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落花生は花を落とす  作者: 凪司工房
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 祖父母の家の晩ご飯は、当然のことだけれど、うちとは全然違う。野菜を作っているから、という訳ではないのだろうが、とにかく煮物が多い。蕪と春菊、キャベツも魚の缶詰と一緒に煮てある。祖父は虫歯が酷く、もうほとんど抜いてしまって歯がない。しかも入れ歯が合わないからと、その歯のほとんどない口で食べるものだから、固いものは食べられない。当然、肉なんて食卓には並ばない。


「育ち盛りの亜沙美ちゃんには、ちょっとヘルシイすぎるかねえ」


 そう言って祖母が笑う。

 寿司でも買ってくればいいのに、と思ったけれど、別に何も目出度くはないのだから、やはりいつも通りの食事でいいのだ。

 気を遣っているのか、浪人の話は出ない。うちでは母親だけが気にせず私を浪人生扱いする。父親とはそもそもあまり会話をしない。だから必然、食卓では私の話題となると浪人生の話になりがちだった。


「明日はまた海に行くのかい?」


 そういう話が出ないことに安堵(あんど)できることが、こんなにも自分の心に平安をもたらしてくれるとは思ってもみなかった。


「海はいい」

「じゃあ山かい?」

「山は元々行かない」

「もう桜は終わっちゃったしねえ。それじゃあ後はプラネタリウムくらいかしら」

「別にどこにも出かけなくていい」


 煮物はどれもうちの味付けとは違って、醤油だろうか、濃い。色も黒くて、べったりとしているか、くたっとしている。ご飯の炊き方も少し柔らかいけれど、味はこっちの方が美味しいかも。

 味噌汁だけが同じ味だった。


「本でも読んでるからいい。ごちそうさま」


 むすっとしたまま一言も(しゃべ)らない祖父に会釈をし、私は茶碗を流しに持っていくと、仮の宿となった書斎兼物置きへと引っ込んだ。


 畳の臭いが部屋を侵食していて、タンスの中は防虫剤だらけだ。テレビはない。WiFiもないから携帯電話だけが頼りだ。でも今月残りのギガはいくつだったろう。

 畳んで置かれた布団を背もたれにしながら、私は天井を見上げた。


 試験に落ちた。大学に進学できなくなった。

 そう聞かされた時に、最初に考えたことは何だったろう。何も覚えがない。記憶を丸ごとどこかに落としてきてしまったみたいに、その前後のことが思い出せない。

 泣いたりはしなかった。ただ気づくと自分の部屋で、外から帰った時のお気に入りの辛子色をしたブラウスと花柄をあしらったデニム姿のまま、倒れるように眠っていた。何故か机の上には卒業アルバムが出ていて、自分の写真だけが丸で囲まれた、仲間外れになって写っている全員写真のページが開かれていた。笑っている子、むすっとしている子、半目になっちゃってる子に欠伸をしかかっている子もいて、けれど彼らは何となくクラスというまとまりの中に馴染んでいるように、私からは見えた。私だけが、落ちてしまった。


 何かを失ったのだろうか。ずしんと、重い。

 あの日には感じなかったものが今更に、私を襲ってくる。

 自分を抱き締めた。赤ん坊のように丸まっていると、ゆっくりと眠気が包み込む。

 それなのに、静まり返った部屋は私の耳を敏感にするものだから、遠くで波が寄せる音が微かに響いていた。虫の声も、時折そこにウミネコだろうか、何か鳥の()く声も混ざり、心がざわざわとする。

 そのリズムが、けれど、私を眠りへと誘っていた。

 気づくといつの間にか、私には明日がやってきていた。


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