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暫くの気不味い沈黙の後…。


「君はこの家の噂を知らないのか?」


「噂…?知りません…」


嘘をついているようには見えないクロエを見て、オルフェウスは怪訝に思った。



昨日今日始まった事ではない。もう何十年も前からマルティネス公爵家の呪いは続いている。子供でも知っている話だ。


この家に嫁いで来るのは金のない家の令嬢や親から見放されたような令嬢だった。


オルフェウスの母も支度金目当ての身売り同然のようなものだったという。自分と同じように爛れた顔の父親と愛し合って結ばれたわけではない。


三十を目前にして亡くなってしまった二人が幸せだったかはわからない。

ただ、記憶の中の父は明るい性格だった。自分と違って代々伝わる呪いを受け入れていたのだろう。一人残される息子の将来を心配して、嫁いだら無条件に支度金を渡すという馬鹿げた釣書を彼方此方に配っていた。


当時はそれで立候補してくる貴族家は皆無であったし、オルフェウス自身も金で嫁を買うようで抵抗があった。



そして何よりも、この醜い顔を見て悲鳴を上げるような人とは添い遂げられないと思っていた。


オルフェウスは母に抱かれた記憶がない。物心付いた時から母は自分に触れられるのを嫌がっていた。父は仕方がないと言って笑っていたが、幼いオルフェウスは辛く悲しかった。


もう二度と同じ思いはしたくないと、いつも人目に晒されないようにフードを深く被っている。




オルフェウスは自分のフードの位置を確認して、クロエに尋ねる。


「いや、気にしないでくれ。それよりも、一体この部屋で何をしたんだ?」


「お借りしているので、綺麗にしてお返ししようと思ってお掃除を少々…」


「何か特別な事でもしているのか?そうでなければこの状況は説明がつかない…」


床に座ったまま首を傾げるクロエを見て、ただの偶然だろうと悟った。このような子供に何か出来ようものならとうの昔に呪いは解けているはずだ。



( いくらこの部屋が変わったとしても、いずれ元に戻るのだろうな… )


オルフェウスが部屋を出ようとして背を向けると、クロエは何か思い出したのか声を張り上げた。


「そういえば、綺麗になりますようにって願いながら掃除をしていますけど…」


「そんなもの誰だって同じだろう?」


期待外れの返答に落胆しながらオルフェウスは自分の部屋へ戻っていく。




「言葉には力が宿るって誰かが言ってたんだけどな…」


幼い頃のことを覚えていないクロエが唯一覚えている物は優しい誰かの声。


言葉には力が宿るから気を付けるように。

言葉選びは慎重にしなさい。

誰かを憎んでも、それを言葉にしてはいけない。


そして、愛してるという言葉と甘くて優しい匂い。


思えばその声を聞かなくなってから階段下の物置きで過ごすようになった気がする。


「あれは誰の声だったんだろう…?それにしても噂って何かな?」



クロエは部屋に訪れたアビゲイルに噂のことを聞いてみたのだが、アビゲイルは何も教えてはくれない。


「この屋敷に住んでいるだけなら大丈夫です。オルフェウス様はお優しいお方ですから、クロエ様は心配する必要はありませんよ」


それもそうかと思い、クロエもそれ以上は聞かなかった。


( 働き先が見つかるまでの居候だから、別に知らなくても困らないよね… )



ただ、気になるのはオルフェウスの態度。


いつも厳しい物言いだがその言葉にはクロエを労る優しさが見え隠れしていた。だが、先程のオルフェウスにはそれが無かった。


拒絶されて突き飛ばされた事よりも何処か怯えたようなオルフェウスが気になる。何を怖がっているのかはわからないが、自分に対して恐怖の感情を向けられた気がした。


( 顔に大きな傷があるのかな…?それを見られたくなかったとか…?そうだとしたら申し訳ない事をしちゃったな… )


こんなに世話になっているオルフェウスの嫌がることをしてしまった事に反省するクロエ。

何をすることもできないが、ひたすらに部屋の掃除に集中していた。それが今のクロエにできる唯一のこと。




一方その頃、自分の部屋に戻って一人になったオルフェウスも反省していた。


「小さい子供を突き飛ばしてしまった…。大丈夫だっただろうか…?」


クロエは令嬢らしさは無く使用人に近いものではあるが、礼儀正しい子供だ。きっと面と向かって何かを言ってきたりはしないだろう。


頭では理解しているつもりなのだが、過去にクロエと同じくらいの歳の子に散々『化け物』だの『おばけ』だのと言われてきた。


『あっちにいけ』『触ると移る』とも言われて友達も出来ず、いつも一人で泣いていた少年時代を思い出してしまい、咄嗟に払い除けてしまった。


「あの三人のように私の顔にも変化が現れてくれれば良いのだがな…」


オルフェウスは自分の顔を触ってため息を吐く。

人の肌とは明らかに違うであろうこの感触。

何処に鼻があって頬があるのか、左右の目の位置も違う。


鏡なんてもう何年も見ていない自分の顔を手で確かめて、何も変わっていないことに落ち込み、諦め切れない自分自身を叱責する。


「時が来ればこの呪いも私の代で終わる。マルティネス公爵家も終わってしまうが、これで傷付く者がいなくなるんだ。それで良いではないか」


誰にもこの呪いは解けないのだから…。

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