時計をみれば
わたしは、幼い頃から本を読むのが好きだった。小学生の頃、夢中になって読んだのは外国のファンタジー小説で、自分も魔法が使えたらな、なんて憧れたものだ。一旦、本を読み始めるとなかなか止まらなくて、夜ふかしをしては母に怒られたのを覚えている。
そんなわたしももう社会人。大好きな小説を読む暇もなく、休みは体を休めるのに精一杯の毎日だ。たまの休みに書店に行っては、大好きな作家の新作を買いはするものの、一人暮らしの小さな本棚は読まれずに溜まった本であふれかえっている。
もっと大きな本棚を買えばいいのだけれど。そこでふとわたしは実家の大きな本棚を思い出した。
何年も使っているその本棚はわたしの成長の記録だ。少し日焼けをして色あせた木板には昔はやったシールなども貼られていて、わたしの身長を記した跡なんかも残っている。そしてそのなかには、小学生の頃に好きだったファンタジー小説も大事に並べられているはずだ。
大切な本棚を思い浮かべてわたしは無性に実家が恋しくなった。そして久しぶりにわたしの原点のファンタジー小説が読みたくなった。
運のいいことに連休は目前で、嬉しいことに急ぎの仕事もない。
わたしは迷わず、高速バスの切符を予約した。
実家の本棚は変わらず、わたしの部屋にあった。そして、わたしの大好きなファンタジー小説も変わらずそこにあった。少し日に焼けた背表紙と懐かしい本の香りにわたしは夢中になった。
全七巻からなるそれは、一国の立国から滅亡までを描いている。一冊読み終えるにつれ、どんどん気持ちが高ぶってきて、初めて読んだ当時のドキドキが思い起こされた。
もう止まらなかった。夕食の準備ができたと母が部屋まで呼びに来たけれど、わたしは時間を忘れ読み続けた。満足感で空腹など感じなかった。一気に最終巻を読み終えて、一息つく。
「終わったぁ!」と思わずもれた言葉ともに時計をみれば、すでに日付が変わっていた。
不思議と疲れは感じなかった。それどころか、満足感で胸がいっぱいで空腹のはずなのに、その気持ちでお腹も膨れてしまいそうだった。
「まるで魔法みたいだなぁ」
あれだけ、仕事でもやもやしていたはずなのに。この満足感で何もかもすっきりしたような気がした。
やっぱり、この満足感は魔法だ。