17話 果てのない悪意
その後……
騒ぎを聞きつけた憲兵隊によって消火された。
しかし、時はすでに遅く……
ひだまり亭は完全に崩れ落ちてしまっていた。
憲兵隊に軽い事情聴取を受けた後、俺たちは治癒院に運ばれた。
俺は体のあちこちに軽度の火傷。
エストは熱風で喉を痛めた、という診断結果を受けた。
幸いというか、大した怪我じゃない。
魔法で治療をしてもらい……
俺たちは、そのまま治癒院で一夜を過ごした。
「エストちゃん、入るよ」
朝……目が覚めた後、看病をしてくれていたアリスと一緒に、エストが入院している部屋を訪ねた。
エストは軽傷だったけれど、熱風と一緒によくないものも吸い込んでしまったらしく、体が弱っていた。
なので、一人別室で安静にしていた、というわけだ。
「あ……ユウキさん、アリスさん」
数時間ぶりの再会。
エストは……ひどい顔をしていた。
明るい笑顔が似合う子だったのに、今は欠片も笑っていない。
この世の絶望を全て詰め込んだような顔をしていて……
どこか目が虚ろで……
見ている方が辛くなるような、心が痛む顔をしていた。
「ユウキさん、火傷は大丈夫ですか……?」
「大したことないさ。昨夜、治癒師に魔法で治してもらったから問題ない。それよりも、エストはどうだ? 喉だけじゃなくて、体も弱っているんだろう?」
「はい……私も大丈夫ですよ……」
そんなに元気のない顔で言われても説得力がない。
どうにかして励ましたいのだけど……
ひだまり亭を失ったエストに、今は、どんな言葉も届かないだろうな。
「あのね、エストちゃん」
それでも、アリスはなにかしら言葉をかけようとしたが……
「やあ、フラウニル嬢。もう起きていたのかい? 怪我をしていないようでなによりだ」
今、この場で一番聞きたくない声が聞こえてきた。
振り返ると、部下を引き連れたアジャイルの姿が。
エストがこんな目に遭っているというのに、楽しそうにニヤニヤと笑っている。
「アジャイル……さん」
「火事が起きたと聞いてね。それで、フラウニル嬢が入院したとも聞いた。大丈夫かい?」
「はい……私は大丈夫です……」
「そうか、それはよかった。あのつまらない宿を一緒に燃えていたら、目も当てられないからね」
「っ」
「しかし……こう言ってはなんだが、火事を起こすのはいただけないなあ。火の始末はきちんとしていたのかい? 下手をしたら、周囲にも炎上していたのだよ。まあ、今回は宿一つで済んだみたいだがね」
「それは……」
「やはり心配だね。フラウニル嬢にきちんと管理ができるのかどうか……どうだね? 宿は燃えてしまったが、今からでも遅くない。土地の権利証を我々に管理させてくれないかね?」
「で、でも……私、は……」
「フラウニル嬢。キミはものわかりのいい子になるべきだ。そのように駄々をこねていたら、また、同じような悲劇が起きるかもしれないよ」
「っ!?」
こいつ……!
遠回しにエストのことを脅している。
そして、自白したようなものだ。
今回の件は自分の仕業なのだと。
そして、従わないようなら店を燃やすだけでは済まさないぞ……と。
火の回りがやけに早いと思っていたが……
やはり、人為的なものだったのか!
思わず掴みかかりそうになってしまうが、ぐっとこらえた。
今はまだ、証拠がなにもない。
アジャイルがそれらしいことを口にしているだけだ。
「よくよく考えてほしい。今回は宿を失った。しかし、次はそれ以上のものを失うかもしれない。例えば……三ヶ月前のように、フラウニル嬢の両親のような事件が起きるかもしれない」
「……あっ……」
「明日まで返事を待つとしよう。よく考えておいてくれたまえ」
言うだけ言って、アジャイルは部屋を出ていった。
塩でもあれば塩をまきたい気分だ。
でも……今はエストのことが気になる。
「エスト、大丈夫か? あんなヤツの言うことを気にする必要は……エスト?」
エストは小刻みに震えていた。
自分を抱きしめるようにして……
軽くうつむいて、なにかに怯えるように震えていた。
「やっぱり……あ、あの人が……お父さんとお母さんと……」
「エスト、どうしたんだ? エスト!」
「あ……」
強く呼びかけると正気を取り戻したらしく、エストがこちらを見た。
その心をいたわるように、アリスが優しく声をかける。
「エストちゃん、今はゆっくり休もう。難しいことは考えなくていいから……ね?」
「はい……ありがとうございます」
しかし、エストは横になろうとしない。
今まで見たことのないような険しい顔をしていた。
「もしも……」
ぽつりとつぶやく。
「もしも、アジャイルさんがお父さんとお母さんを……そうだとしたら、私は……絶対に許せません……!」
――――――――――
ほどなくしてエストは眠った。
ずっと看病していたいのだけど、アリスと秘密に話したいことがある。
俺たちは外に出て、人気のない裏路地に移動した。
「……さっきのエストちゃんの話、ユウキくんはどう思う?」
「そうだな」
エストの言葉……そして、アジャイルの言葉を頭の中でまとめる。
そこから、いくつかの答えが導き出される。
「まず……今回の火事は、アジャイルの仕業だろうな。あまりにも火の回りが早すぎる。人為的なものと見て間違いない」
「そして、そんなことをする人はアジャイル以外にいない、っていうわけだね」
「それと……たぶん、ヤツは他にもやらかしている」
「エストちゃんの両親……だよね?」
アリスも俺と同じ考えに行き着いたらしい。
アジャイルは、火事とは関係のないはずのエストの両親のことに触れた。
そしてエストは、アジャイルに強い憎悪を向けた。
ここから考えられる事実はただ一つ。
三ヶ月前のエストの両親の死に、アジャイルが関与している……ということだ。
例えば……
宿を手に入れるために、いやらがせは前々から行われていた。
しかし、エストの両親は決して屈しなかった。
業を煮やしたアジャイルは、エストの両親を殺害した。
そう考えると、色々と辻褄が合う。
「エストちゃんの両親に手をかけていたなんて……もしも、それが本当のことだとしたら……私、許せないよ! エストちゃんから両親を奪って……さらに、その思い出まで奪うなんて!」
アリスが拳を強く握りしめた。
爪が刺さり、血が出てしまうほどに強く……
彼女の怒りはそれほどまでに大きい。
俺も同様に強い怒りを覚えていた。
金のために一人の女の子の幸せを奪う……
そんなこと、許されていいはずがない。
「状況証拠は揃っているな」
時と場合によっては、証拠がなくても盗賊団と活動することはやぶさかではない。
ただ、できる限り、確かな証拠が欲しい。
ターゲットは生きるに値しない愚者だという、証が欲しい。
俺たちは、憲兵隊のように法で悪を裁くわけではない。
力で悪を滅ぼすのだ。
いや。
こう言うと、まるで正義の味方みたいに聞こえるな。
そんなものじゃないし、力のない人々のために、と善を気取るつもりもない。
多少は誰かのために、という思いはある。
けれで、それは言い訳だ。
俺自身が悪を許せない。
だから、罰を下す。
独断と偏見であり、言い訳ができないほどに、俺は悪だろう。
でも、だからどうした?
俺は、俺のやりたいようにやる。
あんなクズが生きていて、エストのような子が泣いている現実なんて、絶対に間違っていると思うから。
「その点については問題ないよ」
「どういうことだ?」
「私のスキルに、心眼っていうのがあるのを覚えている?」
「ああ、あれか。俺は鑑定士じゃないから、効果はわからないが……」
「あれ、物の記憶を読み取ることができるんだ。色々と限定されているし、好きな記憶を読み取られるわけじゃないんだけどね」
「マジか」
それ、とんでもない能力じゃないか。
鑑定士といいながら、アリスはとんでもないチートスキルを有していた。
いや。
記憶を鑑定する、という言い方なら、鑑定士の範囲内なのだろうか?
「対象に直接触れないといけない、半年以内の記憶のみ……とか、色々と制限はあるんだけどね。さっき、憲兵隊の詰め所に行って、エストちゃんの両親の事件の証拠品を鑑定してきたの」
「そんなこと、よくできたな?」
「さすがに見せてもらうことはできなかったから、その辺はこっそりと……ね」
アリスも、なかなかこちら側に染まってきていた。
「エストちゃんの両親を殺害した凶器の記憶を見たら……犯人が映っていたよ。アジャイルだった」
「直接、手を下していたのか……」
「部下に手伝わせて、犯行に及んだみたい。失敗できない時は、誰も信用しないで、自分の手でやるのが確実……っていう風に考えているんじゃないかな? 今回の火事も、たぶん、どこかで本人が直接関わっていると思う」
「それも記憶の鑑定を?」
「うん。火事の現場を視て、放火の瞬間、アジャイルの姿が映っているのを確認したよ」
いつか、アリスから奴隷商人の話を聞いた時のように……
奴隷商人の醜い言動を目の前にした時のように……
心がスゥッと冷えていく。
「ユウキくん、どうするの?」
「決まっている。罪には罰を。罰には罪を。アジャイルの生命を……盗むっ!」




