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14話 アジャイル商会

 翌朝。


「ふぁあああ……」


 ひだまり亭の1階、角のテーブル席に着いて、俺は大きなあくびをこぼした。

 その瞬間を、ちょうどエストに見られてしまう。


「わっ、大きいあくびです」

「見られたか」

「眠れなかったんですか? あの……もしかして、私のせいで……?」

「いや、そんなことはない。エストのせいじゃないから気にするな」


 どちらかというとアリスのせいだ。


 間にエストがいるとはいえ、アリスと一緒に寝るというのはなかなか刺激的なことで……

 ついついアリスのことが気になってしまい、なかなか眠ることができなかった。


 仕方ないだろう?

 アリスはとんでもない美少女なのだから、一緒に寝るとなると、どうしても意識してしまう。

 これでも、俺も健全な男なのだ。


「眠気覚ましのお茶を淹れてきましょうか?」

「あー……頼む」

「はい。少々おまちくださいね」


 エストが奥の厨房に消えた。


 ちなみに、アリスは今、別行動をとっている。

 例のアジャイル商会の調査に出ている。


 やや心配ではあるが……

 無理はしないと約束したし、まだ明るい。

 事件になるようなことは起きないだろう。


「うん?」


 カランカランと入り口の鈴が鳴り、来訪者を告げた。


 杖をついた初老の男と、護衛らしき屈強な男が三人、ひだまり亭に入ってきた。

 客ではないな。

 その身にまとう雰囲気があまりにも険しく、そして、毒々しい。


「ユウキさん、おまたせしま……あっ」


 初老の男を見てエストの顔色が変わる。

 嫌悪感と恐怖を織り交ぜたような、複雑な感情だ。


 対する初老の男は、一見すると友好的な笑みを浮かべていた。

 好々爺という感じだ。


 でも……俺からしたら、とんでもないクソジジイだ。

 笑みの奥に隠しきれない歪んだ欲望が見えた。

 ドス黒いオーラが具現化してしまいそうなほど、初老の男の心が歪んで見える。


「やあやあ、フラウニル嬢。おひさしぶりだね。元気にしていたかい?」

「……はい」


 初老の男は気さくに話しかけるが、エストの顔は固くこわばっている。

 二人の関係性がよくわかる。


「久しぶりに、この店の様子を拝見させてもらおうと思ったのだけど……どうかな? うまくやれているかい?」

「はい、問題はありません」

「おや? 問題はないと? なにもないと? それはおかしいね……私の部下の報告によると、ならず者などからいやがらせを受けていると聞いたよ。その影響で客足も遠のいてしまっているとか」

「……っ……」

「嘆かわしい、あぁ、嘆かわしいね。フラウニル嬢みたいな子供にちょっかいをかける愚か者がいるなんて……困ったことがあれば、いつでも私に相談しなさい。力になると約束しようじゃないか」

「……ありがとう、ございます」

「ただ……」


 初老の男の目がギラリと光る。

 まるで獲物を見つけた猛禽類みたいだ。


「フラウニル嬢、客が来ないのはキミにも原因があるのではないかな?」

「え……?」

「キミの料理はとてもおいしい。そして、経営手腕もなかなかのものだ。うむ、15歳の子供とは思えないくらい見事なものだ。そこは認めよう」


 初老の男は演説でもするかのように、身振り手振りを混じえて大げさに語る。


「しかし、しかしだ。言い方は悪いが、所詮は15歳の子供なのだよ。女神さまに天職を告げられていない。そのような身では、周囲から侮られても仕方ないのだよ。また、自覚していないだけで、色々と足りない部分もあるだろう」

「そ、そんなことは……」

「この店はとてもいいところだ。しかし、このままフラウニル嬢が担当していたら、いずれ潰れてしまうかもしれない」

「うっ……」

「それは忍びない。とても寂しいことだ。そこで……どうだろうか? 前々から話をしているように、この店と土地を、私の商会に売ってもらえないかな? 高く買い取ろうじゃないか。それと家も用意しよう。そうした方がお互いのためになると思わないかね?」


 確信した。

 コイツが敵だ。

 エストを苦しめている元凶だ。


 部下にいやがらせをさせて……

 その後で甘い言葉を使い、店を手放すように誘う。


 よくある手だ。

 証拠はないが、ほぼほぼ間違いないだろう。


 ひとまず、初老の男の名前を知るためにステータスを確認する。



==============================

 名前:フラガ・アジャイル

 種族:人間

 職業:商人


 レベル:6

 HP :31/31

 MP :6/6


 攻撃力:13

 防御力:18

 魔力 :11

 精神 :3

 速度 :3

 運  :22


<スキル>

『経営:レベル8』『交渉:レベル7』『統率:レベル5』

『鑑定:レベル4』『商売:レベル9』

==============================



 力は大したことはない。

 ただ、一応、優れた商人らしく、色々なスキルを有していた。

 しかも、どれもレベルが高い。

 何度も使用することでスキルのレベルを上げてきたのだろう。


 俺はアリスのような力は持っていないから、アジャイルの他の職業や隠されたスキルなどを見抜くことはできないが……

 ひとまず、ヤツの大体の力を把握することができた。

 今はこれでよしとしておこう。


「以前から話をしていたから、そろそろ決断すべき時ではないかな?」

「な、何度も言っているように、このひだまり亭を売るつもりはありません! ここは、お父さんとお母さんの思い出がつまった大切なところなんですっ」

「思い出……ふむ。そのようなナンセンスな話をされても困るね。フラウニル嬢は大切な場所というが、思い出だけで店を守れるのかい? 収入がなければ生きていくことはできないのだよ?」

「うっ……そ、それは」

「私ならばフラウニル嬢を救うことができる。私だけが助けることができる。いい加減、そのことを認めて、この店を……」

「エスト、お茶をくれ」


 これ以上は黙って見ていることはできず、話に割り込んだ。


「ふぇ……?」

「お茶、淹れてくれたんだろう?」

「あっ……で、でも、冷めてしまって……」

「たまには冷めたお茶も悪くないさ。もらうぞ」


 エストからお茶を受け取り、テーブル席へ戻る。

 そしてお茶を一口。


「うん、うまい。エストはお茶を淹れるのも上手なんだな」

「あ、ありがとうございます……えへへ」

「まったく……こんなにうまいお茶を飲んでいるんだから、少しは静かにしてもらいたいな。どこの誰か知らないが常識がないのかね」

「……それは私に言っているのかな?」


 話を邪魔されただけではなくて……

 さらに言葉の刃を叩きつけられたことで、初老の男……アジャイルが眉を寄せた。

 エストの時とは違い、見も知らぬ俺に対しては不機嫌な表情を隠そうとしない。


「あんた以外に他に誰がいる? もしかして、俺たち以外の第三者が見えるのか? だとしたら目の病気かもしれないな。治癒院に行くことをオススメするぞ」

「……珍しく客がいると驚いていたが、どうやら、まともな客ではないらしいね。このような輩が入り浸るようになるなんて……嘆かわしい限りだ」

「逆だろ、逆。あんたみたいな輩がやってくる方がエストにとっては迷惑なんじゃないか?」

「貴様……」

「あ、もしかして自分が歓迎されていると思っていたのか? だとしたら、あんた、ものすごいポジティブ思考の持ち主なんだな。天職はストーカーか?」

「……」


 アジャイルの顔が怒りで赤くなり、さらにそれを通り越して青くなる。

 言葉も出ないくらいに怒っているらしい。


 でもな?

 怒っているのはお前だけだと思うなよ。


 エストにくだらないいがらせをして……

 それでもって、わざわざ店に押しかけてきて、大切な店を売れと言う。

 そんな胸糞悪い光景を見せつけられて、なにも感じないほど俺は人間やめていない。


「おい」


 アジャイルが取り巻きの男を見た。

 それに反応して、三人全員がこちらに無言で歩み寄ってくる。


 大事な商売の邪魔をするヤツは実力で排除、ということか。

 それなら俺もそれ相応の対応をとらせてもらおう。


 スキル『盗む:レベル3』発動。


「がっ……!?」


 二人の男が苦悶の声をあげて倒れた。


「な、なんだと……!?」


 突然のことにアジャイルが驚きの声をあげた。

 傍から見れば俺はなにもしていないから、驚くのも仕方ないと言える。


「貴様……なにをした?」

「さてね。俺はこの場から一歩も動いていないが?」


 もちろん、なにもしていないというのはウソだ。

 スキルを使い、男の意識を盗んだのだ。

 対象を意のままに操るとか洗脳するとか、さすがにそれは無理だけど……

 こうして、一時的に昏倒させることは可能だ。


 もっとも、成功確率は低いため、一人、ミスってしまったけれど。


「くそ……! 引き上げるぞっ」

「いいのですか? まだ話は……」

「いいから行くぞ! お前は倒れたその無能二人を連れてこいっ」


 アジャイルは肩を怒らせながらひだまり亭を後にしようとして……


「アジャイルさん」


 その背中にエストが声をかけた。


「やっぱり……ひだまり亭は売れません」

「……」

「ここは、私の大事な場所なんです。とてもとても……それこそ、命と同じくらい大事な場所なんです。だから、絶対に売ることはできません」

「……残念だよ」


 アジャイルは振り返ることなく……

 そのまま外に出ていった。

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