死にたがり屋の騎士と生きたがり屋の姫
身の丈およそ成人男性の二倍ほどもある頭は水牛、首から胴までは黒い肌に鎧のような逞しい筋肉に覆われ、二足の足は黒い毛に覆われ牛と同じ蹄、ミノタウロスと呼ばれる魔物。
その眼前に立ちはだかるのは全身を真紅に染めた鎧を身に纏い、真紅の兜の左目は眼帯で覆われ、右手に剣を握る剣士。彼の後方には銀色の髪を靡かせ、豪奢なドレスを纏った年の頃12,3くらいの少女が欠伸を噛み殺しながら二人の睨みあいを眺めている。
「ねえ、アル。いい加減あたし、このかび臭いとことから帰りたいんだけど」
現在、アルと呼ばれた真紅の剣士と銀髪の少女は迷宮と呼ばれる洞窟の中にいた。少女の要求にアルは気軽い感じで
『もう少し待っててくれ、ユート。こいつを倒したら出口が出現するはずだ』
「はぁい~」
少しばかり不機嫌にユートと呼ばれた少女は返事をした。
二人の緊張感のないやり取りにミノタウロスは激怒した。この迷宮の最下層、いわば最強と言われる自分という存在を前に恐怖すらしない存在に。
【貴様ら何故、我に恐怖しない。我はこの迷宮最強の存在ぞ】
目を血走らせ怒鳴るミノタウロスにアルは嬉しそうに声をかける。
『最強って言うんなら、俺を死なせてくれるんだよな?』
【望まずともそうしてくれるわ】
ミノタウロスの持つ大斧が暴風を纏ってアルに向かって振り下ろされる。当たれば人間などたやすく引き裂かれ、肉塊になる様な一撃。
それは当たればの話。大斧はアルに達することはなかった。
『この程度の相手じゃ、死ねないか』
アルのぼやきと共に、鞘に剣が収まりチンと音を立てる。
一拍の後に逆袈裟切りにされたミノタウロスの上半身と下半身が分かたれ地面に落下しドンと音を立てる。絶命したミノタウロスの身体が黒い粒子となって散っていき、最後に残ったのは拳大の紫色の石。その傍らには仄かに光を放つ魔法陣が姿を現していた。
「この程度ので死ぬなんて最初から思ってないでしょが」
『噂のミノタウロスならいけると思ったんだがなー』
「アルを殺せるのは伝説の邪竜くらいよ」
『だよなー』
ため息を吐きながらアルは床に転がっている紫色の石を拾うとユートに手を差し伸べた。
『まあ、とりあえず帰ろうか』
「そうね」
ユートがアルの手を取ると魔法陣は眩い光を放ち始めた。
『俺はいつになったら安らかに死ねるんだろうな』
「もう、そんな気なんてないくせに」
光に包まれた空間に響くアルのぼやきにユートが笑う。
人は二人をこう呼ぶ。死にたがり屋の騎士アルと生きたがり屋の姫ユートと。