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018 は~れむ♡

 それから、麗は学校に戻り、璃音と柊は家に帰った。


 璃音は強い執着を柊に見せてはいたけれど、どこか罪悪感もあったのだろう。一番最初に柊を殴った時に、璃音は申し訳なさそうな顔をした。それがいけない事だという事は、璃音にも十分わかっていたのだ。


 きっと自分を殴った璃音を、柊は受け入れてはくれない。好きと言っても、愛してると言っても、そんな女は怖くて近付けない。


 だから、璃音は柊を脅す事にした。


 脅して、殴って、執着を見せて、愛を囁いて、自分が特別な存在であると柊に刷り込ませようとした。


 怖いから逆らえない。そんな状態の中に、一握りの愛を璃音に向ける。そうすれば、柊はずっと璃音と一緒に居てくれる。この嗜虐的な心をきっと受け入れてくれるようになる。


 両親からの愛が無かった訳じゃない。両親は璃音を愛している。


 誕生日には帰ってきてくれるし、ケーキだってプレゼントだってくれる。


 皆で遊園地にも行くし、旅行にだって行く。


 父はライブが好きだからよく連れて行ってくれるし、母はケーキが好きだから美味しいケーキ屋さんに連れて行ってくれる。


 自分は愛されている自覚がある。


 自分が歪んでいるなんて、今まで思わなかった。


 なんでこんなに、柊が傷付く姿を見て興奮するのか分からなかった。


 でも、理屈が無くともとにかく好きだった。大好きだった。深く、愛していた。


 だから欲しかった。柊が、どうしても。


「……呆気無かったなぁ……」


 分かっていた。柊を心底から信じていて、柊のためなら自分が泥を被るのを厭わない。そんな人物が現れれば、この関係は破綻してしまう事くらい。


 何があっても柊の隣にいてくれる人物。そんな人物いないと勝手に思っていた。


「あれ、王子も好きなんだろーなぁ……」


 柊に見せる執着。そして、その目の持つ()


 自分と同じものを、麗の目に見た。


「あーあ……一歩リードどころか、大っきなハンデあげちゃったぁ……」


 今回の事で、柊の気持ちは麗に傾いているだろう。璃音よりも信頼していてもおかしくはない。


 けれど、逆転の目はある。


 柊は璃音とクラスメイトからやり直そうとしている。それは、柊の弱さであり甘さだ。


 何があったのかは知らないけれど、柊は他人を近付けたくないくせに他人を拒絶したがらない。ポーズだけだ。本当は、心底他人に関心がある。


 どことなくそんな感じはしていたけれど、今日語った内容で確信に変わった。


 ただ、璃音が思っている以上に、柊の闇は深い。それこそ、自分の性癖なんかよりも、ずっと。


「……柊ちゃんって、中学どこだっけな」


 柊ちゃんと、誰もいない時であれば呼んでも良いだろう。それくらいは許して欲しい。


「…………気になるー」


 璃音はスマホを持つと、片っ端から知り合いに『若麻績柊って知ってる?』と尋ねた。


 知りたい。全部知りたい。大好きだから、愛してるから。だから、止まる気はない。


「最後にウチを選んでくれればそれでいーよ」


 にひっと笑みを浮かべる。


 まったく、懲りていなかった。



 〇 〇 〇



 麗は少し遅れて部活に行くと、熱心に部活に打ち込んだ。


 遅れた分を取り戻すという理由もあるけれど、最近は部活のメンバーに対して不誠実な行動が多かった。


 その失態は自分の甘さが原因であり、自分の心の弱さが原因である。


「ふっ! ふっ! ふっ!」


 基礎中の基礎である素振りを、心頭滅却するように打ち込む。


 弱さも、甘さも、全部捨てる。


 そんな勢いで、麗は竹刀を振るう。


 中学ではこんな事は無かった。きっと、柊と出会って、柊が隠していた自分を受け入れてくれていたから、柊に甘えてしまっていたのだ。


 好きと甘えるは、きっと違う。


 好きだけど、甘えない。迷惑をかけない。相手をちゃんと思いやれる、そんな自分のまま柊を好きでありたい。


 だから、今まで以上に頑張らないと駄目だ。柊を護れるように。自分を護れるように。


 勉強も部活も、もっと頑張る。


 一個許して貰えただけでこんなに緩んでしまっては駄目だ。それでは、父さんに顔向けできない。いや、毎日顔は合わせている訳だけれども。そう言う事ではなく。


 麗を信じて少女趣味を許してくれた父さんに報いたい。きっと、内心ではまだまだ不安だろうから。


 強く、強く、もっと強く。


 覇気すら感じられるくらいの姿勢と勢いで素振りをする麗を見て、剣道部のメンバーは思わず見惚れてしまっていた。


「王子、なんか気迫が凄い……」


「そうね……」


「なんか、王子というより、最早武士……?」


「でも、格好いい……」


「今まで以上の気迫。鋭い視線がまたよし」


 一年生は戸惑いながらも、麗の頑張る姿を好意的にとらえる。


「なんか最近ちょっとやわってしてたけど……またビシッてなったね」


「大会どうなるかと思ったけど、これなら安心だねぇ。頼りになるなぁ、王子は」


「馬鹿。一年に引っ張ってもらってどうすんのさ。先輩であるアタシらが引っ張ってくんだろ?」


「まーま、気持ちも分らんでも無いからさ。最近の王子、なんか不安定っぽかったし」


 先輩達からは安堵の声を貰う。


 浮かれたり、凹んだり、落ち込んだり。なんて忙しそうにしていた麗だったけれど、ここにきてまた真剣に打ち込み始めた事に、少しだけほっとしているのもまた事実。


 可愛い物を解禁された麗は、打ち込む意気込みが可愛い物の方にも流れてしまっていた。そのため、どうにも身が入らない様子だったのだけれど、今回の事でどっちつかずが一番悪い事に気付いた。


 何事にも、真剣に打ち込む。


 もう揺らがない。友達として、柊と一緒に居るために。璃音に弱味なんて見せないために。



 〇 〇 〇



 家に帰った柊はまず正座をさせられた。


 そして、怒髪天を衝いた様子の葉奈にこんこんと説教をされた。


 どうやら菜月が葉奈にチクったらしく、葉奈は留まるところを知らない怒りを原動力に二時間半の説教を柊にした。隣で映画を見ていた叔母がエンドロールを見終わったあたりでようやく止めに入ったところで、説教タイムは終了した。


「まったく! 本当にまったくもう! なんで化粧なんてしてんのかと思ったら、怪我を隠すのが理由だったなんて……!!」


「え、メイク気付いてたのか?」


「当たり前でしょ! 素人の目は誤魔化せても、私の目を誤魔化せると思わない事ね!」


 どうやら早い段階で気付いていたらしい。


 無駄に早起きをしたり二人に会わないようにしていたのが馬鹿馬鹿しく思えてしまい、柊は思わず溜息を吐いた。


「溜息を吐きたいのはこっちよ! あんた自分がなんでこっちに引っ越してきたのか忘れたの!?」


「いや、忘れてないけど……」


「けど今回の事は二の舞でしょ!? まったく、そうやって何でもかんでも一人で抱え込んで……!!」


 余程頭に来たのか、葉奈は柊の頭を勢いよく叩く。


「いたっ!? ぼ、暴力反対!!」


「愛の鞭よ!! 馬鹿!! それと、あんた霜村にもちゃんと謝んなさいよ!! 泣きながら電話して来たんだから!!」


「うっ……」


 迷惑をかけた自覚はある。加えて、泣きながら電話をしてきたとあれば、流石に申し訳ないと思ってしまう。


「わ、分かってる。ちゃんと謝る……」


「それと! 一個、なんでも言う事を聞いてあげる事! 良い?」


「な、なんでも?」


「なんでも。なに? 迷惑かけた相手にそんな事も出来ないの?」


「うっ、わ、分かった……」


「よし」


 柊が頷いたのを見て、葉奈は満足げに頷く。


「あんま心配かけんな。今は私が居るんだから」


 安心したようにそう言って、柊の頭を撫でてから葉奈はリビングを後にした。


「……うん」


「そうだぞー。私もいんだからな」


「叔母さんは……うん、頼りにしてる」


「ちょっと! なんでそっぽ向きながら言うか!」


 騒ぐ叔母を適当にいなしてから、柊は部屋に戻る。


 たった一言麗にありがとうとメッセージを送ってから、柊はベッドに倒れ込む。


 疲れていたのだろう。柊は直ぐに眠りについた。


 何も考えずに眠れた。それが、ちょっとだけ嬉しかったりした。



 〇 〇 〇



「ヒイラギちゃーん! こっちもおねがーい!」


「は、はーい……」


 どうして。どうしてこうなった。


 心中で柊は涙を流す。


 葉奈に、菜月の言う事をなんでも一つ聞いて上げろと言われ、本人にその事を伝えれば即座にこう言った。


「っじゃあ今日からうちでバイトね!!」


 嬉しそうに、心底嬉しそうに、菜月はそう言った。


 結果、現状である。


 柊はメイド服に身を包んで、ホールで忙しなく配膳をしていた。


「似合ってるよ、ヒイラギちゃん!」


 ひーこら言いながら仕事をこなしている柊に、菜月がいたずらっぽい笑みを浮かべながら冷やかすように声をかける。


「キッチンって言った! キッチンって言ったのに!」


 涙目になりながら、柊は抗議する。


「だんめだんめ! 折角良い顔してんだから、キッチンじゃないと! それに、何でも言う事聞くって約束だもんね?」


「うっ……」


「あたし、すっごい気をもんだなぁ……誰にも言えずに、悩んだなぁ……」


「佐倉に言っただろ!」


「苦肉の策だったんだよぉ。あたしのガラスのハートが限界を迎えた結果と、王子の思いの強さの結果なんだよぉ。あーあ、しんどかったなぁ……」


 ちらり、ちらりと視線を向けてくる菜月。


 もちろん、冗談だ。それは柊も分かっている。けれど、しんどかったのは本当だろう。


 色々言いたい事はある。けれど、まずは言わなければいけない言葉がある。


 柊は手に持っていたお盆で口元を隠して、恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。


「あ、ありがとう……その、色々と……」


「ぐはっ!?」


「は、はぁっ!?」


 お礼を言った瞬間、菜月は胸を抑えて膝から崩れ落ちた。


「だ、大丈夫ですかなっちゃん氏――――!!」


「傷は浅いですぞ、なっちゃん氏!!」


 近くに居た客が菜月を心配する中、菜月は何とか立ち上がる。


「危なかったわ……流石、あたしのベスト・オブ・ベスト。悪魔的な男の娘ね……」


「いや……なに言ってんの?」


「ふぅ……いえ、なんでも無いわ」


「こら! 二人とも! 喋ってないでちゃきちゃき働く~!」


 店長がぷんすこ怒った様子で二人を注意する。


「はーい。まぁ、なんにせよ、よろしくね。ヒイラギちゃん」


「……おう」


 不服そうながらも、柊は頷く。


 バイト先、『メイド喫茶 は~れむ♡』に決定。


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