スケバン忠臣蔵
<1>
「浅野センセーがボコられて入院?」
赤穂中のスケバンヘッド大石りくがコテを片手に、電話から戻ってきた吉田へ聞き返した。
宙を舞っていた広島風お好み焼きが鉄板に着地し、ジューと聞き慣れた音を立てる。
スケ10人がたむろする狭い店内にざわめきが満ちていく。
「商店街のゴミ捨て場にハダカで埋もれてたみたいッス。昼過ぎに気付かれたとか」
「そういや学校で見なかったな今日。犯人は?」
「へぇ、キラ高ヘッドの上野登美子みたいッス」
上野登美子。巷で有名な、ネンショー上がりのヤバいヤツだ。
りくが綺麗に日焼けした美貌をしかめ、仕上がったお好み焼きを切り分ける。
やはり美味い。
干物のような婆さんがやっている小汚い店だが、ナワバリに値する味だ。
「昨日の夜に松乃家から帰る途中を殺られたみたいッスね」
「そういや昨日は給料日だったか」
赤穂中3年B組担任の浅野は教員生活3年目の独身男性教師。
鳶山商店街近くのアパートに住んでいて、普段は自炊している。
給料日だけは早めに帰り、駅前の松乃家で外食するのだ。
りくも含めたスケの何人かは、反省文で居残りキメた時とかにゴチになったことがある。
「っしゃあ!!センセーのお礼参りだ!キラ高にリベンジキメっぞ!」
「「「おお!!」」」
ヘッドの勇ましい声にスケが色めきたち、お好み焼きのワリカンを計算し始めた。
赤穂中3年B組担任の浅野はマブい顔面に熱苦しい授業と独身ネタで生徒に人気だ。
好きなエロ本はJC物。夜のコンビニで目撃されている。
スケバンの討ち入りに、それ以上の理由はいらなかった。
暴れたい年頃なのだ。
「ねえヨッシー、キラ高の狙いはカネ?」
「それもあるみたいッスけど…」
「けど?」
「……ハズくて言えないッス、ウチ」
身を乗り出していた副ヘッドのチカが頬を染める。
チカはイスに座り直し、聞かなきゃよかったと小さくこぼした。
サカりのついたキラ高スケバンヘッドのせいで気まずい雰囲気だ。
全員俯き、ネイルをいじったりコテで鉄板のお焦げを落としたりとまごついた。
<2>
赤穂中スケバンの動きは早い。
チャリを飛ばし、自転車通行可歩道の車道寄りを一列で走行する。
大石家に行き、りくの兄にお邪魔しますお邪魔しますご無沙汰してますお邪魔します。
2階にあるりくの部屋8畳が10人のスケで埋まった。
ベッドで跳ね、ジュースをねだり、部活の愚痴を言い、本棚を開いて恋愛小説を物色する。
チカの怒号と蹴りが飛び、可愛いデザインのちゃぶ台に洪水ハザードマップが広げられた。
市内の地図はこれしかないのだ。
「キラ高の位置はここだ」
指定避難所でもある吉良高校はハザードマップにきちんと載っている。
スケたちがおお、とスケバンヘッドのかしこさにどよめいた。
照れて自分のポニテをいじるりく。
「武器は?」
「行きにホムセン寄ろう」
「チャリの空気入れとけよコラ」
「てか浅野っちのお見舞いは?」
「カチコミは明日決行でいーよな」
「あ、ごめん。明日アタシ習い事」
「上野登美子さんってあのスタイルいい人ですよね?」
「マジか許せねぇ。コロす」
「JK相手にガチるのしんどいって。狙い絞ろうぜ」
「先輩オレンジジュースまだッスか」
話がまとまり、今日18時の討ち入りとなった。
ホムセンに寄る時間もあるのであと20分で出発である。
「狙いは上野一人だ。でもせっかくだしキラ高のスケ全ゴロシキメっぞ!」
「「「おお!!」」」
「声が小さい!!殺るぞ!!!」
「「「おおおおお!!!!!」」」
全員コンパクトミラー片手にパフを使い、出陣前の化粧をする。
字の綺麗な岡野がホムセンで買う武器リストを作った。
体力の有り余る片岡がチャリタイヤに空気を入れに行く。
りくの兄が持ってきたオレンジジュースを吉田が一息であおる。
そして、偵察に向かった3人のスケがかわるがわるLINEでチカに報告を入れてきた。
「上野たちはキラ高の体育館裏でたむろ。舎弟をケジメ中。駐在所のポリ公はパトロール終わったみたい」
「そうか」
チカの読み上げに一言返し、りくはベッドの上で愛用の木刀片手に目を閉じた。
赤穂中3年B組担任の浅野は、りくが中1の頃の担任だ。
教員生活1年目なのもあって、板書の字が下手くそだし、なんだかいつもあわあわしていた。
だけど、初めて授業をサボって遊んだ日の夕方、商店街で浅野に捕まって大声で怒鳴られた。
良い先生だと思っている。赤穂中にそういう先生は、少ないのだ。
(まあアタシは今でもたまにサボってるしエロ本ネタにしてタカってるけど)
内緒だからなと言いつつトンカツ定食をオゴってくれる浅野の笑顔が、りくの脳裏に浮かんだ。
(浅野センセー…センセーの仇はアタシが討つからな…)
「りく。準備できたよ」
チカの声でりくは目を開ける。
偵察の3人以外が準備を整え、ベッドの前に整列していた。
「いくぞ」
短く静かな号令に、スケ達は無言でうなずいた。
ここ一番の、りくの凄みだ。
<3>
冬が近づき、早めに落ち始めた夕陽が、赤穂中の黒セーラーを鈍く照らす。
スケバン10人のチャリが大石りくを先頭に一列で素早く、1匹の蛇のように市道を駆けていた。
いつもは姦しいスケ達も、この時ばかりは無言で気迫に満ちている。
「りく」
チカの声にりくは視線のみを横向ける。
追いつき並走しようとするのは、隣接校である鳶山中の制服の一団だ。
「トビ中のヒミコ以下5人。助太刀するぜ」
「ありがたい。今度オゴるよ。……神楽坂のヤローは?」
「はっ、来るわけないだろ?アレが」
赤穂中スケバンの出陣をかぎつけ、続々と近隣の中学からスケ達が合流してくる。
大半はオゴりと功名狙いのチンパンジーどもだ。
上手くいけば赤穂中にセキニンなすりつけて暴れられる。
ズルい。でも心強い。
先行していた偵察も途中で合流し、総勢47人の中学スケバン連合が吉良高校へと突き進んだ。
角を曲がり、坂を上り、信号で待ち、病院に寄り、坂を下り、信号で待ち、ひたすらチャリを走らせた。
見えた。吉良高校の正門だ。
「いくぞおおおおおおおっ!!!!」
裏返ったりくの声に続き、スケ達がおうおうと絶叫した。
門前でダベる男子を蹴散らし、チャリのまま敷地内へなだれ込む。
得物を振るい、奇声をあげて喚き散らし、パンピーをできるだけ遠くへ退がらせる。
これがスケバンのマナーである。
男の番長が飛んできたので討ち入りの理由を説明して穏便に帰ってもらった。
「キラ高スケバンヘッド上野ォ!出て来なっ!!浅野のDT返せやコラァ!!」
突如。
中庭の木陰から雄叫びと共に敵スケの大群が沸いた。
待ち伏せだ。ズルい。
モップや箒をぶん回し、先頭のりくへと真っ直ぐに殺到してくる。
「上等だおらあああっ!!」
チカが滅多に荒げない声を荒げ、ホムセンで買った角材を振るって突進。
りくもチャリから勢いをつけて飛び、先頭の敵スケを木刀で打つ。
乱戦が始まった。
わー。わー。しねー。いや。いたっ。クソがー。ザコがー。
怒号、悲鳴、罵声、絶叫。
品性の欠片もない狂騒と共にJCJKのスケ達が躍動し、吉良高校の風靡な中庭が地獄に変わる。
新聞部が撮影し、チア部がエールを送る中、りくは5人目の敵スケの打ち込みをかわして脇腹を殴った。
「上野ォ!上野どこだコラァ!!」
りくはポニテに触れられる感触に、反射的に木刀を払う。
吹っ飛んだ敵スケの顔面に吉田がリセッシュを吹きかけてトドメを差した。
中央で片岡がドカチンヘルメットをグローブ替わりにして無双している。パンティが丸見えだ。
りくの木刀がまたも一閃し、6人目と7人目の息の根を同時に止めた。
わー。わー。しねー。おまえがしねー。おらぁぁ。クソがー。ザコがー。
「りく先輩、あそこです!」
「何っ」
コロした敵の人数を数えなくなった頃、岡野が昇降口を指さした。
見ると、両手にエアガンの美人なJK。
「伏せろぉっ!」
りくの声が一瞬素早く、中学スケバン連合が一斉に身を伏せる。
直後、パパパと景気の良い音と共にBB弾が連射され、JKのスケをまとめて薙ぎ払った。
「チッ、役立たず共が」
仲間を誤射したのにこの態度。
吉良高校スケバンヘッド上野登美子だ。
爆乳と呼んで差し支えない。
「シねよ。中坊」
整った顔立ちに惨い笑みを浮かべる爆乳。
パパパと甲高い音が唸り、無差別にBB弾がスケをコロしていく。
さすがにエアガンはズルい。エアガンはスケバンではない。
「上野ォォォッ!!」
あまりの暴虐にりくが激昂し、突進した。
副ヘッドのチカとトビ中のヒミコが続く。
「シャバジャリがよぉ!!」
再びのBB弾掃射。
りくに追いつき咄嗟に押しのけたチカとヒミコが被弾し、もんどり打ってコロされた。
起き上がったりくは、友の屍を越えてまた突進する。
「赤穂中ナメんなぁぁっ!」
「ははは!そっちこそネンショー上がりナメんなァッ!!」
爆乳が引き金。
終わった。
「……あれ?」
弾が出ない。ジャムったのだ。
「シねこのビッチがァァッッッ!!!」
「ぐへぁぁぁぁっ!!!」
爆乳が死んだ。
<4>
「う…」
赤穂中3年B組担任の浅野は、病院のベッドで寝苦しさに目覚めた。
時刻は19時。
どうやら慣れない入院生活で居眠りをしてしまったようだった。
「はぁ…」
ボケーっと薄暗い外の様子を窓から眺める。
全身、特に腰が痛い。
しかし昨夜のアレは衝撃だった。
まさかJKにカツアゲされて、ついでにあんな嬉しい……じゃなかった恐ろしい目に遭うなんて――
「ん?」
浅野はふと気づいた。
横の机に、花束と封筒と手紙が置いてある。
ファンシーなデザインの手紙を開くと、綺麗な字が並んでいた。
『浅野センセーへ 早く良くなってください 赤穂中スケバン一同』
浅野は少し涙ぐんだ。
赤穂中スケバンヘッドの大石りくは、教員になって最初の教え子だ。
粗暴でサボり魔の問題児だが、彼女が中3に上がった今でも親しく話している。
浅野にとっては可愛い教え子であった。
率いるスケバンの中にも、教え子は何人かいる。
封筒の中身は、教え子たちの真心の品に違いない。
「ありがとうな…大石、みんな…」
入っていたのはJC物のエロ本だった。
大石りくの日焼けした笑顔が、浅野の頭に浮かんだ。
終わり
あわせて「スケバン女子中学生神楽坂壱与の平凡な日常」もお読みください。




