監獄長と囚人(仮)
現在執筆中の小説です。
ちまちま書いているので完結までまだ時間がかかりそうですが、感想が気になるので導入部分を投稿してみました。
意識が混濁し、世界がくるくると回る。
ああ、毒だ、と分かった時には遅かった。手に持っていたティーカップが手から落ちてソファから転がる。
目の前で優雅に紅茶を飲んでいる人はそんな私を冷たい視線で見つめて何かを言った。
「あなたがいなければ」
その言葉を最後まで聞くことは叶わず、私は体の中から来る痛みに血を吐いた。
「誰か!毒を盛られた!」
目の前に座っていた人は白々しく叫び、大勢の人がやってくる音がした。
そんな夢を毎日見る。
◇
「監獄長様、この度はこの様な場所までご足労頂き、恐悦至極にございます」
私に媚びへつらう中年の男性は、額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら挨拶をしてきた。
冷たく光る鉄製の柵に囲まれた石造の城の入り口、軍服に身を包んだ私は男性の挨拶に頷きながら周囲に目を向ける。
城の後ろには高く聳える山、柵のさらに外にはぐるりと背の高い針葉樹が植えられている。冬を目前に控えた今、山の頂上には微かに雪が積もり、白く色づいていた。
寒気が流れ込んで来始めたべフェンティー監獄の入り口は寒く、思わず身を震わせた。
それに気づいた男性は慌てた声で「大変申し訳ございません、この様な寒い場所にずっと……!今すぐお部屋にご案内いたします!」と言って監獄内へ入っていった。
私は背後に仕えていたメイド達が不安そうな雰囲気を出していることに気づいたので振り返って笑った。
「大丈夫。何も私は囚人としてここに来たわけではないし。あなた達がいない生活は大変だろうけど、私にはしないから」
前任の監獄長は高齢のために一ヶ月前に退職した。
ちょうど学園を卒業し、暇になる予定だったし、仕事をすることは大好きだったので監獄長に名乗り出たのだ。
曰く付きの監獄に関わりたい貴族は他にいるわけでもなく、すんなりと私の要望が通ってしまったわけだ。
「行ってきます」
何か言いたげなメイド達に背を向けて監獄へ足を踏み入れた。
私が入った瞬間、鉄製の門は閉じる。
「こちらです」
城の中から声がした。
「はい」
返事をして中へ入ると剥き出しの石の壁があった。そして、布一枚を纏った囚人達。その者たちの表情はなく、ただ黙ってお辞儀をしていた。
「ここにいるのは清掃班です。監獄長の部屋の清掃を行ったのはこれらなので不備があればこれらに言って下さい」
さっと清掃班の囚人の手を見ればあかぎれだらけで、血を滲ませているものもいた。
「そうですか、彼らの服は?」
「一年中これです。衛生上、二枚は用意していますが分厚い生地はこれらには豪華すぎますでしょう?」
男性はニヤリと笑った。
私はその言葉には反応せず、彼らに「ありがとうございます」と礼を言ってきょうはもう休む様に告げた。
男性に部屋まで案内させ、部屋の場所を覚え、その他諸注意を聞いた後、男性の有休を受理した。
べフェンティーの冬は厳しい。一旦雪が積もれば春が来るまでべフェンティーから抜けることは出来ない。監獄と豊かな自然しかないべフェンティーに留まる理由のない看守達は実家に帰ったり便利な首都へ避難するのだ。
そんな中、監獄長はべフェンティーに残らなければならない。しかし、それを守った監獄長はいないだろう。皆、金を偉い人に握らせて自分もべフェンティーから去っていた。
私に案内をするためにただ一人残っていた男性は私が有休を認めたのを確認するとそのまま去っていった。
さて。
私は部屋を出て地下に行ってみることにした。地下にあるという囚人達の独房。独房にはかなり重い罪を犯した者たちが収容されていると聞かされたが、どうなっているのだろうか。
男性に渡された鍵を使い、地下に繋がる階段への入り口を開けた。チリの積もった階段から、普段ここを人が出入りすることがないことが窺い知れる。
地下は暗く、微かに人の気配を感じるだけ。
壁に置かれていたまだ使用されていないロウソクにライターで火を付けていく。
そして、ついに独房に着いた時にはライターの中の燃料がなくなっていた。
その代わりに明るくなった地下。私は独房の有様に眉を顰めた。
「最後に食事をしたのは?」
一番近くにあった独房にいる女性に声をかけるとぼんやりとした視線を返された。女性の手足には枷が嵌められ、その先には金属製の重しが付けられている。
全部で十個ある独房を一つ一つ覗き込み、その状況に手を握りしめた。
独房の鍵を全て外し、枷も破壊し、身体強化をして一人一人地上へと運ぶ。
私に触られているにも関わらず何の反応も返さない囚人達。
「あ、ちょっと、そこの貴方」
そばを通りかかった囚人の集団を見つけて声をかける。囚人達はギョッとした顔で私と、独房の囚人達を見た後、おそるおそるそばにやって来た。
「いらない布がどこにあるか知っている?あと、井戸の場所とバケツの場所も」
「……二階の、監獄長様の部屋の隣に収納されていると耳にしたことがあります。もし良ければ水なら私たちで汲んでまいりますが」
女性が返事を返した。
「ありがとう、手間でなければお願いします。ベッドや部屋の残りがあればこの人達を別のところに移し替えたいのですが」
「それは難しいと思います。このように衰弱した体に私たちの部屋は苦しいかと」
「成る程……分かりました。じゃあ、水を出来るだけ持ってきて」
「畏まりました」
そして、独房の囚人と同じように足に枷を付けられていたので全て外した。その行為に囚人はひどく驚き、「なぜ……」と呟いていたが「早く水を」と言って去らせた。
布を取りに行き、腕一杯に布を持って元の場所に戻った時にはたくさんのバケツに水が汲まれていた。
「ありがとう。もし体力に余裕があればいくつかの部屋を清掃して彼らが眠れるようにセットしておいて欲しいのだけれど」
「……まだ使用していない部屋は監獄長様のお部屋近くになってしまいますが」
「構わないわ。それに、あなた方は元は貴族のメイドとして働いていたのでしょう?きっと私が準備しては不備があると思うので、専門のあなた方にお願いしたい」
「畏まりました」
囚人達は目を見開いてその言葉に頷いた。防犯のためか、私の部屋に続く廊下にかけられている鍵を外し、自由に物を使うように言って私は独房の囚人たちの身を清める仕事に勤しんだ。
かなり時間がかかったが、大量の布と水を使って十人の囚人の肌を綺麗にすることができた。ちょうどそのタイミングで部屋の清掃、ベッドのセットが終わったとのことだったので囚人の力を得ながら彼らをベッドに寝かせた。
「で、貴方はなぜ私に声をかけずにずっと様子を窺っているのですか」
背後に声をかければ、空気が揺らぎ、驚いた声を上げられた。
「よく分かりましたね」
後ろを振り向けば壁に寄りかかってこちらを面白そうにみてくる、私と同い年くらいの青年がいた。何となく見知った顔であるように感じ、眉間をつねって考え込んでいると青年はポイ、と鍵をこちらへ投げて寄越した。
その鍵は私の部屋の鍵だ。
「それ、落ちていたから。不用心だね」
「……あ、思い出した」
この青年は、友人宅の執事長の息子だ。
友人にしつこく迫ったとかの罪で数年前に投獄されていた、結構有能な青年。名はなんと言っただろうか。忘れてしまった。
「余所見しながら取れるだなんて。すごいね」
そして、自分の顔面の良さを知っているために多くの女性をたらし込み、貢がせたとかなんとか言われていた。
「いえ、これくらい普通です。それよりも、ここの環境は貴方がここに来てから一切変わっていませんか」
「変わっていないね、面白いくらいに。多分、ここが出来てから扱いは一切変わっていないと思うよ」
そう。
私は頷き、空を見つめて考え込んだ。
自室に戻り、そっと息を吐く。
体力仕事は他人よりかは得意だと思っていたが、どうやら卒業後体をきちんと動かしていなかったせいで体が鈍っていたようだ。
背中や腕の筋肉が悲鳴をあげている。
「さて、風呂にでも入るか」
部屋に併設されている風呂場へ向かい、誰かが用意したであろうカゴに服を投げ入れていく。
背中に走る一本の線が金に輝き、私の体を蝕む。
「いつまで持つのだろうか」
ジクジク痛む傷を触り、風呂に足を踏み入れれば、湯を用意していなかったのに、きちんと湯気の上がる浴槽が用意されていた。
事前の説明では風呂の準備は自分でしなければならないと言われていたのだが。
ふと壁に白い字で走り書きがなされているのを見つけ、そこに書かれた文に思わず微笑む。
『まだ、新しい監獄長様のことを信頼出来ません。しかし、今までの方とは違うことはわかりました。これは、私たち囚人の歓迎のおもてなしです。これくらいしか出来ませんが、どうぞ、温かい湯で体を温めて下さい』
文を撫で、瞳を閉じる。
「必ず……」
必ず、真実を暴く。
手を取り払えば、文字は消えてなくなっていた。
翌朝。
目を覚まし、カーテンを開くと外は銀世界だった。まだ、雪の降る時期ではないはずだが。だんだんと季節の境目が狂い始めている。きっと、人間が身勝手なことをしすぎているせいで神様がお怒りなのだ。まあ、神の存在など私は信じないが。
「さて」
体を起こし、クローゼットの中から軍服を取り出して素早く着る。
曇った鏡でおかしいところがないことを確認すると階下へと降りた。
現在、最終話まで日々ちょっとずつ書いています。
最終話まで書け次第、連載をしていこうと思います。