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成人しているとなれば働き先は簡単に見つかるだろう。
何よりもクロエをガルシア男爵家に戻すことはしたくない。
オルフェウスは執事のトーマスを呼び出した。クロエが既に成人していることを伝え、それに合わせて働き先を探すように伝える。
「本当によろしいのですか?」
「何がだ…」
「いえ、オルフェウス様がお望みでしたらと思いまして…」
トーマスはすっかり大人の女性に成長したクロエを見て驚いたのだが、同時に嬉しくも思っていた。
子供だと思って接していたが、クロエの人となりは理解しているつもりだ。優しい性格で、人を外見で判断することもないだろう。
オルフェウスの優しさにも気付いているし、爛れた顔を見ても嫌がったりはしないと思う。呪いのことも受け入れてくれるのではないだろうか?
トーマスはオルフェウスを盗み見る。
「それにしてもクロエ様は美しくなられましたな」
「………」
「いっその事、本当に嫁いで貰えればいいと思うのですが…」
「何を馬鹿な事を言っているんだ。だからこそ彼女には自由になるべきだろう?今まで辛い目にあってきたんだ。早く死ぬ運命を背負う必要はない」
「出過ぎた真似をしました…」
顔は隠れて見えないが、オルフェウスの心情を思いトーマスはそれ以上口にすることは無かった。
( どうにかできないだろうか…? )
トーマスがオルフェウスのために何かできないだろうかと考えながら廊下を歩いていると、クロエが前から歩いてきた。
「あ、トーマスさん」
「クロエ様、いかがなさいましたか?」
「あの、まだ働き先は見つからないんですよね…?」
「えぇ、残念ながら。クロエ様がまだ幼い子供だと思っていた私の落ち度にございます。申し訳ございません…」
この時クロエは初めて気が付いた。
( だからみんな優しくしてくれたのね… )
年齢は伝わっているものだと思っていたので自分から言うこともなく、たまに幼い子供に接するような言い方で話されて不思議に思っていた謎が解けた。
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ございません」
ペコッと頭を下げるクロエを見て、トーマスは残念に思った。
( この方がマルティネス公爵家に嫁いでくだされば… )
だがオルフェウスの言う通り、クロエには幸せになって欲しい。嫁げばあと十年ほどしか生きられなくなる。
呪いなど無くなってしまえばいいのに…。
ため息を吐いたトーマスをクロエは心配そうに見ていた。
「お仕事大変なんですか?私に出来ることがあれば何でも言ってくださいね」
その時、トーマスの脳裏に悪い考えが浮かんでしまった。
「それでしたら…」
「失礼します」
クロエはそっと執務室に入っていく。
「何をしているんだ…?」
「あの、トーマスさんに頼まれまして、お茶を淹れに来ました…」
「トーマス…。諦めていなかったのか…」
オルフェウスはフードを深く被り直して悪態をつく。
「お茶を淹れたらすぐに退出しますので…」
クロエは美味しくなるように、オルフェウスの疲れが取れるようにと日頃の感謝の気持を込めてお茶を淹れた。
クロエがいなくなってから一息つくオルフェウス。
「トーマスにも困ったものだな…」
すぐに働き先は見つかるだろうし、気の済むようにやらせるか。そう思いながらお茶を飲んだ。
執務室を出たクロエはアビゲイルの手伝いを申し出る。
何もしなくて良いと言われたのだが、屋敷を出て行くまで何かしていないと落ち着かないと必死に訴えたクロエ。
簡単な掃除を頼まれて、玄関の掃き掃除をしていた。
「すぐに終わっちゃった…。ついでに庭の落ち葉も掃いちゃおうかな?」
おどろおどろしい形の植木を見て
( 庭師さんの好みなのかな…?もっと可愛い形にすれば良いのに… )
そんなことを思いながら落ち葉を一箇所に集めていく。
途中で会った庭師は暗い表情をしていて、クロエが挨拶をしても返事が返って来ることはなかった。
その翌朝。
違和感を感じたオルフェウスは辺りを見渡した。
ぼんやりとしか見えていなかった物がハッキリと見える。
メガネが必要な程に視界が悪かったのだが、顔を誰にも見せたくなくて作ることができなかった。ずっと眉間にしわを寄せて読んでいた書類もよく見えるし、頭痛もしない。
まさかクロエのお茶を飲んだからか…?
そう思ったオルフェウスが外に飛び出していくと、庭の方から何やら話し声が聞こえてくる。
またアビゲイルが誰かと話しているのかと思えば聞こえてくるのは男の声。
一体誰だ?
オルフェウスが庭に出て見たものは
植木や花に話しかける庭師の姿に、動物の形に刈り揃えた植木。
「大きく育ってくだしゃいね。愛情たっぷりのお水をあげましゅよ」
赤子に話しかけるような言葉遣いで喋る庭師。
見てはいけないものを見てしまったと、オルフェウスは音を立てないように後退りして屋敷に戻っていった。
( だからどうしてあんなにも人が変わるんだ! )
これで四人目。突然別人のように変わる使用人に、現実的に考えてもおかしい植木の変化。
まるでクロエの部屋のように、この屋敷では異質な存在になっていた。