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15話 ドス黒い欲望

 アジャイル商会は、年商1億を誇る超巨大商会だ。

 各国に支店が設けられていて、その総計は100を超える。


 1000人の従業員の頂点に立つ男の名前は、フラガ・アジャイル。

 アジャイル商会の創始者であり、一台で財を築き上げた経営手腕を持つ。


 ただ、その方法は強引なものが多く……

 アジャイル商会に泣かされてきた者は数多い。

 恨みを買うこともある。


 それでも、アジャイルは足を止めない。

 今日も明日も明後日も……

 常に効率よく金を稼ぐことだけを考えて、己の商会をさらに大きくするために日々を駆け抜けていく。


 そんなアジャイルは苛立っていた。

 白髪混じりの髭を舌打ちしながら撫でる。


「……今、なんて?」


 自室にやってきた部下に、アジャイルは静かに……それでいて激しい怒りを秘めた声で問いかけた。

 部下は冷や汗をかきながら答える。


「はっ、そ、その……ひだまり亭の土地の買収ですが……どのようにすればいいか、なかなかに難しいところがありまして……もはや諦めるしかないのではないかと」

「この馬鹿者がっ!!!!!!」


 アジャイルの怒鳴り声に部屋の空気が震えた。

 部下がひっと声をあげて、身を竦ませる。


「諦めるだと? ふざけたことを言うでない。あの店を潰し、より効率的に金を回収できる店にしてみろ。売上が驚くほど違うものになるのだぞ? それなのに諦めるなんてこと、できるわけがなかろう!」

「し、しかし、アジャイルさまもご承知の通り、あそこの小娘はなかなかに生意気で言うことを聞かず……色々ないやがらせをしてきましたが、一向に立ち退く気配はありません」

「ならばもっと直接的な手に出ればいいだろう。所詮は子供。軽く痛めつけてやればすぐに泣き出すに決まっている」

「そ、それが……」

「まだなにかあるというのか?」

「その手も考え、実行しようとしたのですが……先日から宿に滞在している二人組が子供の護衛のようなことをしているみたいで、手が出せず……やたらと腕が立つため、逆に私たちの方が、その……やられてしまうという結果に……」

「くっ……役立たず共が!!!」


 再びアジャイルの雷が落ちて、部下は身を竦ませた。


「くそっ、忌々しい……! あの店が手に入れば、さらに金を増やすことができるというのに。どこのどいつか知らぬが、私をバカにするだけではなくて、邪魔をするなんて……!!!」


 呪詛を吐くように、アジャイルは恨み節を口にした。

 それはまったくの逆恨みなのだけど……

 彼にとってはそんなことは関係ない。


 自分こそが正しい。

 自分こそが全て。

 そんな思いが思考の根源にあり、それに基づいて全ての行動を決めているのだ。


「……あの小娘、そういえばおもしろいことを言っていたな」


 ふと、アジャイルがなにかを思いついたような顔になる。


「あのみすぼらしい宿が自分の全てだ……と。ふむ、そうなれば……くくくっ、やりようはあるかもしれないな」

「アジャイルさま……?」

「おい」

「は、はい!」

「貴様らに命令を与える。今度は失敗するなよ?」




――――――――――




「……というような感じかな」

「なるほどな」


 いつものようにひだまり亭でごはんを食べながら、アリスからの報告を聞く。


 ひだまり亭に滞在するようになって、一週間が経った。

 エストのことが心配で、ここを離れることができない。


 事実、あれから何度かアジャイルからの命令を受けたと思われる荒くれ者がやってきて、いやがらせをしようとした。

 もちろん、丁重にお帰りいただいたが……

 いつまでも後手後手に回っていては、事態を解決することはできない。

 なので、解決するための手がかりを掴むべく、日々日々、アリスに偵察を頼んでいるのだけど……


「あまりうまくいっていない、っていう感じか」

「うん……エストちゃんとひだまり亭を諦めさせるに、なにかしら弱味を握りたいところなんだけど……かなり警備が厳重なんだよね」

「俺が行くか?」

「ううん。ユウキくんはエストちゃんの傍にいてあげて。なにか起きた時、ユウキくんの方が頼りになるから」


 レベル40を超えているアリスも頼りになると思うが……

 まあ、ステータスは俺の方が高いので、それを言うと嫌味になってしまうかもしれないのでやめておいた。


「悪事の証拠を掴んで、憲兵隊に突き出すのはどうかな? 私は直接話したことはないけど、アジャイルっていう男、色々と黒い噂が常に流れているよ」

「そうだな。たぶん……というか、ほぼほぼ間違いないっていうレベルで、あのじいさんは裏の仕事に手を染めているな」


 一度、ここで顔を合わせた時のことを思い返した。


 どんよりと濁った目をしていた。

 あれは、欲望に取り憑かれて、自分の利益のためならばどんなことでもするという目をしていた。


 ただ、それと同時に抜け目のない狡猾さを感じた。

 おそらく、色々なところに金をばらまいて、自らの安全を確保しているだろう。

 憲兵隊の全てとは言わないが、一部は癒着していると思われる。

 あんなヤツが放置されて、ひだまり亭の事件が表沙汰にされないのがいい証拠だ。


 仮に悪事の証拠を掴み、憲兵隊に突き出したとしても……

 金の力を使い、アジャイルはすぐに釈放されるだろう。

 まっとうな方法でヤツをおとなしくさせるには、なかなか難しいだろう。


 ……そんなことを説明すると、アリスは悩ましげな顔になる。


「そうなると……私たち、盗賊団の出番かな?」

「どうだろうな……まだ、なんともいえないレベルだ」


 俺たち盗賊団の目的は、力なき人々に代わり悪を討つことだ。


 頼まれてやっていることではないし、ただ単に、クズのような人間が生きていることが許せない。

 言うなれば、俺自身のエゴで殺しを行っている。


 ただ、アジャイルが悪人であることに間違いはないと思うが……

 命を奪うほどの相手かというと、迷ってしまうところがある。


 悪知恵が働き、金を得るために非合法なことに手を染めているみたいだけど……

 救いようがないほどの愚者なのか。

 それとも、ギリギリの一線は超えていないのか。

 その判断をできるだけの材料がまだ揃っていない。


 考えすぎていても、手遅れになってしまうということがある。

 時間をかければかけるほど被害者が増えていくかもしれない。


 でも、盗賊団の目的は天誅を下すことだ。

 生命を盗む。


 なんとなく怪しいから……とか。

 気に入らないから……とか。

 そんな理由で手を出していいわけがない。


 大きな責任を背負っているのだ、俺たちは。


「こういう時は、ちょっと歯がゆいね……すぐに動いてエストちゃんを助けたいのに」

「俺たちにできることは限られているからな。万能な女神さまじゃない」

「私……もう一回、アジャイルの周辺を探ってくるね。新しいなにかを発見できるかも」


 ひだまり亭を飛び出そうとするアリスを引き止める。


「落ち着け。もう遅い時間だ。それに、何度も近くに顔を出していると怪しまれるぞ」

「それは……」

「焦っても仕方ない。今は、いつでも動けるようにしっかりと休んでおかないと」

「うん……そうだね」


 気落ちした様子でアリスはうつむいてしまう。


「……ユウキくんは強いね」

「どうした?」

「冷静に物事を分析することができて、いつも落ち着いているから。私にはできないことだよ」

「……すごくなんてないさ。というか、俺はアリスの方がうらやましい」

「私が? どうして?」

「アリスはとてもまっすぐな心を持っているからな。一緒にいると、そのことがよくわかる。俺は、どこかひねくれているし……時々、アリスがまぶしく見えるよ」

「うーん、それは過大評価な気がするんだけど……でも、もしかしたら私たち、互いに相手に憧れているのかな?」

「かもしれないな」

「だとしたら、足りない部分はパートナーが補ってくれる……そう考えると、良いコンビなのかもしれないね」


 アリスが小さく笑う。

 心を切り替えることはできたみたいだ。


「ユウキさん、アリスさん。食後のデザートはいかがですか?」


 エストがアイスを運んできた。


「わぁ、すごくおいしそう」

「こんなものを用意しておくなんて、エストは商売上手だな」

「わわっ、そ、そんなことは考えてなくて……これはサービスですよ。いつもお二人にはお世話になっていますから」

「俺たちが勝手にしてることだから気にすることないんだが……まあ、せっかくだ。素直に受け取ってくよ。ありがとな」

「えへへ」


 頭を撫でると、エストがうれしそうな顔になった。


「なんていうか……ユウキさん、お兄ちゃんみたいです」

「俺がお兄ちゃん?」

「それでそれで、アリスさんがお姉ちゃんです!」

「ふふっ、ありがとう。エストちゃんみたいな妹がいたら、私もうれしいよ」

「あ、あの……もし迷惑でなければ、今日も一緒に寝ることができれば……」

「うん、私はかまわないよ。ユウキくんは?」

「あー……まあ、いいさ」


 あれから、ちょくちょくエストにこんなお願いをされる。

 よっぽど三人で寝ることを気に入ったのだろう。

 両親が亡くなってずっと一人だったというし、寂しいんだろうな。


 とはいえ、未だに慣れることができず、俺は寝不足になってしまうのだけど……


「ありがとうございますっ!」


 花のような笑顔を浮かべるエストを見ていると、寝不足くらいまあいいか、と思えてしまうのだった。

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