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009 デート 1

 待ちに待っていないデート当日。


 柊は最寄り駅にて璃音を待っていた。


 現地集合でも良くないかと思ったし、実際に言ったのだけれど、璃音は最寄り駅で待ち合わせをすると聞かなかった。もめても面倒だし、またビンタされても嫌なので、柊は璃音の提案に大人しく従った。


 おしゃれな恰好をしてきてと言われ、自分に出来る精一杯のおしゃれをしてきたけれど、コーディネートに自身がある訳でも無いので、自分の恰好がおしゃれなのかいまいちわからない。


 難癖付けられたらどうしようと思いながら璃音を待っていると、不意に肩をとんとんと叩かれる。


 振り向けば、そこには随分とめかし込んだ璃音が立っていた。


「ふふ、感心だね。彼女よりも先に来てるなんて」


「たまたま早かっただけだ」


 時間前に来ていないとうるさそうだったので早めに来ていただけだ。璃音を待たせたら申し訳ないと思ったから早めに来た訳では無い。


「んで、今日はどこ行くん――」


「待った。その前に何か言う事あるんじゃない?」


「は?」


 言う事? なんだ?


「え、俺何か悪い事した?」


「したから言ってるんだけど?」


「えー……」


 特に思い当たる節が無いために、困惑してしまう。


「分からない?」


「ああ」


 素直に頷く柊に、璃音は仕方なしとばかりに溜息を吐いてから答える。


「彼女がおしゃれをしてきてるんだから、何か一言くらいあっても良いと思うんだけど?」


「ああ……」


 璃音の言葉に、柊はようやっと納得を示す。


 しかし、柊としては璃音は彼女であって彼女では無い。強制された関係なだけであって、そこに愛情など欠片も無い。今日だって、脅されていなければ来なかった。


 やる気なさげに柊は璃音を見る。


「……まぁ、良いんじゃない?」


「心がこもって無いなぁ」


「お前相手に心なんて込める訳無いだろ」


 愛も無ければ興味も無い。自分を脅す最低な奴。璃音への評価なんてそんなものだ。


「へぇ、そう」


 柊の言葉に、璃音の瞳から温度が消える。


 するりと柊の腕を取り、璃音は柊を引っ張る。


「ちょ、おい! 引っ張るな! ていうかどこ行くんだよ!」


「若ちゃんに遠慮してたからしなかったけど、なんかその必要もなさそうだからさ」


「は? 何、全然分かんないんだけど?!」


「私好みのデートをするって事」


 言って、嗜虐的な笑みを浮かべる璃音。


「可愛くしてあげる」


 璃音の不穏な言葉に背筋が冷たくなる。しかし、抵抗虚しく、柊は無理矢理近くのアパレルショップに連れて行かれ、試着室に押し込まれたと思ったら数店の服を押し付けられた。


「これに着替えて。大丈夫、もう会計は済んでるから」


「は!? お前、ここレディース専門店だろ!」


「そうだよ? 当たり前でしょ。若ちゃんを可愛くするんだから」


「嫌だよ! なんだって俺が女装なんか!」


「一回してるんだから変わらないでしょ? それに、着なかったらあの写真皆に見せるから」


「――っ。お前……!」


 脅すように言う璃音を睨みつけるけれど、璃音はそんな柊を見て嬉しそうに笑みを浮かべる。


「着替えて。それとも、嫌われ者になりたい? 若ちゃん、一人で居るのは好きそうだけど、人から嫌われるの苦手そうだよね」


「……」


 核心を突くその言葉に、柊は思わず黙ってしまう。


「着替えて。それでデートしよう」


 それだけ言って、試着室のカーテンを閉める璃音。


「…………性格ブス」


 負け惜しみの如くそう言い放った後、柊は全てを諦めたように服を脱ぎ始める。


 璃音が選んだのは落ち着いた色合いのチェック柄のジャンパースカートに、袖にフリルの付いた黒のシャツだった。


 一応ショートパンツもある辺り、気遣いはしてくれているらしいのだけれど、そんな気遣いをしてくれるくらいなら女装なんてさせないで欲しいと切実に思う。


 シャツを着てスカートを履き、途中で放り込まれたニーソを履く。


「喪女って感じだな……」


 全て着て、鏡を見てそう思う。


 髪は目元まで伸ばしているので、輪郭的に見ても一見すれば少女のように見えてしまう。だが、決しておしゃれな少女という見た目では無くて、モテなさそうな少女のような外見になってしまっている。


ただ、目立たないという事を考えるとその方が都合が良いだろう。


「おい、終わった」


「はーい。どれどれ」


 端的に言えば、璃音はしゃっと試着室のカーテンを開けて確認する。


「うん、なんか陰キャっぽい」


「それはいつもと変わらない評価だな……」


「うーん……ちょっと失礼」


 言って、璃音は試着室に入ってカーテンを閉める。


 そして、自身のバックから化粧ポーチを取り出す。


「今からメイクするから、動かないでね」


「ふざけんな」


「女装男子に見られるのと、完全に女の子に見られるの、若ちゃんにとってどっちが得か分かるよね?」


 柊は目立ちたくない。目立ちたくないのであれば馴染む必要がある。


 女子の恰好をしているのであれば、女子のように見えた方が良いだろう。


 それは一理あるのだけれど、女装をしたく無いのでその選択肢を選ぶことに抵抗を覚える。


 しかし、元より柊に選択肢など存在しない。柊の気持ちなど璃音は考えもしないのだから。


 不貞腐れたようにそっぽを向いて、柊は言う。


「勝手にしろ……」


「うん、勝手にするね」


 璃音は笑顔で言うと、柊の顔に化粧を施していく。けれど、そんなに時間も無い。軽くメイクをして柊が最低限女の子に見えるようにメイクをするだけだ。


 楽しそうに鼻歌混じりに璃音は柊にメイクを施す。


 以前に菜月にメイクをされた時にも思ったけれど、野郎をメイクして何が楽しいのか全く分からない。


 意外とメイクの時間はそんなにかからなかった。


「できた。はい、鏡見てー」


 璃音に言われた通り、柊は試着室に備え付けの姿見を見る。


 姿見を見れば、そこには一見すれば少女にしか見えない柊が写っていた。うん、まぁ、当たり前である。この場所には柊と璃音しかいないのだから。


「どお?」


「どおって、別に……」


 女装をした自分の姿。ただそれだけだ。感慨も何もありはしない。


「ぱっと見は女の子に見えるでしょ? これなら街を歩いても安全だよね」


「どーだか」


 とはいえ、悔しい事に璃音の言う通りだ。今の柊の姿はぱっと見では女の子のように見える。この姿を見て、柊の事を男の子だと思う者は少ないだろう。


 願わくば柊の事を知っている者に出会わない事を祈るばかりだけれど、幸いにも柊は知り合いが少ない。こんな広い街中で知り合いに出会う事なんて無いだろう。


「それじゃ行こっか」


「ああ……」


 璃音に何を言っても無駄なる。とはいえ、女装をしたまま外に出る事にはやはり抵抗がある。


 璃音に手を引かれながら、柊はアパレルショップを後にする。その間、柊は下を向いて顔を出来るだけ見られないようにした。


 外に出れば元々していた緊張が更に強まる。


 周囲をきょろきょろと見回して、知り合いがいないかどうかを探してしまう。


 道行く人はどうだ? 自分の事を気にしてないか? 誰か変に思ってないか?


 そんな事ばかりが気になって身体を縮こまらせてしまう。


「ふふふ」


 そんな柊を見て、璃音は嬉しそうに笑う。


 なんとなく、柊を見ていて分かっていた事が幾つかある。


 柊は、素っ気ない態度を取って周囲の事なんて気にしていない風に見せてはいるけれど、その実他人の言動には敏感だ。璃音から見て、それは他人を恐れているように見えた。他人からの反応が、柊は恐ろしいのだろう。


 だから、今もこうして怯えている。上手く隠しているように見せかけてはいるけれど、璃音にはバレバレだ。


そんな柊が、可愛くて可愛くて仕方が無い。


 苛立ち交じりの柊も、怒って睨みつけてくる柊も、こうして怯えている柊も可愛い。


 璃音の中のいけない嗜虐心をそそられる。


 もっといじめたい。


 うずうずといけない感情が湧き上がる。


 ううん、まだダメ。今じゃない。今じゃダメ。


「今日はね、映画を見に行って、その後でランチを食べて、午後は一緒にお買い物」


「そ、そんなに出歩くのか……?」


「うん。だって、せっかくのデートだもの。一日、目一杯楽しまないとね?」


「楽しいのはお前だけだ。こんな格好で……俺は楽しくとも何ともない」


 スカートの裾が気になるのか、柊は裾を手で軽く抑える。


 そんな姿でさえ、璃音にとっては愛らしく映る。


「大丈夫だって。映画館なら誰も見て無いし、今もほら、皆若ちゃ……柊ちゃん(・・・・)の事なんて見て無いよ?」


「一般的な羞恥心の問題だ」


「でも、別に初めてじゃないでしょ? 大丈夫。柊ちゃん似合ってるから」


「俺が女装するたび誰かがそう言うけど、毎度思うよ。嬉しく無いって」


 げんなりとした表情を浮かべる。その顔はもう既に疲れ切っており、これから映画を楽しむなんて気持ちにはなっていなさそうだ。


「似合ってるんだから、素直に受け止めれば良いのに」


「似合ってるから嫌なんだ」


「女子が聞いたら怒りそうだね」


「……ていうか、映画何見るんだ? 俺、恋愛映画とか嫌だぞ?」


 お喋りでもして気を紛らわせたいのか、それともこれ以上この話を続けたくないのか、柊は唐突に話題を変える。


 別段気にする事無く、璃音は柊に言う。


「恋愛映画じゃないよ。今話題のホラー映画。私、恋愛映画とか良く分からなくて好きじゃないんだよね」


「へぇ、意外だな。お前みたいな女子は皆恋愛映画とか好きなのかと思ってた」


「偏見だよ。まぁ、咲綾も朱里も恋愛映画好きだけどね。一緒に見に行くんだけど、何が面白いのか全然分からないんだ」


 そりゃあ、人を脅して彼氏彼女の関係になろうとしている人間に恋愛映画なんて分かるはずも無いだろう。なにせ、恋愛映画は恋の駆け引きや、恋に悩む少女の心中を描いた映画だ。


 脅しは恋の駆け引きでは無いし、物理的な痛みやストレスによる胃痛は恋愛の心痛とは違う。物理的に相手を支配しようと思う輩に、恋愛映画の機微なんて分かるはずも無いだろう。


 やっぱり、璃音はちょっと……いや、結構おかしい。早々にこの関係を終わらせなければと思う。


 ともあれ、今はこのデートを無事終わらせるのが先決だ。


まずは映画。無言の時間が続くから良いけれど、映画が詰まらなかったら最悪だ。柊も恋愛映画は苦手なので、ホラー映画と聞いて少し安堵した。


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