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13話 温かい夜

 夜。

 改めて夕食を食べた後、部屋に案内された。


 部屋数は少ないが、その分、広く設計されていた。

 空間に余裕があるおかげで落ち着くことができる。

 部屋の中央にテーブル。

 奥にベッド。


「良い部屋だな」

「そうですか? えへへ、ありがとうございます」


 エストがうれしそうな顔になった。

 両親から受け継いだ宿を褒められることは、自分のことのようにうれしいのだろう。


「それじゃあ、私は1階の管理部屋にいるので、なにかあったら気軽に訪ねてくださいね」

「ああ、そうさせてもらう」

「おやすみなさい、ユウキさん、アリスさん」


 エストがぺこりとお辞儀をして、廊下に消えた。

 ほどなくして、トントントンと階段を降りる足音が聞こえてきた。


「さてと……それじゃあ、まずはお茶でも飲もうか」


 アリスが備え付けられている茶葉を使い、お茶を淹れた。


「はい、どうぞ」

「ありがと」


 ずずっと熱いお茶を一口。

 良い香りが鼻に抜けて、さわやかな気分になれた。


「良いところだね、ここ」

「そうだな」


 だからこそ、エストの置かれている状況が気になる。

 もしかしたら、『盗賊団』である俺たちが力になれるかもしれない。


 アリスが部屋にいるのだけど、甘い事情なんかではなくて……

 このひだまり亭についての話をするためだ。


「それで、昼間の男についての情報は?」

「きちんと視たし、覚えているよ。ちょっとまってね」


 アリスは紙とペンを取り出して、男のステータスを記入していく。



==============================

 名前:ドルガ・ステインズ

 種族:人間

 職業:冒険者(アジャイル商会用心棒)


 レベル:12

 HP :54/54

 MP :15/15


 攻撃力:27

 防御力:22

 魔力 :9

 精神 :7

 速度 :11

 運  :17


<スキル>

『剣技:レベル1』『斧技:レベル1』『槍技:レベル1』

『気合:レベル1』

==============================



「こんな感じだよ」

「なるほど」


 特筆するようなステータスじゃない。

 ベテランの域に達していない、どこにでもいるような冒険者だ。


 ただ、気になる記述があった。


「この( )の中は、天職じゃなくて、他に就いている職業なんだよな?」

「うん、そういう認識で間違いないよ」

「アジャイル商会用心棒……か」


 ドルガという男は、その商会の命令を受けてひだまり亭にいやがらせをしているのだろうか?

 それとも、単なる偶然で、商会は関係ないのだろうか?


 今ひとつ、判断材料が足りない。

 内容が内容だけに、間違えました、なんていうのは許されないだろうからな。


「明日、私が商会を偵察してこようか?」

「大丈夫か?」

「大丈夫だよ。ユウキくんにたくさん鍛えられたからね。これくらいの人を用心棒に雇っている程度なら、ぜんぜん怖くないよ」

「しかしな……俺もついていった方がいいんじゃないか? 一人で行くことはないだろ」

「ふふっ、心配してくれているんだね。ありがとう」


 にっこりとアリスが笑う。


「でも、ユウキくんは、エストちゃんの傍にいてあげて。今日みたいなことがまた起きないとは限らないし……というか、けっこう頻繁に起きているみたいだから」

「まあ、それはそうだが……」

「私のことは本当に大丈夫だよ。それに、私も盗賊団の一員なんだから。こういう時は信頼して、きちんと仕事を任せてほしいな」

「……わかった。任せる。ただ、無理はするなよ?」

「うん、わかっているよ」

「ひとまずは情報を仕入れて、その後に方針を決めよう……うん?」


 話がまとまったところで、コンコンと部屋の扉をノックする音が響いた。

 他に客はいないから……


「エストか?」

「は、はい……その、今、大丈夫でしょうか?」

「いいぞ」


 扉が開いてエストが姿を見せる。


 ……なぜか寝巻きで枕を手にしていた。


「どうしたんだ?」

「あ、あの、その……ユウキさんとアリスさんは、そろそろ寝る時間でしょうか?」

「まあ……そうだな。そろそろ寝ようと思うが」

「でしたら、あの……い、一緒に寝てもいいですか!?」

「は?」


 突然の爆弾発言にぽかんとしてしまう。

 アリスも目を点にしていた。


「そ、その……私、ずっと一人だから寂しくて……ユウキさんとアリスさん、お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいで、なんだか、その……甘えてしまいたくなって……あう、す、すみません。やっぱり非常識ですよね、こんなお願い。し、失礼しました……!」

「まって、エストちゃん」


 引き返そうとするエストをアリスが引き止めた。


「そういうことなら私は構わないよ。一緒に寝ようか?」

「い、いいんですかっ?」

「うん」


 優しい笑みを浮かべるアリスは、まるでエストの母親みたいだ。

 あるいは、実の姉というところだろうか?


 そんなアリスがこちらを見る。


「もちろん、ユウキくんもいいよね?」

「え?」


 俺も含まれていたのか?


「アリスはいいのか? 一緒に寝るっていうことは、その……」

「あら。ユウキくんはどんな想像をしているのかな? えっち」

「うぐっ」


 アリスって、時々、小悪魔になるよな。


「えっち? どういうことですか?」


 エストは意味がわかっていないらしく、きょとんとしていた。

 その純粋な眼差しが痛い。


「アリスは俺が一緒でも気にしないのか?」

「ホントはちょっと恥ずかしいけどね。でも、ユウキくんのことは信頼しているから」

「……わかった、好きにしてくれ」

「えっと、それじゃあ……」

「今日は三人で一緒に寝ようね、エストちゃん」

「あ、ありがとうございますっ!」




――――――――――




 明かりを消して横になる。

 俺、エスト、アリスの順番だ。


 三人で一つのベッドを使用しているから、なかなかに狭い。

 左右からエストを抱きしめるようにして、ぴったりと密着する。


 ……少し暑い。


「えへへ♪」


 ただ、エストはごきげんらしくニコニコしていた。


「なあ、少し暑くないか? やっぱり、俺は床で……」

「ふぇ……」

「……わかった、このままでいるよ」


 エストがものすごく残念そうな顔をするものだから、どうしても離れることができない。

 子供は無敵だな。


「エストちゃんって、すごく料理が上手だよね。お父さんとお母さんから教えてもらったの?」


 すぐに寝るという雰囲気ではなくて、アリスが他愛のない話を振る。

 すると、エストはとてもうれしそうに父と母のことを語る。


「はい、そうなんです! お父さんもお母さんも料理がすっごく上手で、私、憧れていて……何度も何度も頼んで教えてもらったんです」

「何度も、っていうことは、最初は教えてくれなかったのか?」

「はい。まだ小さいから危ない、って……」

「ちなみに、何歳から頼んでいたんだ?」

「3歳です」


 そりゃ教えてくれないだろうな。


「でもでも、5歳になった時にようやく認めてくれて、ちょっとずつ色々なことを教えてもらったんです!」

「ということは、10年も練習をしているんだね。すごいね、エストちゃんは。私、そこまで長続きしたことはないなあ」

「料理は好きなので、辛いと思うことはなくて……だから、がんばることができました! お父さんとお母さん、料理を教えてくれる時は厳しかったけど……でもでも、それ以外の時はすっごく優しかったですし」

「そっか。良いお父さんとお母さんなんだね」

「はいっ、自慢のお父さんとお母さんです!」


 アリスは優しい顔をして、ぽんぽんとエストの頭を撫でた。

 エストがうれしそうに目を細める。


 出会って一日だというのに、ずいぶんと仲良くなったものだ。

 本当の姉妹に見える。


「えへへ♪」


 エストが甘えるような感じでこちらに身を寄せてきた。


「どうしたんだ?」

「ユウキさん、体が大きくてしっかりしてて、とても頼りになる感じで……なんだかお父さんみたいです」

「ふふっ、ユウキお父さん」

「やめろ」


 やっぱり、アリスは小悪魔だ。


「ユウキくんとエストちゃん、仲がいいね」

「俺はそんなことないだろ。アリスの方が仲がいいだろ」

「そうかな? そんなことないと思うよ。ね、エストちゃん。ユウキくんのこと、どう思う?」

「えと、えと……助けてくれた時、すごくうれしかったです。頼りになって、格好よくて……ひゃあ♪」


 なにやら悶えていた。

 どういう感情なのか、いまいち判断しかねるが……

 アリスの言う通り、俺も好かれているらしい。


 ……不思議な感覚だった。


 故郷では誰も彼も手の平を返して、なにもしていない俺のことを犯罪者扱いしてきたというのに……

 エストはこんなにも俺のことを信じてくれる。

 その信頼が温かいと思う。


「あの……ユウキさん、アリスさん。私のわがままを聞いてくれて、ありがとうございました」


 エストが俺たちの顔を交互に見ながら、にっこりと笑う。


「一人きりじゃない日なんて本当に久しぶりだから、ついついはしゃいでしまって……ごめんなさい。迷惑かけてますよね」

「……別に。これくらいはなんてことない」

「私も気にしていないよ。むしろ、かわいい妹ができたみたいでうれしいな」

「えへへ、ありがとうございます、アリスさん」


 エストがアリスに抱きついた。

 アリスもエストを優しく抱きしめた。


「はふぅ」

「どうしたの、エストちゃん?」

「人って……こんなに温かかったんですね」


 まだ15歳の子供が、そんなにも切なくて寂しい言葉を口にするなんて……

 俺とアリスは、一瞬、顔を歪めてしまう。


「今日は……ゆっくり……眠れそうです……」


 色々とあって疲れていたのだろう。

 ほどなくして、エストは穏やかな寝息を立て始めた。


 そんな寝顔をアリスと一緒に見る。


「ねえ、ユウキくん……私、エストちゃんの力になりたいな」

「わかっている」


 俺も同じ想いだ。


 なにができるのかわからないが……

 でも、この小さな体でがんばるエストのために、なにかをしてやりたいと心から思う。


 俺は内から湧き上がる想いに突き動かされて、そっとエストの頭を撫でた。


「えへへ……♪」


 エストがふにゃりと笑い……

 静かに夜は更けていく。

『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、

評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。

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