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天使は街に舞い降りて  作者: ゆずはらしの
第三章 テロリストと幻惑のワルツを
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3.テロリストと幻惑のワルツを 5

間があきすぎで申し訳ありません。しかも今回、短いです。

 自分の体が嫌いだった。鍛えても鍛えても、なかなか筋肉がついてくれない女の体。やっとついた筋肉も、気を抜くとすぐに落ちてしまう。腕の長さも、足の長さも、伸びない。足りない。V.S.(ヴィス)の反応と、どうしても違ってしまう現実リアルの肉体。

 男なら、もう少しうまく動けるのではないか。

 もっと速く。もっと鋭く。もっと重く。もっと圧倒的に。

 霧人の、あの動きを。再現できるのではないか……。

 その思いが消えない。何をしていても。

 だから鍛える。さらに強くなろうとする。反応速度を上げようとする。

 結果、骨は太くなり、肩幅は広くなり。柔らかさや繊細さのない体となってゆく。自分のシルエットがこの年齢の少女にしては、直線的すぎる事を柚香は自覚していた。中性的と言えば聞こえは良いが、要は女らしさのない体つきと言う事だ。

 それでも人間は、見たいものを見る生き物だ。

 やわらかな曲線を描くリボンと花飾り。ブラッシングで艶を増しているだろう髪。磨かれた爪。ほどこされた控えめな、けれど美点を強調してくれる化粧メイク。直線的な体つきであるからこそ映えると選ばれた、大きめの飾りがついたドレス。

 この道具が、自分を無力に見せてくれる。

 後は動きをそれらしくし、声を細くする。それだけで牙など持たない、幼さの残る少女だと、男たちは自分を見てくれるだろう。


『ワルツを踊るように』


 ふと、そんな言葉が脳裏に閃いた。


『動く時には、ワルツを踊るように。流れる音楽のように優雅に。急いではなりません。ゆったりと動きなさい。がさがさとした動きは、ドレスのシルエットを崩し、不作法な印象を与えます……』


 礼儀作法の教師の言葉だった。流れるように動く。素早さではなく、優雅さの為に体を使う。

 背筋はまっすぐ。歩く時には頭がぶれないように。動く時には、穏やかに、優雅に見えるよう。手首から先だけを動かす動作でも、肘から肩までの筋肉を意識して使う。指先一つ一つまで神経を通すように。見られていない所でも、背中は常に緊張させる。それが頭を上げ、背筋を伸ばしたシルエットを美しくさせるから。

 本物のお嬢様なら、誰でも知っている。優雅な動きというのは、腹筋と背筋を必要とするものなのだ。



「なんだ、座ってろ!」


 ふらりと立ち上がった少女に、銃を持った男は威嚇いかくの声を上げた。


「あの……、」


 怯えたように体を強張らせ、少女は胸元で手をにぎりあわせるようにした。


「あの、……お願いが」

「柚香さま」


 側にいる別の娘が小さく、不安げな声を上げる。


「あの……化粧室に、行かせて下さい」

「ああ? なに化粧なんて考えてやがんだ、おまえ!」


 男が何か言いかけたのを、ミハイルが止めた。


「ケヴィン。そうじゃねえ。お嬢さまはションベンしたくなったんだとよ」


 覆面をした若い男は体の動きを止めると、「はあ?」と妙な声を上げた。


「なんだそりゃ」

「上流のお嬢さまは、下品な言葉が使えねえんだよ。けど食うもん食ったら、出るもんは出るよな」


 ミハイルが言い、柚香はうつむいた。男たちの目にはそれは、年ごろの少女が恥じらっているように見えた。笑い声が上がり、若い男がにやにやして、柚香の顔をのぞき込もうとしてきた。


「そりゃそうだよなあ。なあ、ミハイル。ここで垂れ流しにさせてみようぜ。いつも気取ってるお嬢さまには、良い薬だろ」

「よせよ、ケヴィン。漏らしたら臭えだろ」


 他の一人が言って笑った。


「あーあ、震えちゃって。我慢できなくなってんのか?」


 うつむいたままの柚香に、ケヴィンと呼ばれた男が手を伸ばしてくる。


「おい、やめろ!」


 男たちの方から声が上がった。柚香は舌打ちをしそうになった。隆也の声だ。この程度、我慢できる。黙っていれば良いものを!


「ああ? 黙って座ってろよ、お坊っちゃま」


 案の定、男たちが鋭い視線と銃口を彼に向ける。緊張が走った。


「おい、よせ。騒ぎを起こすんじゃねえ」


 のんびりした風にミハイルが言った。仲間の構える銃に手をかけて下ろさせると、膝立ちになっている隆也の前に立つ。


「まだ坊やじゃねえか。彼女の為にナイト気取りかい? カッコ良いねえ。だが状況を考えな。座れよ、お坊っちゃま」


 そう言うなり、無造作に腕を振るって隆也を殴り飛ばす。まともに受けた青年は、背後に倒れ込んだ。

 テロリストの男たちが、声をあげて笑う。


「……!」


 頭に血が昇り、跳ね起きようとした隆也だったが、誰かにぐっ、と肩をつかまれた。


「逆らうな。彼女を殺す気か」


 ささやき声で言われる。見上げた先に、間宮と名乗った男の顔がある。はっとなり、柚香の方を見ると、こちらを見ている少女と目が合った。

 醒めた目をしていた。


「なんだ。ビビッたか? これだからヤワなんだよ、お坊っちゃまってのは。彼女の前で、良い格好したかったんだろ、ああ?」


 ミハイルが呆れたように言った。下卑た笑いがまた上がる。隆也は悔しげに唇を噛んだ。だが、どうすれば良いのかわからない。確かに、迂闊な動きはできない。下手な事をすれば、ここにいる全員が皆殺しになる。

 自分を殴り、侮辱した、目の前の男をぶっ飛ばしてやりたい。

 だが、できない。

 怒りを押さえ、顔を伏せると、はやし立てる声が上がった。


「なっさけねえ。もう終わりか」

「ママ~。ボク、怖いんですぅ~ってか?」

「タマついてんのか、おまえ。はっは!」


 ゲラゲラ笑う男たちの前で、ミハイルも肩をすくめてみせる。煮えくり返る腸を自覚しながら、隆也は拳を握りしめた。


「やめて下さい!」


 そこで少女の声がした。柚香だ。はっとなって顔を上げると、いかにも暴力に怯えた風な表情で、胸の前で手を組み合わせている彼女の姿が目に入った。


「もう、やめて下さい。お願いします……」


 声を震わせ、泣きそうな表情で、ミハイルにすがるような目を向ける。それでいて、上品な清楚さは失われていない。暴力を振るわないでくれと訴える健気さは、男なら思わずほだされそうな、庇護欲をそそられる風情をかもしだしていた。

 演技賞ものだと隆也は思った。


「あ~。泣きなさんなよ。ちっとイジメすぎたかね。おまえら。お嬢様が怖がるから、もうやめとけ」


 ミハイルが苦笑気味に言った。


「心配しなさんな。俺たちは紳士だって言っただろ。変な真似さえしなけりゃ、な~んも怖い事はないさ。なあ、みんな?」


 仲間に言うと、男たちは気のなさそうな同意の声を上げた。


「それに、親切でもある。化粧室だったな? 行って良いぞ。おい、ハンス! ついてってやりな」

「俺?」


 男の一人が自分を指さしてから、柚香の方にやって来た。


「妙な真似したら……」

「怖がらせるなって。いかつい男つきで、お嬢さまには悪いんだがね。一人では行かせられない。それはわかるな?」


 ミハイルの言葉に、柚香はうなずいた。それから、恐る恐るという風に言う。


「あの、……もう一人、一緒に行きたいんですが。二人でも、よろしいでしょうか……」


 心細げにミハイルを見る。男は肩をすくめた。


「あー、まあ良いだろ。ハンス、大丈夫だな?」

「はい」

「なら、連れてけ」


 柚香はこの返事を聞くと、みどりの方に身を屈め、手を差し伸べた。みどりはすぐに柚香の手を取って立ち上がった。


「ありがとうございます、柚香さま」


 泣きそうな顔で小さく言う。柚香も小声で返した。


「いいえ。大丈夫?」

「はい……」


 二人で抱き合うような格好をしていると、「早くしろ」とハンスに言われた。柚香とみどりはハンスの後について、広間から出る為に歩きだした。



*  *  *



「人質がどの辺りに集められているのか、正確な情報が欲しい。どうにかならんか」


 宮の言葉に河南は答えた。


『こちらで攪乱を解除した。熱源サーチ使えるぞ』

「どうやったんだ……」

『裏技を使った』


 なんだ、その裏技ってのは。そう思ったが、部下のオペレーターが慌てた口調で、「熱源、感知可能になりました!」と叫ぶのに、肩をすくめた。


「ありがたいね。ついでに他のも何とかならんか」

『ほぼ解除できてるはずだ。確認してみろ』

「マジでどうやったんだ……」


 こちらのオペレーターが悪戦苦闘して、解除できなかったのに。


『『藍王』がスカウトしてきた人材だ』

「優秀なんだな。何かあったら、うちにも貸してくれよ」

『機会があればな。後の指揮はそちらに任せる。人質を無事、救出してくれ』

「任せろ」


 宮はにやりとしてから通信を切った。


「さて。忙しくなるぞ」



《ネオ・アンゲルス・シティ情報統括部 本部》



「腕が良いと褒められていたぞ、君たち」


 河南の言葉に、へっ、と笑う声がした。


『とうぜーん』

『チョロイもんだったぜ?』

『ってか、もっとムズいの持ってきてよ。すぐ解析できちゃったよ』


 声はいずれも、仮想空間からモニター越しに響いてくる。十代の少年少女の声だ。


『そんで、いつまであたしたち、ここにいれば良いワケ?』

「まだ危機的状況が続いている。悪いがしばらく待機していて欲しい」

『りょうーかい。ちょっと寝てるよ』

『あ~、ピザ食いてえ、ピザ!』


 モニター画面に移るV.S.ヴィスは、『藍王』が見つけてコンタクトを取り、協力を依頼|(というより脅迫)したハッカーたちだ。


「お子さまは元気ですね」


 河南の部下の白井が、理知的な顔に疲れた表情を浮かべてつぶやいた。彼女は、彼らのお守りのような役割を回されている。あれが欲しい、これを持って来いと騒ぐ少年少女の相手をし続けてきた。


「彼らの現実リアルの肉体は……」

「既に保護下にあります。それぞれ警護をつけ、こちらに搬送させました」

「ずっとログインしたままだが、大丈夫なのかね」

「現実の肉体のままでは、反応速度が鈍くなるそうです。どうも普段から、長時間のログインを続けているようですね」

「確かに、反応速度はすごかったな」


 あっという間にテロリストが使用していた妨害装置を分析・解析し、無効にするプログラムを組んでしまった三人に、河南は内心舌を巻いた。


「だが、健康には良くない。ログインする時間には規制が設けてあるだろう。どの同調装置にも、一定の時間になったら強制的に停止する機能がついているはずだ」

「解除するのは彼らにとって、簡単な事ですよ」


 言われた言葉に河南は眉をしかめた。


『なあ、コーラは? コーラないの』

『あたしは焼きそば食べたい~!』

『ピザ! ピザ! ピッザッ!』


 三人のハッカーは、そんな会話が交わされているとも知らず、騒いでいる。


「彼らの健康に関しても、君に任せるよ、白井君。適度に休憩を取らせ、現実リアルの食べ物を食べさせてやってくれ。バーチャルの食べ物ではないぞ」

「わかっています。スケジュールはきっちり管理して、時間になったら叩き起こし、口の中に食事を突っ込みます。ジャンクフードではなく、健康に良いものを。彼らの今までの食事を調べてみましたが、ひどいものでした。炭水化物と肉、過剰な糖分。ひたすらそればかりです。わたくし、健康食のサイトを検索して、『青汁』の作り方を学びました」


 きっぱりと言われた言葉に、河南はうなずいた。白井は面倒見の良い女性だ。どれほど彼らが生意気でも、断固として青汁を彼らに飲ませるだろう。

 ちょっとばかり、気の毒になった。『青汁』と呼ばれる野菜ジュースを河南は以前一度だけ、健康マニアの知人に飲まされた事がある。知人は『これで病気知らずだ!』と豪語していたが、河南はその味の奇天烈さに、あの味の衝撃で、体が健康にならなければと必死になるのではないか、と思った。

 十年続けて飲んでいるその知人がやたら元気でエネルギッシュなのを見ると、効果は高いのかもしれないが。


「最近の青汁は、何を使っているのかな」

「基本は、数種のハーブと生野菜です」

「ハーブ……」

「そのままでは口が曲がりそうに苦いものもありますが、レモン汁やリンゴ果汁、オリゴ糖などで緩和し、飲みやすくします。わたくしが知っているのは、『ニュー青汁ホライズン』と呼ばれるレシピですが」

水平線ホライズン……」


 何だろう。青汁の歴史に新たな水平線が見えたとか、そういう意味だろうか。


「コンブやワカメも入れますので」

「ああ、そう」

「スッポンのエキスも入ります」

「……ああ、そう」


 どんなジュースだ。


「ところで、白井君。あれは何かのファッションなのか?」

「は?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人のV.S.ヴィスを眺め、河南は尋ねた。


「ああいうのが、最近の流行りなのか」

「そうかも知れませんね」


 騒ぐ三人のハッカー。彼らの頭上には三人が三人とも、じりじり燃える蝋燭が輝いていた。



*  *  *



「サーチ終了。突入部隊にデータを転送します」

「配置完了しました」

「チャーリーチームよりデータ入りました。テロリストの識別信号解析完了」

 次々とオペレーターから上がってくる報告に、宮はうん、と伸びをした。

「これでやっと格好がつくな。配置図は? あーん……ホールに集まってんなあ。どうやってバラけさすかね……」


 顎を掻いてから、宮は言った。


「音もなく忍び寄るニンジャと、大男に立ち向かっていったダビデと。どっちが良いと思う?」

「どちらもあれば完璧では?」


 呆れたようにオペレーターから返事があった。


「だよな。じゃ、作戦名は『ジャックと豆の木』な」


 全然関係ないじゃないか。と聞いていた者は皆、思った。



 成島はガードスーツに身を包み、合図を待っていた。会場内の見取り図は、既に頭にたたき込んだ。突入部隊は通気ダクトなどを利用し、密やかに、しかし確実に、テロリストを仕留める。

 そうして人質が多数いるホールに、最期に突入する。

 肩が痛む。だがその痛みを成島は無視した。


『作戦開始の指示が出た。行くぞ』


 突入班リーダー、シュミットの声がした。


『『豆』部隊、潜入開始。『斧』、『牛』、『母』はそれぞれ、打ち合わせどおりに動け。巨人を倒すぞ。作戦名『ジャックと豆の木』を開始する』



*  *  *



「変ね」


 小さくつぶやかれた言葉に、隆也はそちらを見た。間宮はさりげなさを装いながら、ミハイルを見ていた。


「何が」

「テロリストのリーダー。おかしいわ。さっきから観察してたんだけど」

「どこが」

「他の仲間と雰囲気が違う……って言うのもあるけど。要求がなさすぎる」

「したじゃないか」

「最初にね。でも普通、もっと催促するわ。なのに……」


 間宮は眉をしかめた。


「どうしてあんなに、時間を気にするの?」


 隆也が視線を転じた先で、ミハイルは腕につけた時計を確認している所だった。



後から修正入れるかもしれません。とりあえず、出来た所まで。

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