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鬱蒼と生い茂る木のせいなのか、薄汚れた屋敷のせいなのか

はたまた薄気味悪いオブジェのせいなのか…


まだ昼間なのにも関わらず、マルティネス公爵家の敷地内は薄暗く、なんとも不気味なものだった。



無表情の使用人に中まで案内され、クロエは微かに明かりの灯る応接室まで連れて行かれる。


黒いソファに座って待っていると、マントのフードを深く被った男がずかずかとクロエの前に歩いて来て

立ち止まったかと思うと、いきなり怒鳴り始めた。


「私は誰とも結婚するつもりはない。父が生前に巫山戯て送った釣書が偶然にも残っていたんだろう。早死にしたくなければ、すぐにでも出ていくことだ」


顔はよく見えないが話の内容から察するに、公爵家当主のオルフェウスだろう。

カイロスからは何も聞かされていないクロエはどういった経緯で嫁ぐことになったのかは知らない。



「わざわざ赴いてもらって申し訳ないが、ここには長居しない方が良い」


「そうしたいのは山々なのですが…、帰る手段も場所も無い私はどうしたら良いでしょうか…?」


クロエも出来ることならこの薄気味悪い屋敷から出たいところだが、カイロス達からは帰って来るなと言われているのでここを追い出されてしまうと行く宛もない。



しばしの沈黙の後、オルフェウスは静かにクロエに伝えた。


「今夜はここに泊まると良い。住み込みで働ける場所を探すよう執事には伝えておこう。だが、見つかり次第ここから出ていくんだ」


自分をじっと見てくるクロエの視線に耐えられず、オルフェウスはフードを更に深く被り直して部屋から出て行った。



「クロエ様。お部屋までご案内いたします」


呆気にとられていたクロエは、いきなり背後から声をかけられて体を強張らせる。


侍女に先導されて案内された部屋は広く、大きなベッドと洋服ダンス、鏡台に一人がけのソファまであった。


「ごゆっくりとお寛ぎください」


侍女はそっと部屋の扉を閉める。

一人になったクロエの取った行動はひとつ。

大きなベッドまで走っていくこと。


( こんな風に思いっきり飛び込んでみたかったの! )


ガルシア家で家族の部屋を掃除していたクロエは、一度で良いからふかふかのベッドに飛び乗って、跳ねて遊んでみたかったのだ。



ひとしきり遊んで満足したクロエは部屋の中を見渡した。


日の光も入らなくて、明かりが付いていても暗い部屋。

壁も家具も全て真っ黒で、部屋だけじゃなく気分も暗くなってしまう。


クロエは指でベッドの横にあるサイドテーブルをなぞった。


( 掃除はきちんとされているみたい。黒いからよくわからないのよね… )



やる事もなくて、呆然とベッドに座るクロエ。

使わせて貰ってるのだから綺麗にして返そうと、掃除をすることにした。道具を借りようと思って扉を開けて廊下を窺ってみると、目の前に無表情の侍女が立っていた。


「どうかなさいましたか?」


クロエが掃除道具が欲しいと頼むと表情も変えずにその場を去って、水の入ったバケツと布切れを持って戻ってくる。


「掃除は我々が致しますので、あまり無茶な事はなさいませんように…」


侍女はそう言ってパタンと部屋の扉を閉めた。



( 暗い屋敷にいると働いている人も暗くなるのね… )


無表情で部屋の前に立っていた侍女におっかなびっくりしたクロエだったが、気を取り直して窓を拭き始める。


埃は一切なかった窓ガラスだったが、取り切れない汚れがあったのか

時間をかけて拭いていくと少しずつ輝きが増したように感じた。


心なしか部屋が明るくなり、クロエは次に鏡台の掃除に取り掛かる。


頭の中で綺麗になるようにと思いながら拭いていると、台座の色が白に変わった。

塗装が剥がれてしまったのかと慌てて触って確かめるも、ザラザラした手触りは無い。


一箇所だけ色が違うのも妙だし、いっその事全部同じ色にしてしまえば上手く誤魔化せるかも知れない。


そう考えたクロエは台座の一面や引き出しに鏡、順に拭いていく。

すると黒かった鏡台がみるみるうちに白くなり、同じ物とは思えない程に綺麗になった。


ひと仕事終えて満足していると、侍女に食事の時間だと告げられる。


「お部屋にお食事を運んでも宜しいでしょうか?」


「あ、ありがとうございます」


部屋に運ばれた食事はとても良い匂いがして、期待に胸を膨らますクロエだったが、カバーを外してみると落胆した。


ソースのかかっている肉は茶色い。

何が入っているのかわからないスープは黒い。添えられているパンもこれでもかと言うほど黒かった。



恐る恐るパンを手に取って匂いを嗅いでみると、美味しそうな普通のパン。スープもソースも何が使われているのかはわからなかったが、指で舐めてみるとどれも美味しい。


( きっと、ここで働く料理人は黒い色が好きなのね… )


見た目は良くないが味は絶品の食事に舌鼓をうち、あっという間に全て平らげてしまった。


「お食事まで頂いてありがとうございました」


クロエが感謝の気持ちを伝えると、ペコッと少し頭を下げて侍女は食べ終えた食器を部屋から外に運んでいく。



屋敷全体も住んでいる人も薄気味悪いが、大きなベッドに美味しい食事まで貰えて大満足のクロエだった。

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