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7話 天誅

「ど、どうしよう!?」

「くっ……!」


 出入り口は一つだけ。

 窓は小さくで抜けることができない。


「アリス、こっちへ!」

「ひゃ!?」


 アリスを抱き寄せて、机の影に隠れる。


 スキル『隠密:レベル1』発動。


 スキルを発動した直後、書斎の扉が開いた。


 でっぷりと肥えた男が姿を見せた。

 歩く度に床がきしんでいる。

 やたらと豪華な寝具を着ていて、指には大きな宝石がついた指輪をつけている。

 悪趣味な男だ。


「ふぅ……こんな夜中にわしが動かなければならんとは。まったく、ついてないな」


 幸いにも、男は机の裏に隠れている俺たちに気がつくことはなくて、棚に向かう。

 ギミックを作動させて、隠し部屋を開いた。


 隠し部屋の存在を知っている……つまり、あの男がこの屋敷の主なのだろうか?

 そっと様子をうかがう。


「ひっく……あー、番号はなんだったかな。最近、物忘れがひどいな」


 男は酔っているらしく、よくよく見ると顔が赤い。

 そのせいで金庫の番号を思い出せないらしく、うーんうーんと迷うような声をこぼしていた。


「あの人が奴隷商人……!」


 腕の中のアリスが体をこわばらせた。

 小声で問いかける。


「どうしたんだ?」

「あの人のせいで……あの人が奴隷商人なんてものをしているから、そのせいであの子たちは……!」

「あの子たち……?」

「キミに埋葬してもらった子だよ。私と同じように奴隷として売られて……みんな、馬車の中で泣いていたの。震えていたの」

「……」

「私よりも小さいのに奴隷に落とされて……そして、なんの罪もないのに死んでしまった。全て、あの男が……!」


 普段落ち着いているアリスが、強烈な感情を見せていた。

 怒りだ。

 奴隷商人に対する激しい怒りを覚えている。


 自分が奴隷に落とされたことは気にせずに……

 同じ境遇にいた小さな子たちのことを悲しみ、怒りを燃やしている。


 他人のために涙を流せる。

 他人のために怒ることができる。

 アリスはそんな女の子だ。

 そんなアリスにとって、目の前にいる奴隷商人は絶対に許せない存在だろう。


「落ち着け。気持ちはわかるが、今はまずい」

「くっ……!」

「ここで飛び出したら全てがダメになってしまう可能性がある。わかるな?」

「うぅ……」

「堪えろ。俺も悔しいが……でも、我慢するんだ」

「……うん、わかったよ」


 アリスの体から力が抜けた。

 よかった。

 あのままだったら、抑えるのは難しくなっていたかもしれない。


「くそっ……それにしても、奴隷を1ダース失ったことは痛かったな」


 奴隷商人は金庫の解錠を試みつつ、忌々しそうに舌打ちをした。


「まさか、魔物に襲われるとはな……街道を走らせれば問題ないと思っていたが、ちと油断していたか。まったくもっておもしろくない。1ダースの奴隷がいれば、どれだけの売上になっていたことか」


 この男……!

 人のことを1ダースとか……完全に商品として見ている。

 同じ人として扱っていない。


「しかも、全員若い女。わしが味見をする機会もあっただろうし……ああもう、本当に惜しい。なにも知らないような幼子をおもいきり汚してやるのが好きなのに」


 奴隷商人の言葉に反応して、アリスがギリギリと奥歯を噛んだ。

 怒りが燃え上がっているのがわかる。


「まあいい。探せば良い商品はいくらでも入荷できるからな。ゴミを買い、金に変える……ふはは、このようなことを考えるなんて、わしは天才じゃな。失ったゴミのことは忘れて、明日にでも、新しい金の元を探しに行くとするか」

「っ……ぐ……うぅ……!」


 アリスは……泣いていた。

 ぽろぽろと涙を流していた。


 奴隷商人の言葉に怒りを覚えて……

 同時に、亡くなった子たちのことを思い返して、悲しみに泣いていた。


 そんなことも知らず、気づくことはなく……

 奴隷商人は、亡くなった子たちを侮辱するような言葉を並べていく。

 アリスを辱めるような言葉を口にしていく。


 俺は心がスゥッと冷えていくのを感じた。

 氷のように冷たく……

 刃のように鋭く……

 ただただ凍てついていく。


「足がつかないように、念の為、さっさと契約書を処分しなければ……くそっ、開かないな。番号は何だったかな? 途中で商品がなくなるなんて思ってなかったから、こんなところに入れてしまったが……ったく、迷惑な。死ぬなら死ぬで、もっとわしの役に立って死ぬがいい。魔物に襲われるなんて無駄以外のなにものでもないわ」


 その言葉で枷が外れた。


 俺は机の裏から飛び出して、一気に駆ける。


「おい」

「な、なんだお前は……ふぎゃっ!?」


 奴隷商人の顎を蹴り上げた。

 つぶれたカエルのような声をあげて、ひっくり返る。


「え? え? ……な、なにをしているの?」


 わけがわからないというような顔をして、アリスが問いかけてきた。


「悪い、我慢できなかった」

「我慢できなかった、って……私に対して、あんなに我慢しろと言っていたのに? それなのに、キミが我慢できなかったの?」

「ああ、できないな」

「……くすっ」


 おかしいというように、アリスがくすりと笑う。


「キミ、わがままなんだね」

「そう……なのかもな。うん、そうかもしれない」


 こんな状況なのに笑うなんて、俺たちは共にズレているのかもしれない。


 ただ、心は静かに燃えていた。

 深い怒りを宿していた。


「その人は……死んだの?」

「いや、気絶しているだけだ。一応、手加減しておいた」


 でも……そう間を挟み、言葉を続ける。


「このままにしておくつもりはない」

「それは……どこかに突き出すの? 契約書を憲兵隊や冒険者ギルドに渡せば、この男は投獄されると思うけど」

「いや……それはどうかな。こいつは金を腐るほど持っている。きっと、最高の弁護士を雇うだろうな。あるいは、裁判官に賄賂を送るかもしれない。そうなると執行猶予がつくかもしれないし……最悪、無罪放免となるな」

「そんなこと……!」

「そう……許せない。許していいわけがない」


 国がこの男に罰を与えることは難しい。

 ならば、どうする?

 どうすればいい?


 答えは簡単だ。


 俺が罰を下せばいい。

 この手で、男に罪を償わせてやるのだ。


「もしかして、キミは……」


 俺の覚悟と殺気を感じたのだろう。

 アリスが息を飲む。


「俺、自分が盗賊に選ばれた意味、ようやく理解できたような気がするよ。覚悟を決めた瞬間、すごく心がクリアーになったんだ。今、すごく穏やかで……落ち着いている。女神さまの目は間違いないな。これこそが俺の天職だ」


 このようなクズをのさばらせていい道理なんてない。

 ゴミはゴミ箱へ。

 きちんと処分しなければならない。


「アリスは反対か?」

「ううん……そんなことはしないよ。私も……キミと同じ思いだよ」


 意外なことに、返事はすぐだった。

 アリスは涙に濡れた瞳を怒りで燃やして……

 床に倒れている奴隷商人を睨みつけている。


「本当なら、私が殺してやりたい……でも、私は力がないから……だから、お願い! 私の代わりに……みんなの命を奪ったこの男に、罰を……!!!」

「その依頼、承った」


 今この瞬間、俺は『義賊』になった。

 力なき人々に代わり悪を討つ。

 それが俺の使命だ!


「罪には罰を。罰には罪を。おまえの生命……俺が盗むっ!」


 スキル『盗む:レベル1』発動。


「がっ……!?」


 奴隷商人は目を大きく開き、声なき悲鳴をあげた。

 息ができないのだろう。

 喉に手をやり、かきむしるような仕草をとる。


「な、なんだこれは、く、苦し……があああ!?」


 奴隷商人が俺に気がついて、手を伸ばしてくる。


「だ、誰か知らないけど、助け……た、たすけ……!」

「イヤだね」

「な……そ、そんな……!?」

「今までの報いだ。そのまま死ね」

「イヤだ、イヤだイヤだイヤだ! もっと、たくさんの贅沢を……こんな、ところでぇ……!?」

「それは、お前に踏みにじられた人もそう思っていたはずだ。それなのに、ずいぶんと都合がいいんだな? お前は……ここで終わりだ!」

「あ、あああああぁ!?」


 奴隷商人は絶望の声をあげた。

 しかし、すぐにその手から力が抜けていき……

 ほどなくして絶命した。


「終わったの……?」

「ああ、終わった」


 その夜……

 俺は真の『義賊』として覚醒した。

本日19時に、もう一度更新します。

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