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007 デートかご褒美か

 早退はしたけれど風邪は大した事も無く、翌日には普通に学校に登校が出来た。


 登校できたことは良いのだけれど、少しだけ気まずい。


 苛立ちのまま麗を拒んでしまった事もそうだけれど、何よりクラスには璃音が居る。


 柊の人生初の彼女であり、柊の痛がる顔が好きだと言う、頭のねじの外れてしまったような少女。


 正直、彼女達には会いたくはない。麗には少しの罪悪感。璃音には大きな忌避感。違いはあれど、会いたくないという気持ちは同じである。


「気まず……」


 そう呟いた後、後ろの扉から教室に入る。


 教室に入ったところで誰も柊には注目はしないし、挨拶も無い。それはそうだろう。柊はクラスで人気という訳でも無ければ、クラスに友人が居る訳でも無いのだから。


 自分の席に座り、柊は即座にスマホを眺める。


 いつもの行動。けれど、今日は理由が違う。


 麗と璃音と顔を合わせづらいからスマホを眺める事にしたのだ。


 柊がスマホを眺めたのと同時に、柊のスマホに通知が届く。


 相手は璃音だった。


 訝しみながらも、柊は璃音からのメッセージを確認する。


「――っ」


 璃音から送られてきたのはメッセージでは無く、一枚の写真だった。


 そこには、メイド服を着たぎこちない笑みを浮かべた少年(・・)が映っていた。とどのつまり、送られてきたのは一昨日の柊の写真である。


 即座に画面を閉じて、誰にも見られていないかを確認する。とはいえ、柊に注目するクラスメイトなんていない。その事に安堵しながらも、どういうつもりだと璃音を探す。


 璃音は咲綾達とは別の女子とお喋りをしており、柊に注意を向けている様子は無い。が、一瞬だけ柊の方を見ると、にっといたずらっぽく笑った。


 いつでもばらせる。その笑みに含まれた意味を間違える程、柊は察しが悪くは無い。


 こいつ……!


 璃音の態度に苛立つけれど、言ったところで聞くような奴ではない事はもう充分理解している。無視を決め込むのが一番だ。


 柊は璃音から視線を外して、今度こそスマホと睨めっこをする。


 しばらくそうしていると教室が騒がしくなる。いつもの事だ。麗が来たのだろうと直ぐに察する。


 柊は特に視線を向けるでもなく、SNSを巡回する。


 そんな柊を見て麗が少し眉を寄せるけれど、それも一瞬の事。直ぐにいつもの冷涼な王子様の顔になり女子達と楽しそうにお喋りを始める。


 楽しそうな声を聞いて、柊は少し安堵する。


 麗には、自分なんて本当は必要が無いのだ。このまま、自分なんて必要の無かった生活に戻って欲しい。


 おしゃれだって出来るようになった。その内、可愛い物が大好きだと打ち明けられる友人も現れる事だろう。そうなれば、柊は用済みだ。


 また、一人に戻れる。


 麗はこのままで問題ない。問題は、柊の不本意で面倒くさい彼女様の方だ。





「で、なんで俺呼び出された訳?」


 午前中の授業が終わり、お昼休み。


 柊は体育館の裏手に呼び出されていた。


「んー? 若ちゃんと二人でご飯食べようと思って」


 呼び出したのは勿論璃音。二人は体育館の扉の前の階段に並んで座ってお弁当を食べている。


「……本当に?」


「本当だよ。せっかく付き合ってるんだし、それっぽい事したいなって思ってさぁ」


「あ、そう……」


 璃音の返答に柊は訝し気な声を漏らす。


 何せ、柊の痛がっている顔を見るのが好きだと言ってのける奴なのだ。言葉の裏を探ってしまうのは仕方のない事だろう。


「あー、疑ってるなー? 言っておくけど、私だって女の子なんだからそう言う事に憧れたりするんだからねー?」


「ならもっとマシな告白しろよな……」


 あれはどう考えても女の子らしくない。なんだ殴った後に告白って。怖すぎるだろう。それにあんなの半分以上脅しだ。告白じゃ無くて脅迫と言うべきだ。


「あれは……ちょっと、勢いでって言うか、抑えられなくてって言うか……。まあいいじゃん。細かい事は」


「いや全然細かく無いけど」


「細かい事だよ。大事なのは、私がこうして若ちゃんと付き合ってるって事実なんだから」


「脅されて仕方なくだけどな」


 つーんと冷たく言って、柊はそっぽを向く。


 痛がっている顔が好きと言われ、酷い事をされるのかと警戒をしているけれど、まだそういった事はされてはいない。しかし、痛い事をされないとも限らない。


 こんな風に受け答えはしているけれど、心の底ではずっと璃音を警戒している。今だって、ストレスで胃がキリキリしている。


「大丈夫。ちゃんと私に夢中にさせてあげるから」


「無い無い。有り得ない」


「えー、本当にー?」


 言って、璃音はするりと自然な動作で柊の腕を取り、自分の胸に抱く。


「これでも?」


 挑発するような、楽しむような璃音の目。


「おまっ!?」


 柊は慌てて璃音の腕を振り解いて距離を取る。


 慌てる柊を見て、璃音はくすくすと楽しそうに笑う。


「……そーいうのは好きじゃない」


「ごめんごめん。でも、大丈夫」


「なにが?」


「夢中にさせるって言葉に嘘は無いから。頑張るよ、私」


 にこにこと屈託無く笑う璃音。


「ああ、そ……」


 屈託無く笑ってはいるけれど、璃音は柊を殴ってきた上に脅して付き合おうとする、結構ヤバめな女子である。その笑みに騙されたりなどしない。


「という事で、今度日曜日にデートに行こう」


「は? なんで?」


「せっかく付き合ってるんだし、デートくらい普通でしょ?」


「嫌だ」


「えー! 良いじゃん、行こうよー」


「嫌だ。面倒くさいし、金無いし」


「バイト代出たでしょ?」


「ゲーム買うんだよ。お前のために稼いだ訳じゃない」


 そもそもが臨時収入のようなものだけれど、それは全部自分のために使うに限る。なんで自分の興味の無い事にお金を使わなければいけないのだ。


 それに日曜日に出かけるなんでどうかしてる。日曜日の翌日は月曜日だ。週明けに向けて身体を休める日が日曜日なのに、その日に遊びに行くだなんて考えられない。日曜日は家でゲームをしているに限る。


「……日曜……」


 そこまで考えて、ふと思い出す。


 日曜日は麗が御手洗家に来る予定の日だ。柊の部屋で可愛い服を着て、柊に勉強を教える日。


「……」


 来ないかもしれない。来るかもしれない。柊にはどちらとも分からない。けれど、未だに来ないとは言われていない。


 特に約束をしている訳では無いけれど、彼女は週三日は来ると言っていたし、その言葉を違えた事は無い。更に言えば一番近い訪問日は今日である。


 麗からは行くとも行かないとも言われていない。


 今日はもうしょうがないとして、日曜日に会わない事が出来るのであればそれに越したことは無いだろう。


 まぁ、だからと言って璃音とデートに行くかと言われればそうでは無いのだけれど。


 面倒くさい事は面倒くさいし、お金は自分のために使いたい。


「ねーねー、行こうよー。驕るからさー」


「それで行くって言うと思われてるのが心外だ。俺は金があっても無くてもお前とは行かない」


「……へぇ」


 その言葉の直後、璃音の声音が低くなる。


 驚いて璃音の方を見てみれば、璃音は先程の笑みを完全に消し去って、冷たい目で柊を見ていた。


「嫌なんだ、私と行くの」


「あ、当り前だろ」


「……そう」


 言って、璃音は柊に身体を寄せる。


 何をされるのかと警戒をした直後。


 ぱぁんっと乾いた音が響いた。


 一瞬、何をされたのか分からなかったけれど、頬に感じる痛みで自分が何をされたのかが分かった。


「ってぇ……」


 叩かれた頬を抑えながら璃音を睨む。


 しかし、璃音は睨まれているにも関わらず先程の冷たい表情から一転、にいっと嬉しそうに微笑む。


「どっちが良い? 痛い思いをして私が喜ぶのか、痛い思いをしないで私が喜ぶのか。好きな方を選んで良いよ?」


 そんなのどっちも嫌に決まってる。


 けれど、そもそも璃音は柊の弱みを握っている。こんなまだるっこしいことしなくても、柊に言う事を聞かせる事が出来るのだ。


 どちらが良いか。選ぶ余地があるのであれば、柊にとってマシな方を選ぶべきだろう。


「…………分かった。行くよ」


「行くって、どこに?」


「デート。心底嫌だけど」


「やった! 大丈夫大丈夫! 絶対楽しいから!」


 柊が頷けば、璃音はにこりっと笑う。


 この状況が既に楽しくないのに、こっから先楽しくなる訳が無い。


 そんな事分かり切っているはずなのに、璃音の笑みに屈託は無い。柊には、それが少しだけ怖かった。


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