表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/20

20話 再生

 ひだまり亭が炎上して、三日が経った。


 治癒院に入院していたエストだけど、順調に回復して……

 今日、無事に退院することができた。


「おめでとう、エストちゃん」

「ありがとうございます」


 アリスが優しく声をかけると、エストも笑顔を見せた。


 ひだまり亭の件で、入院した当初は激しく落ち込んでいたものの……

 時間が経つことで心の整理をすることができたらしく、今は落ち着いて見えた。


 もっとも、心の傷が癒えたわけじゃない。

 無理をしているだけで、心はズタズタだろう。


 だからこそ、その傷を少しでも癒やしてあげたいと思う。


「エスト。この後、時間はあるか?」

「え? あ……はい。大丈夫ですけど……」

「なら、ちょっと時間をくれないか? 見せたいものがあるんだ」

「はあ……」


 よくわからないという感じで、エストはきょとんとしていた。

 そんなエストを、アリスと二人で案内する。


 行き先はひだまり亭があった場所だ。

 三日前、完全に燃えてしまい、なにもなもなくなってしまった。


 でも……


「あ……」


 ひだまり亭の跡地に到着すると、エストは驚きに目を大きくした。

 ぽかん、という擬音がぴったりの顔をしていた。


「こ、これは……なんで……」


 エストの心を癒やすには、どうすればいいか?

 やはり、両親との思い出が詰まったひだまり亭を取り戻すのが一番だろう。


 しかし、それはとても難しいことだ。

 できることなら、時間を巻き戻してひだまり亭が燃えることをなかったことにしたい。

 とはいえ、そんな力はさすがに持っていないわけで……


 だから、一から作り直すことにした。


 アジャイルの金庫から拝借した金を使い、大工を雇った。

 元はといえば、エストのような人たちから巻き上げられた金だ。

 エストに還元するくらい問題ないだろう。


 図面は、アリスのスキル『空間分析』を使い、まったく同じものを描いた。

 そして、さっそく工事にとりかかってもらった。


 さすがに三日で宿を建てることはできないので、今は足場が組まれているだけの状態だ。

 それでも、第一歩を踏み出すことはできた。

 再生のための第一歩だ。


「本当なら、再建したひだまり亭を見せてやりたかったんだけど、さすがに時間が足りなくてな」

「でも、大工さんたち、とてもがんばってくれてるから、一ヶ月で完成するみたいだよ」

「どうやって、こんな……私、どうやって恩を返せばいいのか……お金だって……」

「恩とか、そういうことは気にするな。俺たちが好きでやったことだ。金も……まあ、善意の協力者があってのことだ」


 さすがに、アジャイルの財を利用したとは言えず、その辺りは適当にごまかしておいた。


「どうしても気にしちゃう、っていうのなら、またエストちゃんのおいしい料理を食べさせてほしいな。お父さんとお母さんから受け継いだ料理を」

「ユウキさん……アリスさん……っ……ありがとうございます!」


 涙をいっぱいにためて……

 それでいて、笑顔を浮かべて、エストはぺこりと頭を下げた。


「あと、宿はアリスと一緒の部屋に泊まるといい」

「えっ……でも、そんな……」

「泊まる場所がないだろ?」


 ひだまり亭は再建中で、工期は一ヶ月近く。

 その間、エストは家がない。


 俺たちで金を出してもいいのだけど……

 あいにく、そこまで手持ちがあるわけじゃない。


 アジャイルの財をくすめておけば、金に困ることはないが……

 それでは、本当にただの強盗だ。

 俺たちは信念を持って、盗賊として活動している。

 ただ他人のものを奪うだけのような輩に落ちるつもりはない。


「今、私たちが泊まっているところは部屋が大きいし、部屋単位での契約なんだ。だから、エストちゃんが一人増えても問題はないの」

「あれ? ということは、お二人は別々の部屋なんですか?」

「え? もちろん、そうだよ」

「そ、そうなんですか……てっきり、一緒の部屋なのかと……」


 一緒の部屋ということは……

 エストからは、俺たちがそういう関係に見えていたのだろう。


 さすがにそれは恥ずかしかったらしく、アリスが赤くなる。

 俺も、なんて返したらいいかわからなくなってしまう。


「そ、それは……うん、さすがにね。まあ……私は一緒でもいいんだけど」

「え?」


 今、なんて?


「とにかく。エストちゃんが気にする必要はないよ」


 問い返す間もなく、話が先へ進んでしまう。


「一緒の部屋に泊まろう? 部屋が広いから、一人だとちょっと寂しいんだよね。だから、エストちゃんが来てくれるとうれしいな」

「ありがとうございます。その、あの……お世話になります」


 ぺこりと、エストが再び頭を下げた。




――――――――――




 その夜……

 エストの手荷物をアリスの部屋に運んだ後、1階の食堂でごはんを食べることにした。


 俺はガッツリと肉をメインにしたメニューを。

 アリスはバランスよく肉と野菜の両方をメインにしたメニューを。

 エストはどちらかというと野菜の方が多いメニューを、それぞれ注文した。


 俺とアリスはエール、エストはジュースで、それぞれ乾杯をしてごはんを食べる。

 ただ、ほどなくしてエストの手が止まってしまう。


「どうしたの、エストちゃん?」

「えっと……」


 エストは難しい顔をしていた。

 言うべきか、言わないべきか。

 そんな風に迷っている感じで……何度か口を開いたり閉じたりした。


「その……ここまでしてもらったのに、弱気になったらダメなんですけど……でも、これから先、うまくやっていけるのかな……って、ついつい考えてしまって」


 エストの懸念はもっともだ。

 宿を建て直したとしても、再び狙われたりしたら意味がない。


 ただ、その点についてはもう心配いらない。


「問題はない。ひだまり亭を狙っていたアジャイルなら、死んだよ」

「えっ!? そ、そうなんですか……?」

「ああ。先日、不慮の事故で亡くなったそうだ」


 憲兵隊は調査の結果、そういう結論を出した。

 他殺と判断されて、捜査が行われるだろうと思っていたのだけど……

 意外なことに事故死という結果に落ち着いた。


 アジャイルがそうしたように。

 俺たちも証拠を残すことなく、完全犯罪をやり遂げた。

 だから、憲兵隊も犯人はおらず、事故と判断したのかもしれない。


 夜……金庫を開けようとしたところ、金庫が傾いてしまい、中のものが一気に溢れだした。

 それに飲み込まれたアジャイルは、高齢ということもあり脱出できず、そのまま……

 そんな答えを出したのだろう。


「強引な方法はアジャイルがいたからこそ……だ。アジャイルがいなくなった今、ひだまり亭を狙うヤツはいない」

「街の人も謝っていたよ。エストちゃんの力になれなくて申し訳ない、って」

「そんな……それは仕方のないことで……」

「今回、大工の人ががんばってくれている、っていう話をしたよね? その人たちもエストちゃんのことを気にしてたらしくて、せめてもの罪滅ぼしとして、ひだまり亭の再建を手伝いたいんだって。そういうわけで、がんばってくれているの」

「ひだまり亭が元通りになれば、客足はまた元に戻るさ」

「……なんか、夢みたいです」


 エストがぽつりと言う。


「私、本当はもうダメなのかな、って半分くらいは諦めていたんです。でも……ユウキさとアリスさんと出会ってから、色々なことがうまくいって……ひだまり亭は燃えちゃいましたけど、でも、また元通りにしてくれて……ありがとうございます」


 改めてという感じで、エストが頭を下げた。


「なんていうか、うまく言葉にできないんですけど……私、お二人にすごくすごく助けられました。お二人がいなかったら、私はここにいないと思います。だから、ありがとうございます」


 一度は壊れてしまったエストの笑顔……

 でも、きちんと再生することができて、今、とてもいい顔をしていた。


 エストの笑顔。

 それが、今回の仕事のなによりの報酬になるだろう。

すみません。

心が折れたので、こちら、一気に投稿でこちらで終わりとなります。

この作品に関しましては、今後、感想の返信はいたしません。

色々と拙いところがありながらも、たくさんの方に読んでもらうことができました。

そのことはうれしく思い、ただただ感謝です。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ