病弱な妹に婚約者をとられました
妹のカレンの葬式は生前の彼女には似つかわしくない雨天の日に行われた。
妹が生きた証として多くの人々が参列したが、私は参列しなかった。
両親はそのことを咎めない。
私が妹の婚約者と顔を合わせるのが辛いということを分かっていたからだ。
妹の婚約者は私の「元」婚約者でもあるのだ。
そう私は実の妹に婚約者を取られたのである。
以来、私は何事にもやる気が起きず、ただ漠然と人生を過ごしていた。
婚約者に未練があるわけではない。私は婚約者のことを好いてはいたが、愛してはいなかったからだ。ただ、家同士の家格が近く、両親が知己の間柄だったから婚約をしただけであった。
そう未練など一分子もないのだ。
ただ、社交界から妹に婚約者を寝取られたという不名誉な称号を貰っただけであった。
私の妹カレンは子供の頃から姉である私のものを欲しがった。
私がぬいぐるみを買って貰えば同じものを買ってくれと両親にねだり、私が髪留めを買って貰えば同じものを取り寄せてと我が儘を言い、わたしが旅行に行けば一緒に付いてくるとだだをこねた。
両親はカレンは本当にお姉ちゃんのことが好きなんだねえ、と朗らかに言っていたが、姉である私は正直、うざったいという感想しか漏れ出なかった。
なんでも私の真似をする小さな妹、どこにでも一緒に付いてくる妹。それでいて妹は私よりも明るく闊達で、親族たちからとても可愛がられた。
顔も私より整っており、将来は王家に嫁入りだ、と周囲のものに言われていたものである。しかも妹はとても要領がいい。
自分の愛らしさ、闊達さが武器になると知っており、十二分にそれを活用していた。
「おじさま、いつもチョコレートをありがとうございます」
にこやかに微笑み、いつも姉である私よりも多くのチョコレート菓子を貰っていた。
私はいつもそれを横目で見ながら本を読みふける。
周囲の人間は妹を明るく社交的な人物と認識し可愛がり、姉である私を陰気な本好きと認識していたようだ。
だから姉である私は自分で婚約者を見つけられないとマーカスという婚約者を見つけてきてくれたのだろう。
マーカスは妹のように闊達で周囲の人間を明るくするタイプの人間であった。伯爵家の跡取り息子で資産も十分あり、我がクローゼ家と家格も釣り合う、と周囲は判断していたようだ。ゆえに私が一五歳になると縁談はポンポンと纏まり、一八歳と同時に結婚をするという約束が取り交わされた。
正直、当時は結婚に興味はなかったし、クローゼ家に嫁入りをすれば飢える心配はないだろうくらいにしか考えていなかった。ゆえに月に一度ほど開かれる婚約者との茶会も大して熱を入れて参加していなかったし、妹の同席を許していたのだと思う。
――その甘さが婚約者略奪事件へと繋がるのだけど。
社交的な妹はあっという間にマーカスと仲良くなると、こともなげに私に言った。
「お姉ちゃんがマーカスと結婚すればマーカスがわたしのお兄ちゃんになるんだね」
と。
その通りなのでそのときはなにも思わなかったが、妹はマーカスと毎週のように会いたいと茶会の頻度を増やすようにねだってきた。
私は妹の願い通りに茶会の頻度を増やす。なんだかんだで私も妹には甘かった。妹は幼い頃から病弱で長く生きられないだろうと言われていたからだ。それに私はお姉ちゃん、妹がなにかを欲しがったらあげるものだという教育が施されていた。
無論、婚約者は別儀であったが。「物」ならばともかく、「者」はさすがにあげられないと思い込んでいたのだが、妹は私の想像の上をいった。
茶会の頻度が三日間隔になったあと、妹は急に茶会に参加しなくなった。そして必然と下がる茶会の頻度。昔の月一に戻ったかと思えば、季節に一回になると、ある日、マーカスが申し訳なさげに言った。
「――すまない。僕との婚約を破棄してくれないか?」
と。
「…………」
私はすべてを察した。
妹がついに「物」だけではなく、「者」にも手を出したことを。
事実、その後、マーカスは妹との婚約を宣言する。
私は唯々諾々とその旨を受け入れるよう両親に説得された。
結婚とは互いの気持ちが大事、妹は病弱なのだから。様々な説得の文句が飛んだが、頻繁に用いられたのは「お姉ちゃん」なのだから、という言葉だった。
その言葉を聞くと姉はなぜ妹を可愛がらなければいけないのだろう、という不条理を感じたが、幼き頃から奪われ馴れている私は抵抗することなく婚約者を手放した。
こうして私は社交界の笑いものとなり、距離を置くことになる。
以来、自分の部屋に閉じこもり、ただ本を読み続けるだけの人生を歩んできた。
本の虫となり、結婚を諦めた私は、司書になる道を選ぶ。
自分自身で自分を養える職に就きたかったのだ。
もう両親の依怙贔屓に悩まされることのない世界に生きたい。
妹の我が儘を聞かずに済む世界に行きたい。
そのような願望の元、私は必死に勉強をし、王立司書の職を得た。王立図書館にある数十万冊の本を管理する仕事に就いたのだ。
実家を出てひとり暮らしが出来る給与を得ると私はひとり暮らしを始める。
そして司書の生活にもなれた頃、妹が死んだことを聞かされたのだ。
私は実家に戻ると、傷心の両親を慰めながら遺品の整理を始めた。
妹を溺愛していた両親には出来ないと思ったからだが、私はそこで妹の日記を見つけてしまう。
妹の日記に手を伸ばす私、妹が生前、なにを考えていたかこれで分かると思ったのだ。
一二歳の冬
○月○日
今日、お姉ちゃんと一緒に王都の仕立屋さんに行った。そこで私は真っ赤なマフラーを買って貰った。お姉ちゃんは黄色いマフラーだ。
○月○日
昨日買って貰ったマフラーが気に入らない。お姉ちゃんに頼めば交換して貰えるかな。
○月○日
交換して貰えた。やっぱりお姉ちゃん大好き。
一三歳春
○月○日
今日はお医者様が来る日。正直、お医者様の出す薬はとてもまずい。でも飲まないと。
○月○日
不味い薬に耐えた御褒美として髪飾りを買って貰う。
○月○日
買って貰った髪飾りが気に入らないとだだをこねたらお姉ちゃんがおばあさまの形見の髪飾りをくれた。やっぱりお姉ちゃんは優しい。お姉ちゃんの妹に生まれてよかった。
「感謝してくれていたんだ……」
そのような感想が漏れ出る。
妹は物を与えても「ありがとう」と言わない子であった。だから感謝など微塵もされていないと思ったが、日記では私に対する感謝の念で満ちあふれていた。
お姉ちゃんは優しい、お姉ちゃんはすごい、お姉ちゃんは頭が良い。そんな言葉で溢れていた。
その日記を見てどうやら妹は私のことを好きだったことに気が付くが、疑問も湧いてくる。
ならばどうして私の婚約者を奪ったのだろうか?
私は日記を読み進める。妹が私から婚約者を奪った時期に書かれた日記を読む。
そこに書かれていたのは衝撃の事実であった。
一五歳夏
○月○日
お姉ちゃんがマーカスという人と婚約をした。わたしの大好きなお姉ちゃんを取るなんて許せない。
○月○日
メイドからマーカスの悪い噂を聞いた。むむ、これは一大事かも。お姉ちゃんを守るため、わたしも恒例の茶会に参加してみる。
○月○日
さる事情によって茶会の頻度を増やすことにした。
○月○日
お姉ちゃんとマーカスの婚約を破棄させたい。いったい、どうすればいいだろう?
○月○日
そうだ。わたしは代わりにマーカスと婚約すればいいんだ。
○月○日
今日、お姉ちゃんとマーカスが正式に婚約を破棄し、わたしと婚約することになった。
○月○日
これで私は大好きなお姉ちゃんを守ることに成功した。
マーカスとお姉ちゃんは似つかわしくない。
だってマーカスはお姉ちゃん以外の女性とベッドを共にして、王宮の公金に手を付けているのだから。彼はばれていないと思っているようだけど、そんなことはない。もうじき、王宮の調査官がマーカスを捜査し始める。そうなれば彼はおしまいだ。
○月○日
今日、医者にあなたの寿命はあと一ヶ月です、と言われた。わたしはとても嬉しい。今、わたしが死ねばわたしとマーカスは赤の他人になれる。さすれば彼の悪事は我が家には及ばない。司書の仕事を得て頑張っているお姉ちゃんにも累は及ばない。
「そうだったんだ。妹は私を守るために……」
気が付けば私の頬には涙が伝わっていた。
葬式にさえ出なかった私、正直妹を憎んでいた時期もあるが、そんなことなどすべて忘れて、ただただ涙を漏らした。
ごめん、ごめんね、カレン。
あなたのお葬式に参加できなくてごめんなさい。
あなたが死んだときに涙を流さなくてごめんなさい。
あなたをもっと愛せずにごめんなさい。
あらゆる感情が私の中に押し寄せてくると私の心の中心の芽生えた言葉が自然と漏れ出る。
「来世でも私の妹に生まれてください。あなたのお姉ちゃんでいさせてください」
それが私の偽らざる気持ちだった。
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