6話 盗賊の真価
その後……
俺とアリスは街を歩いて、行き交う人のステータスを逐一確認した。
そして、目的のスキルの一つである『解錠』を手に入れた。
ちなみに、アリスに協力してもらい、二つ目の職業が『泥棒』である人を見つけて、そいつからスキルを盗んだ。
なので罪悪感なんてものはまったくない。
むしろ、社会貢献をしたくらいなので褒めてもらいたい。
それと関連して、もう一つ、とあるスキルを盗んでおいた。
これで準備は万全だ。
夜を待つだけとなり……
そして、陽が暮れて、空が暗闇に覆われた。
「どうするの?」
「まずは、こうする」
「ひゃ!?」
アリスを抱きかかえた。
二度目なのだから、慣れてほしいのだけど……
月明かりだけでもわかるくらい、アリスは赤くなっていた。
そんなアリスを抱えて跳躍。
そして跳躍。
再び跳躍。
そんな感じで跳躍を繰り返して、屋敷の屋根の上へ。
そのまま裏手に回り、バルコニーへ。
スキル『解錠:レベル1』発動。
鍵を開けて屋敷の中へ入る。
幸いというか、誰もいない。
物置に使われている部屋みたいだ。
「なんだか、やけに慣れていない? これが本当に初めての潜入なの?」
「初めてだよ」
俺の手から離れ、自力で床を歩くアリスは、不思議そうな目をこちらに向けてきた。
「これで初めて……だとしたら、本当に盗賊の才能があるのかもしれないね。ううん。女神さまに盗賊の職業を授かった時点で、あるいは才能もいただいた……?」
「しっ、ここから先は無駄話はなしでいこう」
話し声などは聞こえない。
夜も遅いから、もう寝ているのだと思う。
でも、油断は禁物だ。
見張りの兵がいないとも限らないし……
慎重にいこう。
アリスが無言でコクリと頷いて、俺の後ろについた。
一緒に部屋の外へ。
扉を半分開けて、廊下の様子を確認する。
警備の兵は……いない。
住人の姿も見当たらない。
誰もいないみたいだ。
でも、アリスの話によると、魔法による監視システムが構築されているらしい。
「……どうするの? 下手に廊下に出たら、監視システムに感知されちゃって、すぐに捕まっちゃうよ?」
「安心してくれ。対策はバッチリだ」
もう一つ……この時のために盗んでおいたスキルを使用する。
スキル『魔力感知:レベル1』発動。
このスキルは、魔法や魔道具が発する魔力を可視化するというスキルだ。
本来は人の目に見えない魔力だけど、このスキルを使えば視ることができるという優れものだ。
ちなみに、このスキルは蛇からいただいた。
蛇には魔力粒子を観測することができるスキルを持っていると、どこかで聞いた覚えがある。
「……よし、問題なく見えるぞ」
廊下のあちらこちらに光の線が走っていた。
あれが監視システムの探知範囲なのだろう。
普通は魔力を視るなんてことはできないが……
今の俺はそれが可能だ。
「俺の後をぴたりとついてきてくれ」
アリスと一緒に慎重に行動して、光の線を避けて……
ズンズンと屋敷の中を移動する。
ほどなくして、大事なものが収められていると思わしき書斎にたどり着いた。
部屋の中に移動したところで、話禁止を解除する。
「よし、到着だ。誰にもバレていないな」
「……」
「どうしたんだ、ぼーっとして?」
「なんていうか……改めて、キミのとんでもない能力に驚いていたところかな。ステータスを盗み、スキルを盗む……そして、このようにうまく活用する。無敵じゃないかな?」
「言い過ぎだろ」
役に立たないということはないし、むしろ、すごく助けられているのだけど……
無敵ということはない。
色々と制限があるし、問題点も大きい。
「大したことじゃない」
「これが大したことじゃないとすると、世の中の大半の人は大したことがないっていうことになるんだけど……」
「やたらと褒めるな? なにか企んでいるのか?」
「そんなことないよ。ただの素直な感想だから」
「まあいいさ。そういう話はまた今度だ。今は契約書を探そう」
アリスと二手に分かれて書斎を調べる。
机、棚、床……
色々なところを調べてみるけれど、それらしきものは見つからない。
「くそ、見つからないな……」
「もしかしたら、すでにこの屋敷にはないのかも。馬車が魔物に襲撃されたことを知り、別のところに移したとか……」
「諦めるな」
「でも……」
「なんとかすると約束した。だから、俺を信じてくれ」
「……うん。キミを信じるね」
アリスの視線から、俺に対する信頼を感じた。
この信頼に応えてみえないといけない。
落ち着いて、もう一度書斎をよく観察しよう。
それほど広くない部屋だ。
左右に棚が並んでいて、本やファイルが収められている。
中央に机。
その後ろに小さな窓。
床に絨毯。
机は二重底などの可能性も考えて、引き出しをきっちりと調べた。
しかし、なにも細工はされていない。
そうなると、残りの可能性は棚のどこかに……うん?
「この棚……おかしくないか?」
「どうしたの? 普通の棚だと思うけど」
「違う。ほら、見てみろ。左の棚は本やファイルがきちんと整理されているが、右の棚はめちゃくちゃだ」
「本当だ……ズボラな人なのかな?」
「いや。なにか意味があるはずだ」
確信めいたものを覚えて、右の棚を徹底的に調べる。
すると、がっちりと棚に固定された本を見つけた。
その本を取ろうとしても、棚に固定されていて取ることができない。
ならばと、押し込んでみると……
「正解だ」
「隠し部屋だったんだ……よく気がついたね」
ガタン、という音がして棚が横にスライドした。
その奥から隠し部屋が現れる。
小さな部屋に金庫が設置されていた。
他に物はない。
この金庫を隠しておくための部屋なのだろう。
「隠し部屋に金庫が一つだけ……どう考えても怪しいな」
奴隷商人なんてものは違法で許可されていない。
バレたら破滅だ。
契約書を表に出しておくことは考えづらく……
普通はこのような金庫などに隠しておくだろう。
「たぶん、当たりだな」
「この中に契約書が……」
アリスが複雑な顔になる。
もうすぐ奴隷から解放されるかもしれないと期待を抱いて……
同時に、本当に大丈夫なのか? と不安も覚えているのだろう。
すぐにその顔を笑顔にしてやろう。
そう思い、金庫の解錠に取りかかるのだけど……
「……くそっ、ダメだ。開けられない」
スキルのレベルが足りないらしく、金庫を解錠することはできない。
「……諦めよう」
「なにを言ってるんだよ。あと少し……少しなんだ。それで、アリスを奴隷から解放できるんだ。それなのに、諦められるわけがないだろう」
「でも、屋敷に忍び込んでけっこうな時間が経っているよ。これ以上は見つかる可能性が……だから、そろそろ引き上げないと」
「それは……いや、やっぱりダメだ。ここまで来て引き下がれない」
「どうして、キミはそこまでして私を助けてくれるの? 縁もゆかりもない、ただの他人なのに……」
「そうだな……強いていうのなら、義賊だからだな」
アリスが俺の職業の可能性を教えてくれた。
盗賊ではなくて、義賊ということを教えてくれた。
ならば、俺は義賊になろう。
涙している人を助けられるような、立派な義賊になろう。
「……そうだ!」
ふと思いついて、金庫に手の平を向ける。
スキル『盗む:レベル1』発動。
なんでも盗むことができるこのスキルならば……
「よしっ、成功だ!」
俺の手に書類の束が移動する。
金庫をすり抜けて、契約書だけを盗むことに成功したのだ。
「す、すごい……まさか、そんなことができるなんて……物体をすり抜けて物を盗む……とんでもない能力だね。何度、私を驚かせるのかな?」
「好きでやってるわけじゃない。というか、驚くのは後だ。奴隷の契約書っていうのは、これで間違いないか? 確認してくれ」
「……うん。間違いないよ、これが契約書だよ」
確認を求めると、アリスが書類を見てコクリと頷いた。
「私の契約書も……あった!」
「よし。なら、見つからないうちに撤退するぞ。行こう!」
「うんっ」
隠し部屋を後にして、棚を元に戻しておいた。
そのまま書斎を出ようとしたところで……
「っ!?」
足音が近づいてきた。
その足音の目的地は……この書斎だ。
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