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いつもの習慣で朝早く目が覚めたクロエは、ベッドから飛び上がって自分が物置部屋に居ないことを思い出した。


( そういえば、旦那様に嫁ぐように言われたんだった… )


もう一度布団の中に潜り込み、予てからの夢だった二度寝をしてみる。



コンコン


扉を叩く音が聞こえて返事をすると、昨日の侍女が顔を洗うお湯を持ってきたと言う。


お湯を使える…というよりも、朝から顔を洗えることに喜んだクロエは扉を開けて侍女を招き入れた。


「おはようございます、クロエ様」


入って来た侍女を見て固まってしまうクロエ。

昨日はあんなに青白い顔をしていたのに、血色のいい肌の侍女がにこやかに笑っている。



「あなたは昨日お部屋まで案内してくれた方ですよね…?」


クロエが恐る恐る尋ねると、侍女は朗らかに答えた。


「はい。申し遅れました。私はクロエ様のお世話を申しつかりましたアビゲイルにございます」


「………。お気遣いありがとうございます…」


本当に同一人物なのかと疑ってみても、声や顔立ちは同じで、性格だけが真逆だった。


昨日は必要最低限の事しか言わないアビゲイルだったが、今クロエの目の前にいるアビゲイルは楽しそうに噂話や今日の天気などの話をしている。


昨日は体調でも悪かったんだろう。



温かいお湯で顔を洗い、部屋に運ばれた朝食を食べた。

朝から気分が下がるような、何が入っているのか見当もつかない真っ黒でも美味しい食事を食べきり、クロエは応接室へと案内される。


「体の調子はどうだ?まだ何も感じないか?」


声を聞く限りではクロエを心配しているように思えるが、オルフェウスは明後日の方向を向いている。


「広いお部屋にふかふかのベッド、お食事まで用意して頂けて快適に過ごせました。突然押しかけてご迷惑をお掛けしたのに、お気遣い頂いてありがとうございます」


「そうか。問題なく過ごせたのなら良い」


言い方はきついが自分を気遣うような言動のオルフェウスに、クロエは好感を持った。



「働き先の話なんだが…、まだ見つからないそうだ。今日中に探し出すからもう暫く辛抱してくれないだろうか?」


「こうして一晩お世話になっただけで充分ですので、すぐに出ていって自分で探します」


感謝の気持ちを述べて立ち上がったクロエをオルフェウスは止める。


「あてはあるのか?その様子だと替えの服も路銀も持たされていないのだろう?」


「これ以上ご迷惑はかけられないですし…」


「だが、君を身一つで追い出すのは忍びない」


フードを深く被っているオルフェウスの表情は窺えないが、クロエの身を案じてくれているのだろう。


「この家に嫁ぎさえしなければ問題は無い。仕事が見つかるまでは滞在するといい。ただ、体調に変化があればすぐ侍女に知らせるんだ」


オルフェウスはそう言って部屋から出て行った。



( どうして公爵様は体調の変化ばかりを気にするのかしら…?問題ないってどういう意味…? )


ガルシア男爵家から出たこともなく、話相手もいなかったクロエはマルティネス公爵家の噂を知らない。


家族三人の態度からある程度の予想は付いているし、そもそも男爵家の庶子が嫁げる公爵家なんて相当評判が悪いに違いない。



屋敷も人も不気味ではあるが…。


最初に怒鳴っていたオルフェウスも、口調は厳しいがクロエを気遣って屋敷に滞在させてくれている。


美味しい食事を堪能できて、今までにないほど体調は良い。


結婚するつもりはないと言って追い出すわけでもなく、使用人として働かせることもなく客人としてもてなしてくれる。


感謝の気持ちを返そうと、クロエは残っている家具を綺麗にするために部屋へと戻った。




「クロエ様は手際がとても良いのですね」


テーブルを磨いているクロエにアビゲイルが話しかける。


「何年も家でやっていましたから…」


そう答えるクロエだったが、頭の中は疑問符だらけだ。


( どうしてアビゲイルさんは手伝ってくれるの…?本当に昨日の人と同じなの…?いくら体調が悪かったとしても、こんなに変わるものなの…? )


気にしても仕方がない。

出て行くまでには部屋の家具を綺麗にしよう。


クロエがテーブルを拭いていると、しつこくこびり付いていた汚れが落ちたのだろう。テーブルに木目が見えてきた。


( 毎日掃除しても汚れってどんどん溜まっていくのよね… )


頑固に固まった汚れを取り除けば、運ばれてくる黒い食事も美味しく見えるはずだ。



「クロエ様、一度休憩に入りましょう」


いつの間にか居なくなっていたアビゲイルがお茶を持って部屋に入ってくる。


「私が頂いてもいいのでしょうか…?」


「クロエ様はお客様ですから」


二人分のお茶を用意するアビゲイル。

話すことが好きな性格なのか、ずっと喋っていた。


客なのだから掃除なんてしないでゆっくり過ごせばいいというアビゲイルの有り難い申し出を断って、クロエは途中だったテーブル磨きを再開させる。



終わった頃には暗くなっていて、気が付けば夕食の時間になっていた。


アビゲイルが持って来てくれた食事のカバーを外したクロエは驚き固まってしまう。


「料理人が変わったんですか…?」


「いえ、長年勤めている者ですよ」


今朝までとは明らかに違う食事を見て、クロエは再び尋ねる。


「でも、どう見ても違いますよね…?」


不審に思ったアビゲイルが覗き込むのだが、首を傾げてしまう。


「いつもと変わらないと思うのですが…。何か苦手な物でも入っていましたか?」


「大丈夫です。気の所為でした…」


クロエがパンを齧ってみると、昨晩の物と同じ味。スープも魚のソテーも昨日と同じくらいに美味しい。


ただ…、色だけが鮮やかになっている。

人参も玉ねぎも、透き通ったスープも黒くない。


ひと目見て違いがわかるほどなのに、何故かアビゲイルはいつもと同じだと言っていた。

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