18話 魔法騎兵
夜。
俺とアリスはアジャイルの屋敷に侵入した。
奴隷商人ほどの警備は敷かれておらず、今の俺たちならば楽勝だ。
スキル隠密を使い、屋敷内の人に気づかれないように移動して、アジャイルの寝室を探す。
ほどなくして、それらしい部屋を見つけることができた。
「ちょっと待っててね」
自分の出番とばかりに、アリスが前に出る。
「スキル『空間分析:レベル2』……発動」
扉に手を当てて、アリスがスキルを発動させた。
以前、アリスに説明をしてもらったのだけど……
特定の空間を頭の中に立体図として映し出すことができるという。
今、アリスの頭の中には、部屋の中の光景が鮮明に映し出されているだろう。
それがアリスの鑑定士としてのスキル……空間分析だ。
空間そのものを鑑定する。
俺のことをチートチートとアリスは言うが、本人も存外にチートな気がした。
「……うん、視えたよ」
「どうだった?」
「この部屋で間違いないよ。中にアジャイルがいる」
「……」
「どうしたの、ユウキくん?」
「奴隷商人の時みたいに、隠し部屋がないか調べられるか?」
「うん、大丈夫だけど……」
不思議そうにしながらも、アリスは調査をしてくれた。
「隠し部屋はあるみたい。同じくらいの大きさの部屋かな? たぶん、金庫が置かれていると思う」
「やっぱりな」
こういうヤツは、自分の部屋に大切なものを隠しておく。
「隠し部屋に窓とかはないみたいだから、逃げられる心配はいらないよ」
「それについては心配していない。ちょっとした、アジャイルにふさわしい罰を考えていたところだ」
「ふさわしい?」
「さあ、行くぞ」
アリスの疑問に応えず、部屋の扉を開けた。
とても広い部屋だ。
中央に応接用のソファーとテーブル。
左右に本棚などの調度品。
美術品なども飾られていて、騎士の鎧も設置されていた。
そして……テーブルの手前にアジャイルの姿が。
「……なんだ、貴様らは?」
さすが、一代で財を築いた大商人というべきか。
不審者が現れても動じることなく、堂々としていた。
「うん? 待てよ、その顔、見覚えがあるぞ……そうか! あの宿で私に絡んできた生意気な小僧か!」
「正解」
「ふんっ、ただの小僧ではなくて盗人だっということか。愚かな」
アジャイルから余裕の色が消えない。
以前、アジャイルのステータスは確認している。
大した力は持っていない。
それなのに、これだけの余裕を持つことができるということは……なにか隠し玉があるのかもしれないな。
「ユウキくん、気をつけてね」
「ああ」
アリスも同じ感想を抱いたらしく、不用意に飛び込むようなことはせずに警戒していた。
「なにをしに来た?」
「お前に罰を与えに」
「罰だと? なにをバカな、私がいったいなにをしたというのかね?」
「とぼけないでっ」
アリスが怒りに吠える。
「あなたは、部下に指示をしてひだまり亭に火を点けた。それだけじゃないわ。三ヶ月前、エストちゃんの両親を殺した。ひだまり亭の土地が欲しいからという、身勝手極まりない理由で一人の女の子の幸せを奪ったのよ!」
「幸せを奪う? ふんっ、あの親子がバカなのだよ。私がせっかく金を出して無意味な宿を買い取ってやると言ったのに、断るなんて……私の邪魔をした報いだ。私はなにひとつ、責められるようなことはしていないさ」
こいつ……正真正銘のクズだ。
自分の行いを恥じるどころか、正しいと思いこんでいるなんて。
「お前のようなヤツがいるから、エストのように涙する人が絶えないんだ」
「ふん、だったらどうする?」
「その歪みを正す」
俺は拳を構えて……
アリスは、以前、街で購入した短剣を手にした。
「くくくっ」
完全に追いつめられているはずなのに、アジャイルは笑っていた。
「私はな、一つ、楽しみがあるのだよ。それはな……貴様らのような勘違いした愚か者を殺すことさ! グルグ!」
アジャイルの声に反応して、騎士の鎧の目が光る。
ガシャン、と金属音を響かせながら、3メートルはあろうかという大きな体を動かす。
「こいつ……魔法騎兵か!?」
その名前の通り、魔法の力で動く騎士の人形だ。
攻撃力、防御力共に優れていて……
おまけに高い魔法耐性を持っている。
ついでに言うのなら、とことん頑丈だ。
手足が砕けたとしても動きを止めることはない。
その程度の傷は、魔法騎兵にとっては軽いものでしかなくて……
特殊な機構が作動して、自動的に修復されてしまう。
コイツを倒すには核を壊さないといけない。
しかし、その核は何重もの装甲で守られていて、並大抵の攻撃で突破することはできない。
魔法騎兵の装甲は鋼鉄よりも硬く、鉄製の剣で斬りつけても、剣の方が砕けてしまうだろう。
重厚な装甲と自動再生能力。
決して倒れることのない不死身の兵器……
それこそが魔法騎兵だ。
「なんで、魔法騎兵がこんなところに……」
アリスは訝しげな顔になる。
その疑問はもっともだ。
魔法騎兵は本来は街の防衛のために使われるはずで、それ以外の用途で使用されることはない。
外に流出するなんてもっての他で……
個人が運用するなんて話、聞いたことがない。
「はははっ、どうだね、驚いたかな?」
「どこでこんなものを……」
「私くらいの商人になると、色々なルートを開拓していてね。護身用に一体、購入したのさ」
「なるほど……横流し品っていうわけか」
「性能は本来のものと変わらないぞ。グルグ、その力を見せてやれ!」
グルグと呼ばれた魔法騎兵は、手にしたランスを構えて、超速の突きを見せた。
「くぅっ!?」
刺突がアリスを襲う。
アリスは咄嗟に短剣を盾にして、その攻撃を防いだ。
しかし、完全に衝撃を殺すことはできず……
盾にした短剣は粉々に砕けた。
さらにアリスの体が吹き飛ぶ。
「アリス!」
咄嗟に跳んで、アリスの体を受け止めた。
「大丈夫か!?」
「う、うん……ありがとう」
短剣が身代わりになってくれたみたいで、アリスは致命的なダメージは負っていないみたいだ。
しかし、衝撃が体を蝕んでいるらしく、つらそうな顔をしている。
「ごめんね……まさか、あそこまでとは思わなくて」
「いいさ。後は俺に任せてくれ」
アリスを後ろに下がらせて、俺が前に立つ。
魔法騎兵と対峙した。
相手は意思のない人形なのだけど、殺気のようなものを感じた。
それは、この魔法騎兵が持つ力なのだろう。
強い力が圧となって、ピリピリと空気を震わせていた。
「くくくっ……この瞬間、たまらないな」
「なんだと?」
「貴様らのように、自分こそが正しいと信じた勘違いした愚か者が、この私に牙を剥く……そして、それを圧倒的な力でねじ伏せる。お前たちのような相手を返り討ちにすることはとても楽しいのだよ。だからこそ、あえて私は侵入者が入りやすいようにしている」
「悪趣味だな」
「ふん、なんとでもいえ。私の崇高な趣味は愚者には理解できぬさ。なにしろ、貴様らは狩られる側。くくくっ……さあ、泣いて許しを請え。ひょっとしたら、私の気が代わり、命は助けてやるかもしれないぞ?」
「欠片もその気がないくせに、よく言う」
「ふはははっ、当たり前だ! せっかくの獲物だ! 久々の狩りだ! この瞬間、たまらぬ……! おっと、逃げられると思うな? 鍵は私が遠隔で閉めた。それに、この部屋は防音だから外に音が漏れることはない。くくく……せいせい泣き叫んで、私を楽しませてくれよ。さあ、絶望に泣き叫び、悲鳴という名の素敵なメロディを聞かせてみせろ! いけっ、グルグ! はははははっ!!!」
魔法騎兵が突進して、手にしたランスを突き出してきた。
俺は……
そのランスを、がしっ、と鷲掴みにして止める。
「ははは……は?」
「こんなものか」
「ば……ばかなっ!!!? 魔法騎兵の攻撃を素手で受け止めるなんて……なっ……なんだ、そのステータスは!?」
こちらのステータスを確認したらしく、アジャイルが顔をひきつらせた。
「レベルは大したことないのに、なんていう数値なのだ……まるで一流の冒険者……いや、それ以上……ばかなっ、なんでそんなヤツがこんなところに!?」
「それに答える必要性を感じられないな」
「くっ……し、しかし、魔法騎兵を倒すことは叶わないはずだ。確かに、高いステータスを持っているが、それだけで頑丈な装甲を貫き、核を潰すことは不可能だ。そう、まだ私の勝利は揺るぎないものであり……」
「核っていうのは、コレのことか?」
「……は?」
核を見せつけてやると、アジャイルは、今度こそ言葉を失った。
唖然とした様子で、ピシリと固まっている。
もちろん、コイツはスキルで盗んだものだ。
成功確率は決して高くなくて、二度、スキルを使うことになったけれど……
こうして無事に核を盗むことができた。
核を失ったことで、魔法騎兵の目から光が消えた。
続けて、ガクンと体から力が抜けて、床に膝をついた。
「絶望するのはどっちだろうな……なあ?」




