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014 ライト・ソウル

 誰もいなくなった学校から帰路につき、自室に入ってベッドに飛び乗る。


「……しんどい」


 ぽつりと弱音を吐いて、枕に顔を埋める。


 今日の事でクラスメイトの心に疑念が生まれたのは確実であり、麗と璃音の両名と浅はかならぬ関係であると勘ぐられているのも明白だ。


 何故だか柊に固執している様子を見せる麗。


 柊の事を歪んだ好意で束縛しようとする璃音。


 タイプは違えど、両名は柊にとっては厄介で面倒な存在だ。


 もっと上手く立ち回っていれば、こんな面倒な事にはならなかっただろう。


「……学校行きたくない……」


 とは思うけれど、恐らく学校に行った方が傷痕は小さい。


 学校に行かずに一度不登校になってしまえば、不登校児という扱いになり、完全に腫れ物のように扱われるだろう。それに、一度挫けてしまえば立ち直るのには時間がかかる。それは、経験則で分かっている。


 麗が変に絡んでくるのは正直慣れてきてしまっていた。けれど、璃音があそこまで我を出して来るとは思っていなかった。いや、その懸念はあったけれど、考えないようにしていたというのが正しいかもしれない。


「……どうすっか」


 寝返りを打ち、柊は天井を仰ぐ。


 それに、意識を失う直前に咲綾は柊の化粧に気付いたような様子を見せていた。


 咲綾の方も気を付けないといけないだろう。


「……めんど」


 今度こそ上手くやろうと思ったのに、早々に躓いてしまった。


 静かに、平穏に、やり過ごすつもりだったのに。


 これからどうしよう。


 考えるのは面倒くさいけれど、それは絶対に考えなければいけない事だ。なあなあにして流して良い問題じゃない。


 煮詰まった思考を更に煮詰まらせていると、ぴこんっとスマホが通知音を鳴らす。


 画面を見てみれば、相手は麗だった。


『今日はごめんなさい。もう、会わないようにします。荷物も、面倒をかけるけど着払いで送ってください』


 シンプルにそれだけだった。


 今日の事を気に病むにしてはやけに後ろ向きすぎる言葉。


 大丈夫だった? 体調はどう? などの言葉も無い。そこに、違和感を覚える。


 けど、だから何だ。これ以上の面倒が無くなったと思えば良いじゃないか。


「分かった」


 たった一言だけ返事をして、柊はスマホを置く。


 璃音の事だ。きっと麗にも圧をかけたのだろう。どういう圧をかけたのかは分からないけれど、きっとろくでもない方法に違いない。


 けど、麗が引けば璃音は柊だけを見るはずだ。そうすれば、璃音の攻撃性は柊だけに向く。


 それはそれで良いことだとも思う。何せ、自分以外の誰も傷つかないのだから。


 自分が我慢をすれば済む話になったのであれば、もう何も考えまい。


 麗が自分を避けて、璃音が自分を独り占めにするだけであれば特に問題は無い。柊にとって、麗が璃音と対立をして問題が発生する方が話がややこしい。


 だからといって、現状に納得している訳では無いけれど。


 柊はお腹を押さえるように身体を丸める。


「胃薬買っとこ……」



 〇 〇 〇



 朝早くに起きて、傷を隠すために化粧をして、柊は何も言わずに家を出る。


 学校に行くのはしんどいけれど、叔母や葉奈に心配をかけないためにも学校には行かなくてはいけない。


 扉を開けるのを一瞬躊躇いながらも、柊はゆっくりと教室の扉を開ける。


 数名が一瞬沈黙するものの、直ぐに自分達の話に戻る。けれど、視線だけは柊を見ており、彼等の話題が自分に移っている事は明白だった。


 イヤホンを付けたまま、柊はスマホをいじる。


 聞こえなければ、聞いていないのと同じだ。


 聞こえなければ、見なければ、意識を向けなければ、気にならない。


 そう自分に言い聞かせながらスマホをいじっていると、自身の机をとんとんっと叩かれる。


 びくっと大袈裟な程に身を跳ねさせながら、机を叩いた者を見やれば、そこに居たのは柊にとっては意外な人物だった。


 ()は自身の耳を指差してイヤホンを外して欲しいとジェスチャーで伝えてくる。


 柊は慌ててイヤホンを外す。


「な、なに? 何か、用?」


 声をかけてきたのは、柊を林間学校に誘ったイケメンの男子生徒だった。


「いや、昨日貧血で倒れたろ? その後に気付いたんだけどさ……」


 言いながら、彼は手に持った林間学校のしおりを柊の机に広げる。


「寝る場所どこが良い?」


「え?」


 身構えていた柊は思わず呆けた声を出してしまう。


「いや、な? 今、端っこ争奪戦になってんだよ」


 言いながら、しおりをとんとんっと指差す。


「上の段で四人。下の段で四人。それが左右で一つずつなんだわ。で、俺達は上の段を獲得した訳なんだが、藤馬(とうま)宗次郎(そうじろう)は端っこが良いって言うんだ」


「は、はぁ……」


「んで、俺も勿論端っこが良い。両隣野郎よりかは、片方が野郎の方が良いに決まってるからな」


 確かに、朝目が覚めたら目の前に野郎の顔があるのはちょっと嫌だ。それが友達であっても、朝の気分は最悪だろう。


「きっと皆同じ思いだろうから、正々堂々、四人でじゃんけんでもしないかという事になった。若麻績もじゃんけんで決めるのに異論は無いか?」


「な、無いけど……」


「よし。じゃ、後でじゃんけんで決めっか」


「うん……」


 話はこれで終わり。そのはずなのに、彼は柊の離れずにそのまま前の席に座る。


 さっきのは話をする切っ掛けとしての話題で、本題は昨日の事を聞く事なのだろうと警戒をする柊。


「なぁ、若麻績ってライト・ソウルってゲームやってるか?」


「は? え、やってる、けど……?」


 ライト・ソウル。それは、少し前に発売されたゲームで、いわゆる死にゲーと呼ばれるジャンルのゲームになる。因みに、リマスター版なので元々は一代前のゲーム機のゲームソフトになる。


 難易度は高く、敵はモブキャラでも強かったり、ボスが初見殺しの技を使ってきたりするけれど、対策等をしっかりとすれば攻略できるゲームとなっている。


 柊は既にクリアをしていて、マルチエンディングとなっているのだけれど、その全てを回収している。


「まじ? あれこの間買ったんだけどさ、むずくない? なんで狭いエリアのボス戦で犬が出てくんの? あれボスより犬の方が強いだろ」


「あ、うん……それ、皆言ってる」


「だよな! あれはマジでない。初心者殺しだわ。若麻績はどーやって倒したんだ?」


「……俺は、鎧着込んでよろけなくさせてから、途中で拾えるクレイモアっていう大剣で一気に倒した」


「は、そんな事できんの?」


「後は、入り口の外から爆弾投げて倒す事も出来るみたい……」


「は!? まじ!? あー、でも、せっかくなら自分で倒したい……」


 ちょっと待ってろ。そう言って、彼は自身の机に行ってリュックの中を漁る。


 そして、手には携帯ゲーム機を持って戻ってきた。


「俺、Swach(スウォッチ)版買ったんだよね。その鎧とクレイモアってどこにあんの?」


 隣に移動し、画面を見せながら操作をする。


「あ、うん……えっと、まずは大橋まで行って……」


 戸惑いながらも、柊は鎧と武器の獲得方法を教える。


 その後も、柊は武器の取り方や隠しアイテムの場所などを教えた。


 死にゲーらしく、彼は何度も死んでいたけど、ぐぬぬと呻きながらゲームを進めていた。


 負けず嫌いなのだろう。悔しがりながらも、諦める素振りは見せない。


 そうしてゲームをしている内に、予鈴が鳴ってしまう。


「げっ、もうそんな時間? くっそー……なぁ、若麻績」


「な、なに?」


「休み時間にまた教えてくんね? こいつだけどーしても勝てなくてさ」


「い、良いけど……」


「よっしゃ! あんがとな!」


 じゃーなーと手を振りながら、彼は自分の席に戻って行った。


 特に詮索をしに来た訳でも無い、のだろうか? それはまだ分からないけれど、一つだけ分かる事がある。


 彼はゲームが好きなのだろう。ライト・ソウルはそのゲームの難易度の高さから程よい爽快感を味わいたいライト層のゲームプレイヤーはまず手を出さない。


 ただ、気になって買ってみるという者も決して少なく無いだろう。


 たまたま手を出したのか、あるいは元々そう言うゲームが好きだったのかは分からない。


 けれど、ゲームに熱中する姿勢を見ていれば分かる。彼はゲームを楽しんでいた。


 普通にゲームを進めたかっただけなのだろう。と、思いたい。


「楽しそうだったね」


「――っ」


 突然声をかけられ、ぴくっと身体を震わせる。


「柊ちゃんが楽しそうで、ウチも嬉しいよ」


 にこっと笑みを浮かべながらそれだけ言って、璃音は自分の席へと向かう。


 それで、現実に引き戻される。


 上げていた顔を慌てて俯かせ、誰の目も見ないようにする。


 イヤホンはもう付けていない。誰の声が勝手に耳に入って来る。


 気にしないようにしながらも、自身を隔てる物が無くなってしまったから、意識を他の物に必死に向ける。


 それが、やっぱり苦痛だった。


 ホームルームが始まるまで、柊はずっと俯いてスマホを眺めていた。ちっとも、心は休まらなかった。


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