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008 頑張る

 璃音から不本意なデートの誘いを受けたその日の放課後。


 その後は何事も無く帰宅をしたは良い物の、家に帰れば柊には更に試練が待ち受けていた。


「……」


「……」


 今日も今日とて可愛らしい服に身を包んで、柊の対面で課題を黙々と解いて行く麗。その顔は真剣そのものに見えるけれど、見る者が見ればとても不機嫌そうにも見える。因みに、柊から見れば、今の麗はとても不機嫌そうに見えている。


 不機嫌なくらいなら来なければ良いのにと思いながらも、柊は極力麗の態度を気にしないように努めながら、自身も出された課題に取り組む。


 二人して黙々と課題に取り組む。ある程度両親や紗月に融通をきかせてもらっている手前、赤点は取りたくない。かと言って自分一人では勉強よりゲームを優先させてしまうので、この時間は柊にとってはありがたいものではあった。


 だから、特に会話とか必要は無い。黙々と課題に取り組む。それだけで良い。


「……考えたんだ」


 ふと、麗がペンを止めて柊を見る。


 柊もペンを止めて麗を見る。


「……なにが?」


「保健室で君に言った話。せっかくの高校生活なんだから、一人は寂しいってやつ」


「ああ……」


 まさか自分から蒸し返してくるとは思わず、曖昧な返答しか出来ない。


 気にせず、麗は続ける。


「あれは、方便だった。私にとっても、君にとっても。そりゃあ、君には刺さらない訳だと思った。どっちに対しても都合の良い事しか言ってなかったから」


「はあ……」


「だから、考えたんだ。君に友達が居て欲しいと思う理由を」


「いや、別に考えなくても良く無いか? お前には関係無い事だろ」


「いや、ある。こうして関わっているのだから、私は君の事を知りたいし、もっと理解したい」


「止めてくれ。別に理解して欲しいとも思わないし、知って欲しいとも思わない」


「そうは言うが、それは君の考えだ。私は知りたいし理解したい。君は私の恩人だ。ちょっとくらい気になったって仕方ないだろう?」


「恩人じゃない。あれは、お前が動いた結果だ。俺は何もしてない」


 むしろ余計な事をしたんじゃないかと冷や冷やしたくらいだ。それに、あの時は麗が自分から父親にぶつかって行ったのだ。二言三言柊は口を出したかもしれない。けれど、実行に移したのは麗だ。変わりたいと思ったのも麗だ。そこははき違えてはいない。


「いいや。君は私の恩人だ。武道館裏で君は私に声をかけてくれただろう? 頼るなら最後まで頼れって。それが無かったら、私は前に進めなかったか」


「どっちにしろ、進むのを選んだのはお前だ。俺は関係無い」


 つんっと意地っ張りな態度で麗の言葉を否定する柊。


 そんな態度の柊に麗は苦笑を浮かべる。


「なら、それで良い。でも、私が君を知りたいと思ったのは事実だ。何が好きで、何が嫌いなのか。何が得意で、何が苦手なのか。ああ、運動は苦手そうだね」


 言って、にっといたずらっぽく笑う麗に柊は眉を顰める。どうせ、顔面にボールが当たった時の事を言っているのだろう。


「こうして、君の事を知りたいって事は、私は君と友達になりたいって事だと思うんだ。うん、君の理由も、私の方便も、全部全部関係無い。私がただ、君と友達になりたいだけなんだ。多分、それ以上の理由は無いよ」


 真っ直ぐな目で柊を見据える。


 そこに嘘の色は無い。あるのは、真面目で、真摯な色。


 本音なのだろう。これが嘘だったら、麗の演技力が恐ろしすぎる。


 ただ、だからこそ、柊は躊躇う。掛け値の無いその思いが、柊にはとても恐ろしい。まだ、璃音の方が怖くは無い。


 柊は、麗から視線を逸らす。その視線から逃げたかったから。それ以上の理由は無い。


「ねぇ、私は君と友達になりたいよ? 君は、どうかな?」


「……俺は……」


 思い起こされるのは過去の出来事。忌まわしくも、懐かしく、確かに楽しかったあの日々。


「……友達って言ったって、そんなの言葉だけだろ?」


 静かな、けれど、確かな声音で柊は言う。


「何かあればすぐに裏切る。自分に都合が悪かったら、そいつはもう友達じゃ無くなる。友達って奴は、結局同調圧力なんだよ。俺はもうそんなのごめんだ。そんなの、もういらない」


 麗から視線を外して、柊は言う。


 そんな柊を見て、麗は悲しそうな顔をする。


「何か、嫌な事でもあったのかい?」


「無かったらこんな事言わねぇよ」


「そっか……。話しては、くれないよね……」


「ああ」


「そっか。うん、じゃあ話さなくても良い。けど、これだけは憶えておいて」


 言って、麗は柊の視線の先に回り込む。


「君に何があったのか、私は分からない。君が話したくないなら話さないで良い。でもね、私は君の友達になるために頑張るよ。君の嫌な記憶を吹き飛ばすくらい、頑張る」


 すっと手を伸ばし、麗は柊の手を握る。


「だから、君はゆっくりで良いから、私を受け入れて欲しい。それだけは、私の我が儘になっちゃうけど、それ以上は望まないから」


 柊の目を覗き込む、麗の真っ直ぐな瞳。


 それを、柊は信用できない。


 瞳だけなら誰でも語れる。態度だけであれば誰だって偽れる。証拠の無い不確かなものを、柊は信用できない。


「今、お前を部屋に入れてる。これが、俺に出来る最大の譲歩だ」


 麗の言葉に、柊は冷たく返す。


 けれど、それでも麗は笑っている。


「そっか。じゃあ、頑張るよ」


 何をとは、言わなくても分かる事だろう。


 これから、麗は柊との距離を縮めようと頑張るつもりだろう。そんな事、頑張らなくても良いと、心底から思う。


 なんで自分に構うのか分からない。こんなに、つまらない人間なのに。


 確かに、少しだけ麗の悩み事に協力をしたかもしれない。ぬいぐるみを没収された麗を見て、気にするなと教えてあげたくてもう一度クレーンゲームで取ったりもした。けれど、それは一度関わった事を半端に投げ出したくなかったからだ。


 こうして見ると、本当に麗の行動原理は謎だ。璃音の方が分かりやすい。何せ、彼女は自分の欲のままに動いているのだから。


 麗は言いたい事を言って満足したのか、自分の課題にとりかかっている。


「そうだ。分からないところは無いかい? 元々家庭教師をするという名目だったんだ。分からないところがあれば遠慮なく言ってくれ」


「あ、ああ……」


 にこっと微笑みながら言う麗に、柊は戸惑いながらも自分が分からずに後回しにしていた問題を指差す。


「ここが、分かんない」


「どれどれ」


 言って、麗は柊の隣に座る。


「ああ、これは……」


 すらすらと説明をする麗。柊は真面目に麗の説明を聞く。


 時折、麗の身体が揺れて肩が触れ合う。


 その度、少しだけ身体をずらす。意識をしている訳では無い。恋人同士でも無い男女であれば身体的接触は極力避けるべきだろう。まぁ、それを言ってしまったら、同じ部屋にいるのも避けるべきなのかもしれないけれど。


 二人の仲は少しだけ気まずいまま。麗は極力気にしないようにしているけれど、少しだけ無理をしているのは分かる。普段の麗はこんなにぐいぐい来ない。


 なんとなく居心地の悪さを覚えながら、二人は勉強を続けた。それが、気を紛らわせるためである事は、二人は分かっていた。



 〇 〇 〇



 自室のベッドに寝転がりながら、璃音はスマホを眺める。


 スマホに映されているのはとある男子生徒の写真。


 鼻血を垂らし、呆然としている少年。


 あの日、一番最初に彼の傷付いた顔を見た日。その日はレクリエーションになる事は分かっていたので、適当にサボりながらスマホを弄っていようと思っていたのだ。


 だから、偶然撮影出来た。


 咲綾が応援している男子の顔にボールが当たって、尻餅をついたその時、その顔を見て心臓が大きく脈打った。


 気付いたら、カメラを起動して写真を撮っていた。


 撮って、一人で眺めて、気付いた。


 この子の歪んだ表情が好きなんだと。この子の傷付いた顔が好きなんだと。


 分かって、戸惑って、でも、大好きで……。


 こんなの普通じゃないと分かっている。皆が言う好みとは別物だと、分かっている。


 けれど、二度目の時、彼の血に塗れた顔を間近で見た時、今まで以上に心臓が大きく脈打った。


 誰も居ない保健室で血の止まった彼を殴って、もう一度鼻血を出させて、確信した。


 大好きだ。心の底から、彼の傷付いた姿が大好きなんだと分かった。


 そこからは勢いで告白をした。彼の事を知りたくてバイト見学もこっそり着いて行って、その時に撮った写真を使って脅した。彼は嫌がっていたいたし、軽蔑したような顔もしていたけれど、そんな顔さえそそった。


 彼と私はちょっと歪な恋人関係。でも大丈夫。いずれは彼の心をちゃんと手に入れるつもりだから。顔とプロポーションには自信がある。上手く使えば良い武器にもなるだろう。


「……でも、いただけないなぁ」


 ぽつりと璃音は呟く。


 画像をフリップすれば、そこには柊の家の前に立つ柊と麗の姿が映し出される。


 こっそりと柊の家を突き止めようと着いて行ったら、そこに麗が居た。柊はともかく、麗は柊に対して好意的だったため一緒に帰ったりするのは有り得ない事では無いし、学校で話をするのもおかしい事では無いだろう。


 けれど、付き合ってもいない女子が男子の家にお邪魔するのはおかしい事だ。


「浮気かな? でも、多分若ちゃんはそういうの嫌いそうだしなぁ」


 適当そうに見えて意外と律義な面もある。それに、人との関係に若干潔癖な部分もあるように見えた。浮気とかは嫌いそうだ。


 なら、ただ遊びに来ただけ? 実は麗はゲームが好きで、一緒にゲームで遊んでるだけ?


「いや、だけって何さ。それも立派な浮気だよね」


 どんな事情があるにせよ、男女が二人で会えばそれは浮気である。


「うーん……邪魔だなぁ、麗様。これ、ばらしちゃう? ……でも、私が犯人だってバレた時が厄介だしなぁ」


 ぶつぶつと考え込むように呟く璃音。


 暫く考えてから、璃音は笑う。


「別に、私が手を出さなくても良いじゃんね。それに、若ちゃんにはちょっとお灸をすえないといけないからねー」


 画面の中の柊を見て、璃音は呟く。


「君が誰の者か、ちゃんと分からせないとね」


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[一言] 思ったよりヤベー奴だった
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