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熱も下がって体力も戻ったクロエはオルフェウスの元へよく顔を出すようになる。


仕事の手伝いや休憩のお茶をいれに行くのはもちろんのこと

一緒に庭に行って散歩をしたり、書庫に行って読書をしたり


穏やかな時間を過ごすようになり

顔は隠したままのオルフェウスだったが、クロエが近付いても怒鳴ったり突き飛ばしたりはしなくなっていた。


使用人達はそんな二人を暖かく見守り、誰もクロエの働き先を心配する者はいない。トーマスに限っては探してもいないだろう。



そんなある日、マルティネス公爵家に招かれざる客が訪れる。




時は少し遡ってクロエがマルティネス公爵家から飛び出していった日。同じ頃のガルシア男爵家では二人の使用人が追い出されていた。



「これはどういう事なの!」


怒り狂った男爵夫人ヘラの悲鳴が響き渡る。


輝いて見えると思っていた窓ガラスをよく見れば脂でギトギト。今まで着ていた服は擦り切れて、背中の部分は締まらない。


カイロスとアドニスがふくよかになった事には気が付いていた。だが、クロエがいなくなった事による幸せ太りだと思っていたというのに…。


まさか自分まで太ったのか…?

今まで体型を維持してきた事が自慢だったのだが、それすらもできない。


これは重大だ。誰の責任なのか?


そしてガルシア男爵家から追い出されたのは料理長のダンテと侍女のマチルダ。この二人は夫婦だった。



「まったく…。あなたのせいで追い出されたじゃない!味の濃い料理を出して旦那様も坊ちゃんもぶくぶくと豚のように太ってしまって…」


「それを言うならお前のせいだろう!掃除もろくにしないでよ!」


家に帰って言い争いをする二人。


「あの役立たずが出来ていた事が私に出来ないはずない!窓ガラスの汚れだって坊ちゃんがペタペタ触るからよ!」


「俺だってそうだ!あのガキが不味い飯を作っていたから俺の料理が上手くて食べ過ぎただけなんだよ!それなのに出ていけなんて酷いじゃないか!」


煮え切らない二人はこれからどうするかを考えていた。


「おい、俺達も公爵家に行かないか?」


「嫌よ。私達も呪われたらどうするの…」


「呪われるのは公爵家の人間と嫁いだ奥方だろう?俺達には関係無いさ。それに、あのガキに仕事を押し付けてまた楽に暮らせるかもしれない。公爵家なら給金も高いだろうしな」


「だけど屋敷も不気味だと言う噂よ…?」


躊躇するマチルダにダンテは訴える。


「不気味なだけだろう?それさえ我慢すれば良いだけの話だ」



こうしてマルティネス公爵家にやって来た二人。


不気味だという話の屋敷は綺麗でまるで何処かの城のよう。働く使用人達は皆笑顔で、噂は当てにならないなとほくそ笑む。


「私共はクロエ様が幼い頃からお側で付き従っていたのです。どうか私共にもここで働かせて頂けないでしょうか?」


トーマスが渋い顔で断っても二人は引き下がらない。


「クロエ様に会わせてください。そうすればクロエ様だって私共を受け入れてくれるはずです」


二人の話をオルフェウスから聞いていたトーマスは頑として譲らない。


「人手は充分に足りていますし、紹介状のない方を雇い入れることはできません。お帰りください」



クロエを出せと喚く二人に冷ややかな視線を送り、てこでも動かない二人をどうしようかと考えていると後ろから凍えるような声が聞こえてきた。


「何を騒いでいる」


「オルフェウス様…、申し訳ございません。すぐに帰らせますので…」


深くフードを被った男を見て固まる二人だったが、この屋敷の当主だと気が付いて懇願する。


「旦那様!私共はクロエ様の親代わりのようなもの。是非とも一緒に雇って頂きたいのです!」


必死に叫ぶ二人を一瞥し、オルフェウスはフードを外した。


「ひぃっ!」


「お前たちも呪われたいのか?この屋敷に入った者は遅かれ早かれ皆呪われる」


後退りする二人はトーマスを見て、周りの使用人達を見る。


皆普通に見える。異質なのは目の前にいるオルフェウスだけ。これは脅しだろう。それか自分達は試されているのかもしれない。


そう考えた二人は震える身体を動かして頼み込む。


「クロエ様のお側でお仕事が出来るのなら本望にございます」


こうして頭を下げれば雇い入れるだろう。後はクロエに仕事を押し付けて自堕落な生活さえ出来れば良い。

そう思っていた。



「お前たちに何ができる?」


そらきた。もう一歩だ。

オルフェウスに尋ねられ、ダンテは料理長、マチルダは侍女だと伝える。


「ほう…。幼いクロエに仕事を押し付けていたお前たちに果たしてこの屋敷で充分な仕事が出来るのだろうか?トーマス、どう思う?」


「マルティネス公爵家には必要ないでしょうね。どうぞお帰りください」


そこまで言われるならこちらだってとダンテは強気に出る。


「それなら支度金を払って貰おうか!」


「何故だ?」


「ひぃっ!」


オルフェウスに睨まれてダンテはへたり込んでしまう。


「ガルシア男爵家からクロエ様が嫁いだんだから、支度金を払うのは当然でしょう?」


マチルダが代わりに答えた。



「あれは何年も前のもの。それにクロエはすぐにここを出ていく。嫁がないのに支度金を払う必要が何処にある?」


「な!それならなんであのガキがずっとここに居るんだよ!」


「そうよ!これは誘拐だわ!」


先程よりも更に鋭い目で睨まれてマチルダも腰を抜かしてしまう。


「そうか。ならばこちらも虐待の容疑でガルシア男爵家を訴えよう。穏便に済ませたかったのだがな…」



二人のせいで男爵家が訴えられたと知られたらただでは済まされない。低姿勢に逆戻りした二人は頭を地面に擦りつけて謝る。


「今すぐここから立ち去れ!二度と近付くな!」


オルフェウスに怒鳴られ、地面を這いつくばりながら逃げていく二人。


( これが普通の反応だ。長く仕えている使用人は逃げることはしないが、目が合うこともない。それなのにクロエだけは違う… )



オルフェウスが書庫に入ると、気付いたクロエは顔を上げる。


「何かあったんですか?」


「いや、何もない」


隣に腰掛けても嫌がる素振りを見せないクロエ。


クロエなら呪いを受け入れてくれるだろうか?

いや、この呪いは自分の代で終わらせると決めたのだ。


せめて自分が死ぬ最後の時まで一緒にいられたら…。


オルフェウスはそんな事を考えるようになっていた。

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