5話 盗賊らしくいこう
一週間ほど歩いて、次の街……『フラウハイム』にたどり着いた。
フラウハイムは俺の故郷よりも大きな街だ。
5倍くらいの広さがあり、国で五本指に入る。
街は豊かで栄えていて、常に活気にあふれている。
たくさんの人々が住んでいて……
女神の加護に守られていて、常に笑顔で……
まさに楽園のような場所……らしい。
らしいというのは、一度も足を運んだことがないからわからないだけだ。
故郷の街を出ることがなかったからな。
「さてと……どうしようか?」
『フラウハイム』は結界に頼るだけではなくて、街をぐるりと城壁で囲い、二重の魔物対策をとっている。
入り口は東西南北に四箇所。
門が設置されているが……
憲兵が常駐している。
職業が盗賊である俺やボロボロの格好をしたアリスは、絶対に職質をされるだろう。
街に入れてもらえないだけならマシ。
最悪、不審者としてそのまま投獄されてしまうだろう。
「アリス、こっちへ」
「えっと……?」
不思議そうにするアリスを連れて、城壁に沿って歩く。
ある程度して、人目のつかないところに到着したところで足を止めた。
「ここから中に入るぞ」
「……もしかして、ここを乗り越えるつもり?」
「正解」
「無茶を言わないで。城壁は5メートルはあるんだよ? そんなところを乗り越えるなんて……」
「今の俺なら大丈夫だ」
これまでの行程で色々な魔物と出会い、その度にステータスやスキルを盗んできた。
そんな俺の現在のステータスがコレだ。
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名前:ユウキ・アストラス
種族:人間
職業:盗賊
レベル:3
HP :34/34
MP :12/12
攻撃力:46(補正値+30)
防御力:39(補正値+30)
魔力 :7
精神 :3
速度 :52(補正値+30)
運 :19
<スキル>
『盗む:レベル1』『隠密:レベル1』
『剛力:レベル1』『敏捷:レベル1』
『跳躍:レベル1』
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『敏捷』と『跳躍』のスキルを盗み、新しく習得することができた。
『隠密』はレベルアップで手に入れたものだ。
『敏捷』は速度をアップさせるもの。
アリスに鑑定したもらったところ、『速度+30』という効果が判明した。
かなりの数値だ。
ベテランの冒険者のステータスは、平均で50というから……
速度だけならば、俺はベテラン冒険者に匹敵するレベルになっていた。
ちなみに、『剛力』は『攻撃力・防御力+30』という効果だった。
こちらもチートなスキルだ。
まあ、レベル35のファングベアーが所持していたスキルだから、強くて当然とも言える。
そして、『隠密』と『跳躍』。
『隠密』は気配を消して、足音も殺すことができるという隠れスキルだ。
『跳躍』は、その名前の通り、高く跳び上がることができる。
「アリス、俺に掴まって」
「う、うん」
アリスが俺に掴まる。
細い体をしっかりと抱きとめた。
跳ぶ!
『剛力』でアリスの体を支えて……
『跳躍』で城壁を飛び越えて……
さらに『隠密』を使い、誰にも見つからないようにして……
そして、着地。
三つのスキルを組み合わせたことで、見事に城壁を飛び越えることができた。
降りた場所は人気のない裏路地だ。
運が良い。
『隠密』を使用していても、さすがにこの場を見られていたらごまかすことはできないだろうからな。
「あ、あの……」
「うん?」
「恥ずかしいから、そろそろ下ろしてくれないかな……?」
気がつけば、アリスをお姫さま抱っこするような形になっていた。
「す、すまん!」
慌ててアリスを下ろした。
アリスの頬が桜色に染まっている。
日頃、落ち着いているような印象を受けるけれど……
照れる時は照れるらしい。
そんなところがまた、女の子らしいと思った。
「それにしても……こんな方法で街に忍び込んじゃうなんて、大胆なことをするんだね。そんな人、初めて見たよ」
「感心したか?」
「半分は」
「残り半分は?」
「呆れているかな」
「やっぱり?」
自分で言うのもなんだけど、相当な無茶をしたと思う。
普通に考えてありえない。
でも……俺は盗賊だ。
普通じゃない。
「なら……盗賊らしくいかせてもらうさ」
――――――――――
誰がアリスを買った奴隷商人なのか?
まずはそれを突き止めないといけない。
私は奴隷商人です、なんて名乗っているわけがないから、見つけるのは大変だと思っていたのだけど……
意外なことに、簡単に見つけることができた。
「ここだよ」
この街で商いを営む商人の屋敷を見て回り……
三軒目でアリスが確信のある声で言った。
「間違いないか?」
「うん。間違いないと思う」
アリスが言うには……
基本、ステータスには女神さまから与えられた職業が表示される。
ただ、人によっては複数の職に就いていることもある。
その場合、二つ目以降の職業はステータスに表示されることはないのだけど……
アリスのスキル『鑑定』ならば、俺の時と同じように、二つ目以降の職業も視ることができる。
そのスキルを使ってもらい、商人の屋敷を順々に拝見。
そうすることで、『職業:奴隷商人』のステータスを持つ人物が住まう館を探し当てた……というわけだ。
「適当なことは言えないんだけど……アリスのスキルって、実はとんでもなくないか?」
「え? どうして?」
「隠されたステータスを視るなんて話、聞いたことがないし……よくよく考えてみれば、スキルの能力を暴いているし……俺が聞く鑑定士とはぜんぜん違う。とんでもないと思うよ」
「とんでもないのはキミの方じゃないかな? ステータスやスキルを盗む盗賊なんて聞いたことがないよ。たぶん、歴史書を調べても、そんな人物は存在しないよ? 自分が規格外の存在であることを理解した方がいいと思うな」
「それは俺のセリフだ」
「ううん、私のセリフだよ」
妙なところでケンカをしてしまう。
意外と言えば意外なんだけど、アリスは意地っ張りなところがあるらしい。
新しい発見をして、少しうれしく思う。
「どうして笑っているの?」
「そんな風に感情を強く出すアリスが珍しくてかわいいから」
「……そんなことないよ」
照れていた。
「これからどうしようか? 奴隷商人の屋敷は見つけた。たぶん、契約書も中にあると思う。大事なものだから、外に持ち出すとは思えないからね。でも……」
アリスがちらりと屋敷を見る。
その視線を追うと……
屈強な体をした警備の兵があちこちに配備されているのが見えた。
さらに、軍用犬も数匹、庭を歩いている。
「たくさんいるな」
「それだけじゃないよ。この屋敷を突き止める途中、色々な人に話を聞いたけど……それによると、屋敷内にも特殊な仕掛けがされているみたい」
「仕掛け?」
「魔法で侵入者の動きを探知することができるらしいよ。その魔法は目に見えなくて……引っかかると大きな音が鳴って、すぐに警備の兵が駆けつけてくるらしいの。レッドライトセンサーシステム、という警備装置みたい」
「なるほど……漫画に出てくるようなトラップだな」
「まさか、これほどの警備なんて……まるで王城みたいに堅牢だね。これらをかいくぐり、潜入するのはとても困難なことだと思うんだけど……ううん、無理難題というやつだね」
「そうか? そんなことはないと思うぞ」
「え?」
信じられないものを見るような目を向けられた。
あるいは、この人はなにを言っているんですか? ……というような感じか。
「二つ、どこからかスキルを盗む必要があるが……特に問題はないと思う」
「え? 本気で言っているの? これだけの警備なんだよ? 本気で突破できるっていうの……?」
「問題ない」
「い、言い切ったね……すごい秘策があるのか、それとも、ただ単に無知無謀なだけなのか……判断に困っちゃうな」
「不安ならアリスは外で待っていてくれても……」
「ううん」
アリスが不敵に笑う。
「キミを信じるよ」
その言葉は、俺の胸の奥に響いた。
「なんの根拠もないし、ただの勘と言えばそれまでなんだけど……でも、キミならうまくやれるような気がするの。不思議と失敗するという恐れはないよ」
「そっか……ありがとな、俺を信じてくれて」
「キミのことならば、いくらでも信じられるよ」
故郷では得られなかった信頼……
それを今、アリスから受けている。
それはとても心地よく、温かいものだった。
「それじゃあ、準備をしようか。準備は、たぶん、1時間くらいで終わると思う。その後は体を休めて……今夜、決行しよう」
「うん」
アリスはいつものように柔らかい声で……
しかし、しっかりと力強く応えた。
本日19時に、もう一度更新します。