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天使は街に舞い降りて  作者: ゆずはらしの
第三章 テロリストと幻惑のワルツを
9/11

3.テロリストと幻惑のワルツを 3

六話と七話、つじつまのあっていなかった所修正しました。第四話、洋子おばあさまの描写増やしました。

 思い出すのは、小さな手。


『にーた』


 舌足らずに自分を呼ぶ、子どもの笑顔。


『まー、にーた』

『和樹』


 父の後妻が産んだ弟は、随分と歳が離れていて。一緒にいると、自分が父親だと良く間違われた。


『にーた』


 にこにこと良く笑っていた、小さな弟。


『どうしてこんな事に』


 冷たくなった体を抱きしめると、医師がすみません、と詫びた。


『なぜ和樹が!』


 泣き崩れる義理の母。先天性の心臓奇形。もう少し体力がついたら手術をと、そう言っていた矢先の事。

 三歳の誕生日を間近にしていた。プレゼントは何が良いかと、頭を振り絞って考えていた。ああでもない、こうでもないと迷いに迷った末に選んだ、特撮ヒーローものの人形。

 プレゼントは渡せなかった。


『お父さん!』


 怒鳴り込んだ先にいたのは、父、霧島きりしま麻人あさとの老いた顔。和樹が死んでからめっきりと老け込んだ彼はしかし、この時目をぎらつかせ、尋常でない様子をしていた。


『あなたは何をしたのです!』

『和樹を蘇らせたのだ。何を怒る』

『人体実験も良い所です!』

『実験? 馬鹿を言うな。私がしたのは和樹を蘇らせた事。ただの治療だよ』

『AIを……AIの回路に和樹の人格を焼き付けるなんて、……その為にあの子の脳を生かしておいたんですかっ! あの子にこれ以上の苦痛を与える意味が、どこにあるんですっ!』

『あの子は私の息子だ。だから蘇らせた。それのどこが悪いっ!』


 和樹。


『まー、にーた?』


 自分を認めた『藍王』が発した言葉。このAIは和樹ではない。けれど。

 ……和樹。


『まー、にーた? どうしたの? どこか、いたい?』


 涙が止まらなかった。

 守ってやらなくてはと思った。この子を。兄として。




 一瞬、真人の脳裏にかつての出来事とその経緯が蘇った。すぐにそれを追い払うと、真人は落ち着いた顔で『ミハイル』と名乗った男と対峙した。


「何の事だかわからんね。霧島の開発したAIを妬む者はいくらでもいる。この街に住む者を妬み、危害を加える者がいるように。解雇された研究者の中には、中傷をばらまく者もいるだろう。そんな戯言を間に受けたのかね、君たちは」

「顔色を変えもしねえか。流石だな」


 覆面の下でミハイルは笑ったようだった。


「だが、中傷だろうが何だろうが、どうでも良い。俺たちに必要なのは、市長と管理官が認めたっていう事実なんでね」


 嘲るようにミハイルは言った。


「声明を出してもらおうか、市長どの」

「何の……」

「霧島の非道な人体実験。それを知りつつ黙認した都市中枢部の思惑。ネオ・アンゲルスが誇る世界最高のAIは、幼い子どもの脳から出来たっていう、その事実をな」

「そんな事実など、ない!」

「なくても言ってもらうぜ、市長どの。おい」


 ミハイルが合図をすると、部下の男がダイアナの腕をつかみ、引きずり出した。


「ダイアナさま!」

「騒ぐんじゃねえ!」


 声を上げた女性たちに怒鳴ると、男はリーダーの前にダイアナを連れてきた。


「綺麗な奥さんだよな、市長どの?」


 たおやかな彼女は青ざめて、けれど頭を上げて立っている。


「声明を出してもらおう。要求じゃないぜ。命令だ」


 そう言うと、銃を取り出してダイアナの頭に突きつける。部下の男がダイアナの体をしっかりとつかまえており、逃げる事もできない。


「なあ、市長。もったいないよな。こんな美人が脳漿ぶちまけてあの世にいっちまうなんてのは」

「そんな事をして何になる。テロリストに脅されて出した声明など、信憑性に欠ける。誰が信じるものか」


 冷静に真人が言う。リーダーは嘲るように言った。


「そうでもないぜ? ずっと言われてきた噂じゃねえか。霧島の開発したAIは、人体実験でできたものだってのはな。別に信憑性なんてどうだって良いんだよ。ただ、市長が声明を出したって事実があれば良い。後は、世間の噂が全てを仕上げてくれる。はっは! この街の評判はがた落ち。その内AIを停止しろって動きも出るだろうよ。人間さまに命令するなんざ、百年早いんだ。プログラムの癖によ!」


 主張に矛盾がある、と柚香は思った。AIに支配される事が嫌で、停止させたい。それで人体実験の噂を持ち出した。小さな子どもの脳を使ったと。

 その子どもの脳を使われたAIは? 人間的なAIに対してはどうして、何もない?

 そこまで思って、彼は和樹を知らない、と柚香は思った。この男にとってネオ・アンゲルスの『藍王』は、あくまでもプログラムに過ぎない。利用するかしないか。それだけの存在に過ぎないのだ。

 けれど自分たちにはそうではない……。


『だあれ?』

『ゆずか。あなたは、だあれ?』

『かずき。ゆずかちゃんって呼んで良い?』

『うん。わたしはかずきって、よぶね!』


 初めて会った時、和樹はまだ、自分の顔を持っていなかった。兄、霧人の関係から偶然知り合いになった三歳の男の子の人格を持ったAI。スピーカーからの声にびっくりして、それでも泣き虫で甘ったれな男の子だとわかった。AIだなんて、どうでも良い事だった。和樹はちょっと姿が違っているけど友だちで、柚香と一緒にいたいと駄々をこねる、弟のような存在だった。


『どうして、かずきは、すぐなくの!』

『だって……ゆずかちゃん。ぼく、やだよ。もうじっけん、やだよう〜。みんな、ぼくに、いろいろやらせるの。もっとあそびたいのに。あきちゃったよう』

『おとこのこでしょ! ゆずかがあそんであげるから、なかないの!』

『ほんとお? ずっと、ぼくとあそんでくれる?』

『いいよ。かずきは、なきむしだもん。ゆずかがおねえさんね? ゆずかのゆうこと、ちゃんときくのよ』

『うん。きく。ゆずかちゃん、ぼくをひとりにしないでね』

『しないよお〜』

『ゆずかちゃん、だいすき!』


 今も甘ったれで泣き虫だ。街一つ守りきっているAIなのに。自分の前では泣いてばかり。


『柚香ちゃん、大好き!』


 歳月と共に成長した。言動も三歳児から十六歳の少年のものになっている。それでも、言っている事が変わらない。


『ぼくを、一人にしないでね』


 幼馴染みで手のかかる弟。泣き虫なAI。

 守ってやると決めたのだ。和樹をモノとしてしか見れない人間たちから、彼の心を守ってやると。

 そう、……このテロリストたちのような人間から。


「お母さん……」


 うめくように礼一が言う。市長は無言で拳を握りしめている。柚香は、はっとなった。いけない。今はそんな事を考えている場合ではない。

 抵抗しようとしたシークレット・サービスの男たちがどうなったか、見たではないか。

 青ざめて、けれどダイアナは、自分に銃を突きつけているリーダーを睨んだ。


「わたくしの夫は、この程度でくじけるような男ではないわ」


 静かに言う。


「彼はこの街の為に身を捨てて働いてきた。それをわたくしはずっと見ていた。ここでわたくしが死んでも、彼が偽りを言う事はない。やり方を間違えたわね、あなた」


 ミハイルはくっ、と喉の奥で笑った。


「そうかい」


 そう言うや否や、いきなり撃つ。

 銃声が響いた。



*  *  *



「ベータリーダー、シュミットより連絡。テロリストは人質を取り、ダンスホールに乱入。その場にいた招待客全員を新たに人質に取りました。南市長と霧島管理官他、各界の著名人、良家の子女も多数含まれています。中にいた市長の護衛は、全員撃たれた模様」


 オペレーターから報告を受け、宮は唸り声を上げた。


「どこの奴らだ。何か声明はあるのか」

「まだ何も……待って下さい。ホール内要員より連絡。ホールにいるテロリストは七名。うち一名は負傷。『人に誇りを』。そう名乗っているそうです……通信攪乱装置の作動を感知。ホール内と連絡取れなくなりました」

「破れるか」

「……っ、最新型です。時間かかります」

「任せる。そっちは組織の事を調べろ。『人に誇りを』だっけか」

「はい」

「ホール内にいるうちの者は何人だ」

「三名です。ボーイが一名、メイドが一名、招待客を装った者が一名」

「少ないな。経歴は」

「ボーイはベテランですが、メイドと招待客は新人です」

「早いとこ突入させた方が良いか」


 宮は目を細めた。そこにテロ組織を検索していたオペレーターが報告する。


「コマンダー、ヒットしました。『人に誇りを』。過激派組織『緑の鉄槌』の下部組織です」

「『緑の鉄槌』……なんかエコロジーがどうのってとこだよな、確か。人間は自然に帰れってほざいて、病院制御してるAIぶち壊して、重病人に尊厳ある死をなんて言いやがった外道だろ。残された家族の事考えろってんだ。……待て。ちょっと前に壊滅した『スコーピオン』も、あっち系から武器調達してなかったか」

「確かそうです……一般人の避難、ほぼ完了しました」

「建物サーチします。テロリストの熱源が感知できません」

「エコロジーエコロジー言う割に、装備は最新型なんだよな。妙なステルス機能の装置持ってるらしいが……全員装備してるってワケか?」


 宮は首をひねった。


「下部組織だよな。そんな大層なモン、持てるほどの規模か? よっぽどのスポンサーがついたのか、それとも」


 彼の言葉に答える者はいない。


「コマンダー。アルファリーダー、大島より通信。今後の指示を仰いでいます」

「現在位置は?」

「アルファは一階から二階に向けて移動しつつ索敵しています。チャーリーはルート3からルート5へ。地下に向かっています。ベータはホール周辺に集合しつつあります。負傷者が出ているので、人数が減っています」

「チャーリーチームに通達、制御室を確保。別動隊がたぶんいやがる」

「通達しました。……よろしいのですか」

「演技派のやつに仲間のふりさせとけ。アルファには索敵を続けて頼む。妙なとこにエコな人たちが隠れてたら困る。んでっ……と。突入部隊の選出に入るか。使えそうなのを……」

「銃声です、コマンダー。ホール内からです!」


 オペレーターの一人が言い、その場は緊張に包まれた。


「今度は誰が撃たれた」

「わかりませ……、テロリストより通信が!」



《会場内 ダンスホール》



「はっ、はははははっ!」


 ミハイルは声を上げて笑った。


「大した度胸だ、奥さん。気絶するかと思ったんだがな?」


 青ざめたダイアナが、その場で立ち尽くしている。彼女の側に、うずくまる男。


「気の毒したなあ、兄ちゃん」


 ダイアナを庇おうと飛び出して足を撃ち抜かれ、脂汗を流しているボーイに近づくと、ミハイルは声をかけた。

 母親が撃たれなかった事に息をついた隆也は、自分の腕を誰かがつかんでいる事に気がついた。柚香が『間宮』と呼んだ男が、側に立って自分の腕をつかまえている。


「駄目よ。下手に動くと彼女を危険に晒すわ」


 ささやかれ、気づく。思わず飛び出しそうになった自分を、彼が止めたのだ。さもなくば、あそこで撃たれていたのは自分だっただろう。そんな認識に、すっと体の奥が冷たくなった。父と兄の方を見ると、二人とも青ざめつつ、どうにか立っている。


「他にも人質がいる。うかつに動くと死人が出るわ。その辺り、自覚して」

「わかったから離してくれ」

「ふふ。可愛い男の子にくっついているのはイイ感じなんだけど」

「妙な冗談はよせ」

「冗談じゃないんだけれどね。ああ、でも、あなたが柚香ちゃんに手を出したら許さないけど?」


 その間もミハイルは足を撃たれたボーイに話しかけている。彼の部下たちは武器を構えていつでも撃てるようにしている。ミハイルの声音は優しげだが、その分聞いている者の恐怖を煽った。


「さてと。で? 勇敢なナイト殿。あんたは何なのかな。この奥さんに片思い中とかそういうオチかい? それとも」


 

 どかっ!



 足を上げてボーイの腹を蹴り上げる。


「別の可能性の方が高いかな。調べろ」


 仲間の一人に顎をしゃくる。素早く近づいたその男は、うずくまるボーイに何かの機械を向けた。全身を調べ、ブラックタイを引きちぎるようにすると、それをミハイルに放る。


「これか。まあ、俺たちの妨害装置で役に立たなくなってるがなあ」


 ミハイルは楽しげに言った。


「他には?」

「気休め程度の装備だな」


 そう言うと、調べていた男はボーイの服の下から小さな銃を取り出した。


「あぶねえモン持ってるじゃねえか、兄ちゃん? ただのボーイが持つにしちゃ物騒だ」


 ミハイルはゆらり、と動くとボーイの横に立った。


「ぐあああっ!」


 ボーイが悲鳴を上げた。撃ち抜かれた足を、ミハイルに踏みにじられたのだ。


「あれだろう、おまえ。霧島の犬。それか市長の犬か。大変だよなあ、パーティーに紛れて護衛なんてなあ。綺麗な奥さまを守るのに命がけってか。はっは!」


 笑うとミハイルはさらに踏みにじった。


「やめて下さい!」


 真っ青になったダイアナが叫ぶ。無視してミハイルはボーイに言った。


「あと、何人だ。仲間は何人紛れ込んでる?」

「ぐ、」

「なあ。何人だ?」



 がすっ!



 再び腹を蹴られ、ボーイはうめいた。


「やめて! 彼はわたくしの護衛よ!」

「嘘はいけないなあ、奥さん」


 ミハイルはダイアナに銃を向けた。はっ、とダイアナが息を飲む。


「あんた、助けが入るなんて思ってやしなかった。顔を見てたらわかる。こいつが飛び出した時、本気で驚いてたじゃねえか。まあ……どっちにしても、これで一人脱落、と。とっとと吐きなよ、兄ちゃん。あと何人紛れ込んでるんだ、ここに?」


 ミハイルは銃をもう一度、ボーイに向けた。


「言わねえんなら、撃つぜ。次はどこを撃たれたい?」 


 たまりかねたのか、小さな悲鳴が女性たちの間から漏れた。ダイアナは立ったまま震えていたが、そこでミハイルとボーイの間に割り込んだ。膝をついてボーイをかばうようにし、ミハイルを振り仰ぐ。


「おい、奥さん。あぶねえぞ?」

「この方はもう、起き上がる事もできません。これ以上はやめて下さい」

「そうは言ってもな? こいつの仲間がまだいるんなら、聞き出さねえと俺らも困るのよ。どいてな、奥さん」

「いやです」

「役得だなあ、色男。美人がかばってくれてるぜ?」


 ミハイルの言葉に配下の者たちが嘲るような笑い声を上げた。


「ダイアナさま……離れてください、危険です」


 かすれた声でボーイが言う。しかしダイアナは首を振った。


「いやです」

「色男も言ってるじゃねえか、奥さん。わがまま言っちゃいけねえよ。俺も、あんたの可愛い指やら耳やら、吹っ飛ばしたくはない……ああ。その方が効果的か?」


 そう言うと、ミハイルは銃を降ろした。鈍く光るナイフを取り出すと、ダイアナに突きつける。


「顔はやめといてやるよ。耳と指と、失くすんならどっちが良い?」

「ダイアナ!」

「やめろ! お母さんに手を出すな!」


 市長と礼一が血相を変えて叫ぶ。隆也も身じろいだが、再び間宮に腕をつかまれた。ミハイルは笑った。


「麗しい家族愛だねえ。さてと。綺麗な指だ。白くてすんなりしていて実に良い。切り落とすのは勿体ないが、仕方ない」


 貴婦人に対する礼を取るかのように、ミハイルはダイアナの手を取った。白い指にナイフを当てる。


「やめろ」


 ボーイが起き上がろうとし、銃を構えたミハイルの部下になぐりたおされた。


「ほら。吐くんなら今の内だぜ、お犬ちゃん? 名乗り出ろよ。市長夫人の指が取れるぞ」


 ナイフに力が込められた。ダイアナの顔が歪む。


「やめなさい!」


 そこで声が上がった。一人のメイドが立ち上がっている。


「あんたかい?」


 ミハイルはにやりとしてメイドを見た。


「まだ若いオネエちゃんじゃねえか。こりゃ、見逃してたなあ。で、あんたなのかい?」

「霧島特殊護衛班の麻宮よ。そっちは高瀬」

「霧島の方かい。それで? 他に仲間は」

「悪いけど、私たちだけよ。そっちの動きに気づくのが遅れて、数名を会場係に紛れ込ませるので精一杯だった。その内の何人かは厨房係で、こっちには来れなかったわ」

「あさみや……」


 高瀬と呼ばれたボーイが苦しげに言う。やめろという意思表示だ。けれど彼女は続けた。


「黙ってて。どうしようもないでしょ、これじゃ」

「ほーう?」


 ミハイルはナイフをダイアナの手から引くと、麻宮と名乗った女性に顎をしゃくってみせた。


「こっちに来な」


 麻宮はゆっくりと近づいてきて、ダイアナの前に立った。気づかわしげな視線を彼女に投げる。


「ご無事ですか」

「ごめんなさい……わたくし。かえってあなたがたの足手まといに」


 ダイアナは泣きそうな顔になっていた。


「ドジを踏んだのは高瀬です。新人だからって、あまりにお粗末だわ」

「新人なのかい」


 ミハイルは面白そうに言うと、麻宮をじっくりと眺めた。


「あんたも、そんなに経験ありそうに見えないが」

「中まで入り込まれるなんて思わなかったのよ!」


 苛立たしげに麻宮は言った。


「新人でも、これぐらいはやれるだろうって言われたわ。正体隠してとにかく守ってろ、それぐらいはできるだろって。外の奴らの不手際ったら、信じられない!」

「俺たちが一枚上手だったのさ。気の毒したな、姉ちゃん」


 ミハイルは言うと、武器を渡しな、と麻宮に言った。麻宮はスカートをまくり上げ、太股につけていたナイフと銃を取り出した。


「良い眺めだねえ」

「じろじろ見ないでよ!」


 近づいてきたミハイルの部下に武器を渡した麻宮に、ミハイルは言った。


「で? そっちの奴が持ってた通信機みたいなの。姉ちゃんは持ってないのか」

「今取り出そうとしてたのよ。ここよ」


 そう言うと麻宮は、頭につけていたホワイトプリムを外した。そのまま手渡す。


「裏についてるわ」

「ふーん?」


 ミハイルは珍しそうに、部下が持っている飾りを見つめた。


「前から思ってたんだが、これ何の為につけるんだ」

「知らないわ。あたし本物のメイドじゃないし。メイドを研究している人に尋ねたら?」

「そんなのがいるのか?」

「ものすごく嫌だけど、いるわ」

「よっぽど暇なんだな」


 そう言うと、ミハイルは部下からホワイトプリムを受け取った。


「さて。これで連絡ができるかね。姉ちゃん、あんたには悪いが拘束させてもらう」

「殺さなくて良いのか」


 部下の一人が言うのにミハイルはふう、と息をついた。


「そうしたいのは山々だがねえ。ここにゃ、女子どもが多過ぎる。あんまり血を流すのは良くねえだろう。俺たちは心優しい人間なんだし」


 市長の護衛を撃った時には、眉ひとつ動かさなかった。倒れた男たちを処分しろと命じていたのに、と柚香は思った。どこまで本気で言っているのか。これも相手をいたぶる為の発言か。

 男は高瀬と麻宮を見やると、付け加えた。


「こんなすぐ見つかるような間抜けをどうこうするのは、弱いものいじめみたいだしなあ」


 これを聞いた彼の部下は、げらげらと笑った。


「はっは! 確かに」

「仕方ねえや。犬は犬でも、こいつら小犬ちゃんだぜ」

「ネズミが太っただけじゃねえのかー?」


 護衛対象を守るどころか、正体を晒してしまった二人の特殊護衛班員に嘲弄の言葉を投げかける。高瀬は顔を伏せていたが、麻宮は無言で顔を上げていた。


「縛り上げろ」


 ダイアナがその時、自分のドレスの裾を引きちぎった。それで高瀬の止血をする。


「おい、勝手な事……」

「やらせとけ。欺瞞ぎまんだが、良い眺めだ」


 裂けたドレスの間から、ダイアナの足が見えていた。覆面をした男の何人かがそれを見て口笛を吹いた。


「すみません……」


 高瀬が詫びる。


「いいえ。あなたは力を尽くしてくれた。ありがとう」


 ダイアナはそうささやいた。

 それから高瀬と麻宮は部屋の隅に引きずって行かれ、手早く拘束された。ダイアナはそのまま、一人立たされる。ミハイルは通信機をいじると、あれこれ試し始めた。


「んー、まあ、通じるか? さてと」


 ミハイルは通信を開始した。


「聞いてるかー、霧島の犬たち。俺たちは『人に誇りを』。人間の尊厳を取り戻す為に戦っている組織の者だ。ここには市長とその家族、管理官の身内もいる。人質を殺されたくなかったら、入り込んでる貴様らの中間を全員退かせろ」



《ハイパーネット内 スラム零番地》



「これって何の悪夢ですか」

「俺に聞くなよ。俺だって怖いんだ」

「ってか参謀、そこまで? そこまでする?」


 ぼそぼそと囁き合う白い長ランを着た青年たち。ジェネシスの構成員だ。彼らの前に、参謀、藤城匠がいた。いつも通り一人だけ、裾の短いシンプルな服装。

 しかし彼らが見ているのは参謀ではなかった。その横にいる青年。

 黒ずくめの服装にミラーグラス。特徴的な銀色の髪。

 銀狼。

 無言の青年に匠はべったり張りついている。筋肉を触ったり、頬ずりしたり、胸板にぺたぺたと手を這わせたり、セクハラじゃないのかそれ!? と言いたくなるような暴挙を繰り返している。


「うっわー、特殊技能つけてんのかと思ったらマジ普通。って事はそれだけ身体能力が高いってわけ? 自前の反射神経と運動神経であれだけ動いてたんだー、カッコイイ〜」


 うれしげに言いつつ触り続ける匠に、ついに見かねたのか、栄が声をかけた。


「匠。もうそれぐらいに……」

「やだよ。こんな機会二度とないんだから。それに……」


 きっ、とした顔で匠は、居心地悪そうな顔でその場にいた、風采の上がらない男を睨み付けた。


「こうも騙してくれるなんて思わなかったよ、ぼくは!」

「騙したなんて人聞きの悪い……」


 どう見てもジェネシスとは無関係な、くたびれた背広姿の男は、困った顔でぼそぼそと言った。


「あんな思わせぶりな事言われたら、個人情報がもらえるんだって思うじゃないっ!」


 匠は言った。


「なのに『藍王』ったら、『藍王』ったら、こんなものでぼくを騙して……ああ、なんて気の毒なぼく!

 なまじ美少年で頭が良く、純粋だったがゆえに騙されて! 恋心を利用され、愛する人とも出会えないこの悲劇!」


 その間もぺたぺたと色々な所を触っている。突っ込みたい所が色々ある、と周囲の者は一様に思った。抵抗もせず、されるがままの銀狼の姿に、周囲の青年たちからうめき声のようなものが上がる。


「あのう……匠くん。本人が見たら本気で嫌がると思うんで、もうそのぐらいにしてもらえますか……」


 情けない顔で言う男は、高波たかなみひろし。『藍王』直属の都市情報統括部員である。


「いくら『藍王』だって、個人情報は流せませんよ。見ていてあまりにも気の毒なんで……」

「なんでさ。こんな美少年と絡んでるんだよ、目の保養でしょ」


 匠は銀狼に抱きついた。正確には、銀狼のV.S.(ヴィス)と同じデータを使って作られた『人形』に。

 姿こそ本人と同じだが、あくまでも『人形』である。自発的に動く事も、会話をする事もない。それを良いことに、匠は先ほどから触りまくっていた。


「だから本人が嫌がると……あの人、ストイックというか、そういうの本気で駄目なんで」

「あー、そんな感じだよねー……って言うか、やっぱり銀狼ってそっち関係なんだ? 『藍王』はスタッフじゃないって言ってたけど」

「スタッフではありません。『藍王』の個人的な知り合いだそうです。ぼくらにも正体は明かされていませんので。でもたまに、会話とかしますし……」


 本気で困った顔をして、高波は言った。


「ふふーん。でもこれはぼくへの正当な報酬だよ」


 当てつけるかのように匠は、さらにべたべた触りまくる。


「もうやめて下さい、匠さん」

「なんか、ひでえです、参謀〜」

「気の毒っす。脅されて無理やり参謀の言いなりになってるみたいっす」

「銀狼が……俺たちの銀狼が〜」


 ジェネシスの青年たちはもはや、泣きそうだ。


「ふーんだ」


 匠は銀狼の首に腕を回した。周囲の者がぎょっとなる。素知らぬ顔で少年は、背の高い青年にぶら下がるようにして伸び上がり、ちゅ、と頬に口づけた。


「参謀っ!」

「あわわわわ」

「ちょっ、ヤバイ! それもうヤバイッスよ、匠さんっ!」


 ついに配下の者たちが、泡を食った顔で匠を銀狼から引き剥がす。そこへ宙にスクリーンが開かれた。


『確かに報酬って言えば報酬だけど……あのさあ。あんまり好き勝手しないでくれる?』

魔女ウィッチ?」


 栄が眉をひそめた。スクリーンに映っている美少女は、良く知った顔だ。けれど口調が、いつもと違う。


「それ魔女じゃないよ。ニセモノ」


 あっさりと匠が言った。


『うん。姿を借りてるんだ。銀狼の相棒と言えば魔女ウィッチでしょ。初めまして、ジェネシスの皆さん。って言っても、ぼくの方は君たちの事、良く知ってるけど』

「誰だ?」


 眉をひそめる栄に、匠が爆弾を落とす。


「『藍王』だってさ」

「はあ?」


 何の冗談だ、という顔を全員がした。


「だから、『藍王』。いきなり口説きにきたんだよ、ぼくを。美しいって罪だね」

『そういう言われ方されると困るんだけど……『藍王』です。よろしく』


 にこやかに魔女が言う。栄はぽかんとなった。


「え?」

「本物です」


 すまなそうな顔で、高波が言う。


「え?」


 頭がついて行かない。そんな顔で周囲の者も魔女と高波を見比べる。沈黙が落ちる。それから彼らは、一斉に叫んだ。


「ええええ〜〜っ?」




「ともかく見回りして、イケナイ子たちを放り出せば良いわけ。わかった?」


 呆然とした青年たちに、匠が言う。銀狼にぴったりくっついたままで。


「それはわかったが……本当にAIなのか、その」


 魔女ウィッチの姿をした藍王に栄が話しかけると、『うん、そうだよ』と返事がかえってきた。


『あ、でも、本物の魔女ウィッチは人間だよ、一応言っておくけど』

「それは……そうか」

『気になるんなら、別の人間の顔にするけど』

「いや、それはそれで困る……と思う。そう次々と違う顔になられても、こっちは早々と切り換えられん」

『ならこれで良い?』

「ああ」


 困惑気味に、しかし栄は言った。


「しかしなぜ、俺たちに?」

『ガーディアンズにも動いてもらっているけれど、君ら、裏の方詳しいよね。変な所から入り込む子たちのルート、わかるでしょ。今ちょっとややこしい事になってて』

 困ったような顔を魔女(中身は藍王)はした。

『攻撃受けてるんだよ、ぼく』

「はあ?」

『ウィルスがぞろぞろ送られて来てる。一つ一つは大したことないんだけど、物凄い量でさ。そっちにも対応しなくちゃならない』


 都市を制御しているAIへの攻撃は、都市そのものへの攻撃に等しい。さすがに全員が真面目な顔になった。


『で、テロ事件でしょ。連動しているんだと思う、この二つ。でもね。決定打がないんだ。ぼくがここまでは対応可能って事、向こうも知ってるはずなんだ。まだ何かしてくるはずなんだよ……そうなった時、ネット内がどういう環境になるのかわからない。それで、一般の人にアクセス規制をかけてるんだけど』


 ふー、と魔女=藍王は息をついた。


『入り込んでる人いるんだよ、それでも。そういう人、見つけて放り出してくれる? ぼくも余力は持っておきたいんだ、万一の時の為に。君たちがそっち引き受けてくれたら、ぼくらはテロリストに集中できる』

「隆也さんを助けられるんなら、俺たちはいくらでも協力する」 


 栄は答えた。それからおずおずとした風に付け加える。


「総長は、無事なのか?」

『今の所、招待客の中に怪我人や、死者は出ていない。……警備の人間はそうじゃないけど』


 魔女=藍王は答えた。


『ぼくが見る所、あのテロリスト達は捨て駒だ。本人たちがどう思っているか知らないけれどね。どうなんだろう。教えてくれないかな。信念さえあれば、捨て駒扱いにされても平気なの? 人間は』

「……」


 栄は困った顔になった。答えられない。


「それこそ人によるよ。それに覚悟の問題だろ」


 そこで匠が不意に言う。


「同じ目的意識を持っている人間がいて、自分が捨てられても目的は達成できるって信じられる相手なら、そうされても文句は言わないでしょ。それだけ大事な目的ならね。使う方の人間も、使い所を考えてくれるよ、それなら。逆を言えば、それだけの覚悟がなくて、単にうまみがありそうな流れに乗っかって楽がしたい奴なら、適当に扱って捨てるしか利用価値がないから。いつでも捨てられる。

 だから、自分は上に立つ人間じゃないって自覚がある場合はね。誰に命を預けるのか、考える義務があるんだよ。その機会があり次第。どこでどんな風に使うのか、相手に任せるんだし。当然でしょ」

『そう?』

「命じる側も、自分を見せなきゃならないし」


 匠は言った。


「ぼくは参謀なんて役目についてる。ここにいる奴らに、行けと命じる立場だよ。判断を誤れば、みんなただではすまない。そういう責任がある。

 だから顔を見せる。無茶な命令下したり、危険に飛び込ませたりするのはぼくだと、はっきりわかってもらう為に。何かあった時にはそうして、罵声を引き受ける為にね。おまえのせいで傷を負ったと、おまえのせいでひどいめに合ったと、罵る権利がこいつらにはあるからね。その罵りを、ぼくは甘んじて引き受けねばならない。それが責任を背負う者の義務だ。その為に姿を見せ、顔を見せている。

 隆也さんもそうだ。それがけじめってもんだと、あの人なら言うだろう」


 匠はぺた、と銀狼の胸に手を這わせた。


「普通の集団なら、どうしたってそういう事が起きる。何もかもが全て平等なんて、あり得ない。それじゃ無秩序な集団だ。持つ者はさらに持つが、それは楽をして良い所取りができるという意味じゃない。責任を、義務を引き受けるから、それを下の者も知っているから。だからこそ命じる者は、危険な場所に行けと命じる事ができるんだ」

『……そう』

「テロ組織の者がどう考えているのかは知らないし、興味もないけれどね。捨て駒扱いされても遂行したい目的があるんなら文句は言わないだろうし。そうじゃないなら見苦しく騒いで自滅するんじゃない?

 それを考えるとジェネシスの者は幸せさ。なにせこの美しいぼくが、こきつかい、ひざまずかせ、ゴミのように捨ててやると言ってるんだからね。みんなそれこそ心から、信頼して従ってくれているよ」


 それはちょっとイヤです。

 栄以下、ジェネシスの構成員たちはそう思った。

 匠は銀狼のミラーグラスに手をかけた。外そうとして眉をしかめる。


「やっぱこれ、取れないな」

『取れないようにしたから』

「下の顔見たいのに。ほんっと恥ずかしがり屋さんだなあ、銀狼ってば。深窓のお嬢さま並の貞操観念」


 その例えはどうなんだ、とその場にいた全員が思った。魔女の姿をしている藍王は、微妙な顔をしてコメントを避けた。


『今の話では、銀狼は責任を逃れていると言う事になるのかな』


 そう言った魔女=藍王に、匠はぱっと振り返った。


「何でそうなるのさ、ボケAI。銀狼がどれだけ強いか、あんた近くにいるのにわからないわけ? 普通の集団ではって言っただろ。銀狼は今までどう動いてた? いつも単独行動、唯一魔女ウィッチがパートナーだけれど、外からのアクセスによる間接的なサポートだった。

このダミー人形、ほとんど生身と変わらない。ジェネシスの者ですら、仕掛けや改造はしている。でもこれにはそういうものが何もない……つまり銀狼はこの身一つで、ずっと戦ってきたんだよ。隆也さんや栄でも危ないような場面でも、たった一人で」


 少し悔しげに言うと、少年は銀狼の人形を見上げた。


「これが強くなくて、誰が強いんだ」

『ありがとう』

「なんであんたが礼を言う」

『銀狼の友人として、彼に代わって礼を言う、ジェネシスの匠。彼は……彼にも目的はある。だがその為に、最も険しい道を行く事を選んだ』

「そうなんだ?」

『本人はおそらく、自分を強いとは言わないだろうね。むしろ、……弱いと思っている』

「なんで」


 魔女=藍王はため息をついた。


『彼がかつて、最も大切なものを失ったから』

 匠は眉を軽く上げた。魔女=藍王は続けた。

『以来、その傷は癒えない。だからこそ強く、だからこそ弱い。銀狼はそうして立ち続けている。ハイパーネットの中に。一人で』


 初めて聞く銀狼の事情に、ジェネシスの青年たちは沈黙した。


『ぼくはね。もう止めても良いと思ってる。銀狼は伝説になって、いなくなっても良いってね。匠くんは強いって言ったけれど、確かに強いんだろうけど……』

「ムカツク」


 匠はぼそりと言った。は? となって、全員が彼を見る。

 美少年顔のジェネシス参謀は、魔女=藍王を見上げると、びし! と指を突きつけた。


「自分の方が銀狼との付き合いが、長くて深いって言いたいわけ!?」


 今の、そういう話ですか?

 思わずそう思ってしまった一同の前で、匠は胸を張ると堂々として言った。


「言っとくけど。ぼくは夢に見るほど彼が好きだ。この思いは誰にも負けない。彼の姿が見えれば追いかけるし、彼の気配があればサーチする。そうしていつか、彼の個人情報を蹂躙じゅうりんする日が来ると信じているっ!」


 そんなもん、信じないでくれ!

 青年たちは内心で叫んだ。栄はツッコミを入れるべきか否か悩んだ。彼らの心を考える事もなく、匠は、ダミー人形の銀狼にべったりと張りついた。


「傷がある? 当たり前だよ。人間には一つや二つ、何かの傷があるものさ。それでも前を向く、そういう人間にみんな、共感したり憧れたり、蹂躙したくなるもんなんだよっ!」

「匠。蹂躙から離れてくれ」


 引きつりつつ栄が言った。しかし匠は綺麗に無視した。


「そんな夢のような日を目指して、ぼくは日々研鑽を積んでいる。無視されても、邪険にされても、その夢があるからぼくは負けない。彼との夢の日々を目指して努力を続けている。彼もそうだ。傷があろうがなかろうが、前を目指しているのなら、それが銀狼だ。ぼくが認める。それが彼だと!

 そしていつの日かぼくらは恋人同士に!」


 ジェネシスの青年たちは心を一つにして思った。

 誰か参謀の暴走を止めてくれ!


「隆也さん……あんたがいないと匠が暴走する……」


 うつろな目をして栄がつぶやいた。いつもならこの辺りで、隆也が匠を止めている。何だかんだ言って総長は、参謀を従えるだけの度量を持った男だった。とにかく早く事件を解決して、隆也を取り戻さなければ、と栄は思った。


「ふふふ。傷ついた相手を癒してやるのも人間の役目。AIには真似できまいっ!」


 しかも匠は藍王にケンカまで売っている。勝ち誇ったように笑う匠に、栄は藍王がどう反応するかと恐る恐るスクリーンの方を伺った。

 スクリーン内の魔女=藍王は微笑んでいた。

 それはもう、聖女のように。

 怒っていないのかとほっとして、それもそうだ、都市を制御するほどのAIだし、冷静に大人な対応をしてくれる……と思った時。微笑みながら彼は言った。


『夢は夢だから、夢なんだものね?』


 沈黙が落ちた。匠の周囲に殺気だった空気が生じる。栄以下、ジェネシスの青年たちは総毛立った。


「どういう意味」

『そのままだよ。ジェネシスの匠』


 にっこりして、藍王は言った。


『ぼくと銀狼は、それは強い絆で結ばれているもの。部外者の君がいくらがんばっても、虚しい努力と言うものだよね。それでも夢を見る事は、人間の特権だと思うよ。かなわなくても、夢を見る事は自由だものね』


 ……。

 むっちゃ大人げねえ〜!

 青年たちは心の中でそう叫んだ。


「こ、この腐れAI〜〜〜っ!!!」


 叫んで匠がスクリーンに突進する。すると、ヴン、と音を立ててスクリーンが消え、別の場所にぱっと現れた。


『やだなあ。ぼくまだ若いし、腐ってなんかいないよ?』

「発言が腐りきってるんだよっ、イカレAI!」


 そちらに匠が突進すると、またスクリーンが消える。離れた場所にぱっと現れる。


『ぼくは、ぼくの可愛い銀狼について発言しているだけじゃないか、ジェネシスの匠。ふふふ』

「所有格で彼を語るなあっ!」

「匠!」

「匠さんっ! もうその辺でっ!」


 栄と高橋が、匠に飛びついて止める。頭脳明晰な美少年であるジェネシス参謀は、顔を真っ赤にしてじたばた暴れた。


「はなせ、栄、高橋っ! あの腐れAI、殴ってやらないと気がすまないっ!」

『ふふふ。彼の個人情報、ぼくだけが知ってるし』

「かあっ! このこのこの!」

『困った顔も、ちょっと笑った時の顔も、ぼくは、よおーく知ってるんだ〜』

「殺す! 貴様ぶち殺す〜〜〜っっっ!」


 テロよりも何よりも、今ここでネオ・アンゲルスは崩壊しそうだ、と栄は思った。

 その時、魔女=藍王の動きが突然凍りついた。


『テロリストから通信が入った』


 告げられた言葉に、匠も黙った。全員がスクリーン上の美少女を注目する。


『警備の者を全員退去させろって……何か声明を出したいみたいだね。人質は今の所、全員無事……護衛には、かなり被害が出てるけど』


 藍王は高波に目をやった。


『任せて良いかな。ぼくは向こうに行くよ』

「はい。力を尽くします」


 高波はにこり、として言った


『ジェネシスの人たちも、頼むね。でも無理はしないで。危険だと思ったら、すぐに逃げて』

「そこまで危険?」


 匠が尋ねる。魔女=藍王は答えた。


『今もぼく宛にウィルスやワームがぞろぞろ来てる。ハイパーネットも妙なの送られてると思う。できる限りカットするけど、取りこぼしが出ないとも限らない。……それこそメイヴ型がばら巻かれる可能性もある』

「ならとっとと行って、隆也さんを連れてきてくれる? こっちはこっちで何とかするから」

『ありがとう。それじゃあ』


 スクリーンが消える。匠はジェネシスの青年たちの方を向いた。


「さて。じゃ、間抜けな総長の為にも働かないとね。ぼくらの動きで隆也さんが助かる。行くよ、みんな。こき使ってあげる。精々感涙にむせんで役に立ってよね!」

 おー! と声が上がる。


「ジェネシスって、そういう集団だったんですねえ……」


 そこで高波が悪意なくそう言った。拳を振り上げていた青年たちは、このコメントに本気で泣きたくなった。


切り込み隊長のはずですが、総長と参謀が暴走する場合、止めるのは栄の役目。背中の『不退転』は実は、二人を止める覚悟ではないかと、ひそかに噂されています。

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