願うか否か
ある夜、魔女だというおばあさんから
小さな小瓶に入った薬のような物をもらった。
なんだ?
俺はどこも怪我をしていないぞ。
というと、魔女はいった。
この薬は “ 流れ星 ” といってな。
これを飲めばどんな事でも1つ願いがかなうのじゃよ。
俺は、いらないと断った。
だって、どんなことでも願いがかなうなんてうさんくさい。
それでも魔女は
「 願う願わないは自由じゃよ。 」
といって小瓶を置いて夜へと消えた。
小瓶に入った液体は “ 流れ星 ” というだけあってキラキラとまばゆい光を放っていた。ずっと見つめていると目がチカチカしそうだ。
自分に叶えたい願いなどあっただろうか。
この瓶をもらってから
おもむろに願いについて考える。
どうせ願うならでっかい事がいいな。
たとえば、
世界を一周したり…
空の向こう側まで飛んでいったり…
…いや、いや、飲まないけどな。
だって俺にはなんにでも化けられる能力がある。
ただ、ただな。
もし本当に願いがかなうなら、あの子がなんで泣いていたのか分かるのだろうか。
あの子は体が弱いらしいく、
外に出ていったと思ったら青い顔ですぐにもどってくる。
見かねた俺は車椅子に化けてあの子の足になった。
あの子が不安そうな顔をすれば綺麗な音色のオルゴールになった。
あの子が寂しそうな顔をすればあの子に顔を擦り寄せた。
俺の事をみて、ふふっと微笑むあの子のことがずっと好きだった。
でもあの子が何を言っているのかは分からない。
俺はキツネ、人間の言葉は理解できなかった。
ある時、あの子はすごく泣いて何かを言って、その後いなくなってしまった。
俺は、嫌われてしまったのかもしれない。
これを飲んだら、あの子がなんて言ったのか分かるのだろうか。
〈 俺はあの子の言葉を知りたい。〉
そして、小瓶にゆっくりと手を伸ばす。
スポンっ
ごくっごくごく…
体全体がじんわりと熱くなった。そして、光始めた。
ああ、目の前に人間の手がある。
俺は人間になったんだ。
ガラス越しに自分の姿をのぞき見ると
そこには、強面の大男が映っていた。
それを見て、俺はハッと我に返る。
いや、違う…。
これが…ほんとの俺だ。
俺はキツネじゃない。
この見た目のせいで小さな子が俺を見て、ギャンギャン泣き出す。
身に覚えのない噂を立てられたり、後ろ指を刺されたこともあった。
これが俺だ。これが俺なんだ。
不思議だ。いままですっぽりと忘れたことが急にふっと埋まる感覚がある。
そして、
次の瞬間あの子の言っていたことが分かった。
ふふっ
おかしいの。私が乗るまでビクともしなかったのに急に動くなんて、妖精さんかキツネさんの仕業かしら。
オルゴール…綺麗な音色…
最近不思議なことばかり…次は何が起きるのかしら?
あら…キツネさん?
ほんとうにキツネさんだったの?
もう、あなたはいつも私のとこに来るの?
好きなところにいっていいのよ。
…そうだ。俺は彼女を支えたくて、なんにでも化けられるキツネになろうと思ったんだ。
なのにどうしてそのことをいままで忘れていたんだ。
魔女はどんなことでも願いが叶うっていっていたはずなのに。
彼女が最後いっていた言葉はーーー
ごめんなさい。ごめんなさいっ。
あなたの大切な時間を奪って、私、あなたと花の話をするのが好きだったのに。
ごめんなさい。
驚いたことに彼女はどういう経緯なのか、知ってしまったのだ。俺がキツネになったことを。キツネが俺であったことを。
それで泣いていたのだ。
泣いてばかりで、こちらを見てくれなくなったから俺は嫌われてしまったのだと思ってあの子から離れていった。
そしてあの子は姿を消した。
嫌われたんじゃない。
そうじゃなかったんだ。
じゃあ、彼女は一体どこに行ってしまったのだろう。
…いや、まてよ。
俺は言葉が分かるようになりたいと願った。
人間になりたいとは思っていなかった。
〈 これは本当に俺の願いか…? 〉
…まさか。
そうじゃよ。
彼女の願いは「岩田剛鉄」を元に戻すこと。
という声とともに、魔女がフッとあらわれた。
ふっ、ふざけんなっ!
俺はどんなことでも願いが叶うって聞いてたんだ!
どうして記憶がなかったんだ!言葉が分からなくなるなんて言ってなかったじゃないか!
あまり揺らさぬ方がええぞぉ。
この花が落ちるでの。
不気味に笑う魔女が抱えた鉢植えには
鮮やかな花が1輪咲いていた。
花…!?
それは彼女が好きだといっていた花だった。
花になったのか…?!?
俺を元に戻すために…?
悲しいような、怒りのようなよく分からないぐちゃぐちゃっとした感情が押し寄せた。
戻せよ!
早く彼女を戻してくれよ!
人間からキツネや花にするのは簡単じゃが、その逆は難しい。それなりの代償が必要になる。
……死ぬのか。
まあ、石ころくらいになるかもしれん。
それと、お前さんともう1人、だれでもよい、もう1人の記憶をおくれ。
…は?
俺は魔女を鋭く睨みつけた。
なに、そなたらと一緒じゃよ。
丈夫な体が欲しい。金が欲しい。キツネになりたい。ワシは人間の記憶が欲しい。
このままアイツの思い通りになると思うと心底悔しい。
でも、どうしても彼女を
元に戻したい。
男は悩んだ。
そして、
……分かった。
と息苦しそうに答えた。
「 ごめん。 」
その言葉を頭の中で何度も繰り返した。
*****
庭園には、赤い色、紫、黄色、白、淡い桃色の花がたくさん咲き誇っていた。
私はこの花が大好きだ。
この花を見ていると温かくて、愛おしいような気持ちになる。
あら、あなたもこの花好きなの?
キツネさん。
その花の影からキツネがきょとんとした顔を出した。
この花はね。ペニュチアっていうの。
花言葉は「あなたと一緒なら心が和らぐ」なんですって。
その花を何輪か摘んでキツネにあげると、キツネは喜んだように見えた。
すると、もう1匹のキツネがあらわれて2匹は寄り添うように仲睦まじい様子で去っていった。