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紫色とカラクリ

作者: 文月詩歌

 航空写真で見ると、駅西口のビル街の一隅に不可解な空き地が見つかる。写真を見た人が妙に思って現地に赴けば、そこには大草原の小さな家よろしく一軒の破れ家が建っているはずだ。二間ほどのその家は垣も塀もなく目抜き通りに晒されている。家の敷地と歩道の境目には時代劇で見かける高札が掲げられており、

「安楽椅子探偵事務所」

 とだけ書かれている。


「ふっふっふっ、依頼がなさ過ぎて依頼の捜索を他所の探偵事務所に依頼したくなる」

 ライトグレーのスーツに身を包んだ青年コバヤシは自嘲気味に嘯いた。

「コバヤシ少年、心の声が漏れていますよ。思いは秘めてください」

 安楽椅子探偵事務所の所長にして唯一の探偵であるヤナギナギが柳眉を逆立て、コバヤシの発言をたしなめる。

 室内に一人きりのつもりでいたコバヤシは内心「しまった」とばつの悪い思いをしたが、おくびにもださず、

「お嬢様、これは失礼いたしました。ところで、いつおいでになりましたので?」

 椅子から立ち上がり、ヤナギに向けて慇懃無礼にお辞儀をした。

「ここではお嬢様ではなく『探偵』と呼んでください。――コバヤシ少年が出勤する一時間前にはすでにこうしておりましたよ」

 ヤナギが答えた。

「ずっとそうしていらっしゃったと? あ、少年ではありませんのでコバヤシとお呼びください」

 コバヤシは姿勢を戻すと、足下でたゆたっているヤナギに視線を注いだ。

 名は体を表すという言葉がある。ヤナギは柳腰という表現に恥じない細身の美人であるが、腰まである髪と白過ぎる肌の色の所為もあり、柳の木そのものというよりも、柳の木の下で「うらめしや」をする幽霊に近い。

 子供用のビニルプールに浸かっているヤナギの今の姿は、幽霊というよりも、紫色に濡れた水着の所為もあって柳の下の泥鰌といった風情だ。もう一歩押し進めて妖怪濡れ女と評しても過言ではない。

「蒲柳の性質なものですので」

 ヤナギは薄く目を開いてコバヤシを見上げる。

「と、言いますと?」

「今日は大変暑いですからね。熱中症対策です」

「なるほど、それは分かります。が、なぜスクール水着など着ていらっしゃるのか? お嬢様もとい探偵は成人女性でいらっしゃるのに、まことに不可解です」

 コバヤシが不可解と発した瞬間、ヤナギの目に怪しい光が灯った。

「不可解……それは謎ということですか、コバヤシ?」

 コバヤシは、ヤナギ本人のことなのに謎も何もないだろうと言いかけて、ヤナギの探偵ごっこに付き合うのが自分の本分だと思い出した。

「スクール水着と言うからには学生用の水着です。ですが容疑者Yは社会人の身分でありながらこれを着用しています。動機は何でしょうか? 手掛かりはこの部屋に残されています。分かりますかコバヤシ?」

「見当もつきません」

 現代の安楽椅子探偵はロッキングチェアではなく、ビニルプールで推理をする。

「手掛かりはビニルプール。そう、謎は全て解けました」

 探偵が謎を用意し自ら解く。これ以上のマッチポンプがあるだろうか? AとかけてBと解く、その心は? とやるなら「解けました」ではなく「ととのいました」だろう。

「その心は?」

 コバヤシは口を滑らせたが、ヤナギは都合よく解釈してくれる。

「心? ああ、動機ですね。つまり容疑者Yは涼もうと思いビニルプールを用意したのですが、大人が子供用プールを使うことにためらいを感じたのです。そこでスクール水着で子供に変装することを思いついたのですね。これが謎の真相です」

 探偵の真相解明というよりは犯人の自白である。

 ――探偵小説の真犯人は探偵本人であるという悪い例だ。

 金田一耕助も明智小五郎も浅見光彦も逮捕されてしまえばいいのにとコバヤシは思う。

「事務所開設以来ようやく一件依頼を済ませましたね。やはり推理してこその探偵です」

 ヤナギは満足げにうなづく。

「フィクションでは推理しないで見るだけの探偵もいますが、それより今のがす――依頼ですか?」

 コバヤシは「今のが推理ですか?」というイヤミを何とか飲み込んだ。

「身内の依頼であっても依頼は依頼でしょう。とは言え依頼料は結構です。コバヤシの給料はこちらが出しているのだし」

 何で勝手に依頼人にされているのだとか、依頼を受けて依頼料を受け取らないのは営利企業としてどうなのかとか、何から指摘しようかコバヤシが口ごもっていると、

「いいのよ。この事務所は赤字を出すために作ったようなものだと父が言っていたし」

「え」

 コバヤシは思わず呆けたような返事をしてしまう。

「企業の節税のカラクリなんてこんなものです。さあ、そろそろ屋敷に帰りましょう。帰りはコバヤシの車で帰ります」


短編推理小説と呼ぶのもはばかられ、探偵小説にも及ばす。

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