば何もなかった事にしてあげてもよいのです。しかし、アレックス様の気持ちは固いようでした。
「何度も言わせるな!今更謝罪などと、殊勝な事を言っても無駄だ!この国の不幸を一身に背負うお前を哀れんで見初めてやったというのに…この恩知らずが!俺は今日から、このオードリー・マクナイト嬢と婚約する!ああ、オードリー…なんて美しいんだ、俺の荒んだ心を癒してくれるのは君だけだ…!」
「アレックス様…!」
突然お二人の世界が始まってしまいました。アレックス様はやっぱりおバカさんですね。ちなみにオードリー嬢とは、確か他国から移住してきた成り上がり貴族の一人娘様だったと思います。あまり接点がないので記憶に薄いのですが、あのようなお顔をしていらっしゃったのですね。なんというか、お奇麗なんですが…幸薄そうな…ああ、いえ、別にいいのです。覚えておく意味も興味もありませんし。
アレックス様は、おバカで無能なお猿さんですが、れっきとしたこの国の王子であらせられます。父上であられる王のトレヴァー様はとても聡明で立派な方なのに、どうしてこんなおバカに育ってしまったのでしょう。なんにせよ、婚約破棄をするというのであれば、それは別に構いません。そんなものはなくとも、私の務めは変わりませんから。
しかし、この後、アレックス様はとんでもない事を仰ったのです。
「ふん!まだいたのか?イザベラ…お前は俺の婚約者だから、今までこの国に置いておいてやったのだ。だが、お前はもう婚約者ではなくなった…さっさと荷物を纏めて、この国から出ていけ!」
「はい?」
二度目の聞き返しになりますが、さすがに今の言葉は私の耳が不調をきたしたのかと不安になります。ええと、いいんでしょうか?本当に?
「アレックス様…本気で仰っておられます?」
「本気だと言っているだろう!パーティーにまで辛気臭い眼鏡などしおって…お前が出て行かないというのなら、この場で斬り捨ててやってもいいんだぞ?」
斬り捨てるとは穏やかではありません。どうやらアレックス様は本気で私を追い出したいようです。ちょっと腹の中でバカにしていただけなのに。まぁ、そこまで言われては仕方ありませんね、特にこの国に愛着も心残りもないのですから、早々にお暇すると致しましょう。
私はすぐにそう決断して、|スカートの裾を上げて深々とお辞儀をしました。
「解りました、それでは私、このままお暇を頂きます。アレックス様、オードリー様…他の皆様も、どうかお元気でお過ごしくださいませ」
そして私は、ダッシュでその場を後にします。うかうかしていると、何が起こるか解りません。巻き込まれるのはご免被りますからね。
そんな私の背中には、たくさんの貴族達のざわめきが届いてきました。
こうして、私は生まれ育った国を追われる事になったのです。
そして、それがこの国に不幸を齎すきっかけになりました。
ところで、『国の不幸を一身に背負う』とは、どういうことだと思いますか?これはこの国を建国した女神アーシラトが決めた役割でした。
箪笥の角に小指をぶつける程度のものから、突然床が抜けて大怪我をするくらいまで、この国では様々な不幸を引き受ける巫女を設定することで、民が幸せに生きていくシステムです。
どうしてそんなシステムを作ったのかは、女神様とお話する力のない私に、その真意は解りません。
ただ、選ばれた側にもメリットがありますし、何より女神様に選ばれたのですから、誇りもあります。ですから、例えどのような不幸に見舞われても、最期までやり遂げるつもりでおりました。
実は私こう見えて強いんです。ええ、色々と。
持ち前の幸運が功を奏したのでしょう、これまでたくさんの不幸を背負ってきましたが、それ以上に良い事が舞い込んでくるので、結局の所、マイナスにはなっていませんでした。アレックス様に見初められた事は、かなり痛手でしたけれど…幸い、巫女なので正式に婚姻を結ぶまでは清い交際を、と厳命されておりましたし、負担は少なかったように思います。
まさか浮気された上に国外追放だなんて、考えてみれば中々の不幸ではありますが、別にあの方に愛情なんて欠片も持ち合わせておりませんでしたから、精神的にはノーダメです。
…さて、そうこうしている内に荷物もまとめ終わりましたし、さっさとこの国を出て行くとしましょう。
家族は元々別の国で暮らしておりますから、そちらを頼るのもいいかもしれませんね。
なんにせよ、早くこの国を出なくてはなりません。
え?どうしてそんなに焦っているのか?ですか。そうですね、先にそれをお話しなくてはいけませんね。
女神様が私達巫女に与えた使命は、この国の不幸を一身に背負う事だとはお話しましたが、では、この国から巫女がいなくなるとどうなるのでしょう?
歴史書によれば、かつて一度だけ、そのような事があったと言われています。その時は、巫女が偶然殺人事件に巻き込まれてしまい、非業の死を遂げた…という事だったのですが、その時から約一か月ほど、巫女が存在しない期間が発生しました。
普段は巫女と言う一か所に集中している不幸が、国全体にばら撒かれたのです。ええ、それはもうとんでもないことが起きました。巫女は女神によって選定されますが、不幸によって命を落とさないよう、強力な加護が与えられます。それにより、集中した強烈な不幸が、ある程度軽減される仕組みらしいのですが…当たり前ですが、その加護を受けているのは巫女のみ。加護なしの民が国中の不幸を受ければ、とてつもないダメージを負う事になるのです。
ある者は、偶然強力な魔法で硬くなった豆腐の角に頭をぶつけて死亡し。
またある者は、馬のいない馬車の荷台に轢かれて死亡し。
またまたある者は、…ああ、これは私の口からは下品過ぎて言えません。
とまぁこんな次第で、次から次へと、大勢の人たちが、普段ではありえない不幸に見舞われて命を落としたのです。
なんでも、国民の6割が命を落としたとか…慌てた女神様は、すぐさま次の巫女を選定し、どうにか国家の滅亡は回避しました。
え?急に6割も人が死んだら国が成り立たないだろう?仰る通りですが、そこは魔法の力がありますし、なにより女神様のミスですので、どうにかなったんだと思います。さすがに私その時代には生きておりませんので、よく解りません。
というわけで、私という巫女を喪ったこの国がどうなるのか?正直見当もつかないのです。先程、こう見えて幸運の持ち主だとは言いましたが、さすがにこんな未曽有の事態に通用するほどの運があるとも思えませんもの。
さてさて、あっという間に国境まで参りました。荷物が無ければ、もっと早く走れたのですけど。ともかく、さっさと沈む泥船から…いえ、故郷からおさらばしたいと思います。
「ということで、通して頂けませんか?」
「いや、そう言われてもだな…」
国境警備隊の隊長さんは、なんだか苦い顔をしています。蓄えたお髭がとてもダンディーですね。でも、残念、私頭髪の薄い方は守備範囲外なのです。だって、ハゲ…いえ、頭髪が不幸な方って、性欲が強いらしいじゃありませんか。私乙女なので、そういうのはちょっと…
と、懇切丁寧に説明したつもりなのですが、何が気に入らないのでしょうか?私がまだ国内にいると解れば、あのボケナス…いえ、アレックス様の怒りがさく裂しかねません。それでもいいんですか?
「何か文句がおありでしたら、あのトンマ…いえ、アレックス様に申し上げて頂きたいですね」
「アンタ、いちいち王子をバカにしすぎじゃないか?」
「ええ!?ご本人に伝えた事なんて一度もありませんよ?」
「言ってたら大問題だろ…とはいえ、王子が無茶苦茶なのは俺達もよく解ってるんだが…」
「じゃあいいじゃないですか、何がご不満なのですか?相談位なら乗りますけれども、身体とか要求しないで下さいね?グーで殴りますからね」
「誰がそんなもん要求するか!いや、アンタは美人だがそう言う事じゃない、いくらなんでも、この国から巫女がいなくなるってのは問題なんじゃないかと思ってるだけだ」
なるほど、職務に熱心なだけではなく、国を憂いての発言でしたか。とても素晴らしいお方です、守備範囲外ですけど。
「おい、アンタ俺もバカにしてないか?」
「まさかそんな、私がバカにするのは、あのスットコドッコイ…いえ、アレックス様ただ一人だけですよ」
ニッコリと微笑んでみましたが、ちょっと引いておられる様子です。真面目な方というのは難しいですね。
仕方ありません、ここは極秘のお話をするしかないようです。私は警備隊長様の耳元に近づいてそっと囁きました。
「ここだけの話、巫女の選定をするのは女神様ですが、託宣を行うのは王家なのです。つまり、現王トレヴァー様が外遊でいない間、全権力を引き継いでいるアレックス様の発言は王の言葉と同義…そして、その王家が巫女を追放したと宣言した以上、私が居ようと居まいと、この国に巫女はいない事になるのです。お解り頂けたでしょうか?」
私の耳打ちを聞いて、警備隊長様はサッと顔色を変えられました。理解が早いようで助かります。頭もよろしいのですね、惚れ惚れします。守備範囲外ですけど。
警備隊長様は、しばらく考え込んだ後、よし!と自らの頭を叩いて何かを決心されたようでした。頭髪が不幸だからと言っても、頭は大事にした方がよろしいと思うのですが…
「解った。じゃあ、アンタが目的地に辿り着くまで俺が護衛をしてやろう。どうせ今月一杯で辞める職場だったんだ、ちょうどいい」
「はい?」
このハゲ…いえ、この方は何を言ってらっしゃるのでしょうか?むしろ、貞操の危険が増えそうで困るのですけど。
じっと頭を見つめていたのが気になったのでしょうか?警備隊長様はジロりとこちらを睨んでいらっしゃいます。
「おい、アンタやっぱり俺もバカにしてるだろ?」
「いえいえそんな。ケダモノになられたらどうやって排除しようかなんて考えておりませんよ」
「余計悪いわ!人を何だと思ってんだ?!」
「性欲が強そうな髪型の男性だと思っております」
「ハゲだって言いてえんだな…?チクショウ…!」
つるりとした頭を撫でながら、警備隊長様は涙を流しておられました。頭を殴るのは滑りそうなので、止めた方がよさそうです。万が一の時は、顎を狙うとしましょう。
こうして、私は無事に国境を越える事ができました。後は、実家へ向かうだけです。
後から聞いた話ですが、私が国を出た途端、ハーヴィー王国の王都は、とてつもない大震災に見舞われたそうです。城直下型地震とでも申しましょうか、何故か王城だけが深刻な被害を受けて、アレックス様は避難の際、落ちてきたろうそくで頭部を火傷し、『の』の字型にハゲが出来たとか…
また震災を受けて、慌てて外遊から帰られたトレヴァー王の怒りは凄まじく、アレックス様は勘当の上、放逐されてしまったようです、因果応報とはこの事でしょう。
そんなわけで、私は実家のある国でのんびりと暮らしております。今にして思えば、国一番の不幸というのはアレックス様に見初められた事だったのでは…と思いますが、真相は闇の中ですね。
皆様、どうか不幸にはお気をつけ下さい。いつも、それを肩代わりしてくれる人がいるとは、限らないのですから…
お読みいただきありがとうございました。
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