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16話 炎

「……ん?」


 ふと、目が覚めた。


 まだ部屋は暗い。

 体感的に考えて、たぶん深夜だろう。


 三人で一緒に寝ているから緊張してしまい、眠りが浅いのかもしれない。

 それで、何気なく目が覚めたのかもしれない。


 俺は再び目を閉じようとして……


「……いや、待て」


 なんだ、この焦げ臭い匂いは?

 それに外が騒がしい。


 ベッドから降りて窓の外を見る。

 すると……


「なっ……!?」


 炎が見えた。

 赤い赤い炎。

 それは……このひだまり亭を包み込んでいた。


 火事!?

 バカな、火の元はきちんとエストが管理しているはずだ!

 それなのに、どうして……


「くそっ、考えている場合じゃないか! アリスっ、エストっ、二人共起きろ!」

「んぅ……どうしたの、ユウキくん……?」

「あふぅ……眠いですぅ……」


 二人がもぞもぞと動いて体を起こした。


「火事だ! このひだまり亭が燃えている!」

「……えっ」


 俺の言葉の意味を理解して、エストが絶望的な表情をした。

 それでもまだ、この目で見るまでは信じられないというように、慌てて部屋の外に出る。


 すると……


 ゴゥッ! と熱風が吹き付けてきた。


「きゃっ!?」

「エストちゃん!」


 アリスが慌ててエストを抱き寄せる。


「大丈夫っ、エストちゃん!?」

「は、はい……こほっ、けほっ……大丈夫、です……」


 見た感じ、火傷を負っている様子はないが、どこか声がおかしい。

 今の熱風で喉を痛めたのかもしれない。


「アリスはエストを頼む!」

「うんっ、任せて!」


 様子を確認するために廊下へ出ると、そこは火の海だった。

 床、壁、天井……

 ありとあらゆるところに炎が這い回っている。

 獲物に群がるハイエナを連想した。


「くそっ、どういうことだ!?」


 これだけ燃えているのに、ぜんぜん気づかなかった?

 感知スキルは持っていないけれど、だからといって、俺たちはそこまで鈍いということはない。

 いくらなんでも、ここまで火の手が回る前に気づいたはずだ。


 ということは……

 こちらの認知を遥かに上回る速度で火の手が回った?

 そんなこと、人為的にしか……って、だから考えてる場合じゃないだろう、俺!


 急いで部屋に戻る。


「ユウキくん! 部屋の外は!?」

「もうダメだ。すぐそこまで火の手が回っている。そこの窓から飛び降りて脱出するぞ!」


 着替えはそのままに、最低限の荷物をまとめた。


「あっ……」

「どうしたの、エストちゃん?」

「お父さんとお母さんからもらったレシピノート……ひだまり亭の味……私の部屋に……」

「それは……」


 思わず苦い顔をしてしまう。

 エストの部屋は1階だ。

 これだけ燃えている中を進むことは自殺行為だ。

 それに、いつ崩れ落ちるかわからない。


「ご、ごめんなさい……わがまま、言いました……すぐ、脱出しましょう……」

「……アリス。エストを連れて先に行け」

「ユウキくんは?」

「俺はちょっと用事を思い出した」

「……うん。わかったよ。気をつけてね?」


 なにもかもお見通しというように、アリスは優しく笑った。

 その笑顔が俺に力を与えてくれる。


「え、え……? ユウキさん、なにを……部屋の外はあんなに燃えていたのに……」

「いいから行けっ、アリス!」

「うんっ」


 アリスはイスを投げて窓を割る。

 そして、エストを抱えて跳んだ。


「ユウキさんっ……!!!?」


 アリスに抱えられたエストが窓の向こうに消えて……

 悲鳴のような声も、ひだまり亭が燃える音にかき消された。


「さてと……急ぐとするか」


 部屋の扉を開けて……

 全力で廊下を駆け抜けて、そのまま1階へ降りた。

 数秒もかかっていない。

 高い敏捷性が為せる技なのだけど……


「あちちちっ!?」


 時折、炎の中を突っ切っていたので、あちらこちらがヒリヒリと痛い。

 服は燃えていないが、軽い火傷は負っているだろう。


「これくらい……!」


 気合を入れて奥のエストの部屋へ。

 幸いというべきか、エストの部屋は三分の一程度が燃えているだけで、完全に炎に包まれていなかった。


 ベッドと棚が燃えているが、そんなところにレシピノートはないだろう。

 きっと、いつも見ていただろうから机の上に……


「あった!」


 机の引き出しを上から順に開けていくと、三段目でレシピノートを発見した。

 引き出しの中にしまわれていたおかげで、焦げ一つない。

 不幸中の幸いだ。


「よし、とっとと出るか」


 エストの部屋を出ようとしたところで……

 ゴゴゴッ! と嫌な音が響いて、天井が崩落した。


「くっ……!?」


 部屋の入り口が炎と瓦礫で埋まってしまう。

 出入り口はたった一つ。

 中に閉じ込められてしまった形になる。


「こんなところで……!」


 エストの机を持ち上げて……おもいきり壁に投げつけた!


 ドゴォッ!!!


 攻撃力100を超える全力の投擲だ。

 しかも、人のサイズほどもある机……木の塊だ。

 壁に大きな穴が空いて、抜け道ができた。


 俺は急いでそこから退避した。


「ユウキくん!」

「ユウキさん!」


 表に回ると、アリスとエストがこちらに気がついた。

 二人そろって抱きついてきて、思わず倒れそうになってしまう。


「大丈夫!? 怪我していない!?」

「すみません、すみません! 私のために、こんな……」

「大丈夫だ。別に大したことはないさ」


 本当は、二人に抱きつかれることで火傷したところがヒリヒリと痛むのだけど……

 情けないところは見せられないと思い、ついついやせ我慢をしてしまう。


「ほら、エスト」

「あ……お父さんとお母さんのレシピノート……」

「見ての通り無傷だ。きちんと回収してきたぞ」


 エストはゆっくりとレシピノートを受け取り……

 しっかりと胸に抱いた。

 亡き父と母の温もりを求めるように、強く抱きしめた。

 その頬を涙が伝う。


「ありがとう、ございます……本当にありがとうございます……!」


 レシピノートを抱きしめるエストを見ると、無茶をしてよかったと思う。


 でも……


 持ち出せたものはノート一つ。

 他のものは……全て燃えてしまう。


「あ……」


 それは誰が発した声だっただろうか?


 振り返ると、ひだまり亭の全てが炎に包まれていた。

 夜闇を照らすように燃えて……

 そして、構造が炎に耐えられなくなり、崩れ落ちる。


「あ……あああぁ……」


 エストの絶望的な声が聞こえた。


「やだ……やだ……やだ……お父さんとお母さんの場所なのに……やだやだやだぁ、やだあああああぁっ!!!」


 エストの悲鳴が夜空に響いた。

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