4話 盗賊ではなくて義賊
「……あの」
女の子に声をかけられて我に返る。
そうだ。
魔物はなんとかなったが、女の子は大丈夫だろうか?
あれこれ考えるのは後にして、まずは無事かどうかを確かめないと。
「大丈夫か?」
「あ、うん……なんとか。それも全部あなたのおかげ、ありがとう」
ぺこりと、女の子がお辞儀をした。
長い髪が女の子の顔にかかる。
「すごいね。あれは、この近辺の魔物を束ねているみたいなんだけど……そんな相手と力比べをして勝っちゃうなんて。あなたみたいな強い人、初めて見たよ」
「えっと……まあ、色々とあって」
「色々? 興味深いね……でもまぁ、とてもすごいと思う」
「ありがとう。っていうか、俺のことはいいから。今は君のことだ。怪我は……」
女の子の頬がちょっと切れていた。
「じっとしててくれ」
「え?」
街を出る時に、薬も少量ながら用意しておいた。
傷薬を彼女の頬に塗る。
「これで大丈夫。高級品ってわけじゃないけど、きちんと効き目はあるはずだから、傷跡は残らないと思うぞ」
「ありがとう」
女の子が小さな笑顔を見せた。
一輪の花が咲いているような、可憐な笑みだ。
素直にかわいいと思う。
「俺の名前は、ユウキ・アストラス。職業は……盗賊だ」
ステータスを見ればすぐにわかることだ。
隠していても仕方ないと思い、素直に打ち明けた。
女の子は少し驚いたような顔をして……
でも、すぐになにもなかったように口を開く。
「私はね、アリス。アリス・スプリングガーデン。……奴隷だよ」
「えっ!?」
奴隷って……
そんなものは違法じゃないか!
奴隷商人は存在する。
でも、女神さまが与える職業じゃない。
非合法のもので、当然、厳しく取り締まられている。
アリスは肩を見せる。
そこには奴隷紋が刻み込まれていた。
「アリス、君は……」
「えっと、話は後でいいかな? もちろん、ちゃんと説明する。 ただ、今は……」
アリスは周囲に転がる死体を見る。
「みんなを弔いたいから」
「……わかった。ああ、そうだな」
俺は手頃な木の枝をスコップ代わりにして、街道から少し離れたところに穴を掘り始めた。
――――――――――
死者の埋葬は1時間ほどで終わった。
木の枝なんてもので穴を掘ることになったのだけど……
ファングベアーから盗んだスキル『剛力』のおかげで力が湧いてきて、思っていたよりも早く終わらせることができた。
魔物に見つかりたくないし、奴隷であるアリスと盗賊が一緒にいるところを他の人に見られたら、あらぬ誤解を招いてしまう。
ひとまず、アリスを連れて廃屋へ移動した。
「えっと……」
改めて話をしようとしたところで、目のやり場に困ることに気がついた。
アリスの服はボロボロで、ところどころ肌が露出していた。
「ほら」
「え?」
俺はジャケットを脱いで、アリスにかぶせた。
「寒いからな」
「……ありがとう」
アリスが小さく笑う。
この子、笑うとホントに綺麗だなあ……
って、今はそんなことを考えている場合じゃないだろう、俺。
「聞いていいか、迷うところなんだけど……」
「遠慮しないでいいよ。私はあなたに助けられたんだから。できる限りのことはしたいと思うし、聞きたいことがあるのなら答えたいから」
「うん、それじゃあ……どうして、アリスは奴隷に?」
遠回りに聞いても意味がないと思い、ストレートに尋ねてみた。
「うん。えっとね、ちょっと長くなるんだけど……」
アリスはとある街の出身で、俺と同じく、最近18歳になったらしい。
そこで女神さまから天職を与えられたのだけど……
その職業が『鑑定士』だった。
物の真偽、良否の判定をするのが鑑定士なのだけど……
女神さまの恩恵でステータスを見ることができる。
そして、人だけではなくて、物のステータスも見ることができる。
そのため、今の時代、鑑定士は役に立たないのだ。
運の悪いことに、アリスの家は家計が火の車だった。
外れ職業を与えられたアリスを養うことはできず……
そのまま奴隷商人に売られてしまったという。
「くそっ……なんだよ、それ!」
アリスの話を聞いて、思わず怒りがこみ上げてしまう。
アリスだって、好きで鑑定士になりたくてなったわけじゃないのに……
それなのに奴隷商人に売り払うなんて、ひどい親だ。
憤りを覚えていると、アリスが不思議そうな顔をした。
「どうして、あなたが怒るの?」
「こんな話、怒るだろう? あまりにひどい」
「……ありがとう」
なぜかアリスが笑みを浮かべた。
「なんで礼を言うんだ?」
「だって、私のために怒ってくれたんだよね? それは、とても素晴らしい事だと思う。誰かのために怒ることができるような、そんな人今はなかなかいないよ。だから、ありがとうね。あなたの気持ち、うれしいよ」
「別に……共感しただけだ」
照れくさくなってしまい、ごまかすようにそう言った。
「共感?」
「……今度は俺の話になるけど、アリスと似たような状況なんだ。盗賊なんて職業を与えられて、街の人から冷たい目を向けられて……なにもしていないのに犯罪者扱いだ。それに俺は耐えられず、街を出てここにきた。ある意味で、追放されたようなものだ」
「そうだったんだ……」
「俺たち、似ているんだよな。だから、アリスに起きたことを自分のことのように受け止めているのかもしれない」
「追放された者同士、っていうことだね。まあ、私は追放じゃなくて売られた身なんだけどね、あはは」
「そうだな」
「……」
「……」
「あれ? 笑わないの?」
「え? なんのことだ?」
「今の、私なりの冗談のつもりだったんだけど……」
「だとしたら、ものすごいな……センスもそうだけど、そこまで自虐的な冗談、初めて聞いたぞ」
「がっくり……」
「……ははっ。アリスっておかしなヤツだな」
ついつい笑ってしまう。
不思議だな。
街を追放された時はどん底の気分だったのに……
今は、自然と心が軽い。
アリスのおかげなのだろうか?
一緒にいると落ち着いて、温かい気持ちになることができて……
不思議な女の子だ。
「そういえば、アリスはどうして魔物に?」
「私、この先にある街へ連れて行かれるところだったんだ。でも、途中であの魔物に見つかって……」
「ああ、なるほど」
「それにしても、あんな魔物を倒しちゃうなんて、本当にあなたは強いんだね。すごいな」
「たまたまさ」
「たまたまで倒せるような相手じゃないと思うよ。過ぎた謙遜は、時に嫌味になるんだからね? あなたにはファングベアーを倒すほどの強い力がある。それは誇ってもいいことだと思うよ?」
「す、すまん……」
なぜか謝ってしまう。
「ふふっ、どうして謝るの?」
「なんか怒られてるような気がして……」
「あなたは命の恩人だもの。怒るようなことはしないよ」
「うーん、どうだろうな? アリスは命の恩人が相手でも、言う時はものをハッキリと言うタイプに見えるんだが」
「そんなことは……ありませんにょ?」
「口ごもった! それと噛んだ!」
「うぅ……」
恥ずかしかったらしく、アリスの耳が赤くなる。
初めて見る照れ顔は新鮮で、かわいいと思った。
「そ、それはともかく。助けてもらったお礼がしたいんだけど……どうしようかな? 私、なにもできないからなにをすればいいのか……」
「いいさ、気にするな」
「私を抱く?」
「ぶっ!!!?」
思い切り吹いてしまう。
「つまらない体だけど、あなたが望むのなら……」
「いいっ、そんなことをしなくていい!」
「そう? 私、そんなに魅力がないのかな……」
「自分を安売りするな」
「そんなつもりはないんだけど……」
どうして、そこで残念そうな顔をするのかなあ!?
色々と勘違いしてしまいそうになるじゃないか。
「じゃあ、お礼は……」
「えっと……あっ、そうだ。アリスは鑑定士なんだろ? なら、スキルがどんな効果を持っているのか判別することができるよな?」
ステータスを見ると、習得しているスキルの名前が表示されるのだけど……
それだけで、どのような効果があるかわからない。
だからこそ、『盗む』の真価を見極めることができなかった。
「うん、できるよ」
「なら、俺のスキルを鑑定してくれないか? 色々と知りたいことがあるんだ」
「そんなことでよければ、喜んで」
「それじゃあ、『盗む』のスキルを鑑定してほしい。このスキル、色々な用途があって、全容を掴みきれていないんだ」
「それじゃあ、じっとしててね」
アリスがじっと俺の顔を覗き込んできた。
ち、近い……
吐息が触れてしまいそうなほどの距離で、ドキドキしてしまう。
アリスの片目が光る。
その瞳に小さな魔法陣が浮かび上がる。
「……解析、終了」
鑑定が終了したらしい。
「どうだった?」
「うん。私が理解したことを説明するね」
スキル『盗む』。
その能力は、どんなものでも盗むことができる。
アイテムでもステータスでもスキルでも……使用者が望むものを盗むことができる。
成功確率はレベルに応じて上昇。
レベル1の現時点では、成功確率は30%。
使用回数は、1時間に1回。
最大で5回。
こちらも、レベルに応じて使用回数が上昇する。
……という内容だった。
すでに知っていることもあったのだけど……
でも、細かい条件を知ることができたのは大きい。
アリスに感謝だ。
「ありがとな。おかげで助かった」
「ううん、これくらいは……あれ?」
アリスが不思議そうな顔をした。
「どうしたんだ?」
「なんだろこれ? 職業のところに隠された表記があって……ちょっと見せてね」
再びアリスが距離をつめてきて、俺の目をじっと見つめた。
この瞬間は、何度でも照れるな。
「なるほど……これは……」
「ど、どうしたんだ? なにか変なことが判明したのか?」
「変なことというか……あなたの本当の職業がわかったよ」
「え? 本当の職業?」
どういうことだ?
俺の職業は盗賊のはずなんだけど……?
「あなたの職業は盗賊……これは間違いないよ」
「ああ、そうだな」
「でも、盗賊は盗賊でも『義賊』なの」
「えっ?」
『義賊』っていうと……
己のためではなくて、他者のために盗みや犯罪をする……ある種、英雄のような存在だよな?
歴史上、『義賊』は多数存在した。
圧政を敷く貴族の財を盗み、民に施しをしたり……
人をゴミのように扱う農家ばかりを狙うなど……
それが『義賊』だ。
「俺が……『義賊』……」
いまいちピンと来ない。
女神さまは、盗賊としてではなくて『義賊』としての使命を俺に与えたのだろうか?
「……よく、わからないな」
「ごめんなさい。混乱させちゃったかな?」
「いや、ありがとな。知らないよりは、知ることが大事だと思うから」
「そっか。役に立てたのならうれしいな」
アリスが笑う。
その笑顔に救われた。
その能力に救われた。
……そんな気がした。
「ところで……アリスはこれからどうするんだ?」
「……この先の街へ行って、私を扱う奴隷商人のところへ行かないといけないの」
「え? どうして? もう自由になったんじゃあ……」
「私を運んでいた人は、ただの馬車の御者なんだ。奴隷商人は別にいるの。そして、その人は奴隷の契約書を持っているから」
「契約書……」
「それを持っている人がいる限り、私は自由になることはできないの。遠く離れていても、その人の気分次第で私を殺すことができる。こうしろ、って命令を下すこともできるの。逆らうことはできないんだ。だから、奴隷商人のところへ行くしかないの」
アリスは淡々とした口調で言う。
諦めているようで、でも、悔しく思っているような顔。
辛い人生に裏で涙しているような顔。
そんな顔を見せられたら……
放っておくなんてことはできない。
「なら、俺がなんとかするか」
「え?」
自然とそんな言葉が飛び出した。
「俺は『義賊』だからな。アリスが困っているのなら、放っておくことはできない。その契約書とやらを盗み出してやるよ」
「でも私は……」
「俺に任せてくれないか?」
盗賊になって……
街を追放されて……
自覚はしていなかったかもしれないが、自暴自棄になっていたと思う。
でも、アリスと出会うことで自分を取り戻すことができた。
こうして、前を向いて歩くことができるようになった。
その力を取り戻すことができた。
なら、これは恩だ。
恩を受けたのならば返さないといけない。
『義賊』とかそういうのは関係なしに……
ただの一人の人として、アリスの力になりたいと思った。
ならなければいけないと思った。
「……お願いしてもいいかな?」
子供のような感じで、恐る恐るとアリスが尋ねてきた。
「ああ、任せておけ」
約束をするように。
誓いを交わすように。
俺はしっかりと頷いてみせた。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
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