12話 地上げ
「あん? 客か」
男は俺たちに気がつくと、ニヤニヤと笑う。
「こんなところに足を運ぶなんて、あんたら変わってるんだなあ」
「それはどういう意味だ?」
「なーに、大したことじゃねえさ。おっと、気を悪くしたらすまねえな。別にケンカを売ってるわけじゃねえんだ。俺も単なる客さ」
本当に客なのだろうか?
私はチンピラです、というオーラを全身から発しているのだが……
まあ、見た目で判断するようなことはしたくない。
俺も職業だけで判断されていたから……
とりあえず様子を見ることにしよう。
「おーい、注文いいか?」
男はドカッと乱雑にイスに座ると、その両足をテーブルの上に放り投げる。
「あ、あの……お客さま。テーブルの上に足を乗せるのは……」
「あぁん?」
「い、いえ……なんでもありません……」
エストが注意しようとするが、男に睨みつけられて竦んでしまう。
「あの男……」
「待って、ユウキくん」
あんな態度、やはり客ではない。
前に出ようとするが、アリスに止められてしまう。
「あんなことをしているけど、あの人はまだ何もしてないよ。ここで私たちが出ていくと、余計に揉めちゃう可能性があるかも」
「それはそうかもしれないが……」
「ユウキくんの優しさは理解しているつもりだけど、時には我慢することも覚えないといけないよ」
「……わかったよ、ったく」
アリスが言うように、俺が動くことでエストに迷惑をかけてしまうかもしれない。
そのことを考えると、今はまだ動くことができない。
ぐっと我慢して、もう少し様子を見ることにした。
「酒とつまみをもらおうか。両方、適当なもんで構わないぜ」
「は、はい。わかりました。すぐにご用意しますね」
エストが厨房に消えて……
5分ほどで酒と肉料理を手に戻ってきた。
「おまたせしました」
「ホントに待ったぜ、ったく……どれだけ客を待たせれば気が済むんだよ? おっせぇなあ。サービスもなってねえし、どういう店なんだ、ここは? あぁん?」
「す、すみませんすみません! ……あ、あの。お酒とお料理をどうぞ」
「まあいいか、俺は寛容な男だからな。特別に許してやるよ」
「……あの男、寛容という言葉の意味を履き違えていない?」
「……落ち着けって、アリスが言ったんだからな?」
今度はアリスがキレそうになっていた。
一応、止めるようなことを口にするが……
俺もそろそろ我慢の限界かもしれない。
「それじゃあ、いただくとするか……ぺっ、なんだこれ!?」
男は肉料理を一口食べると、すぐさまそれを吐き出した。
「なんだこのクソまずい料理は!? おいっ、てめえ! 客を舐めてんのか!?」
「そ、そんなことはありません。その料理はウチでも自慢の一品で……」
「これが自慢かよ? この店の底が知れるなあ。ったく、酒も泥みたいにまずいし……よくこんなものを客に出せるなぁ? 商売ってもんを甘く見てるんじゃねえか? おいおい、こんなんで金を取るつもりなのか?」
「す、すみません……ウチで一番の料理を出したのですが……お、お酒も仕入れたばかりの新鮮なもので……」
「はっ、こいつが新鮮な酒? 泥水の間違いだろ? こんなもんが飲めるわけないだろっ、ふざけるんじゃねえっ!!!」
男は酒の入ったグラスをエストに投げつけた。
「きゃっ!?」
幸いにもグラスは割れなかったものの、エストは酒で濡れてしまう。
「……アリス。俺はもう限界だ、止めないでくれよ」
「……うん。好きにしていいと思うよ」
アリスの許可を得られたことで、俺は男のところへ歩み寄る。
「あん? なんだ、まだ残ってたのか? あんたらもこんな店じゃなくて、もっとましなほぶぅうううっ!!!?」
とりあえず、おもいきり殴りつけた。
男が吹き飛んで床の上を転がる。
「てめぇ……なにしやがる」
「悪いな。目障りだから排除することにした」
「お前……死んだぞっ」
男はナイフを取り出して、凶悪な表情で俺を睨みつける。
スキル『盗む:レベル3』発動。
「なっ……あっ……」
男のナイフを盗む。
男からしてみれば、突然、ナイフが消えたように見えただろう。
目を白黒させていた。
逆に男の眼前にナイフを突きつけてやる。
「ひっ!?」
「あまりうっとうしいからゴミだと思ったんだが、人だったか。俺、目が悪くなったのかな?」
「い、いつの間に剣を……」
「まあ……ものすごく目障りだから、ゴミと変わらないな。なあ、アリス。コイツ、どうしたらいいと思う?」
「その言葉を聞いていると不快になるからね。舌を切り飛ばすとかいいんじゃない?」
「ナイスアイディアだ、アリス。それじゃあ、さっそく……」
ナイフを握る手に力を込める。
わりと本気だった。
「ひっ、ひぃいいいいい……!!!?」
殺気を叩きつけられた男は、涙目になって逃げ出した。
「アリス、あいつのステータスの鑑定を。天職だけじゃなくて、全部の職業を暴いておいてくれ」
「了解」
アリスが逃げる男の背中をじっと見つめた。
「うん、完了」
「早いな」
「けっこうレベルが上がったからね」
「とりあえず、後でアイツのステータスを教えてくれ。今は……」
酒に濡れたエストは、床に尻もちをついてしまっていた。
立派に宿を経営しているといっても、まだ子供だ。
あのような男に絡まれて怖かったらしく、その手足が震えているのが見えた。
「エスト、大丈夫か? 怪我はしていないか?」
「え……あ……は、はい。大丈夫……です」
「とりあえず、濡れた髪と服をなんとかした方がいいな。アリス、頼む」
「うん、任せて。エストちゃん、部屋はどこかな? 私が手伝うから、まずは髪を拭こう? それと、着替えないといけないね」
「で、でも、迷惑をかけるわけには……」
「いいからいいから。気にしないで、お姉さんに任せてちょうだい。こんなエストちゃんを放っておくことなんてできないよ」
「ありがとうございます……」
アリスに連れられてエストは店の奥に消えた。
その間に、俺は床に落ちたグラスを回収した。
ついでに、もう営業できる状況じゃないと判断して、表に出て『準備中』の札を掲げておいた。
――――――――――
髪を拭いて、服を着替えて……
それから落ち着くだけの時間をとり、エストは表に出てきた。
その表情は暗い。
あんなことがあったのだから無理もないが……
それにしては落ち込みすぎているような気がした。
エストは諦観すら滲ませていて……
まるで、こんなことは日常茶飯事と言っているみたいだ。
「悪い。ちょっとつっこんだことを聞くが……もしかして、こういうことは今までに何度もあったのか?」
「っ!? ど、どうしてそのことを……?」
「やはりか……」
エストの反応を見て確信した。
今回のような事件は初めてじゃないのだろう。
それこそ、何度も何度も被害に遭っているのだろう。
だから他に客がいないのだと思う。
「これもなにかの縁だと思うんだ。よかったら話を聞かせてくれないかな?」
「……実は」
アリスの優しい声に誘われるように、エストは事情を打ち明けてくれた。
エストの両親が亡くなったのは、約三ヶ月前。
その後、エストは宿を継いだのだけど……
それとほぼ同時に、さきほどのような男がやってくるなど、嫌がらせを受けるようになったらしい。
地上げだ。
この宿は立地がいいし、それなりに広い。
そういう業者に目をつけられてもおかしくはない。
「……ありがとうございました。話を聞いていただいて」
全てを打ち明けたエストは、軽く笑う。
無理をして笑っているのがわかるのだけど……
でも、それを指摘することはできない。
「少し気分が楽になりました」
「エストちゃん……」
「あとあと、ウチを選んでくれてありがとうございます。お二人は久しぶりのお客さまで、とてもうれしかったです。それに優しくて……おもてなしのしがいがありました」
「……これからどうするんだ?」
「私……負けたくありません」
手は震えていた。
足も震えていた。
でも……エストはハッキリと言った。
声が震えることはなくて……
強い意思を瞳に宿していた。
「ここは、お父さんとお母さんが残してくれた大事なところなんです。どんなことがあろうと、絶対に売ったりしません! ひだまり亭は、私の全てなんですっ」
「そっか……エストは強いな」
「そ、そんなことありませんっ。私なんて……お二人と比べるとぜんぜん……」
「ううん。エストちゃんは強いよ」
アリスはとても優しい顔をして、エストの手を握る。
「こんな小さな手をしているのに、あんな男に立ち向かっているんだもの。どんな目に遭っても負けていないんだもの。そんなこと、私にはできないよ」
「そういうことだ。エストは十分に強いよ」
「そんな……っ……ありがとうございます!」
ずっと一人でがんばってきたのだろう。
でも、小さな子供が耐えることは難しくて……
心は傷ついていたのだろう。
俺たちの言葉を受けて、エストは涙ぐむ。
それでも笑顔を浮かべ続けているところを見ると、この子は将来、とんでもない人に育ちそうな予感がした。
「なあ、アリス。そろそろいい時間だけど、宿を探さないといけないな。どこがいいと思う?」
「うーん、どこがいいのかな? 今から探すとなると大変だから、近いところで見つけたいよね」
「え? あ、あの……?」
うろたえるエストの前で、俺たちは示し合わせていたかのように演技じみたセリフを重ねていく。
「どこかに良い宿があればいいんだけどな。綺麗で雰囲気がよくて、うまい飯が食べられるようなところが」
「あー、困ったなあ。誰か良い宿を紹介してくれないかな?」
「えと、えと……あのっ、お二人とも! う、ウチに泊まっていきませんか!?」
「「なら、甘えようかな」」
……こうして、俺とアリスはひだまり亭に泊まることになった。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!




