3話 スキルを盗む!
しばらく歩いたところで廃屋を見つけた。
ボロボロだけど、屋根と壁があるだけマシだ。
冷たい夜風を遮ることができるし、魔物からも隠れることができる。
その日は廃屋で夜を過ごした。
そして、翌朝。
陽が昇り始めたところで目を覚ました。
魔物の襲撃を警戒していたせいか、あまり眠れなかったのだ。
「ふぁ……眠いけど眠れそうにないんだよな。んー……!」
その場で軽く体を動かすと、少しだけ眠気が飛んだ。
「よしっ、先へ進むとするか」
新しい安住の地を求めて、俺は隣町を目指していた。
馬車で三日と聞いている。
歩きなら一週間ほどだろうか?
ステータスは神託を受けた人なら誰でも使うことができる。
誰でも見ることができる。
つまり、俺が盗賊であることは隠しようがない。
隣町の人が盗賊である俺を受け入れてくれるか、それはわからないが……
話をしないうちから諦めたくない。
「できれば受け入れてもらいたいけど……どうなることか」
元の街で、みんながくるりと手の平を返したことが忘れられない。
神託を授かるまで、仲良くしていたはずなのに……
盗賊と判明した直後、皆、冷たい目を向けてきた。
あんな目にもう一度遭うくらいなら、もういっそのこと……
「いっそのこと……なにを考えているんだ、俺は?」
暗い考えに取り憑かれていた。
そのことを苦笑して、頭を振り、追い払う。
「前向きにいかないとな、前向きに」
努めて心を明るく保つ。
「さて……このまま街を目指してもいいんだけど、もう少し、盗賊について調べておきたいな。スキルも見落としていることがあるかもしれない」
最悪、一人で生きていくことになる。
そうなった時に、あれこれを備えておくことが必要だ。
「もう一度、魔物を相手にしてみるか。スキルを調べておきたいし……できることなら、ステータスを上げておきたいからな」
俺は街道を外れて、横に広がる森へ足を踏み入れた。
――――――――――
森といってもそれほど深いものではない。
木々は生い茂っているが、太陽の光は十分に届いていて明るい。
また、生息する魔物も変わらない。
レベル1ばかりだ。
昨日、遭遇したハンターウルフなどは、普段は森の中に住んでいて……
それが、たまたま街道に出てきただけなのだろう。
高レベルの魔物がうろついているのなら、すぐに逃げるつもりだったが……
これなら問題はない。
「よし、検証を開始するか!」
――――――――――
「ふう……こんなところかな?」
1時間後。
一通りの調査と検証を終えた俺は、額に流れる汗を手の甲で拭う。
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名前:ユウキ・アストラス
種族:人間
職業:盗賊
レベル:2
HP :29/29
MP :5/5
攻撃力:14
防御力:9
魔力 :6
精神 :3
速度 :22
運 :13
<スキル>
『盗む:レベル1』
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いくらかの魔物を相手にして、ステータスを上昇させることができた。
それだけじゃなくて、スキルについて新たなことも判明した。
まず、一度に盗める数値はランダム。
ハンターウルフ相手に速度を10盗んだが、他の相手ではそうはならなかった。
こちらは完全ランダムで設定されているみたいだ。
続けて、回数制限があるみたいだ。
5回。
それ以上スキルを使おうとすると、強烈な頭痛に襲われた。
今のスキルレベルでは、連続で使えるのは5回が限度なのだろう。
どれくらいの頻度で、再びスキルが使えるようになるのか?
そこが問題だ。
昨日はスキルを4回使った。
その後、一晩休んで……
それから5回使うことができた。
「今は……っ……無理だな」
スキルを使おうとしてみるが、再び頭痛に襲われた。
どうやら、一定のクールタイムが必要みたいだ。
数時間か一晩か……
どちらにしても、いざという時の切り札にした方がいいかもしれないな。
「少し休んでおくか」
沢山動いたから疲れてしまった。
昨日まではただの町民だったので、なかなかに辛い。
俺は森を後にして……
再び適当な廃屋を見つけて、そこで横になった。
――――――――――
「……っ!?」
体を刺すような鋭い殺気で目を覚ました。
元町民の俺が、普通なら殺気なんてものを感じられるわけがないのだけど……
こいつは桁違いだ。
質量すら伴う殺気があちらこちらに撒き散らされていて、吐いてしまいそうになる。
いったいなにが起きている……?
たぶんだけど……
こいつは俺に向けられた殺気じゃない。
こんなものを真正面から浴びたら、きっと震えが止まらない。
でも、今はある程度落ち着いてものを考えることができている。
物音を立てないように最新の注意を払いながら、壊れた窓から外を見る。
「あれは……女の子……!?」
同い年くらいだろう。
金色の髪は長く、足元に届きそうだ。
それらは大きなリボンでまとめられている。
リボンが良いアクセントになっている。
顔は人形のように整っていて、どこか人間離れしている。
神秘的なものを感じるというか……
そう、女神さまのような神々しさを感じる。
それでいて、綺麗でかわいいという、一見、矛盾した容姿を備えていた。
自然と目で追ってしまうほどの容姿の持ち主だ。
瞳が印象的だ。
強い意思を感じさせて……
ただただ、まっすぐと前を向いている。
そんな容姿とは正反対に、ボロボロの服を着ている。
靴もはいていない。
彼女と対峙しているのは……大きな魔物だ。
熊に似ている。
3メートルほどはある巨体に、口から槍のような牙が二本、突き出ていた。
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名前:ファングベアー
種族:魔物
職業:――
レベル:35
HP :245/245
MP :0/0
攻撃力:68
防御力:53
魔力 :8
精神 :6
速度 :16
運 :29
<スキル>
『剛力:レベル1』
『気絶耐性:レベル1』
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レベル35っ!?
思わず声にして叫んでしまいそうになる。
この辺りはレベル1の魔物しかいないと思っていたのだけど……
どうしてあんな大物が?
動揺をなんとか抑え込みながら、観察を続ける。
すると、少女の他に人が倒れているのが見えた。
血溜まりの中に伏している。
もう息はないだろう。
彼女と似た服装の女の子が数人……同じように倒れていた。
やはり、息はないだろう。
「グァアアアアアッ!!!」
ファングベアーが吠えた。
空気が震えているのかと錯覚してしまうほどに力強く、恐ろしい。
女の子は動かない。
いや……動けないのだ。
顔を青くして、小さく震えているのがわかる。
「……悪いけど、恨まないでくれよ」
ハンターウルフ程度ならなんとかなった。
でも、あれは無理だ。
とてもじゃないけど、俺の手に負えない。
幸い、ファングベアーはこちらに気がついていない。
ここで息を殺して隠れていればやり過ごすことができるだろう。
でも……代わりに、女の子が死ぬ。
「……」
胸が締めつけられるように痛い。
呼吸が乱れそうになる。
俺とあの子は関係ない。
知り合いというわけではないし、話したことすらない。
助ける義理なんてない。
義務もない。
だけど……だけど!
「くそっ!!!」
女の子を見捨てる?
そんなことをしたら、俺は一生、自分のことを許せない!!!
「きみは……!?」
俺は廃屋から飛び出して、短剣を構えた。
女の子が驚いているが、今は応えるヒマはない。
一応、勝算はある。
速度は俺の方が上だ。
一撃もくらわなければいい。
「グァアアアッ!!!」
ヤツの攻撃をかいくぐり……
スキル:『盗む』発動。
あれから少し時間が経っているから、使えるのではないか?
賭けになるが……どうやら成功したようだ。
頭痛を覚えることはなく、スキルが発動した感触が伝わる。
「ステータス、オープン!」
どのステータスを盗むことに成功したのか?
奪った数値は?
結果が戦況に大きく関わる。
それを確かめるため、ステータスを表示させた。
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名前:ユウキ・アストラス
種族:人間
職業:盗賊
レベル:2
HP :29/29
MP :5/5
攻撃力:44
防御力:39
魔力 :6
精神 :3
速度 :22
運 :13
<スキル>
『盗む:レベル1』
『剛力:レベル1』
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「え、なんだこれは!? ステータスが大幅に上昇している……?」
しかも、見たことのないスキルが増えている?
「グァッ!!!」
「しまっ……!?」
ステータスに気をとられてしまい、反応が遅れた。
ファングベアーが丸太のような腕を振るう。
俺は反射的に腕を交差させて顔を守る。
しかし、そんなことは意味がない。
鉄球を紙で受け止めるようなものだ。
一撃で粉砕される。
される……はずだったのだけど。
ガシィッ!!!
「は?」
俺は……当たり前のように、ファングベアーの一撃を受け止めていた。
ずっしりとした感触があり、体がやや後ろに押された。
でも、それだけだ。
粉砕されるということはなくて、しっかりと防いでいた。
「うそ……!? ファングベアーは岩も砕くほどの力を持っているのに、そんな攻撃を受け止めて無事なんて……しかも、素手で受け止めるだなんて!?」
女の子が驚いていたが……
それほどのものじゃない。
こいつ……これだけの力しかないのか?
それとも、力が落ちている?
そして……俺の力が増えている?
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名前:ファングベアー
種族:魔物
職業:――
レベル:35
HP :245/245
MP :0/0
攻撃力:38
防御力:23
魔力 :8
精神 :6
速度 :16
運 :29
<スキル>
『気絶耐性:レベル1』
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ステータスを確認すると、ファングベアーのスキルが一つ消えて、ステータスが大幅に低下していた。
これしか攻撃力がないのなら、ノーダメージというのも納得できる。
ただ、なんでこんな結果になったのか意味不明だ。
わけがわからない。
わからないが……このチャンスを逃すわけにはいかない!
「はぁっ!」
まずは、ファングベアーの顎を蹴り上げる。
わずかな隙を作り出せればいい。
脳震盪を引き出せれば、なおさらいい。
その隙に短剣で頭部を攻撃する。
そうすればチャンスが……
……なんて思っていたのだが。
「グギャアアアアアッ!!!?」
顎を蹴ると同時に、骨を砕く感触が伝わる。
ファングベアーは断末魔の悲鳴をあげて……そのまま倒れた。
数度の痙攣の後、完全に動かなくなる。
「えっと……あれ?」
もしかして……
俺、素手でファングベアーを倒したのか?
「ファングベアーを素手で……私、夢でも見ているのかしら? こんなの普通ありえない……」
そうだ。
女の子が言うように、ありえない。
ありえないのだけど、目の前の現実がそれを証明していた。
いったい、なぜ?
頭の中に疑問符が次から次へと浮かび上がり、いっぱいになる。
知恵熱が出てしまいそうだ。
「って、もしかして……」
ステータスを見た時、スキルが追加されていた。
『剛力:レベル1』
元々はファングベアーが所持していたスキルだ。
名前の通り、力を強化するスキルなのだろう。
でも、今は俺が所持している。
俺のスキルになっている。
考えられることは一つ。
俺のスキルは、ステータスだけじゃなくてスキルも盗むことができるのか?
本日19時に、もう一度更新します。